菊月妄想

少女が目を覚ますと、そこは保健室のようにベッドが並べられた、静かな部屋だった。彼女自身も、その山のようにあるベッドの一つに横たわっていた。木製の枠の窓の外には、青い海と空が遮られることなく広がっている。

「う……私は、どれくらい寝ていたんだ……」薄い金色の、長い髪の少女は目をこすりながら寝床から立ち、それまでの記憶を思い出そうとする。彼女の名前は菊月、それに11人の姉妹がいること。それと、深く、どこまでも暗い海。それしか記憶になかった。

「フッ、情けないものだな……」部屋の出口から出ようと、スライドドアを横に引っ張るが、建てつけが悪いのかなかなか開かない。

「ん、~っ!!な、なんなのさ、一体!」全体重、といっても中学生程度の軽い体だが、その重みを掛けても、扉は開かない。と思ったが、やっと開いた。ただ、開いた理由は菊月自身ではなかった。

「おや、新しい艦か」

扉の向こう側に、白い軍服を着た背の高い男が立っていた。少女は、その人物が自分の上司、司令官であると、他でもない本能で理解した。扉を開けようと四苦八苦したせいで荒い息のまま、菊月は答えた。

「あ、ああ、睦月型9番艦の、菊月だ」
「そうか、では菊月、我が艦隊に歓迎するぞ」

男はそのまま、どこかへと歩き去って行ってしまった。

「司令官、だよな、あの男……」菊月が部屋を出ると、そこは長い廊下になっていた。どうすればいいか分からず、人気がない廊下をテクテクと進んでいくと、ある部屋に「睦月型」と書かれていたのを見て、そこに入った。今度は、扉はすんなりと開いた。

「失礼するぞ……」部屋の中には、お茶の間にしては大きい空間が広がり、低い机が数個、座布団が20個ほど置かれていた。真ん中に置いてある机には、赤みがかった黒髪の少女が昼寝をしていたが、菊月が入ってきたのに気づいたのか、目を覚ました。

「むにゃ……あ、菊月ちゃん。目が覚めたんだね」菊月は、今起きたばかりの少女にそう言われ、目が覚めたのはお前だ、と突っ込みたくなったが、冷静に答えた。

「その通りだ、一番艦、睦月。早速教えてもらいたいのだが……」

睦月は時折あくびをかきながら、睦月の隣においてあった座布団に座った菊月の質問に答えた。菊月自身は、最近あった海戦で奪還された艦であること。ここは鎮守府で、100を超える艦むす達が住んでいること。ただ、その中には「被り」も多いという。

「一体何なのだ、その『被り』というのは」菊月は多少困惑したが、睦月は菊月の様子にキョトンとして、当然のように答えた。眠気も覚めたようだ。

「何って、同じ艦むすが二人以上いるってことだよぉ?睦月だって、もう一人いるのね!」

「そ、それは何とも奇天烈だな」菊月に、悪い予感が走った。自分と同じ姿をした艦むすが、この睦月と同じように一人や二人、いるかもしれない。聞きたくない事実だったが、それを睦月に尋ねる前に、勝手にこの元気な一番艦は喋ってしまった。

「キテレツって、菊月ちゃんはあと……えーっと十人はいるよん♪」

「なっ!?じゅう!!?にんっ!?!?」想像以上の多さに、腰を抜かしてしまう。ドッペルゲンガーどころではない。自分は近く近代化改修の素になったり、解体されたりするのは間違いない。菊月は震えを抑えきれなかった。

「ふ、フッ、この菊月、そのようなことで怖気づくものか……ッ」

「あ、解体とかは大丈夫だと思うよ?ここの提督さん、菊月ちゃんのこと超好きみたいにゃし♪今回も、菊月が増えた!って喜んでたにゃん!だけど……」

解体は避けられると分かった菊月はほっと胸を撫で下ろしていたが、睦月の不安そうな表情にギクッとした。

「だ、だけど?」

「あ、如月ちゃん!おかえり!」その続きは、別の睦月型、二番艦の如月が部屋に入ってきたことによってお預けになった。睦月や菊月とあまり変わらない、中学生くらいの大きさの体にしては、色気のあるサラサラとしたロングヘアとその上に付けられた髪飾り、大人びた表情は子供っぽい睦月とは対照的とすら言える。

「ただいま、睦月ちゃん。あなたは、新しい菊月ちゃんね?」

「あ、ああ……」菊月は『新しい菊月』という言い回しに目眩がしたが、睦月よりも落ち着いて話せそうな如月が来たことで、少しホッとした。

「私は如月と申します。これからよろしくね?」如月はニコニコしながら挨拶し、お辞儀した。菊月も、立ち上がってペコリと頭を下げた。

「ほら、睦月ちゃん、司令官が呼んでらっしゃったわよ。遠征じゃないかしら?」
「あ、あぁ~っ!忘れてた~っ!あの睦月ちゃん、入渠中だったぁっ!」

睦月は、ドタバタと部屋を出て行った。その後すぐに、少し驚いた様子の黒髪のロングヘアに大きなアホ毛が目立つ艦むす、三日月が入ってきた。

「睦月ちゃん、どうかしたんですか?あ、菊月ちゃん、なんでこっちの部屋に?」

三日月は、菊月を見てさらに驚いたようだ。菊月はどうしてそんな反応をされるのか見当がつかず、何も言えない。如月は三日月に近づくと、耳元で何かを囁いた。三日月は「ああ」と納得したような声を出し、先程の如月と同じようにお辞儀をした。

「すみません。少し早とちりをしていたようですね。私は三日月です。一緒に、艦隊のお役に立てるような活躍をしましょうね」

如月は三日月を見てニコッとすると、菊月の方に近づき、睦月が座っていた座布団に座った。三日月もそれに付いてきて、座布団を取り出し如月の隣りに座った。

「さあ、固くならないで、座ってお話しましょ?おせんべいもあるわよ?」如月は菊月に座るように促し、菊月もそれに従った。

「それで、睦月ちゃんにどこまで聞いたのかしら?」
「私、菊月との『被り』が十人以上いるらしい、というところまでだ」

「ふぅ~ん?羨ましいけど、菊月ちゃんは司令官のお気に入りだもんね」如月は髪をいじりながら、若干妬ましげにしゃべった。ただその嫉妬は微かなもので、菊月は気づかなかった。

「そのようだな。自分と同じ顔の者が何人もいるこちらの身にもなってほしいものだ」

「菊月ちゃん、そんなに大変じゃないかもしれないわよ?そうじゃなきゃ、こんなにたくさん同じ子を集めようとしないもの」如月はそう言うと、三日月にウインクした。三日月はコクリと頷いた。

「その通りですよ。『菊月部屋』に行けば、分かります」

「『菊月部屋』……?」菊月には、一言聞いただけで想像がついた。この鎮守府にいる十人以上の菊月全員が住んでいる部屋のことだろう。

「そうよ。いっぱいの菊月ちゃんがいるところ。あそこに行けば司令官の寵愛する菊月ちゃんの一人になれるのよ。でもねでもね、あなた、秘書艦になりたいでしょ?それなら如月特製の色仕掛けで……」

「……早速、連れて行ってくれないか」如月が変なノリになりだしたのを無視して、菊月は三日月に頼んだ。

「もう、ツレナイんだからぁ」如月はプーッと頬を膨らませたが、三日月と一緒に立ち上がった。「行きましょ?丁度暇だし、案内してあげるわ」