リップクリーム

「これを塗れば、私は……」

夕焼けに赤く染まるとある高校の教室の中、一人の少女がリップクリームを片手に立っていた。中学生のようにみえるほど小さく、度の強い眼鏡を掛けた彼女は、意を決したように唇にそのリップクリームを塗った。

「これで、後戻りは……んっ……!」

少女が喘ぎ声を上げると、ふわふわの栗毛がブワッとボリュームを増した。それだけでなく、体全体がググッと大きくなり始め、制服がきつくなっていく。

「私の体、大きくなってく……最初に塗った時と同じだ」

平だった胸にもほどよい膨らみが付き、制服を押し上げた。

「ちょっと、塗りすぎたかな……服がキツ……うわっ!」

元々ピチピチになっていた制服の第一ボタンがはじけ飛んでしまった。それに驚いた少女が急に頭を動かしたせいで、メガネが落ちてしまった。

「あ、私の眼鏡……!あ、あれ?リップクリームも無くなっちゃった!?探さないと……」

その時、教室の扉がガラッと開き、一人の生徒が入ってきた。

「あ、秋菜くん!?」
「静葉、何で驚くんだよ?俺を呼び出したのって、静葉だよな……って、なにか探してるのか?」
「あ、うん、眼鏡を……」
「あー、探してやる……ってなんだこれ?ちょうどいい、少し唇が乾いてたんだ」

静葉は、眼鏡を探すのに夢中で秋菜の言葉の意味に気が付かなかった。すぐに眼鏡を見つけて、秋菜の方を見た時には、秋菜はそれを塗り終えていた。

「あ、そ、それはダメ!!」
「あ、静葉のだったのか。ちょっとくらいいいだろ?」
「それを塗ったらどうなるか分からないの!」
「え、それってどういう……うおっ!?なんか体の中が……!」

静葉は、秋菜が自分の体を確かめるように見回し始めたのを見て、焦燥を感じるとともに、これからどうなるのか知りたい、という好奇の心が芽生えてきたのを感じた。

(大きくなった秋菜くん、もっと格好いいかもしれない……見てみたい)

しかし、事態は静葉が思っていたのとは別の方向に動き出した。秋菜の黒髪が、サラサラと伸び始めたのだ。

「はっ……」
「ど、どうしたんだよ!俺のどこかおかしいか……?って髪が!」

秋菜は驚愕と困惑の表情で自分の髪を眺める。そのうちにも、筋肉質な腕や足が一瞬に萎縮し、腰が横に張って曲線的なシルエットが出来上がっていく。

「俺の体、どうなって……!声まで変わってる!?」

高くなった秋菜の声を聞いて、静葉の中で何かがプツッと切れ、ぼんわりと霞んだ。

(秋菜くん……ううん……秋菜ちゃん、素敵な声……)

静葉は無意識のうちに秋菜に近寄り、恍惚の表情で想い人を見つめた。

「し、静葉!?お前の体、いつもよりちょっと大きいように……」
「そうだよ、そのリップクリームで大きくなったんだよ……でも、秋菜ちゃんのほうが、大きいよ。ほら、お胸だって」

静葉が秋菜のシャツを脱がせ、胸に手を触れると、その手の下で女性の乳房がプクーッと形成され、あっと言う間にリンゴ大の大きさになった。静葉は、その胸を揉みしだいた。

「んぁっ……やめろ、静葉……はぅっ……!」
「女の子がそんな言葉使っちゃダメだよ……」

静葉は、秋菜の2つの豊丘の間に顔をポフッと突っ込み、何かに取り憑かれたかのような目で秋菜を見た。

「おんな……のこ……?俺が……?」
「わ・た・しでしょ……?秋菜ちゃん……?」

静葉の吐息が秋菜の胸にかかると、それは不思議なほどの刺激を与えた。

「あぅっ……わたし……おんな……?」
「よくできました」

いつの間にか、秋菜を支配することに快感を得るようになった静葉。唐突にくちづけをすると、秋菜を床に押し倒した。

「いたっ!!な、なにする……」
「かわいいかわいい秋菜ちゃん……全部私のものにしたい……」

秋菜の方も、その流れに押されたのか、それとも何かの変化があったのか、静葉に従うようになっていた。

「静葉……ちゃん……」
「うふふ、今日は帰さないんだから……」

白い発情期(天彦こてさんから白扇さんをお借りしました・その2)

いつもと変わらない朝。天彦が目を覚ますと、寝床の脇に九音がニコニコ微笑みながら立っていた。

「とーさま、おはよ」
「おは…ぐふっ!」

挨拶を返す隙も与えず、天彦の胸の上に飛び込む九音。

「とーさまー!」
「ど、どうしたんだ九音、いきなり…」

天彦はある違和感を感じた。胸板の上に乗っている我が子から伝わってくる重みが緩やかだが確実に大きくなっている。ところが、目の前にいる桃色の髪の小さな子の姿が変わっている様子はない。

「とーさま、とーさま!」
「ちょ、九音、重い、重い!」

天彦の体を潰そうとする力は増える一方だ。

「つ、潰れる!」

天彦は目を覚ました。どうやら夢だったようだ。しかし胸を圧迫する力は消え去っていなかった。

「おはようございます、あなた…」
「び、白扇さん!?」

天彦の目に最初に入ったのは、のしかかっている人物の顔ではない、肌色の膨らみ。ふかふかと柔らかくも、人体の一部とは考えられないほどの大きさと、どっしりとした重量感、というより重量そのものを持っている球体。まがいもなく、天彦の妻であり人狐の白扇、その人の乳房だった。

「どうしたんですか!こんな朝から!」
「その…どうしても抑えられなくなってしまって…」
「まさか、発情期に…」
「そんなはずは…ありませんよぉ…」

しかしそのアメジストの瞳はトロンと虚ろで、息も荒い。白扇は定期的に、人狐としての力が暴走気味になり、自分でも抑えきれないものにかられてしまう体質があった。

「そんなことより、私のこれ、気持ちいいでしょう?今日は特別に大きくしてるんですから…」

自分の巨大な胸を撫で回し天彦に見せつけるように歪ませる白扇の仕草は、まさに子作りをしたがる狐のようだ。

「ちょ、ちょっと今日は買い物があるんですから!」
「では、朝ごはんだけでも…」

シュンと横に垂れてしまった白い狐耳を見て天彦は後ろめたさを感じたが、どうしようもない。二人は寝室を出て、朝食が用意してある食卓に向かうのだった。

「で、白扇さん…」
「なんですか…?」
「なんで、ついてきたんですか」

天彦はもともと一人で買い物に出かける予定だった。その彼に、白扇は何も言わずについてきたのだ。ただ、その大きな胸は縮ませ、狐耳は隠し、縦縞が入った袖なしのセーターに、カジュアルなスカートを履いて極力目立たないようにはしているようだ。しかし、男性として平均的な身長の天彦よりも頭ひとつ大きいその身長と、胸がなくても豊満な体型は、かなり人目を引いていた。

「発情期なんでしょう?ついてきて平気なんですか」
「はつ…じょう?何の話…ですか…?」

普段は発情期はゆっくりと段階的に訪れるものだったのが、今回は一気に最高段階まで行ってしまっているようだ。昨日までは、大人しく、しとやかな女性であった白扇は一晩過ぎただけで何を考えているかわからない状態まで遷移していて、彼女自身もその変化に順応するどころか、気づくだけでも難しいほど理性を失っていた。

「そういえば…さっきから体が疼いて…」
「ほら、だから帰ったほうが…」
「…天彦さん…いつもより素敵…」
「え?」

天彦が見ると、白扇の瞳の焦点が定まらなくなり、息が先程よりも荒くなっている。

「わたし…もう…たえられない…」

白銀の髪の中から狐耳がザザッと伸びてきた。

「こ、こんなところで…!?」
「あぁ…あなた…!」

セーターが押し上げられると同時に横に引っ張られ、その中身がムクムクと大きくなっていることが一目でわかる。体の尻の部分からも白い尻尾が何本も、ピンピンと生える。

「だめですよ!白扇さん!」
「んんっ!!」

膨らみ続ける胸はセーターが伸びきっても大きさは全く足りず、ビチビチと破けて穴が空き、はみ出した白扇の乳房がプルプルと揺れた。

「ああっ!」

最後の束縛が解け、それはブリュン!!と外に飛び出た。

「あちゃ…」
「ごめん…なさい…でも…まだ疼きが…!」

天彦の前で、白扇は元の姿に戻るだけでなく、更に大きくなっていた。スカートもギチギチと言い始めたと思うとすぐにビリッと破け、白扇は完全にその肌を晒してしまった。身長も2m、3mと大きくなり、発情期特有の甘い香り、いや濃すぎる甘さの匂いが周りに充満しはじめた。天彦には、最後に白扇の中に残っていた理性が消えていくのが見えた。

「わたし…あなたのために…もっと大きくしたい…」
「いけない!やめてください!」

白扇には天彦の言葉が耳に届いていないようだった。あっという間に3階建てのビルくらいまで大きくなった彼女の胸は直径4mはあるだろうか。天彦から見えるそれは、先端にほんのりと薄いピンク色が乗ったアドバルーンのようだ。

「はぁ…はぁ…」

白扇は荒い息を立て、その呼吸の度に球体はフルンフルンと揺れ、それと同時にムクッムクッと成長し続ける。天彦をぼんやりと見つめるアメジストの瞳も、地上から離れていく。そしてついに、

ガシャーン!!!!

白扇の体がその通りに建っているビルに衝突し、窓ガラスが全部割れてしまった。そして、それでも止まることのない周期的な巨大化によって、ビルはぐいぐいと押されて、メキメキと音を立てて歪んでいく。

「あなた…」
「白扇さん!!」
「ふああ…っ!!」

基礎からポキッと折れてしまったのか、ビルが崩れた、というより横転した。それに寄りかかる形になっていた白扇は転倒してしまい、その衝撃で大きな地響きが起きて、天彦も床に倒れてしまった。

「あ…う…」

倒れたまま大きくなる人狐の体は、地面と道路の舗装に亀裂を走らせ、抉っていく。そして倒したビルや下敷きになった他の民家だけでなく、隣の建物もぐいぐいと押し、その巨大な乳房も数トンの重さになって、形を歪ませながらも、自分の占居する空間を押し広げていく。

「大丈夫ですか!?」
「あ、あ…はい…」

天彦の呼びかけに応えて、今や20mの身長がありそうな白扇が、フラフラとしながらも立ち上がった。その豊満な肉体と、存在感たっぷりの胸についた豊球がさらけ出されても、彼女が恥ずかしがる様子など微塵もない。

「天彦…さん…小さい…」
「白扇さんが大きいんですよ!!」
「あら…そう…なの?じゃあ…」

白扇はその事実をようやく受け止めても、自分を抑えようとするどころか、逆に背伸びをした。すると、急激に巨大化のスピードがあがり、近くの電波塔くらいの大きさになった。

「わたし…こういうことも…できるんですよ…?」

その電波塔に、足元を確認することなく白扇が歩いていく。そのドシンドシンという一歩ごとに地響きが起こり、ドユンッ!と直径が20mくらいの乳房が揺れ動くのが、遠目に明らかに分かった。

「えーい、なんちゃって…」

お茶目に笑いながら白扇は、自分の胸で電波塔をギュッと挟み込んだ。電波塔の強度は、できるだけ軽くした自重の何倍かと、風圧だけに耐えられるように設計してある。それが、ほぼ水と同じ密度を持つ巨大な物体にはさまれたのだ。一瞬でグシャッとつぶれてしまった。

「あらあら…天彦さんより…柔らかいなんて…」

白扇が挟んだまま動こうとしたせいで電波塔は根元からちぎれてしまい、その電波用の通信ケーブルが断線して、火花が飛び散った。その刺激は白扇にも伝わったようだが、痛みではなく快感としてだった。

「ひゃあっ…すごい…」

先ほどから続いていた甘い匂いがまたもや濃くなった。すると天彦のまわりで異変が起こった。それは、まず音として天彦の耳に伝わってきた。ギチギチ…だったり、ミチッだったり、ビリッ!!だったり。天彦がその音の方向を見ると、巨人から逃げ惑う人々の中で、女性全員の胸がはだけていたのだ。しかも、お年寄りもかなりの割合で含んでいたはずのその女性達は、全員が全員20代かそれより下まで若返り、晒されている胸には、白扇のものにはかなわないが、どう見てもいわゆる「爆乳」とよばれるサイズのものがついている。

「これは…いったい…」
「あ…あなた…?」
「白扇…さん…えっ!?」

天彦が驚いた理由。それは、その現象を見た白扇の表情の変貌ぶりだった。トロンとしていた空気が一気に吹き飛び、嫉妬や怒りのような負の感情が湧き出していたのだ。

「天彦さんは…」
「お、落ち着いて…」
「天彦さんは…この私、白扇のものなんです!」

先ほどにもまして我を失っている妻を見て、戦慄と同時に羞恥心を感じる天彦。

「はっ!?」
「どんなにお胸が大きくたって、私のものに敵いはしないんです!!」
「ま、まさか…この人たちが俺を誘惑してると思ってるのか!?」

白扇は、電波塔を谷間から引き抜いて、天彦の方に走ってくる。天彦はもはや大地震と呼べるほどの揺れで立っていることができず、地面に腕をついて、仰向けに倒れてしまった。

「さああなた、私のお胸、全身で味わってください!!」
「ちょ、ちょっとまって!!!」

白扇は天彦の方に飛び込んできた。というより、少なくとも天彦から見て、その胸が潰しにかかってきたと言ってよかった。それは、天彦の周りにあった全ての建物や電柱をいともたやすく破壊しながら、すさまじいスピードで天彦に迫ってきた。

「う、うわあああ!!……で、でも……」

倒れたままの彼は避けることもできず、絶望を感じると同時に、大きな喜びも感じていたのだった。

「でもまあ、白扇さんの胸なら…むぐ!!!」

天彦は、文字通り全身で、白扇の乳房の柔らかさと強烈な質量感を感じた。そして、彼が本当に潰されることはなく、単にその柔軟なものに包まれるだけだった。

「気持ちいい…」

天彦の口をついて、そんな言葉が出てきたのだった。

「申し訳ありませんでした!!!」
「いや、もういいんですよ、過ぎたことですから…」

土下座する白扇を、なだめる天彦。結局、すぐに我に返った白扇は元の姿に戻ったのだった。白扇によると、突然発情期に入ったのは地磁気の乱れとか何とからしい。

「お恥ずかしい限りで…」
「でも周りの人の記憶だって元に戻したんですよね、だから大丈夫ですって」

白扇は頭を上げたくないようだった。

「母さま、すごく大きくなってたの?九音、一緒に行きたかった」

しかし、すこし寂しそうに耳を垂れながら、九音がつぶやくと、白扇は真っ赤な顔のまま娘を諫めた。

「こら、九音!」
「まあまあ…」

九音は悪びれる様子もあまりなく、笑った。

「あはは、母さま顔まっかっか!」

それで、天彦の緊張もほぐれて、吹き出してしまった。

「クスッ…本当だね」
「もう、あなたまで…でも、あなたがそこまで言ってくれるから、私も気が晴れました」

白扇は顔を赤らめたまま、微笑んだ。

「そうですか、よかった」
「ええ、ありがとうございます、天彦さん」
「おっと…」

白扇は天彦をギュッと抱きしめた。白扇は目をやさしく閉じていて、それは築かれた信頼を再確認するかのような抱擁だった。天彦も、白扇の長身のせいで、その顔に当たるムニュムニュした胸から温もりを感じ取り、抱き返した。

「ふふ、どういたしまして、白扇さん…」

感染エボリューション 10話

《ガシャーン!!》
「え、えーっ!?」

窓ガラスを突き破り、飛び出した先は10mの高さ。水の放射もすぐに終わり、美優は自由落下を始めた。

「きゃ、きゃあああ!!」

近づいてくる地面に絶叫する美優だったが、その脳裏に確かな、しかも単なる単語の羅列ではない、言葉が伝わってきた。

(落下の衝撃を防ぎます。緊急増殖!)
「……はっ!?」

美優の胸が、ボイン!ボワン!と何段階にもわけて大きく膨れ上がった。

《ドスーンッ!》

車一個分くらいにもなったそれがクッションとなって、骨折どころかかすり傷ひとつ負わなくてすんだ。ただその重さは相当のもので、すぐには動けなかった。

「はぁ……はぁ……」
(逃走の必要性を察知……)

「おい!大丈夫か!?」

知性を増した頭の中の声が、聞き覚えのある声に遮られた。そこには、かの青年が立っていた。

「足の形、それどうしたんだよ……それに胸だけ大きくなるなんて……」
「だ、大丈夫だけど……動けな……んっ!」
「まさか!」

地面と接触した衝撃で、今までポヨンポヨンと揺れ続けていたのが、急に美優の体に押し込まれるように縮み始め、何かが全身に行き渡るように、他の部分は成長し始めた。

「んぎゅっ……くはっ……」

足はすらっと長くなると同時に、ムチッと肉がつき、さらにグキッグキッと筋肉が発達していく。空洞化していた形も、元に戻った。腕も足と同じで、いつもよりも筋肉質な体が形成されていく。

「……前と違う……ウィルスの能力とは違う……どちらにしろ、このチビは……」

チビと呼ばれた美優の身長はゆうに2mを超えていた。だがプロポーションは細くなりすぎず、背が伸びたというより170cmの少女の、体全体のパーツが全て大きくなったような姿だった。

「ま、待ちなさい!!」
「くっ、やっぱりいやがったか、この妖怪が!!逃げるぞ、美優!もう動けるだろ!」
「まってー!」

美優は変身が終わり一息もつかなかったが、五本木の姿を見て逃げはじめた青年を追っていく。青年は、美優が追いついてきたのがわかるとスピードを上げた。美優もスピードを上げていったが、校門を飛び出し、車を追い抜かした時、自分が信じられないスピードで走っていることに気づいた。後ろを振り返ると、通学の時に見慣れた景色があっと言う間に後ろの方へと流れ、学校がどんどん遠のいていく。

「よそ見するんじゃないぞ!今のお前の体で、このスピードで車にでもぶつかったらどうなるか分かったもんじゃないんだからな!」
「う、うん!」

そこで気づいたのは、青年の走る速度も、自分のものと一緒であることだった。それはさっきから同じことであるし、元の体であれば、彼のほうが速くても何も驚くことではないが、車を軽々と追い抜かす彼の体は、美優と同じく人間離れしている。だが、その速度が少し緩んだのにも同時に気づいた。青年は少し苦しそうにあえいだ。

「んぐっ……もう限界か……?もうちょっとなんだ……」
「大丈夫!?」
「大丈夫だ!少し、汚くなるぞ!」

二人は川に流れ込む下水溝の、出口に来ていた。そこに何の躊躇もなく飛び込んでいく青年だが、美優の方は匂いに辟易しながら入っていった。1分くらい中の作業用通路を進んでいくと、そこには小さな扉があった。

「おい……!小さくなれ」
「え?あ、あれ、あなたの胸……」
「いいから!」

青年の胸が、異様な膨らみを見せている。だが美優は彼の表情に気圧されて、念じようとした。が、頭の中の声のほうが一瞬早かった。

(逃亡完了しました。排出……)
「あ、ちょっと待て!ここでやったら……もう遅いか」

美優の手に穴が空き、そこから排出が始まった水が下水に溶け込んでいくのを見て青年が止めようとした。美優の体はその排出と同じペースで縮んでいく。ウィルスが下水に放出されてしまったのだった。

「ごめんなさい……」
「いいから……遅かれ早かれこういうことになってたんだ。さあ、はいれよ。俺ももう、限界だ」

青年はポケットから出した鍵で、カチャッとドアを解錠し、開けた。二人がはいると、カーペットが敷き詰められた二畳ほどの狭い部屋があった。弱い照明に照らされた仄暗いその部屋は、静寂と少しのぬくもりを持っていた。青年は鍵を閉め、カーペットの上に座りこんで荒い息を立てながら、フードを外し、髪を外に出した。

《バサァッ!》

そこから現れたのは、長くつややかな黒い髪だった。

「えっ、それって……女の人の髪……」
「リンスもトリートメントもなしでな」
「……!その声……」

青年の声は、扉を閉める前までとは違って、低めのトーンではあるが確実にアルトの域だ。

「もう、分かっただろ。俺は、女だ。生物学的にはな」
「えっ!!?」
「だから……ここだって」

上半身の膨らんだ部分を覆う服を丁寧に脱いでいくと、ブルンブルンと揺れる乳房が出てきた。

「どうだ」
「おっきい……」
「ああ、それにすごく邪魔だ」
「……」

青年はバツの悪そうな顔を見て、少しフフッと笑ってみせた後、真顔で続けた。

「俺だって好きでこんな体になったわけじゃない。いや、好きでなったようなもんかな……」
「どういうこと?」
「今はこんな姿だが、元は男だ。それが、アイツのせいでなにもかも滅茶苦茶だ」
「あの五本木ってヤツ?」

その名前を聞いた青年の顔がピクッと痙攣した。

「っ……」
「どうしたの?」
「……お前には伝えてもいいかもな。俺の名前。五本木。五本木祐希(ごほんぎ ゆうき)だ」
「ああ、それで名前に反応したんだね……って、すごい偶然だね」

キョトンとした美優に深い溜息を着く祐希。

「ちょ、ちょっと……」
「おい、この流れで偶然だと!?佐藤とか田中みたいなありふれた苗字じゃないだろ?もっと何か勘ぐれよ」
「んー、あ、ええっ!?」
「そうだ、俺はアイツの……」
「お嫁さん!?……じゃなくて、お婿さん!?」

祐希は二回目のため息をついた。

「誰が!アイツと!結婚なんか!!それになんだよお嫁さんって!」
「だ、だよね……」
「……あ、はは、あはははっ!」

急に笑い出した祐希に今度は美優が困惑した。

「え、私何か変なこと言った?」
「変なこと、だって!あっはははは!!」
「えーなに、何なの!」

祐希は少しの間笑い転げていた。床をバンバンと叩いたりするせいでブルンブルンと揺れる胸をドギマギしながら美優が見つめていると、ようやっと体勢を戻した。

「いやいや、すまないな……誰かとこういう風にしゃべるのは久しぶりで……でだな。本題に戻ると、アイツは俺の父親の……」
「父親!?あの人も男なの!?」
「んー、お前もっと人の話を聞けよ」
「ごめんなさい」
「よろしい。アイツは父方の祖母だ」

美優は少しの間言葉の意味を理解できなかった。今前にいる元男の瑞瑞しい女性と、自分を拉致した研究員の年齢はそれほど離れているように見えなかったからだ。

「え?あの人が、あなたのおばあちゃん?え?」
「まあ、すぐには納得出来ないだろうな。若返るウィルスを使って不老の体を手に入れてるのさ」
「わかがえる……うぃるす?」
「……つまり、めっちゃくちゃ若作りしてるみたいなもんだよ!魔法みたいな何かで!」

半分投げやりに噛み砕いた説明で、美優は合点がいったようだ。

「ああ、魔法!」
「それでいいのかよ」
「んーまあね」
「……で、その魔法を色々試しているうちに、俺の妹も巻き込まれて……変わり果てた姿になってしまったんだ」

祐希は続けた。祖母が新開発の身体強化ウィルスの検体に自分の孫を使い、成功してもおぞましいことになるであろうその実験が失敗したこと。結果、全身の脂肪組織の異常増殖が起きて、見るも無残な姿になってしまったこと。兄である祐希は、揉み消しという名の抹殺から救出するために、実験結果を用いて改良されたウィルスを自分の体に打ち込んだこと。成果は出たが、副作用で女性化してしまい、胸だけはなんとか縮められるものの、先ほどのような高速移動を過度に行うと、膨らんできてしまうこと。その話の間美優は神経を集中し、なんとかついていった。

「そ、それで今、妹さんはどこに……」
「ああ」

祐希は、入ってきた扉とは、部屋の反対側にある鉄扉を指さした。

「この扉の向こうだ。そうだ、お前の中のウィルスに、助けてもらおうか」
「助け?」
「妹のウィルスは完全に暴走状態だが、お前のウィルスに制御してもらうのさ。そうすれば妹も少しは元に戻れるかもしれない」
「……」
「できるか?」

頭の中の声は、反応を見せなかった。

「分からない、けど……」
「物は試しだ……俺だって、お前のウィルスを使って妹を治そうとしてたわけだしな」
「……?」
「……じゃあ、行くぞ」

鍵がかかっていない扉が、開かれた。すると、汗臭い空気がムワッと入ってきた。

「しまった、佑果(ゆうか)、長い間一人にしてごめんな」

電気が付いていない真っ暗な部屋に向かって祐希が声をかけると、か弱いが少し低く太めな少女の声がする。

「ううん、いいんだよ」
「電気、つけるぞ」

祐希がスイッチを入れると、美優の目に、高さ3メートルくらいの、床に置かれた肌色の半球が飛び込んできた。数多くのチューブが繋がれ、ある一本は中から何かを吸い出し、他の一本は逆にその塊に供給している。

「この子が、俺の妹、佑果だ」

祐希は、重々しく言った。

いたずら神のE道具 格上の押下

「ただいまー……って誰も居ないか」

学校から帰ってきた中学生の少女は自分の部屋に向かった。宿題をする前に少し漫画でも読もう。と思った彼女の目に飛び込んできたのは、勉強机の上においてある見慣れないものだった。

「なんだろう、これ?」

それは、押しボタン。小さな金属の箱の上に、スケルトンのボタン部分が付いている。昔どこかのテレビ番組で、芸能人が押していたような、簡単なボタンだ。しかし、少女の記憶には、これを机の上に置いた記憶も、買った記憶すらもない。

「理恵が遊んだまま置いてったのかなぁ……それとも愛お姉ちゃんが私にびっくりでも仕掛けてるのかな?それなら……」

少女はボタンに恐る恐る手を伸ばし、そして押した。

『ほぁー!』

なんとも間抜けな音が出たが、それだけだった。少女はほっと一息ついて、ボタンはそのままに本棚から漫画の単行本を取り出し、読み始めたのだった。しかし、一話を読み終わった時、異変が起こった。

「なんか、暑くなってきてる……」

少女の体から汗が噴き出始めたのだ。暖房もつけておらず、かと言って日が差し込んでいるわけでもない。夕方で室温が下がっていく一方なはずなのに、少女は暑さを感じた。身を起こした彼女は、自分の体の中から熱が発せられているのに気づいた。

「ちがう、私の体が熱くなってきてる……あっ……!」

そのとき、少女に軽い衝撃が走り、それを境に熱は冷めていった。

「何だったんだろ、今の……あれ、なんか服が……」

すこし余裕があったはずの服がきつくなっている。下を見ると、もともと膨らみかけだった胸に、大きな膨らみがくっつき、服を押し上げていた。少女がそれを触ると、フヨフヨと変形すると同時に、少女の胸の部分に触られている感触が伝わってきた。

「えっ……これ、おっぱい……?もしかして、おしりも……」

腰に手を当てると、姉である愛と同じ程度の大きさの尻が付いていた。よく見ると、体の部分一つ一つが、高校生のそれに成長を遂げていた。少女は部屋の鏡に映り込む自分を見た。

「うそ……これが私……?」

姉と瓜二つの高校生になった自身の姿に呆気にとられてしまい、ゲームソフトを借りるために姉本人が部屋に入ってきたことに気づかないほどであった。

「え、アタシが何で二人いるの!?」
「あ!お姉ちゃん、いつの間に!?」
「お姉ちゃ……ってことは双葉なの!?」
「そ、そう……私双葉だよ!」
「でも、どうして?あ……」

愛は自分の生き写しのようになった妹の奥に、机に置かれたボタンを見とめた。勘がいい彼女は、机の上からボタンを取り上げ、妹の前に持ってきた。

「これでしょ?これを押したら大きくなったのね」
「え、お姉ちゃんなにか知ってるの?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ。どれ」

愛はそのままボタンをポチッと押した。

『ほぁー!』

双葉が押した時と同様、音が出るが何も起きない。ところが、愛は早とちりをしてしまった。

「何も起きないってことは、今のはハズレってことね」

ポチッ。

『ほぁー!』
「またハズレー?」
「ちょ、お姉ちゃん……」

ポチッ。

『ほぁー!』
「どうなってるのよ、えい!」

ポチッ。

『ほぁー!』
「あーもう!双葉、どうしたら大きくなったのよ!」

思っていた結果が出ない苛つきを妹に押し付ける愛だが、双葉も反撃しようとした。

「何で私に怒るかな!」
「いいから早く教えなさいよ!」

だが、その剣幕に、一瞬で双葉は折れてしまうのだった。

「えーとね、押したらその音が鳴って、その後少し経ってから大きくなったんだよ」
「って、ことは……」
「お姉ちゃんも待ってれば大きくなるよ」
「な、なんでもっと早く言ってくれないの!何が起こるか分からないじゃない!」
「だ、だって……」
「だってじゃないで……しょ……あ……あ……」

愛の様子がおかしくなり始めた。全身の皮膚が赤らみ、汗が吹き出始める。

「お姉ちゃん……?」
「あ、あ……あついぃぃいい!!」

愛が叫ぶと同時に、全身を覆う服がビリビリと音を立て、中から膨張する愛の体がグググッと出てきた。あっと言う間に服は千切れ、愛は一糸まとわぬ姿になってしまう。それでも成長は続き、普通の大人を通り越して、背は伸び、胸はムクムクと膨らみ、それを覆うように皮下脂肪がムチムチと急増殖する。

《ゴツンッ!》
「うぁっ!!」

ついに部屋の天井の高さに届き、激しすぎる成長のせいで、頭を強く打ってしまった。たまらず床にドサッと倒れると、家全体にドーンッと衝撃が走り、至るところからギシギシと軋みが聞こえてきた。

「でも!……まだ!……あつい!!!」

愛の全身はドクンドクンと脈打ちながら巨大化を続け、部屋いっぱいになったところで、やっと成長が終わった。

「う……動けない……胸も苦しいし……」

その巨大な体に対しても大きい、大玉ころがしの玉くらいの乳房が、部屋の壁と床と天井によって歪み、愛の体を圧迫していた。本棚やベッド、勉強机などはその弾力で押しつぶされてしまっていた。

「お姉ちゃん!?大丈夫!?」
「だ、大丈夫なわけ……!」

『ほぁー!』

「「はっ!?」」

愛と双葉の会話を遮るように、間の抜けた、しかし身の毛もよだつような音が響いた。

『ほぁーほぁほぁほほほほぁー!』
「ちょ、機械が故障したの!?」

身動きが取れず音の源の方を確認できない愛。その質問に答えた双葉の声は、絶望に満ちていた。

「ううん……理恵が……」
『ほぁー!ほぁー!』
「これ、楽しい!もらってもいい!!?って、この肌色の壁、どうしたのっ?」
『ほぁー!』

末っ子の理恵。小学生の彼女が、ボタンを際限なく、何回も押していた。

「ちょ、まさか……理恵!やめなさい!って、もう……」

双葉はそれを止めようとしたが、理恵の体が姉と同じように、赤みを帯びてきたのに気づいた。

「あれ?なんか気持ち悪くなってきちゃった……」
「時、すでに遅し……愛お姉ちゃんあとよろしく!」
「はぁ!?ちょっと待ちなさいよ!!」

双葉は姉の制止を聞かなかったようで、ドタドタと逃げていった。その次の瞬間、壁と天井と自分の胸だけが見えていた愛の視界が、急に開けた。信じられないような轟音とともに。

「ん、なんで……り、理恵!?」

自分と同じくらいの身長になった理恵が目の前にいた。それで、家が吹き飛ばされたせいで、自分が解放されたことに気づいた。理恵の体型は小学生のままだが、身長は刻一刻と伸びていく。

「お姉ちゃん、怖い……よぉ……!んあっ……ああっ!!!」

愛の時と同じように、理恵は大きな叫びとともにその体型を変え始めた。まず足がグキグキと伸びていき、同時にムチムチと肉がついて、ぽってりとしていたそれは、美しい曲線を纏った大人のそれに変化する。全身の巨大化が止まらないのも相まって、身長はゆうに5階ほどの中層ビルを超えていた。家ほどの大きさになっていた愛ですら身の危険を感じるほどになり、急いで離れる。

「理恵……!」
「んんっ……くきゃっ……」

妹の顔が遥か上にあるのを見て、大きすぎる違和感に立ちくらみを起こしそうになる愛。その視線の先には、さらなる変化を遂げていく「小学生」の体があった。

「かはっ……んんんぅっ!!」

足に取り残されていた他の体の部分も成長を始め、幼児体型が長く、細く、曲線的な輪郭を帯び、大人の階段を数十段ひとっ飛びしていく。この時点で、140cmにも満たなかった理恵は高さ140mの高層ビルすらも超えるような巨人に成長していた。巨大化が止まらないまま、胸板の一部がぷっくりと膨れ始めた。

「胸が……いたいっ……!」

乳首の周りが小山のようにプクーッと膨れたかと思うと、その小山は大噴火を起こしたように何十倍、何百倍もの大きさに膨れ上がり、その中に熱気球が何個も入るような大きさまで、一気に成長してしまった。あまりの重さに理恵はバランスを失い……

《ドゴォォォオオオオン!!!》
「あうう……!!!チクチクする!!」

密集した住宅街、いやそれに隣接した駅前の商店街までも巻き込んで、倒れた。発生した非常に強い揺れもともかく、理恵の重さはどんなに堅牢なつくりの建物も一瞬で破壊するほどのものだった。チクチクするどころではない。

「うわあん!私、どうしちゃったのー!!」

なんとか巻き込まれていなかった愛と双葉は、目の間にそびえる肌色の壁を眺めつつ、ため息をつくほかなかった。

環境呼応症候群 酔いの子

「本日はお日柄もよく……」
「そんなことはどうでもいいから!乾杯!」
「「「「乾杯!!」」」」
「……乾杯!」

今日は月に1回の飲み会。課の皆参加する、近くの居酒屋でやるものだ。別に、強制参加とかではないけれども、腹を割って愚痴を言い合ったりする、ストレス発散のいい機会になっているから、周知すれば皆こぞってやってくるのだ。ただ僕はというと、新入社員として、これまでは忙しすぎて参加を見送っていたけれど、やっと今回都合を合わせることができた。ビールをぐいっと一口飲んだ後、グループリーダーの高井さんが話しかけてきた。

「やっぱり最初はビールだよなー!なあ新人!」
「ですねー!」

本当は焼酎の方が好きだけど、話を合わせておこう。

「お、すごい……織田さん、あんなに小さいのに」
「織田か……あいつにはちょっとした秘密があってな」

織田さん、というのは、課にいる唯一の女性社員で、おまけに女性としても背も低いから、まるで課に子供が迷い込んでいるかのような光景が毎日見られる。といっても、もう打ち解けたし、その光景にも慣れてきた。それが、今日また驚かされてしまった。

「ぷはっ!これこれ!やっぱりこれよね!」

もうジョッキが空いた。1分も経ってないのに。遅目の一気飲みレベルだ。

「大丈夫なんですか?あんなに飲ませて」
「大丈夫だって!まあ、間違いなく潰れるだろうけど」

高井さん、それはどっちなんですか。

「そういえば山崎は初めてなんだよな。あれはな、見ものだぞ」
「へ?織田さんがですか?」

山崎とは僕のことだ。織田さんが見ものって、今でも結構見ものなんですが。

「いいか?胸のあたり見てろよ」
「それってセクハラじゃ……」
「大丈夫だって、もう酔っ払ってて今の記憶なんて残らないし」
「は、はぁ……」

言われるがままに織田さんのペッタンコ……ゲフンゲフン、胸を見た。すると、何か膨らんでいるようにみえる。いやいや、女性なら当然多少の膨らみはあるだろうけど、織田さんは……しかも、だんだん大きくなってる?シャツのボタンも、左右から引っ張られている。これは……

「どうだ」
「うわぁっ!」

あまりにも集中していたせいか、高井さんの一言でかなり驚いた。高井さんも一瞬目を丸くした。

「……ははははっ!!びっくりしただろ?」
「いや、どちらにもびっくりしました」
「まだまだこれからだぞ、飲みながら見てな」

机においてあるまだキンキンに冷えているビールを、ゴクリと飲んだ。だけど、目の前で起きていることを見ていたせいで、味が全くわからない。続けざまにゴクゴクと飲んだけど。だって、織田さんのシャツから谷間が覗くくらい、胸が大きくなっていたからだ。

「な、なぜなんだ……」
「それは、よくわからないが、『メタモルフォーゼ症候群』ってやつらしいぞ?酔えば酔うほど、胸だけじゃなく体全体も大きくなる。そういうものらしい」
「体全体?」

確かに、織田さんとその隣にいる先輩社員の背丈の差が縮んでいる気がする。肩幅も大きくなっているかもしれない。そんな織田さんは、グビグビと飲み続けている。シャツの方はもう限界で、喋り声で音は聞こえないが、ところどころが裂けはじめ、胸肉がプルンと出ている。

「でもな、本人に聞くと、冗談のように笑い飛ばされてさ。全く覚えてないらしい」
「全く、ですか……あ、ビールお願いします」
「俺もお願い」
「あ、私もあと3杯ー!」

通りかかった店員にお代りを頼む。織田さんは飲み干すと本能的に頼んでいるが、もう5杯は飲んでいる。元々の彼女だったら、もう倒れていても仕方ないだろうけど、いつの間にか男性社員を追い抜かして大きくなっているその体では、まだ足りないのだろう。

「ところで、いつわかったんですか、その事」
「もちろん織田が初めて飲み会に来た時さ。最初は山崎みたいに、酒を大量に飲む織田を心配したんだ。そしたらさ、どんどんでかくなってくじゃないの!どれだけでかくなるかは、まあお楽しみだな」
「まさか、それを見るために参加している人も?」
「もちろん。そのことがあってから、参加者が急増したし。ただ、口止めはしてあるはずだけどな」

僕も今日まで知らなかったのは、その口止めがあったせいだろう。そんなとき、ガラスがキーンッとなる音が響いた。見ると、織田さんのシャツのボタンが1つ外れて、そこからムニュッとおっぱいがでている。

「そろそろ、来るぞ」
「来るって、何が?」
「だいぶ乗って来た!一気飲み行くよ!」

織田さんが立ち上がって大声を上げると、高井さんを含めた皆が歓声を上げる。学生の集まりじゃないのに。織田さんは、ビールを一杯、いや二杯、それにとどまらず三杯と、1分以内に全部飲んでしまった。すると、織田さんの体が、グイグイと大きくなり、すでにシャツからこぼれ落ちていた乳房が、ボンッ!バインッ!と、数十倍の大きさまで爆発的に大きくなった。その重さで、織田さんが前にのめって倒れてしまうと、バランスボールほどの胸はグラスジョッキもつまみの皿も全て破壊して、テーブルの上を専有した。これは高く付くぞ、という思考より前に、なんて大きくて柔らかそうなおっぱいなんだ……というものの方が先に頭に浮かんだのは、多分酔いのせいだ。

「う、動けないー。なんでー?」
「織田さん、もっと飲む?」
「あ、ありがとー」

織田さんの口に先輩社員が日本酒を注ぐ。少しこぼれつつも、織田さんの中に入っていった日本酒は、さらに織田さんを大きくしていく。身長は2mを超えた。おっぱいはテーブルの上からはみ出るほどになり、前にいた課長の体に何もしないでも触れるほどになった。

「もっと、もっとー……」

まだ酒を欲している織田さんは、ポフンと頭を胸に乗せ、そのまま寝てしまった。潰れたな。

「山崎、せっかくだから触ってみたらどうだ」
「お、新入社員も一緒に体感してみるか」
「え?」

それって、いいのか?と思って躊躇する僕の手を、高井さんが掴んだ。

「大丈夫。誰も気にしないから。ほら」

そして、僕の手は、目の前に鎮座する肌色の塊に押し付けられ……なんだこの感触……すごく……暖かくて、包み込まれるような……

「最高だろ……?」

高井さんの声が聞こえたような気がしたが、関係ない。僕はその感触を無我夢中で、全身で感じようとしていた。僕は胸に飛び込んだ。周りから拍手が聞こえるような気がする。そんなことはどうだっていい。トクン、トクンという織田さんの心臓の脈拍を感じ、胎内にいるような感覚すら覚えた。柔らかくて、暖かくて……このまま、寝てしまいたい……

「お客さん!終点ですよ!」
「えっ!?」

目が覚めた。ここは、どこだ。電車の中?服は着てる、でも着た記憶なんて無い。

「車庫に入りますから、降りてください」
「あ、はい……」

不思議と酔った感覚はない。そんなに酒を飲んでいないのに、気を失ったのは何か毒ガスでも吸わされたせいなのかもしれない。いやいや、まさか。

電車を出ると、名前だけは知っている遠くの街の名前があった。時計を見ると、もう帰れないことがすぐに分かった。明日が土曜日でよかった。

次の出社日、高井さんに打ち明けると、大声で笑われた。

「がはは、そんな所まで行ったのか!」
「ええ、なぜか記憶もなくて……」
「おっぱいに飛びかかってたもんな、椅子からさ」

僕の顔がすごく熱くなっていくのを感じた。そんなことをしたのか、僕は。

「ま、俺も同じことしたけどな。全然飲んでないのに倒れて」

もしかしたら、あのおっぱいには魔法の効果でもあるのかもしれない。まさに魔乳だ……