「これでやっと、理想の体が……」
自分の家の風呂場で一人、ニヤニヤしながら手に持った小瓶を見つめる男が一人。名前は細田と言った。
「毎日「かわいい」だの「守りたくなる」だの言われる生活はもう懲り懲りだ、この薬さえあれば、僕はたくましい男に……!」
思えば、電車の中で痴漢され、それを他の乗客に救ってもらったあげくに「大丈夫ですか、お嬢さん」と声をかけられ、完全に女性扱いを受けたあの日。学生時代から溜まっていた鬱憤についに堪忍袋の緒が切れたあの日から、弱々しい体を与えた親や神に悪態をつきつつ、解決法を探っていたのだ。
「いくら鍛えてもナヨナヨした体とも、今日でお別れだ。このケルトの秘薬さえあれば……!」
小瓶の中身は、その昔、狂戦士を作り出すために使われた薬。ネットでも数々の口コミがあり、本当に効果があるらしい秘薬を、細田は瓶の蓋をあけ、一気に飲み干した。
「ぐっ……に、にがいっ……」
喉の中が焼け付くような、劇物を飲んだような刺激。その刺激は、段々と全身に伝わり、やがて熱へと変わっていく。
「ふぅ、ふぅ……あつい……」
風呂場の鏡に映る細田の体は、全身を駆け巡る熱によって、赤く染め上げられた。
ドクンッ!!
「うぅっ……!体がっ……!」
心臓が、強く鼓動する。そのたびに、細田の体はビクン、ビクンと脈動する。心なしか、そのシルエットが段々と大きくなる。
「よし……その調子だっ……!」
いくらトレーニングしても一向に発達しなかった筋肉が、一瞬のうちにメキメキと大きくなる。腹筋はビキビキと音を立てて割れ、足は長くなると同時にムキムキと太くなっていった。
「うおおっ、うおおおっ!!」
声は野太くなり、本物のバーサーカー、狂戦士のように、凶暴とも言える体つきになる細田。
だが、そこで一瞬の迷いが生じた。
(力がみなぎるっ!!だけどこんなに大きくなったら、みんなに怖がられるかもしれない……それに、普通に生活ができなくなるかも……)
ビクンッ!
「な、なんだっ……!?」
体が精神の迷いを受け取ったかのように、ずっと続いていた発達が急に止まった。その時点で、細田の体はレスラー並みの筋骨隆々なものになっていた。
「……や、やった!これだけ逞しくなれば、もう馬鹿にされずに……!うぅっ……!?」
これもまた突如として、細田の股間に耐え難いほどの激痛が走った。細田が鏡を見ると、その体から何かが欠けていた。
「僕の……アレがない……!?」
鏡越しではなく、自分の目でそれを見ようとする。だが、胸筋が邪魔で見れない。
「僕の、ちんちん……、っ!?」
自分の目を疑う細田。視線の先で、乳首が急激に膨張したのだ。そして同時に、腕や足の筋肉がしぼむように無くなり始めた。
鏡を見ると、身長も縮んでいく。元の高さまで、いや、それよりも低くなっていく。
「な、なんだこれっ!?」
体毛という体毛がサラサラと抜け、肌が白くなる。割れに割れた腹筋が、スゥッっと消えていく。
「これじゃ、まるで……女性みたいじゃないか!!」
それを肯定するように、細田のウエストがギュウギュウと絞られ、逆に腰骨は横に広がっていく。
「や、やだ、僕は女になんかなりたくないっ!!」
太ももに圧迫感を覚え、手で抑えると、その下で無くなった筋肉の代わりというように皮下脂肪が発達し、次第に細田の輪郭が丸みを帯び始める。
「やめろ、やめろーっ!!」
肩がバキッと音をたてると、元々なで肩気味だったものがさらに下にさがる。髪がゆっくりと伸び始め、次第に背中を覆っていく。
「なんで、なんで僕がこんな目にっ!!」
手指が細くなり、顔も小さくなる。もはや細田の体はどこからどうみても女性そのものであった。そして、仕上げとばかりに胸の膨らみがムクムクと大きくなり始めた。筋肉ではなく、授乳器官としての胸が。
「う、うそだ、うそだそんなことーっ!!」
小さな盛り上がりが、大きな山に、そしてさらに大きくなろうとするのを、細田はギュッと腕で抑えようとする。しかしそれによって寄せられた乳房の間に谷間ができ、その大きさが更に強調される。そして、人並みよりひとまわり大きくなってしまった。
そしてバランスを取るように尻がムチッと膨らんだところで、それは終わった。
中身が空になった小瓶を、半泣きで睨みつける細田。
「くそ、お前の、お前のせいでっ!!」
床に叩きつけ、割ってしまおうと、小瓶を持ち上げる細田だったが、そこで初めて小瓶に刻み文字が入っているのに気づいた。
「なんだ、これ……英語か……?」
見たこともないその言語だったが、スマホで翻訳させると、ウェールズ語と判定された。そこにはこう書かれていたようだ。
『この薬によって世の男は、狂戦士の体と力を手に入れる。だがその過程において少しでも迷いを持ったものは、臆病者として女の体を与えられる。覚悟のあるものだけが、狂戦士となれる』
絶望の中で細田は、自分のたわわに実った胸を揉むことくらいしかできなかった。