ミルクショック(後編)

「実は俺の血筋には、封建制時代の奴隷の血が……」
「ちょっと、この子の前で奴隷とか言わないで」

美佐は泣き顔のまま、大きくなった体に合う椅子もなく、床に座り込んで父親の話を聞いている。「奴隷」という単語を聞いたのは初めてらしく、少しキョトンとしている。
「……召使いの血が混ざってて、それはたいそう頭のおかしな主人に仕えていたらしい」
「それで、その人を喜ばせようと……こういう体質にしたのね」
「まあ、飲み水に薬を混ぜられて、本人も望まない形でこうなったらしいがな」

その主人とは実のところ、大きな街の神父であったのだが、豊満な女性の体に魅入られていたのだが、体面を気にしていたらしい。普段は貧相な体つきの人物だけを仕えさせ、その当時は手に入れにくかった牛乳を引き金に、成長する体質にしたそうだ。それを利用して、夜だけの性奴隷を作り出していた。

もはや錬金術の域だが、実際に錬金術師が作った薬でその所業を行ったためだった。
「遠い昔、その子孫が日本にやってきて、根を下ろしたらしい。そのころには、主人の家が没落して、牛乳も飲める環境ではなくなって、体質も忘れ去られ、一個の書物としてだけしか記録に残っていなかった」
「ちょっとまって、それならあなたはどうなのよ?」
「俺の場合も、牛乳を飲むと……」

そのまま牛乳に手を伸ばしかけた父親の手を、母親が止める。
「い、いいわ……分かったから……今日は仕事もあるんだし。確かにあなた、牛乳飲まないものね……」
「うむ。ただし、一人の『体質持ち』に子供が複数人生まれた場合、ほとんどは一人だけに体質が遺伝するらしい」
「じゃあ、和佐(かずさ)は大丈夫ってこと?」

和佐は美佐の弟だ。歳は近く、もう少しで幼稚園に入園する時期だ。
「そう……あっ、もうこんな時間だっ!美佐は数時間経てば治るだろうから、今日は幼稚園は休ませて!くれぐれも病院とかには連れて行くなよ!じゃあ行ってくる!」
「あ、あなた、お弁当……!!行っちゃったわ」
母親は、たぷんたぷんと揺れる豊かに育った自分の乳房を、憮然として見つめている美佐を見て、どうしていいものか途方に暮れた。

その間にも、和佐が大きな音に目を覚ましたのか、リビングに姿を現した。

「んー……」
寝ぼけ眼のまま机に向かう少年は、見る影もなくなっている姉の前も素通りして、乾き始めてもいない白い水たまり――美佐の母乳が溜まったもの――に足を踏み入れた。
「ああっ!!」
「カズちゃんっ!」
そして、漫画のごとくズルっと足を滑らせ、顔をビチャッと水たまりに突っ込ませた。
「うぷっ……これ、なに……?」

和佐の顔いっぱいに、美佐の母乳が付いて、まるで白い仮面をかぶっているようになった。

「大丈夫?カズちゃ……」
「おなか、熱いよっ……」
和佐は、急に体を抱えて苦しみだす。その小さな体がブルブルと震えだし、そして……

ビリビリッ……

服が破れる音がし始める。和佐の体が、急激に大きくなっているのだ。しかも、男であるはずの和佐の胸がビクビクと震えながら確実に膨らんでいた。小学生の体になる頃には、リンゴ大に膨らんだ乳房が服をパンパンに張り詰めさせ、乳頭もかなり大きくなっていた。

「カズ……ちゃん……?」
「う、なんか、出てきちゃうぅっ」

じわりじわりと成長を続ける乳房は、膨張する速度を上げ、プクーッと存在感が増していく。

「だ、だめぇっ!!」

和佐は、自分の胸から飛び出そうとする何か――美佐と同じく、母乳であった――を、抑えようとするように思いっきり手を胸に押し付けた。しかし、それは、乳腺の中で、勢いを溜め込んでいた噴出を抑制するどころか、その引き金となってしまうのだった。

ブシャアアッ!!

「んあああっ!!!」

和佐はその刺激のあまりのけぞってしまう。美佐のときよりは勢いが弱かったが、白い液体が服越しに撒き散らされ、さらに悪い事に……

「んっ」

ぼーっと見ていた美佐に、容赦なく液体が降り掛かったのだ。

「また、大きくなっちゃうよぅぅっ……!!」

すでに180cm近い身長になっていた美佐は、言葉の通りに、母乳の力で体を押し広げられ始めた。

「とまっ……て……」

胸をきつく抱きしめ、自らの成長を止めようとする美佐……だが、その表情が困惑から変化し始める。

「う、う……」
「美佐……?」

突如、顔が赤くなり、まるで上気したかのような、快感につつまれた淫らな表情を浮かべる美佐。これまでの無垢な美佐がどこかに消えてしまったようだった。

「あ、あはは……アハハハハッ」
「おねえ……ちゃん……?」

特異体質のもう一つの特徴、発情とも言える性欲の爆発が起こり始めていたのだ。いくら体が大きくても、行為をしなくては意味がない、そう考えた過去の主人が仕込んだ媚薬の効果が現れ始めていた。

「おっぱい大きくなるの、気持ちいいよぉ……」

特大スイカサイズに達し、なお大きくなる胸をもみしだき、恍惚の表情を浮かべる美佐。その視線の先に、母乳を出し終わったものの、豹変した姉に腰を抜かしている弟の姿が映った。

「あは……かずちゃん、私のおっぱい、飲んで?」

またも母乳がたまり始め、張りが強くなりつつある巨大な乳房を垂らし、四つん這いになって和佐に近づく美佐。その姿は、獲物を追い詰めるネコのようでもあった。

「や……やだ……っ」
「つーかまーえたっ♥」

そして、和佐の肩をガシッとつかみ、強く張った双球の一つを、口に押し付けた。

「たーんと、めしあがれ!」

口で押さえられていなかった方の先端から、白い液体が噴き出し、床にポロポロとこぼれおちる。同時に、和佐の中にも同じ液体が流れ込む。

「んんっ!んんんん~っ!」

和佐は、姉の拘束から逃れようと必死になるが、大きな体格差には勝てない。その間にもさらなる変化が始まる。濃厚な母乳に反応して、強烈なまでの成長ホルモン、そして女性ホルモンが和佐の体中を駆け巡り始めた。

すでに大きくなっていた乳頭がビクンッビクンッと動き、その体に不釣り合いなほどに乳房が成長していく。母乳が体に染み込んでいき、体中がドクンッ、ドクンッと長くなり、太くなっていく。そして巨大な姉に負けずとも劣らない、莫大な体積を、和佐の体が占めていく。リンゴ大だった乳房は、中に生成された母乳を蓄えながら、ムリムリと膨張し、いつしか美佐のものに追いつき、追い越して、地面につきそうなくらいの途方もない大きさとなる。髪もさらさらと伸び、腰まで伸びるロングヘアになった。

「かずちゃんもすごい……」

その先からぴゅるぴゅると白い液体を出し始めたそれを眺めて恍惚の表情を浮かべる美佐。そして、乳房を和佐の口から離した。

「うふふ、おいしそう❤」
「おねえちゃん、かず、どうなって……うあっ、ああっ!」
美佐と同じく、和佐の意識もピンク色に上塗りされていく。

「おっぱい……おねえちゃんよりおっきくなっちゃった」

ちょうどそこに、弁当を忘れたことに気づいた父親が玄関の扉を開ける音が聞こえてきた。
「おーい、弁当取ってきてくれないか!」父親が呼ぶ声がするが、二人とも何かに操られるかのように息を潜めた。「誰も居ないのか?」父親の足音が近づいてくる。

「かずちゃん、おっぱいまだ出る?」足音を聞いて立ち上がった美佐は、和佐の腕を引っ張って立ち上がらせた。
「たっくさんでるよ?」姿勢を整えた和佐は、両腕で胸を揉みしだいた。先端から出る母乳の一部は、美佐にもかかり、またも美佐の乳房はそれに反応して母乳を蓄えていった。

「じゃあ、お父さんに飲ませよう」いよいよ部屋に入る扉の裏に足音が近づいてきたのを聞いて、パンパンに張ってきたおっぱいを両腕で抱えた美佐。和佐も、ニヤニヤしながら頷いた。

「おい、誰か……」
扉を開けた父親に迫ってきたのは4つのおっぱいだった。
「「せーのっ!」」
そのうちの二つが、巨大な質量で父親を押し倒した。

「な、なんだっ、ぶふぅっ!」
倒れた父親の顔の上に乳房が押し付けられ、容赦なく吹き付けられる二人の母乳。息をしようものなら、沢山の量が口の中に入ってくる。

「たーんと召し上がれ、お父さん❤」
「おいしいよ?」

その二人の下で、父親の体にも変化が始まった。メタボ気味の盛り上がった腹がグイグイと中に引き込まれ、逆にズボンの中ではムチムチと肉が付いていく。つかの間にズボンはパンパンになり、更に大きく膨れていく尻の部分はビリッと破れた。

「ん、ぶ、んぅっ!」
父親は必死に抵抗するが、それも二人の下で胸が膨らみ始め、髪が黒から赤に変わると流れが変わっていく。父親はできるだけ閉じていた口を大きく開けて、苦しい顔は快楽に溺れる顔に変わっていく。顔は魅惑的な女性のものになり、白く透き通ったものになっていた手は二人の子供の乳房を撫で回す。

「おとうさん、もっと欲しいの?でも、もう終わりだよ」
吹き出し続けていた母乳は、美佐が言うとおり勢いを弱め、数秒後にはほぼ止まった。

「あら?そうなのぉ?」元の性格の欠片もない、色欲にまみれた女性の声で答えた父親は、唇を舌で舐め、最後の数滴を味わった。「でも、おいしかったわよ」

二人の『子供』が立ち上がると、胸の大きさでは負けるものの、仕草は格段に艶めかしい『父親』もそれに続いた。180cmの身長もさることながら、ゆるいカールがかかった赤く長い髪は日本人離れしていて、体にまとわりつきながらボロボロになっていた地味なスーツが完全に浮いていた。

「この姿になったのも久しぶりね……」Gカップ並の胸の柔らかさを確かめるように持ち上げる父親。「でも、変身した後の若さは、いつまでも変わらないわ……あなたたちも若いけど、そんなにおっぱい大きいと、変よ」
美佐の、頭二つくらい入りそうな乳房をつつく。「これじゃ、お牛さんだわ」

「慣れたら、もっとちゃんとできるの?」つつかれた胸を守りながら、美佐は尋ねた。
「ふふ、あと2回変身したら大丈夫よ。……そっちの……和佐は、美佐のおっぱいを飲んじゃったのね?」父親は、仕草が美佐よりも子供に近いもう一人に、赤い瞳を向ける。
「そうだよ、ボク、おっきくなるの気持ちよかった……」

「普通の牛乳なら大丈夫だけど、血が繋がったあなたに美佐の母乳が入り込むと、体質まで感染っちゃうのよね……そっか、こうなったらぁ……」

いつの間にか、大きな女性三人に唖然として立ち尽くしていた母親に、父親はギロッと視線を向ける。

「みんなで、楽しみましょ……?」
「や、やだ、そんな体になんてっ!」
母親は逃げようとするが、その肩をガシッと掴んだのは美佐だった。

「大丈夫だよ、おかあさん。変身したら、絶対に楽しいから……」
「み、美佐……!!放して、そんなの、いいから!!」
その後ろから、牛乳パックから直接牛乳を飲んで母乳を溜め込んでいく和佐が近づいてきた。
「ボクのおっぱい、いっぱい飲んでね」

そのパンパンに張った乳房の先端を口に当てられた母親は、全てを諦めた。

かくして、一家四人は全員、牛乳を飲むと悪魔のような女性に変身するようになってしまったのだった。

『帰還』(2/3)

次の日、ギアズは朝の光に目を覚ました。

「ん、んん……」
「新入り、目が覚めたか」
「隊長……おはようございます」

先に起床していた隊長が、外をじっと見つめている。

「いいから、さっさと服を着ろ」

ギアズは、そう言われてはじめて、自分が下着すら全く付けていない状態で寝ていたことに気づき、そして、昨夜のことを思い出した。母親の声が聞こえたと思ったら、幼女に変身し……

「そういえば、伍長に高い高いされた……」
「何を寝ぼけている。お前のような男にそんなことする伍長など、想像したくもない」
「え?」

ギアズの体は、元に戻っていた。変身のときに消えていった筋肉やらなにやらが、戻ってきていた。

「よかった……」
「いいから、早く服を着るんだ。他の二人はもう朝食も済ませてある」
「す、すみません!今すぐに!」

周りに投げ捨てられていた戦闘服を急いで着る。変身した後の記憶は曖昧だが、伍長か兵長が回収したのだろう。

「まったく……」

隊長は寝坊した上に奇妙なことをつぶやくギアズに呆れ、ため息をつく。出だしこそ奇妙であるが、いつもと変わらない、サキュバスに包囲されたままの一日が、また始まろうとしていた。

四人は、生身の人間では到底敵わない相手のスキをつくため、包囲されたときから常に四方を監視していた。といっても、ギアズには所狭しとうごめくサキュバスたちにスキなど見いだせず、仕留める前にじっくりともてあそばれる感覚すらあった。
狙撃銃はなく、敵は遠くにいて、しかもその体に刻まれている紋章を撃ち抜かないと意味がない。銃弾も限られている中で、ただただ敵の様子を伺っているほか無かったのだ。国の軍隊は、とっくのとうに壊滅。国際機関もほぼ機能を失っているなかで、救援がくるのも絶望的だった。

「味方の戦闘車が来たと思ったら、中からゾロゾロと『奴ら』が出てきたこともあったな」と隊長が言っていたのを、ギアズは回想した。基地から出ること自体が既に自殺行為と思えるほど、人間側は劣勢であり、ある部隊の救援に向かう途中の別の部隊が先に壊滅することもままあった。

「ギアズ、何ぼーっとしているんですか」

考えにふけってしまっているのを、兵長に見透かされていたらしい。いや、ほかの二人も気づいているのだろうが、声をかけてきたのが兵長というだけのことだろう。ギアズが監視していた方で、これも新入りの集中力が切れているのを察知したらしいサキュバス達がワイワイ飛び回っていた。

「兵長……」
「いろいろ思うところがあるのは分かります。ですが今気を抜いたら、やられてしまうということを忘れないで」

ここまで生き残っていることも証しているように、兵長も軍人としては優秀である。話している間にも、周りの監視を途切れさせることはない。囮になりたがりの兵長だが、相手が人間であれば実際に囮になっても生き残れるだろう。

「はい!かならず、全員生きて帰りましょう!」

小隊のメンバーを信頼し、そう、威勢よく返したギアズ。だが……

「うふふ。そんなにうまく行かないのは、分かっているでしょうに」

真上から、妖艶な女性の声がする。四人は一斉に銃をそちらに向けたが、銃の引き金を引いても弾は出てこなかった。そこには、強いオーラを身にまとった悪魔、サキュバスの一人がいた。

「くそぉっ!」
「ざーんねん。私に向かって発砲はできないの。そんなことよりぃ……」

舌なめずりをしながら、四人に向かって話し続けるサキュバスだが、いきなり声音が変わった。

「ミアル軍曹!!」

その声は、四人が聞いたことのある、中年の男性のものだった。

「は、はぁっ!!……この声は……大佐……?」

そして、名前を呼ばれた隊長はつい返答してしまう。

「異種族の生態調査、大儀である!第40基地司令官として報酬を与えよう!!」

そう、その声は、四人が所属していた基地の最上級の士官のものだった。

「き、貴様!司令官の口真似など卑怯な……!」
「口真似……だったらよかったのにね。このメダル、分かる?」

声を女のものに戻したサキュバスは、自分の服につけていた勲章を指差した。それは紛れもなく、司令官だけに渡される特別なものだった。

「ま、まさか……本当に、司令官だと……?」
「ええ。二週間前だったかしら?あなた達が出撃した直後に、基地に襲撃があったの……私も反抗したんだけどね。うふふ、今となっては馬鹿馬鹿しいにもほどがあるわ、反抗なんて……」

自分の腕や腰を撫で回しながら、恍惚の表情を浮かべる元司令官のサキュバス。

「こーんなに、楽しい世界に加われるのに。やられたら死んじゃうかと思ってたけど、不老不死の美しい体を手に入れられるのよ。あなた達も、今降参すれば、ご褒美をあげるわよ?ね、みんな?」

気づけば、サキュバスの群れに取り囲まれていた。絶体絶命の危機だ。

「で、軍曹?答えは?」
「もちろん、ノーだ。考える余地などない。人間としての誇りを捨ててたまるか」

ギアズは、元司令官がこれ以上ないほどの悪辣な笑みを浮かべたように思った。

「それでこそミアル。だけどね、そんなに頑固だと身を滅ぼすわよ?じゃあ、また今度ね」

司令官が指をパチッと鳴らすと、閃光が走った。それが収まる頃には、サキュバスの群れともども、司令官は姿を消していた。

「なんて、ことだ……」

司令官がいた方向を見つめたまま、隊長は、小さく震え声を出した。

「あの、司令官が……軍人の鑑であった、誇り高き、大佐が……あんなモノになってしまう……など……」
「隊長、しっかりしてください!」

頭を抱え、震える隊長に声をかける伍長も、動きがぎこちない。基地がサキュバスにやられ、司令官がサキュバスとなってここにいるということは、基地が壊滅し、もはや四人にとって帰る場所がないということだ。基地なしでは、小隊が持っている情報など、意味をなしえない。

「く、くそ……サキュバスなど、なってたまるものか……!!俺のためにも、妹のためにも!」
「兵長……」

兵長も、視点が定まらない。こんなに周囲の監視にスキがあっても敵が襲ってこないという事実も、相手に余裕があるということをひしひしと感じさせ、余計に惨めな思いをさせられるばかりだった。

その夜。『人間の尊厳を守る』という名目で、最後の抵抗をすることとなった小隊。見張り番となったギアズに、またもや母親の声が聞こえてきた。

『ギアズ、何かあったのですか』
「母さん、母さんはまだ生きているのか?」
『何を言っているのです、そうでなければあなたのために祈ることもできないでしょう』

母親の声は、ギアズにとってはいつ聞いても安心を与えてくれるものだった。

「司令官が、サキュバスになっていたんだ」
『まさか!!そんな事が……』
「いや、本人が言ったんだから間違いない」

少しの沈黙の後、声が続いた。

『よく分かりませんが、またあなたが小隊の方々を慰めなければなりませんね』
「え……」
『今度は、祈りの力がもう少し出せそうです。同じ歳の女の子になりなさい』
「なにを……!んんっ!!」

《キィィィン……》

一日前、幼女になったときの耳鳴りが、またもやギアズを襲った。同時に、体に熱がこもっていく。

「あついっ……あつい!」

服を脱ぎ捨てるギアズ。鍛えた筋肉質な体が夜の冷たい空気にさらけ出される。だが、それもつかの間、乳首がプクッと大きくなる。褐色だったそれは、濃いピンク色となり、まさに女性のそれとなっていた。それを合図とするかのように、変身が始まった。

「う、うぅっ!!」

割れた腹筋がギチギチと音を立てて体に押し込まれていくかのように縮む。その体積が移動するように、ズボンの中に収まっていた尻がグググッと大きくなり、少し緩めだったズボンがパンパンになっていく。

さらにギギギギと筋肉が動く音がすると、筋肉が見えなくなっていたウエストが絞られていく。同時に、足の骨がバキッと短くなり、ギアズの身長がガクッと下がった。髪はサラサラと伸び、宙にフワッと舞う。

「の、喉がっ……ケホッ……また、声が高く……!!」

潰されるような痛みが喉仏に走り、思わず咳をする。次に出した声は、母親が言うとおり同世代の女子の声、鈴の音を鳴らすような澄み渡ったものだった。

「うっ、顔が、顔があぁっ!!」

喉の変化に続くように、ギアズの顔つきがグニグニと変わり始め、あまりの痛さに手で覆う。その手も骨がグキグキと細くなり、付いていた筋肉が脂肪に置き換わって柔らかい輪郭が生み出されていく。その下では、残っていた大胸筋が縮むと同時に、ムクッ、ムクッと空気を送られるように膨らみができ、乳房が生まれていく。

「はぁっ、はぁっ」

荒い息を出すたびに、なで肩になり、厚い胸板が華奢なものになる。骨盤もグキグキと広がり、尻でいっぱいになっていたズボンにさらに負荷をかける。ところどころで、ブツッ、ブツッという糸がほつれる音がしている。

「はぁ……終わった……」

熱が引いていき、痛みも和らいでいくのを感じたギアズは、顔をおさえていた手をおろし、自分の体の方を見た。

「うわ……本当に女の子になってる……」

一日前も幼女になっていたギアズだが、今度は二次性徴の途中の少女に変身したのだ。より女性らしさが強調される体になったことで、自分の変身を実感するに至り……

「じゃあこれって……おっぱいっ!?」

自分の胸の膨らみを見て自分の視線を手で塞ぐ。写真では、はだけた女性の胸を見たことがあったが、実物を見るのは母親のもの以来だ。他の女子を見る機会は、今まで与えられていなかった。

「で、でも、俺のものなら……」

ここで、ギアズの中にグワッと違和感が生まれた。女の声で「俺」という言葉が発せられるのを聞くのは、あまりに慣れないことだ。

「……と、とりあえず触ってみよう……」

胸に恐る恐る手を近づけ、ピトッと触る。途端に、ふわっとした柔らかい感触と、ピリッとした強い刺激を感じて、手を離した。

「ひゃっ!!……すごく、敏感……」

ギアズは、今度はもう少しゆっくりと、触ろうとして……

「誰だ!!」
「ぎゃああっ!!見ないで!!!」

兵長の大声に驚かされ、そして思わず顔にビンタを食らわせてしまった。

「あ、あっ……兵長……」
「いったたた……む……貴様……サキュバス、ではない……のですか」

兵長の顔には赤い跡が付いてしまったが、いつも通りの冷静な判断を下す。

「俺……です、兵長、ギアズです」
「むむ……とりあえず、服を着てください」

少なくともすぐに殺されないと分かったギアズは、床に脱ぎ捨ててあった服を着ようとした。だが、着る途中に服が胸に擦れ、さきほどの刺激がギアズを襲う。

「きゃんっ!」
「うおっ、ど、どどどうしたんだっ!!」
「へっ……?」

兵長が、いつになく慌てている。顔にはビンタしたときの跡がまだ鮮明に残っていたが、それ以上に顔が赤い。

「服が、乳首に擦れて……」
「そ、そうか……それにしても、いや、なんでもない……」

やはり、兵長の様子がおかしい。

「ジュード兵長?どうかしたんですか?」
「そ、その姿で近づくなぁっ!!」

無意識に自身に歩み寄っていたギアズを、兵長はバンッと突き飛ばした。

「きゃぁっ!!」
「す、すまんっ!!」

ギアズは無意識に出した女々しい悲鳴に戦慄したが、それ以上にジュードの興奮した顔に寒気を覚えた。

「すまん……だが、妹が今生きていたら、お前の今の姿にそっくりだと思うんだ……」
「そう、なんですか……?」

この数年戦場で戦い続けている兵長が、家においてきた妹が、ちょうどギアズと同じ歳だと言っていたことを思い出す。どうやら、兵長はギアズと妹を重ね合わせてしまっているらしい。

「そうですか、それでしたら……」

他の隊員を慰める、という母親からの願いを思い出したギアズは、また、妹を演じることにした。

「お兄様、ジュディ、またあえてうれしいです……っ!」と、ギアズは兵長に抱きついた。
「おおっ!ジュディ……!!ってなにやってるんですかギアズ……!」

兵長も抱き返しかけたが、ドギマギしながらも自分を抑えた。ジュディ、と言うのは兵長の妹の名前だ。兵長が妹の話をしばしばするものだから、その口調までギアズは覚えていたのだ。

「私、お母様から隊員の皆さんを慰めるよう言われたのです、だから、ね、お兄様……」
「母親から、ですって?まさか、それは……」
「細かいことは気にしちゃいけないのです、お兄様っ!」

生理的な拒絶感を押し切って、兵長に頬ずりするギアズ。母親から言われたことは、絶対にやり遂げたいという意思と、自分自身よりはるかに大きな責任を背負っている上官たちを自分でも慰めたいという願望が、彼を動かしていた。

「だ、だよな……妹が来てくれたんだから、それでいいんだよな……」
「ええ!」
「おお、妹よ、立派に成長して……」

兵長もついに折れ、ギアズを妹と思うことにしたようだった。その頭を撫で、ギュッと抱きしめる。ギアズは、昨日ディアンから流れ込んできたような熱さが、兵長から流れ込んできているのを感じたが、昨日ほどの負担には感じなかった。

「お兄様の力、ちょっと強すぎです……」
「ああ、すまんすまん……」

体を離したジュードの顔が、少しやつれているように見えた。膠着戦からの疲れからだろう。そう思ったギアズは、もっと元気づけようと考えた。

「お兄様、膝枕などいかがでしょう?」
「ひ、ひざまくら!!それは、いいな……」

ギアズは体の変化ですこしゆるくなっていたズボンを脱ぎ、地面に座った。

「ほら、お兄様……」
「ああ……」

兵長は、妹の太ももの上に頭を置くように、仰向けになって寝転がった。

「ありがとう、妹よ」
「ふふ、いいんですよ……こうしてお兄様といられるだけで、私、幸せですもの」

――変だ。ギアズは思った。自分は妹を演じているだけのはずなのに、本当に自分の兄に膝枕をしている少女の、幸せな気持ちを心から感じていた。それに、今度は膝を通して、ジュードから熱が流れ込み始めていた。

「顔が赤いぞ、ジュディ」

その熱が、やはり昨日と同じようにギアズのなかにこもり始めていた。体温が、段々上がっていく。

「い、いえ、大丈夫……です……」

熱のせいで朦朧としてきた意識の中で、ギアズは、ジュードの顔がさらにやつれていくのを見たように感じた。だが、それを確かめる前に、ギアズは気を失った。

『帰還』 (1/3)

人には好みというものがある。理論や道理によらない、人の性格からくる、何を良しとするかという判断基準だ。

「ついてこい新入り!男の戦いを見せてやる!」

例えばこんな怒鳴り方をして敵に正面から突っ込むのが好きな伍長、ディアン。彼にとっては戦略などという回りくどいものは好みに合わず、実力をぶつけ合うことこそが正義だ。そして、その決断を支えて余りあるほどのスタミナと筋力を持つ体を、毎日自分のスケジュールで鍛え上げている。

「死にたいのかディアン!俺の命令に従え!!」

隊長であるミアルは真逆だ。部下の命の責任を負っているのもあって、性急な突撃は言語道断と考える。軍人として体を鍛えているのは当然だが、思考トレーニングと実際の戦闘での経験から、軍隊の中でもピカイチの判断力をもっている。

「ですが隊長!このままではジリ貧です!」
「では、私が囮になります、隊長」

その二人の間に割って入るように、少しだけ華奢ではあるが背の高い男が口論をさえぎる。

「兵長、何を言っているのだ」

この男、兵長のジュードは英雄的行動が好み……ではあるが、これまで一度も許可されたことはない。ディアンの突撃は効果が認められていたが、ジュードは毎度のごとく後先考えず、自分の体を投げ出すのだ。持って生まれた顔立ちの良さのせいで、人気だけを先に考えてしまう。

「貴様が囮になっても、残り三人では突破は不可能だ。特にこの新入りがいる今はな。それに……」

そんな三人に引っ張り回される二等兵ギアズ。まだ精神も体も成熟しておらず、言われるがままに動く彼には、これと言った好みは無かった。命令系統的に、隊長の身長な戦略に従うことがほとんどだったが、ディアンの猪突猛進にも何も言わずに付いていき、ジュードが自己犠牲を主張しはじめたら普通に置いていこうとする。

という風に、戦術の好みがバラバラな4人は、小隊としてある戦争に身を投じていた。相手は、この科学が進歩した世界にあるまじき、魔術。それも、女を無条件に味方として吸収し、男を貪っていく女性の姿をした淫魔の一族、サキュバスだった。元々平和だった世界に、サキュバスが侵攻すると言うかたちで、2年ほど前に始まった戦争。あっという間に人間側が不利になり、和平交渉をしようにも、サキュバスはその使者を襲う始末。女性は一時は軍事基地に匿われたものの、襲撃があろうものなら即座に洗脳を受け、自分から飛び出して敵に下ってしまう。男性も急激に数を減らしていた。人間の敗北、いや滅亡は、もはや秒読みの段階に入っていた。

「銃弾で、あいつらの体に刻まれた紋章を撃ち抜く。そうすれば、サキュバスを行動不能にできる。それを命がけで実証してくれた隊員達のためにも、この事実を本部に持ち帰るのが俺たちの使命だ!お前一人でも犠牲にできるか!」
「し、しかし……隊長……」

そして今、小隊は、星の数ほどのサキュバスに取り囲まれていた。サキュバスが攻撃してこないのは、小隊が苦しむのを余興として楽しんでいるからだろう。幸い、食料や水は、膠着状態になった時点で1ヶ月分は残っていた。あと2週間は尽きることはないだろう。

「(早く帰りたいな……)」

ギアズは口論を続ける上官たちの前で、心の中でため息をつくばかりだった。

そして、その日も何の成果もなく日が暮れてしまい、見張りを交代で行いながら、順番に睡眠をとることになった。
それは、ギアズが見張りに付いているときに起こった。

『ギアズ……』

ギアズの頭に、彼には懐かしい声が響いた。数か月前から会っていない、母親の声だ。

「母さん……?」
『そうよ……私は、あなた達小隊の安全を願っているのです……サキュバスに負けたりしてはいけない』
「でも、母さん、俺、どうすれば……」

暫定基地として張ったテントから周りを見渡すと、ゴーストタウンと化したかつての都市の中心街の建物が建ち並んでいる。一見静まり返っている寂れた町並みだが、建物の中を双眼鏡でよく見ると、どの建物でも、魅惑的な姿をした大人の女性たちが、楽しそうにしゃべり合っている様子が伺えた。背中から生える悪魔の翼が、その女性たちがサキュバスであることを物語っていた。

「俺たちも、やられちゃうんじゃ……」
『そんなことはありません。でも、女抜きの生活を何週間も強いられている状態では、サキュバスの姿を見た途端、誘惑されてしまうかもしれません』
「たしかに……あんな綺麗なお姉さん、隊長が見たら冷静でいられなさそうだ……小さい女の子が好きなロリコン伍長や、妹さんラブな兵長だったら大丈夫だろうけど」

小隊としての行動の中で、ある程度の女の好みは聞かされていた。これも戦術と一緒で3人バラバラ。色恋沙汰を経験する前に兵隊として駆り出されたギアズだけが、これといった好みを持っていなかった。

『ギアズ、あなたが上官の方々を慰めてあげるのです』
「え?」

《キィィィン……》

その母親の一言と同時に耳鳴りがし、さらに体が熱くなるのを感じるギアズ。そして、体の至る所にこれまで感じたことのないような痛みが走る。

「お、俺、どうなって……っ……声、がぁっ」

声変わりしたてのギアズの声のトーンが急に上がっていく。戦闘服を急いで脱いでみると、兵士として鍛え上げていた筋肉が萎縮していくところだった。かなり日焼けしていた肌からは色素が抜けていき、透き通るような白に変色していく。

「母さん、俺に、なにをっ」
『今は私の力が足りません。ですから、小さい子にしかできませんが……女の子としてまずは伍長様を……』
「えぇっ!?うっぐぅっ!!!」

その途端、股間を思い切り蹴られたような痛みが走る。ギアズは気絶しそうになりながらも、股に手を当てる。

「なくなってる……う、嘘、だ……」

男の象徴が、忽然と消えていた。いつの間にか戦闘服は丈が合わなくなり、ぶかぶかになっている。視界に髪の毛がかかり、頭を触ってみると、短めに切っていた髪が肩まで伸びていた。

「新入り……そろそろ交代時間だ、しっかり休め……って誰だ貴様!!」

変身が終わるとほぼ時を同じくして、ディアン伍長が見張り場に出てきた。見慣れない幼女にピストルを向けて警戒するとともに、ストライクゾーンど真ん中のその姿に、鼻の下が伸び切ってしまった。

「ご、伍長、ギアズ、です」
「新入りか!貴様さてはサキュバスに……というわけでもないのか……?」

目を丸くするディアンは、サキュバスの特徴である頭のツノと、背中の翼が、目の前の幼女には生えていないことを見て、ピストルを下げた。なぜか、どことなく嬉しそうである。

「伍長、俺、どうしたら良いんでしょうか……」
「そ、そのだな……『おとうさん』と呼んでくれないか」

一瞬、思考が停止した、気がした。この上官は何を言っているんだ。が、いつも人の言いなりになるギアズは、今回も言われたとおりにした。

「お、おとーさん……?」
「うっひょお!!」

初めて会ったときから一度も見たことのない満面の笑み。母親が言っていた『慰める』というのはこういうことだろう、とギアズは感じた。

「よし、こうなったのも俺の作戦への神様からの報酬だろう!よし、ギアズ、たかいたかーい!」

ディアンは小さくなったギアズの腰を両手で持ち上げる。周りをサキュバスに囲まれている状況で、こんなことをすれば、高い、高い!ではなく他界、他界!となるのをすっかり忘れてしまっているようだ。しかしギアズも、頭の中に響いた母親の声に応えようと、幼女を演じることにした。

「わーい!たーのしー!」

久しぶりに聞いた幼女の笑い声にディアンはさらに興奮する。

「そうかそうか、お父さん、もっとがんばっちゃうぞー!」

大声を出すディアンだが、近くのテントで寝ている隊長と兵長は起きてくる様子はない。ギアズは気持ち悪いほどに上機嫌のディアンに、そして小さすぎ、華奢過ぎる自分の体に、困惑を覚えざるを得ない。

「えへへ、もっともっとー!(俺って、男、だよなぁ……?)」
「そ、そろそろやめないといかん……が、もうちょっとだけ……!」

幼女を無意識に演じる自分の発言と、思考が摩擦を起こす。しかし、元から弱い彼の意志は周りの流れに打ち勝つことはできず、抵抗しつつも流され行くままだ。そのうちに、別の違和感が沸き起こってきた。

「(なんか、伍長の笑顔から……というか手から、何か伝わってきてる……?)」

とんでもなく興奮しているディアンから、ギアズの体に、熱の塊のようなものが伝わってきていた。それを溜め込むギアズの全身が次第に熱くなっていく。

「おとーさん、何か変だよぉ……!」
「ぎ、ギアズ……?」

なぜか幼女口調のままのギアズ。そのせいで再度テンションが上ったのか、熱の量がぐわっと上がる。

「だ、だめ……」
「お、おい、だいじょうぶか!!!――」

ギアズの意識は、猛烈な熱の中に埋もれていった。