トリックアンドトリート

夕焼けに赤く染まる街。その裏路地を、スマートフォンを触りながら歩く一人の人影。突然立ち止まる彼女は、近くの大学に通う生徒のようだ。カジュアルに決めた服には、近頃では太めではあるが、若々しさが滲み出るような健康的な体が包まれていた。

「あれ?私、いつの間にこんな所に?さっきまで駅に続く道にいたのに」
「私めが呼び寄せたのですよ、かわいい子羊さん」
「え?」

その女子大生の目の前にはローブをかぶった、声から察するに30代ほどの男が立っていた。のぞき見える口は微笑みをたたえている。

「ハロウィンの仮装ですか?」
「似合ってるでしょう?トリックオアトリート、お菓子をくれなければ…」
「ちょっと待って、あれって大人が子供にお菓子をあげるイベントでしょ?何で私が大人のあなたにあげなくちゃいけないんですか?」

それを聞いて、落胆するでもなく、はたまた怒るわけでもなく、ニヤリ、と歪む男の口の形。

「交渉決裂ですね。では、あなたにお菓子になってもらいましょう…」
「な、なにを…」

身構える女子大生。男はおもむろにローブから筒のようなものを取り出し、彼女に向けてフッと筒の中に入った何かを飛ばし、それは右腕に突き刺さった。

「いたっ!?ふ、吹き矢?」
「ふふふ、魔法薬入りのね」
「ま、魔法…?あなた、どんな時代錯誤してるんですか……っ!?」

女子大生は、矢の刺さった腕を見た。すると、服に茶色のシミが広がっている。

「何してくれるんですか!?服を弁償してください!」
「服?それだけでいいんですか?ちゃんと見てみてくださいよ」
「え……なにこれ!?」

そのシミは、どんどんまわりに広がっている。それに、袖から出ている手のひらも、茶色に染まっていく。

「きゃあ!!な……体が動かなくなってく……!?」

その茶色に染まった部分は全身を食い尽くすように拡大し、染まった所は固まって動かなくなり、表面がすべすべで、まるで……

「チョコレート……みたい……?いや、やだぁあ!!」
「ふふ、やっと気がつきましたか」

腕から広がり始めたそれは、体や足にもどんどん広がり、女子大生の体を固めていく。体の芯はもはや完全にチョコレートになり、彼女が逃げようとしても、もはや遅すぎた。

「おいしそうですねー、私めは食べませんがね」

髪も根元から固まり、一房一房がまとまっていく。

「わ……わたし……こんな所で……しに……た……」

顔にも侵食が広がり、口も動かなくなってしまった。そして、最後に残った目の輝きが消えたとき、彼女は完全に、チョコレートでできた彫像となった。

「さて、と……このままずっと見ているのもいいんですが……《砕けろ》」

ローブ男が、日本語ではない何かの言語を口走ると、人型チョコレートの至る所に亀裂が入る。

「おっと、入れ物を用意しておかないと……」

男はピキピキと音を立てて壊れ始めたチョコレートを、どこからともなく現れた大きな釜に、ヒョイッと投げ入れた。元々女子大生だったそれは、その衝撃でバラバラに崩れ落ちてしまい、鍋の中にゴロゴロと転がった。

「ふむ、いい材料になりそうですね……ほぼ完璧だ」

満足げな声を出す男。釜は独りでに熱くなり、中のものに熱を加え始めた。そしてあっというまにチョコレートは溶け、釜の中でぐつぐつと泡を立てる。

「ううむ、これまでにないいい香り……あとはこれを加えれば」

これも、何もないところから現れた瓶の中身を液状のチョコにふりかける男。見た目は変わらないようだが、香りが一層濃くなったようで、むせ返ってしまった。

「げほっ……これで配る準備はできましたね……《分かれ、固まれ》」

男の呪文で、釜の中の液体が小分けになって飛び出し、瞬時に固まって、男が持っていたいくつもの袋に、それぞれ10個ほど飛び込んだ。

「ふむ……よし……」
「おじさん、トリックオアトリート!」
「と、トリート!」
「おや?」

男に声がかかり、振り返る。二人の1年生くらいの男子小学生が、かごを男の方に差し出して立っていた。一人はやんちゃそうで、元気がその笑顔から溢れているが、もう一人は連れ合いに寄り添うように、もじもじとして、髪も男子としては長く、その服がなければ男と分からないくらいの中性的な体格と顔立ちだ。

「お菓子をくれなきゃ……ほら、荘治(そうじ)……」
「あ……い、いたずりゃしちゃう……ぞ!」

二人のあまり足の揃わないコンビネーションに、考える素振りを見せる男。

「ふむ……いたずらされるのは困りますね。ですから、これをあげましょう」

そして、先ほどのチョコレートが入った袋を1つだけ渡す。

「一袋だけ!?」
「量が少ないんです、二人で分けてもらえませんか?」
「ふ、二人で……英太(えいた)くんとなら……」
「もう、仕方ないな……」

英太と呼ばれた少年が男からチョコを受け取ると、荘治と呼ばれたもう一人はペコリと頭を下げた。

「ありがとう、ございました」
「あ、ありがとうございました」

英太もそれに渋々続くのをみて、男は微笑んだ。

「行儀のいい子たちですね、きっといい大人に成長できますよ」
「えへへ……」

ニコニコと笑う荘治だが、英太は待ちきれないようだ。

「ほら、荘治行くぞ!まだ二つしか集まってないんだから!」
「あ、まって!」

その二人の背中を見る男の微笑みは、一瞬で歪みに歪んだ。

「そう、いい大人に……ふふふ……」

それから1時間後。英太の家でジュースを飲む二人は、あまり多くのお菓子を集められなかったようだ。特に英太はものすごく不満そうな顔をしている。

「もっと集まると思ったんだけどな……」
「でも、どれもおいしそうだよ?それに、このチョコレートなんか、すごくいい香りがするよ?」
「あ、おい!!勝手に食べるなよ!」

荘治は袋を開けて一つ頬張るのを見て、英太の不満が爆発したようだ。

「んー、おいしい……んぎゅっ」
「何個入ってるかわかんないんだから!」

荘治の首根っこをつかむ英太だが、ある異変に気がついた。荘治の顔が、ありえないほど紅潮しているのだ。

「え……荘治、どうしたんだ……?」
「ああ……英太くん……大好き……!」

荘治は突然、英太を床に押し倒した。

「あいったっ!なにす……るんだ……よ?」
「英太くんの……おちんちん……」

顔が真っ赤になっている華奢な少年は、もう一人のズボンのジッパーを下ろし、中のブリーフから、まだ小さい男の象徴を取り出し、そして……

「ペロ……」
「ひゃあっ!?」

なんと、コーンに乗ったアイスを少しずつ食べるときのように、舐め始めたのだ。英太は、その未知の快感のようなものに襲われ、体がガクガクとふるえてしまう。

「や……やめ……ろ……!!」
「英太くんは……かっこいいのに……ペロ……」
「んんっ……!」
「こっちは……小さくて、かわいいんだね……」

英太は、また別の事にも衝撃を受けた。足に当たる荘治の胸の部分に、自分の母親のそれと同じような柔らかさが生まれていたのだ。

「おまえ……まさか……!」
「え……なに……?」
「その、胸!」
「僕の……胸?」

男根に近づけていた顔を離し、座りなおる荘治。そして、おもむろに着ていた服を脱いだ。その胸には、大きく膨らんだ乳頭と、それと比較すると小さな盛り上がりがついている。

「女の子……みたい……」
「おかしいよ、きっとあのチョコの……」
「それだったら……ちょうどいいよね……」
「は……?」
「僕が女の子で、英太くんが男の子。ちょうどいい……ふぷ……」
「ふにゃ!」

今度は、荘治はソレを舐めるどころではなく、完全にくわえてしまった。

「ぼきゅが……えいたくんのこと……きもちよくさせて……あげるんだから……」
「や、やめろぉ……!気持ちよくなんか……ないって……!」

英太は、胸に当たっている柔らかい何かの厚みが、徐々に増してきているのを感じていた。自分のモノを咥えているその口も、時が立つごとに大きさを増し、顔立ちも幼さをだんだんと失っている。それに、荘治が自分にしていることが、自分に快感を与えていることを否定できなくなってきていた。逃げようとしても、自分の本能がそれを許さないのだ。彼は、最後の理性を振り絞って、言葉を発した。

「そろそろやめないと……ひどいぞ」

だが、それを聞いて荘治が口を離し、胸をなでおろしたのもつかの間、荘治は英太が思いもかけないことを口走った。

「英太くんも、僕のこと気持ちよくしてくれるの……?」
「は?」
「僕だけにやらせるのが、ひどいんでしょ……?」

その一言一言に、妖艶さが混じる。もはや、そこに元々の荘治はなかった。胸がぷっくりと成長して、Aカップはありそうなくらいの膨らみがついたその体からは、フェロモンのようなものが発せられ、目つきも、餌を求めている獣のそれになっている。

「これ、食べて」
「むぐっ!?」

その容姿に愕然としていた英太の不意をつくように、チョコレートが口に突っ込まれた。思わず英太は、飲み込んでしまう。と同時に、彼の体が異常なほどの熱を帯びはじめ、感覚が麻痺していく。

「あ……あ……」
「僕の……おちんちん……気持ちよくして……ね?」
「うん……荘治の……舐める……」

今の英太には、目の前にいる荘治を、愛でることしか頭に浮かばなくなっていた。

「かわいい……荘治の……アレを……」

そして、荘治がしたと同じように、彼の小さなソレを引きずり出し、

「ペロ……」
「あんっ……」

舐めた。それだけで、英太の中の何かが満たされていくような感覚が湧き上がってきて、彼は、自分を止められなくなった。

「ペロ……ペロ……チュパ……」
「いいよ……いいよ、英太くん……」

英太は、体が内側から外側に押し出されるような感覚を覚えた。そして、自分の胸を触ると、そこに、荘治と同じようにふっくらとした膨らみができているのを感じた。

「俺も……女の子に……なるのかな……チュパ……」
「一緒になっちゃお……ほら……」
「ん……」

荘治は、袋から二つのチョコレートを取り出していた。そして、二人はそう命令されたかのように、何も言わずにパクリとそれを口にした。一瞬にして、チョコレートの甘味は口いっぱいどころか体全体に熱として広がり、二人の体を火照らせた。

「これで……もっと女の子に……」
「んぐ……もっと、気持ちよくなれる……」

控えめだったその胸が、ムクク……と脂肪を蓄え、水風船に水が入るときのようにフルフルとふるえながら、何倍にも大きくなる。それだけでなく、全身の皮下脂肪が発達して、輪郭から角がとれ、丸みを帯びていく。髪、特に短かった英太のものはファサッと伸びて肩を被う。ほぼ完全に、18歳ほどの女性の体になった二人の、男性器は逆に発達し、数倍にも膨れ上がった。

「すごい……おっきい……」
「僕のおっぱいも……大きいよ……ほら……」

荘治は、いきり立った英太のソレを、今できたばかりの胸の谷間で挟み込み、Fカップはあろうかという大きな胸全体を使って揉みしだいた。

「んあっ……すごいよ……んんっ!……俺……こんなの……初めてだ」
「僕……英太くんと……一緒にいられて……すごく幸せ」

二人のアルトの声は、チョコレートを食べる前の無垢な子供と同じ二人が出しているとは普通なら思えない、性欲と快感に満ちたものだ。

「ん……!何か……出ちゃう……!!ううっ!!」
「うぷっ……なんだろ……これ……?」

保健の授業をまだ受けていない小学生が知り得ない、白く濁った液体が英太のソレの先端から飛び出した。

「でも……熱くて……英太くんが……直接感じられる……みたい」
「それなら……もっと……」
「もっと……!!」

そして迎える二度めの射出。荘治の顔はドロドロとした液体まみれになってしまった。ペロリとソレを味わうように舐める彼は恍惚の表情を浮かべた。

「あのチョコレートと同じ……あったかい……」
「チョコレート……もっと食べよう……」
「うん……」

そして、二人は一つずつ、さらにチョコレートを摂取した。すると、すでに巨大になっていた乳房はそれほど成長することはなかったが、全身の皮下脂肪がさらに増殖して、肉感的なムチムチとした身体になった。そして……

「あ……俺のこれ……止まらなくなっちゃった……」
「僕も……」

怒張していた男性器からは、白濁液の放出が止まらなくなり、同時に、ソレは体積をどんどん減らしていく。しまいには、股の間に新しくできた溝の、小指よりも小さな突起になってしまった。

「俺たち……女の子に……」
「そんなことより……続き……しよ……?」
「ああ……」

英太は、本能にしたがって、荘治の巨大な双丘の先端をつまんで、コリッと動かす。

「ひゃうっ……もっと……もっとお願いぃ……」
「それなら……そうじも……」
「うん……」

二人はお互いの突起をつまみあい、快感と興奮を分かち合う。

「あん……はう……」
「やっ……んくぅ……」

いつしか、お互いの足を絡み合わせ、股を打ち付けあっている二人。

「えいた……くん……!……僕の……赤ちゃん……!……つくってぇ!!」
「それを……言うなら……っ!そうじが……!!」

その動きは激しさを増して、互いの肉体同士でパンパンと音が出るようになっていた。

「ふたりで……!つくろ……!!」
「うん……!これからも……!!!」
「ずっと……!いっしょにぃ……!!」

二人の息は荒く、熱くなりきった二人の身体からは、汗の湯気が出ている。

「ぼ、ぼく……!な、なにか……!くるぅぅ!!」
「お、おれも……!!」
「「いくぅぅぅうううう!!!!」」

ついに、絶頂に達したのだった。

二人が気がつくと、何もなかったかのように、身体は元に戻り、二人が大いに汚していたであろう絨毯や家具も元通りになっていた。しかし、体を交えた記憶だけは残っていて、互いの顔を見た瞬間、二人共顔が真っ赤になってしまい、うつむいた。

「でもまた……」
「またやりたい、かも……」

スライムのレシピ

少女が気がついた時、彼女の四肢は理科室の机の上に束縛され、身動きが取れなくなっていた。

「なんなのよ、これ!」

気絶した時のスクール水着のまま拘束されている、アホ毛が一本ピンと立っているロングヘアの少女は、独りではなかった。

「ようこそ、我が居城へ」

それは、白衣を身につけた女性。その学校の理科の教諭だった。

「居城って…ここ理科しつ…んぐっ!」

ツッコミを入れようとする少女の口に、教諭はおもむろにマスクのようなものをつけた。ただしそれは透明で、付けた途端少女の顔にぴったりと張り付いた。それに、中には管が通っていて、少女の口の中まで伸びている。

「んん、んんんーっ」
「これからお前には私の実験台になってもらうのだ!えいっ!」
「んんんっ!!!」

少女は、口の中に空気が入ってくるのを感じた。しかし普通の空気なら肺にはいっていくのに、それは少女の体全体に行き渡って行くかのような感覚だった。少女がマスクについたホースの先の方を見ると、生物兵器についているような、危険を示すマークが張り付いたガスボンベに繋がっているのが見えた。しかし、それだけではなかった。スクール水着を押し上げる胸が、さらに成長しているのだ。

「おお、効果は出ているようだな!」

空気が詰まって行く感覚を得て腕をみてみると、すらっとしていた二の腕に脂肪がつき、太くなっている。いや、少女の皮膚は、まるでゴムのようにピンと張り詰めて行き、太っていると言うよりは膨らんでいた。手の指も、太さを増すだけでなく、微妙に長さが伸びていて、手の形をした風船に空気が入って行くようなそんな光景だった。

「んんーっ!」

それに、ガスが充満して行く感覚とともに、皮膚が伸ばされている感覚が全身に広がっていた。しかし、いくら胸が大きくなっても、スクール水着からくるはずの圧迫感は全く感じられない。よく見ると、水着はゴム風船のようになった少女の体に同化し、単なるボディペイントとか化していた。

「おおーどんどん膨らむな!」

彼女の体は徐々に球体に近づいていた。背骨があるのを無視するように、背中も腹も横へ縦へ、上へ下へと、丸々と膨れ上がり、机の上から大きくはみ出している。腕や足の関節は他の部分と見分けがつかなくなり、四肢は一個の丸くゆがんだ円錐形の膨らみになって、本来の機能を完全に失っている。顔も横へと膨らんで、首はかろうじて小さなくびれとして姿を残していた。

「さて、そろそろ…」

少女は、何かがゴトゴトと音を立てているのに気づいた。顔が動かせずその何かを見るのもままならなかった彼女の視界の中に、大きな木槌が入ってきた。少女に大きな悪寒が走った。

(もしかして、まさか…!)
「えいやっ!」

その木槌は、勢い良く振り落とされた。

バァァァアアン!!!

大きな音が部屋中に響いた。ただそれは、風船が破裂する音ではなく、まるで陶器が破壊された音のように、硬く鋭い音だった。少女の体は、さきほどまでの伸縮性の高い風船ではなく、硬くて脆い、焼き物のように粉々に砕け散った。机の上に残ったのは、細かい砂だけだ。

「ここからが面倒なのよねー」

教諭は箒とちりとりを使い、丁寧に砂を集めて、大きな鍋にまとめた。そしてその中に、試薬瓶に入っていた液体を流し込むと、蓋をして、給湯室まで持って行った。

「ふぅ、重たかったー。じゃあさっそく!」

コンロの上に少女の粉が入った鍋を置くと、カチッと火を付け、備品のヘラでかき混ぜはじめる。最初は、薬品を混ぜたにしろ、サラサラしていた中身は、みるみるうちにドロドロに溶ける。教諭は青みがかってくるのをみて、火を止めて、それに話しかけた。

「そろそろ喋れるでしょ?」

すると、鍋の中のドロドロの液体が、音を出した。

「う、うう…わ…たし…」

その音は、少女の声よりかなり高め、ソプラノの女性が裏声でやっと出せるような音階で、言葉の形をなしていた。そして、まるで液体が鍋から出たがるようにふよふよと表面が浮き立った。

「はいはい、出たいのね、それじゃあ、えいっ!」

教諭は勢い良く鍋の中身を床に放り出した。それはべちゃっと音を立てたが、飛び散ることはなく落ちたところで球体になった。ぷよぷよと震えながらその場にいとどまろうとするそれは、まるでファンタジーの世界に出てくる生きたスライムのようだ。

「痛っ!?それになにこれ!!」

また声が発せられた。今度は、音階こそ高いままだがはっきりとした日本語だった。

「私の体、どうなっちゃってるの!?」
「あなたは、スライムになったのよ」
「はぁ!?」
「でも、なりたいと思った姿になれるはずよ。試しに、元の自分の体を思い浮かべてみて」
「意味わかんない!いくらなんでも、私がスライムになんてなるわけがないじゃない!」

スライムはそう叫んだが、少し静かになった後、モゴモゴと変形を始めた。ただの直径30cmくらいの球体だったのが、小さなクッキー人形のような、身長が50cm程度の簡単な人型になり、一応の目と口がついた。色はそのままで、青みがかった半透明だ。

「ん、納得したのね。あなたがスライムだって」
「だって…それ以外に説明つかないし…」
「じゃあ、もっとちゃんと思い浮かべてみて」
「その前に…」

人型は教諭の方に歩み寄り、突然右手でパンチした。

「なんてことしてくれるのよ!!」

だが、元々の体ならともかく、今の柔らかく小さすぎる腕でパンチをしても、教諭の表情は全く変わらない。それどころか、笑い出してしまった。

「あっはは、まあ分かるよ。私の事が憎いんだろう。だが、そのプヨプヨのからだじゃなあ。さっさと、元の形にもどってみたらどうなんだ?」
「くっ…」

スライムはさらに変形し始めた。指も手のひらも、関節すらない腕や足に細かい割れ目やシワが入り、人間の四肢が形成される。円柱形の胴体にはすっと2つの溝が入り、それぞれヘソと股になった。そして、ヘソ周りがキュッと絞られると胸の部分がムクッと盛り上がり、背中が平坦になり、溝ができると、頭部から細かい繊維、髪の毛がばさっと伸びた。顔は、元の少女のものの型にはめられたかのようにぐにゅっと形が変わった。かくして、少女は元の姿を取り戻した。身長は30cmで体は透き通ったままだが。

「小さくてかわいいな」
「ふざけんじゃない!あんたがやったことでしょ!?元に戻る方法とかないの!?」
「とりあえず、大きさだけは、それっ!」

教諭は、いつの間にか蛇口につながれていたゴムホースから、少女に水をかけた。

「わあ!?つ、冷た…くない…水が私の中に入って来てる」

少女の体は、プロポーションを保ちつつ、大きくなっていた。身長が150cmほどになったところで、教諭は水を止めた。

「ふぅ…大きさは、戻ったかな」

少女の声も、音が低くなり、元々の音階を取り戻していた。

「うむ。着色も自由にできるはずだぞ」
「着色?」
「お前の体の色だよ。今はほとんど透明だが、肌色だって変えられるんだ」
「んー」

少女は念じるように目を閉じた。すると、全身が人間の肌で覆われたように、ばっと色が出た。しかし髪や眉の色まで肌色になってしまった。

「どう!?」
「不合格」
「は!?あっ」

目を開いた少女はそれに気づいたらしく、髪が濃い茶色に染まった。

「これなら!」
「なんで、裸なんだ?私は一回も全裸の姿になれとはいってないぞ?」
「…うっさいわね!!服を着ろとも言ってないじゃないの!」
「服だって自由に形成できるぞ」
「ああもう、やればいいんでしょ!」
「よろしい」

少女の体が学生服の色になったと思うと、それは布の形になった。

「順応性高いなー」
「そんなことどうでもいい!で!元に戻る方法は!?」
「えー、そんな便利な体になったんだから楽しめば…むぐっ」

少女の右手が教諭の鼻と口を塞いでいた。部分的に形が崩れた手は完全に空気を遮断している。

「教えないと、殺す」

教諭が青ざめ、必死に頷いたのを見て、少女は手を離した。

「ゲホ、ゲホっ…今から見つけるから…」
「…ないのね。じゃあできるだけ早く…」
「仕返し!」

少女が反応できる前に、教諭は先ほどの木槌を勢い良く、上から頭にうち当てた。少女の体は、ぐにゅっと潰され、横に伸びて、顔は歪んで人の形を逸脱していた。力を受けなかった胸と尻は、逆に大きく膨らんでしまって、フルフルと揺れていた。

「何とも滑稽な姿だな!ん?」
「こ、この…」

少女の肌が赤くなった。赤味がかったという程度ではなく、本当の赤だ。そして、ブルブル揺れていた胸が一瞬で引っ込むと、右手がその体積を引き継いだかのように巨大化し、同じ勢いで教諭の下腹部をえぐるようにして殴った。

「馬鹿教師がああああ!!」
「うぐふぅうっ!!」

いくら柔らかくても、重さはあるその腕は、教諭の体を吹き飛ばした。少女は体の形と肌色を元に戻し、床に倒れた教諭を踏みつける。

「明日までに見つけなかったら窒息死させてやる!」
「そ、そんな…」
「分かったわね!!」
「はい」

少女は、大きな足音を立てながらその場を立ち去った。倒れていた教諭は、ニヤニヤと口を緩ませて立ち上がった。

「いい気になってるのもそこまでだ、私のかわいいスライムよ。明日になったらどうしてやるかな…?」

感染エボリューション 8.5話

「ここまでくれば、大丈夫だろう…」
「あ、ありがと…」

息を切らした青年と美優がいるのは、小さなマンションの一室だった。研究所から下水道を使って脱出し、外に停めてあった車で逃走してきたのだった。

「だけど、白馬の王子様が軽自動車じゃ格好つかないよね…」
「余計なお世話だ」

意地悪に笑うのをキッと睨む青年だが、美優は動じなかった。

「でも、本当にありがとう」
「ふん、もう少しで存在を抹消されて一生実験台になるところだったんだ。感謝しろよ」
「そんざいを…ましょう?」
「死んだことにされてたってことだよ!ったく、いい体つきして頭は付いてきてないんだな」

目に疑問符が浮かんだ美優に青年は呆れ返った。美優は男物のジャージを羽織ってはいるが、その萎縮しきっていないFカップの胸は服を大きく押し上げている。

「し、死んだことに?」
「そうだよ、お前は交通事故にでもあって、遺体が無残なことになってるから遺族には渡せないとかいってな」
「え…」

絶句する美優。青年はそれを見て哀れむようにいった。

「夜が明けたら、家族に通知が行くはずだ。おおむね、捜索願やらなんやら提出してるはずだから、すぐに身元は知れる。警察もグルだからな」
「じゃあ、夜までに戻らないと!」
「その体でか。抗体もないんだぞ」
「あ…」

美優の体はかなり元に戻ったものの、完全では無かった。しかし美優には心当たりがあった。実験室にいる間に頭の中に流れてきた謎の声だ。とは言っても、幻聴かもしれないその事実を青年に伝える気にはなれなかった。

「これからどうするか…あそこから連れ出したのはいいが…」

思案している青年を前に、美優は躊躇する。言い出そうとするが、二の足を踏んでしまう。その時だった。

〈フエル…フエル…〉
「えっ…ううっ!」

ドクンッ!

また美優の頭の中に声が響き、衝撃が走ったのだった。

「どうした!…お前、まさか…!」
「また…っ!大きくなっちゃうう!!」

驚きつつ、顔をしかめる青年の前で、ジャージを押し上げている胸がドンッと外に広がり、ジャージがギチッと音を立てた。

〈フエル…〉
「増えないで!っっ!!」
「何言ってんだ!?」

ジャージのズボンの先から、スス…と足が伸び、同時にズボンがパンパンに張る。青年はそのことよりも、美優の言葉が気になっているようだった。

〈フエナイ…ムリ〉
「そんなこと…ぐっ…言わないでぇ!」
「…まるで、こいつの中に何かがいるような…?ウィルスに話しかけてるってのか!?」

無理に張力を掛けられたジッパーがブチブチと壊れていき、ミチッと詰まった胸肉が垣間見えはじめた。

〈ソレナラ…ソイツ…ウツル…〉
「この人に移る…!?男の人だよ!?」
「は!?」

そのとき、部屋の扉がバァン!と破られた。

「警察だ!女児誘拐現行犯で逮捕する!」
「ちっ…」

美優は、ほぼ反射的に入ってきた警官に手を向けた。

「この人たちに、移って!!」
〈…ワカッタ〉

すると、実験室で起きたことと同じことが起きた。美優の掌に穴が空き、そこから液体が吹き出して、警官を飲み込んだのだ。

「なっ!?や、やめろ…っ!!?」

その先で、警官の声が徐々に音階を上げて行った。男の声が、子供の声になっているのだ。美優の体が萎み、完全に元に戻ったところで、液体は出るのをやめた。

「何が起こって…!」

青年は口を開けたまま顔が固まった。それもそのはず、押し入ってきていた警官は全員、いなくなっていたのだ。いや、服の中に埋れて見えなくなったと言った方が正しいだろう。

「む、むだなていこうはやめろお!」

舌足らずな幼い声が制服から聞こえた。その制服はモゾモゾ動くと、中にいる人の姿を外にさらした。

「お、おい…何だよこれ…!」

それは、幼い子供、しかも股には付くべきものが付いていない、小さな女児だった。

「あたしが…やったの?」
「そうとしか言えないだろ!とりあえずずらかるぞ!」

青年はジャージがブカブカになった美優の手を引っ張った。美優は素直に従い、部屋から夜の街に駆け出した。

「あ、ま、まて!」

元警官の高い声を、美優は聞かなかったことにした。


青年に連れられて到着したのは、美優の家だった。

「俺はまだ逃げなきゃならんが、お前には当分誰も手出しできないはずだ。それに、まだ訳がわからないにしろ、見えない味方もいるみたいだしな」
「味方…かな…」
「…。まあ、またすぐに会うはずだ。今は、家族を安心させてやれ。じゃあな!」

そう言って、青年は美優を引っ張っていたときよりもずっと速く走りだし、すぐに美優の視界からいなくなってしまった。

「大丈夫…かな…ううん、大丈夫なはず!」

美優は不安を振り切るように大声を出した。すると家から母親が飛び出してきた。

「美優、美優なの!?どこに行ってたの!」
「お母さん!ごめんなさい…」

美優は覚悟した。こんなに遅くまで帰らなかったことは無かった。どんな叱責でも、美優は受け入れるつもりだった。そんな美優に与えられたのは、抱擁だった。

「心配、したんだから…」
「お母さん…ヒクッ…お母さぁん!怖かったよ…!!」

その優しさで、これまで美優を襲った恐怖が全て思い出され、号泣してしまう。母の愛に、全てを託したかった。

「私だって怖かったのよ…でも、帰ってきてくれて本当に安心したわ…」

美優は母親に抱きつき、長い間泣き続けた。

環境呼応症候群 降水確率の子

修学旅行の夜。京都と奈良の名所を回るだけのつまらない行程の終わり。

「はぁつかれた。もうお寺は十分だー」

わたし、堀下 照(ほりした てる)は合宿所の6人部屋にいた。クラスメートたちも荷物をおろしている。

「あはは、てるちゃんお疲れ様」

友達グループの一人、古雨 鳴(ふるあめ なる)が話しかけてきた。仏閣好きの鳴は一日中ものすごく楽しそうだったな。

「なるちゃんありがと」

わたし達二人は名前が似ているし、いつも一緒にいるからクラスではセット物のように考えられてるけど、性格からなにからほとんど対照的。体格だって、わたしは不必要なほど大きなおっぱいと、あとはすらっとした自慢の体型があるけど、鳴は背は低いし、幼児体型って言われてる、まあ、今のところはね。それだからセットとしてはいいんだろうけど。

今のところは、って言ったのは、鳴がメタモルフォーゼ症候群にかかってるからなんだけどね。ある決まったもの、例えば温度とかが変わると、体が大きくなったり小さくなったりする「病気」らしいんだけど、鳴の場合は某配信料を取るTV局の、日が変わる直前の天気予報で発表された降水確率が基準なんだって。ほんと、誰かが天気予報を見て鳴の体を操作してるみたい。

それで、夕ごはんも食べ終わって、あっと言う間に夜もふけて、消灯時間も過ぎた。

「そろそろ12時になっちゃうから、寝ようか…って、あれ?」

鳴はもう、ずっと前に敷いていた布団の上でスヤスヤと寝息を立てていた。

「もう、なるったら…」
「天気予報だけ見たらテレビ消すね」

他のクラスメートに言われてわたしは気づいた。さっきケータイで見たときは、明日、雨っていう予報だったはず。最終日の自由行動ができなくなるって嘆いてたし…ってことは…いや、雨でもそんなに降水確率が高くないときもあるし…

気になってテレビに向かう。

『明日の近畿地方の降水確率です。明日は、前線の影響で…』

京都の降水確率は50%。なら、大丈夫かな?何が大丈夫かって、鳴の服のことだ。体が大きくなりすぎると、今の服ではどうやっても入らない。12時になれば変身する鳴を、わたしは見た。そういえば、鳴が変身してるのを見たことなかったっけ。お泊まり会をやったときも、変身するときだけは部屋から追い出されて、戻ってきたときには鳴は別人みたいだった。今日の鳴は0%だったけど、50%の鳴は160cmのわたしより背が高くて、おっぱいだってクラスで一番大きくなる。鳴が変わる様子を見て見たくなった。

わたしは、鳴の布団を剥がした。

「ん、んん…」

寒気を感じたのか、すこし身を縮めた。だけど起きない。白いネグリジェに包まれた、凹凸に乏しい、小さな体。小さな口をすこしだけ開け、スゥスゥと小さい息を立てる。やっぱり、何もかもが小さい。これが0%の鳴。だけど、ケータイの時計が12時になると、変わり始めるんだ。

「んっ!」

縮こまっていた鳴が急に体を開き、仰向けになった。よく見ると、ネグリジェの胸の部分からサーカスのテントのように盛り上がりができて、今は荒い鳴の息に合わせて、ムクッ、ムクッと高くなっている。それだけじゃない。すこし余裕のあったネグリジェの腕と腰の部分が引っ張られ、パツパツになっていた。

「んん!んああっ!」

鳴は寝たままだけど、大きな声を出した。そのせいで、みんなが寄ってきた。

「どうしたの!?あ…」

一人のクラスメートが、鳴が成長していく様子に気づいたみたい。腕がキュッキュッとネグリジェから生えるようにして長くなり、子供らしかった丸っこい掌も、長く細く伸び大きくなっている。さっきはテントのようだった胸の盛り上がりも、ムニュゥとした丸みを帯びて、ネグリジェを限界まで引き伸ばしていた。髪だって、枕の上でバサッと伸びている。

「なるちゃん、また大きくなってる」
「まあでも、これ以上は大きくならないよ」

鳴が大きくなる事実を知っているのは何もわたしだけじゃない。いろいろな体型でクラスに現れるのだから、むしろ知らない方がおかしいんだ。それに、今のFカップほどの鳴は50%の時の鳴だ。もうこれ以上は大きくならない。

「んはぁっ!わ、私!寝ちゃいけなかった…のにぃ!」

と思っていた。だけど、ネグリジェからギチギチと、繊維が切れていく音がし始めて、間違いに気づかされた。鳴はようやっと目を覚ました。

「どういうこと?明日の降水確率は50%なのに?」
「それは…!京都の…降水確率…でしょ!?」

鳴が精一杯言葉を紡ぐ間にも、ネグリジェが下から破れて、プルッとしたお尻が飛び出てきた。胸の方も、襟から胸肉がはみ出しているし、服の所々に空いた穴から抜け出そうとしているみたいに、おっぱいが成長を続けていた。

「そ、そうだけど…」
「私のは…!仙台のなの!」
「へっ?」

わたし達が住んでいるのは新潟だ。何もかもおかしいけど、それも気にせず、おっぱいがネグリジェを千切って出てきた。仰向けになった体の上で、鳴の頭くらいあるそれは鳴の呼吸でフルフルと揺れて、とってもエロい。周りからも息を呑む音が聞こえた。これだけでも十分な大きさなのに、さらに、お餅を焼いている時みたいにムクリムクリと膨らんでいく。身長だって、今は180cmくらいはいってるんじゃないかな。敷布団から足がはみ出しちゃってる。その足も、抱きしめればすごくモチモチしそうなふっくらとした脂肪に覆われて、肌も綺麗だ。さっきまでみたいな棒のような鳴の足とは全然違う。

「仙台の降水確率、90%だって」

誰かが言った。90%。なるほど、今もわたしの目の前で膨らみ続ける、ビーチボール大の脂肪の球に納得がいった。90%なら、とんでもない大きさになるんだ。その腰まで届く長い髪と、もう自分の体重で折れてしまうんじゃないかと思うほど括れた腰と、胸に比べると控えめだけど、わたしのより大きいお尻。

「どうしよう…お服がないよ」
「はっ!?」

どうやら、このサイズにあう服を持ってきていなかったらしい。変身が終わったらしい鳴は困り果てている。自分の鞄から服を出して、無理やり着ようとするけど、なにより胸が大き過ぎて全然入ってない。

「わたしも手伝うから」

だけど2人いた所で服のサイズが変わるわけでもない。結局、服の腕の部分を紐上にして胸を覆うように結ぶしかなかった。その上に、他の子の上着を羽織らせたけど、これもボタンが締まらない。ズボンは伸縮性の高いものを持ってきていたようで、何とか収まったけどパンパンだ。

「きついよー」

まるで海岸に遊びに来たグラビアアイドルも涙目のグラマラスなモデルのような服装になった。

「なるちゃん、すごく刺激的」
「アグレッシブだね」

明日、京都の街をこれで歩いたら、雅な空気、なんてどこにもなくなっちゃうかもしれない。そこにあるのはただ大きいおっぱいだ。動いてもないのにブルンと揺れるそれは、歩いたらどうなるんだろう。想像もつかない。

感染エボリューション 8話

地下鉄はトンネルの中を高速で進んでいく。ただ、途中に駅は無く、真っ暗な中をただただ走っている。

「これからどこに行くんですか?」

不安に思った美優が研究員の女性に尋ねる。彼女は微笑んで答えた。

「あなたの病気を治しに、研究所まで連れて行くの」
「研究所、ですか?」
「そうよ、私達がウィルスを作った場所よ。地下深くにあって…」
「ちょっと待ってください、抗体はもう飲んだんですよね!」

研究員は微笑むのをやめて、真顔に戻った。

「そうね。実は、あれは抗体じゃないの。ウィルスを体の外に流そうとする薬なんだけど、効果が完全じゃなくて」
「え、じゃあ…私の友達は…」

美優と同じく一回は感染した結子のことを思い出して不安にかられる美優。

「お友達も、一緒に研究所に来てもらってるから大丈夫よ」
「あ、そうなんですか…」

ほっと胸を撫で下ろす。そのうち電車は目的地に到着したのか、減速し始め、すぐに止まった。

「さあ、研究所に着いたわ」

扉が開くと、美優が見たことの無い世界が広がっていた。部屋の中の物は全て銀色に光る金属。それに本当に使えるのかわからない計器類。その説明がどこの国の言葉で書かれているかも、美優には分からなかった。

「いい顔ね。ここの誰もが、ここに初めてきたときはそんな顔になるわ。私だってそうだった」

美優のぽかんとした表情を見て、研究員が笑った。

「あ、そうそう。自己紹介ね。私はこの研究所の所長、二本木頼子(にほんぎ よりこ)って言うの。あなたのお名前は?」
「八戸美優です」

美優は聞かれるがままに答えた。

「はちのへみゆさん…」
「って、ちょっと、あたしの名前も知らないでここに連れてきたんですか!」
「そんなこと言われても、私にそれを知る方法なんてないし…いいじゃない。あなたの病気だって治るんだから」

美優は反論できない。

「さあ、ここでずっと立っててもしかたないわ。行きましょう」

美優は二本木に連れられ、施設の中を進んだ。不気味なまでに静かな空間と、無数の扉の前を通り過ぎた後、一際大きな扉をくぐって、その扉とは不釣り合いな小さな部屋にはいった。そこには、手術台のようなベッドが一つ置いてあった。

「じゃあ、ここに寝て」

美優は一瞬悪い予感がしたが、言われた通りにベッドに横たわった。

「次は、どうなるんですか?何も手術する機械がないみたいですけど…」
「そうね。実験、かしら」

二本木がパチっと指を鳴らした。すると突然、部屋の壁から四つのロボットアームが現れ、美優の手足を拘束した。

「な、何を!」
「ふふ、どうかしら。我が研究所が開発した拘束用アームの性能は」

二本木の顔にはもはや先ほどまでの優しさなど毛頭なくなっていた。そこには何か人間性にかけた、狂気の科学者、まさにマッドサイエンティストしかいない。

「ちょっと力が強過ぎるとか言われてたけど、潰れなくてよかったわね」
「冗談言わないでください!さっさと放してあたしの病気を…」
「治せですって?まだ分からないの?あなたは私のモルモットよ!どこでウィルスを手に入れたか知らないけど、あんなに広めてくれた以上責任を取ってもらう!」

二本木は部屋から出て行った。少し静かになった後、部屋全体が揺れ出した。

「逃げないと!」

美優はアームから逃れようともがいた。それにもかかわらず、アームは手足をがっちりと固定していて、びくともしない。部屋の揺れは大きくなる一方だったが、あるとき壁や床に割れ目が入った。

「こんなところで死ぬのはいや!」

その割れ目は急速に広がり、美優を支えていたベッドもしたに落ち始めた。というより、降り始めた。部屋の崩壊は何かの力によって制御されているように見えた。それに、アームだけは全く動かない。美優は、その割れ目の奥にまた違う空間が存在しているのに気づいた。元々の部屋の壁は、その空間に美優の体をさらけ出している途中だった。それが終わると、美優は直径10mほどの球状の部屋の中心に、四肢を固定され、浮いていた。

「あたし、どうなるの…」
『あなたにはこれまでやってきたことを、やってもらう。成長よ』

どこからともなく、二本木の声がした。みると、部屋の覗き窓のようなものの奥に二本木と、もう一人の男性の姿があった。

『この方がこの研究の出資者、大村さん』

二本木はその男性を紹介する。背広に身を包んだ、温和そうな男性だ。

『八戸くん、だったかな。今回は済まないが、我々の実験に付き合ってもらうらしいな。少子化対策のため、手を貸してくれ』
「あたしが成長することと少子化対策に何の関係も…」
『そこは大義名分というものだ。実験を開始してくれたまえ』
『はい』
「やめてぇぇええ!!」

美優は、手足を拘束するアームから、何か液体が注入され、それとほぼ同時に自分の体がビクッと痙攣するのを感じた。そして、体のどこかしこで服がきつくなったりゆるくなったりし始める。美優の体が、変化を始めていたのだ。

『これはなんだ』
『ウィルスが周りの細胞の情報を読み取って、どの部分に擬態するか探っているんです。体の外形が定まらなくなりますが、じき収まります。あ、骨格が変わり始めましたよ』
『おおっ!』
「ぐ、ぐぅぁあ!!」

部屋の外で話し続ける二人に見せつけるように、腕や足、頭や体が大きくなり始めた。まるで白衣から美優の手足が伸びてきているようだ。美優は、自分の体が無理やり引き伸ばされるような感覚に何とか耐えていた。

『痛みが走るのか?』
『それは、細胞に割り込んで強制的に体積増加を引き起こすわけですから。当然です』
『そうなのか…仕方ないな。お、縦に伸びてたのが今度は横に…』
『ええ、脂肪細胞も増加を開始してますね』
「くぅっ!…うぁああ!」

白衣からはみ出してきた足が急激に太くなる。それと時を同じくして、白衣の胸の部分がムクムクと盛り上がり、プツ、プツとボタンを飛ばしながら、一瞬のうちに熟れた二つの果実が外気にさらされた。プルプルと揺れるそれは大村の心をつかんだようだが、美優の方は、体の中から外に向かって押し出される感覚に圧倒されそうで、それどころではない。

『おお、あんなに華奢だった子がこんなに魅力的に』
『素晴らしいでしょう』
『限界はどこなんだ』
『やって見ますか』
『ああ、是非とも』
「や、やだ…んぅっ!!」

アームから前回の2、3倍くらいの液体がつぎ込まれた。すると、美優には全身を激しくかき回されるような感覚が走った。全身が波打つように動き、乳房も左右バラバラに引っ込んだり逆にドンッと爆発するように大きくなったりしている。そして、それが止み始めると、グッ、ググッと、美優の体が巨大化し始めた。元々の成長で170cmほどの身長だったのが、2m、3mと大きくなり、体重で言うと元の体の9倍ほど、400kgになっていた。

『大村さん、そろそろアームが持たないので…』
『そ、そうか…』
「んぎゅううっ!!」

実験を中止しようとする2人をよそに美優は成長を続けていた。乳房に至ってはアドバルーンほどの大きさになり、身長は6mになって、最初は巨大に見えた部屋が、今はサイズ不足になっていた。

『と、止まりません!』
『なんだと!』
〈フエル…フエル…〉
「えっ」

声が一つ増えた。美優は、それが自分の頭の中に直接聞こえたような気がした。自分の声に似ているその声は、「フエル」と繰り返す。その度に、美優の体がググッと大きくなって、球状の部屋を満たし、アームをゆがませていった。

〈フエル…〉
「ね、ねぇ…もう…やめて…!」
〈ヤメル…ナゼ…〉

アームがついに破壊され、解放された美優だったが、身長が10mを越え、屈まないと部屋に入らなくなっていた。

『誰に喋ってるの!?』
「あたしが、つぶれちゃうから…」
〈…キョウリョク…スレバ…ヤメル〉

二本木の声を無視して、美優は自分の中の誰かと喋った。

「協力!?」
〈キョウリョク…シナイ…フエル〉

美優の体がグワッと一回り大きくなり、ついに身動きが取れなくなってしまった。

「わ、わかった!協力する!」
〈ウデ…アイツ…ムケロ〉
「そんなこと言ったって!」
〈ムケロ〉
「あぁんもう!」

美優は大きくなり過ぎて動きを拘束している乳房を何とか押しのけて、二本木に腕を向けた。

『な、何する気?』
〈ハッシャ〉

美優の手のひらにクワッと穴が空き、水が勢い良く吹き出し始めた。

『…まさか!』

その水圧は凄まじく、耐圧ガラスを一瞬にして破壊してしまった。二本木と大村はなすすべもなく水に飲まれた。その後も水は噴出し続け、結子の体格まで、美優は縮んで行った。

〈ニゲロ〉
「逃げる!…どうやって!?」

美優は出口を見つけることができず、右往左往した。そこに、聞き覚えのある若い男の声が掛かった。

「おい、チビ!今連れ出してやるからな!」
「お兄さん!」

それは、最初にウィルスを持っていた青年その人だった。美優は裸のまま彼の方に走って行き、飛びついた。

「怖かったよ!本当に来てくれて…げふっ!」

青年からの腹部へのパンチが決まり、むせかえる美優。

「今は時間がねえんだ!さっさとここを出るぞ!…ん…?」

青年は二本木と大村がいたところの窓を見て、怪訝そうな顔をした。

「ど…どうしたの?」
「いや、なんでもない!行くぞ!」

青年は裸の美優を肩に抱え、走り出す。

「お姫様抱っこじゃないんだー……」
「うるせえ!でっかい胸つけやがって!」

美優は自分の乳房が青年の背中にポヨポヨ当たるのを見てクスッと笑ったのだった。