地下鉄はトンネルの中を高速で進んでいく。ただ、途中に駅は無く、真っ暗な中をただただ走っている。
「これからどこに行くんですか?」
不安に思った美優が研究員の女性に尋ねる。彼女は微笑んで答えた。
「あなたの病気を治しに、研究所まで連れて行くの」
「研究所、ですか?」
「そうよ、私達がウィルスを作った場所よ。地下深くにあって…」
「ちょっと待ってください、抗体はもう飲んだんですよね!」
研究員は微笑むのをやめて、真顔に戻った。
「そうね。実は、あれは抗体じゃないの。ウィルスを体の外に流そうとする薬なんだけど、効果が完全じゃなくて」
「え、じゃあ…私の友達は…」
美優と同じく一回は感染した結子のことを思い出して不安にかられる美優。
「お友達も、一緒に研究所に来てもらってるから大丈夫よ」
「あ、そうなんですか…」
ほっと胸を撫で下ろす。そのうち電車は目的地に到着したのか、減速し始め、すぐに止まった。
「さあ、研究所に着いたわ」
扉が開くと、美優が見たことの無い世界が広がっていた。部屋の中の物は全て銀色に光る金属。それに本当に使えるのかわからない計器類。その説明がどこの国の言葉で書かれているかも、美優には分からなかった。
「いい顔ね。ここの誰もが、ここに初めてきたときはそんな顔になるわ。私だってそうだった」
美優のぽかんとした表情を見て、研究員が笑った。
「あ、そうそう。自己紹介ね。私はこの研究所の所長、二本木頼子(にほんぎ よりこ)って言うの。あなたのお名前は?」
「八戸美優です」
美優は聞かれるがままに答えた。
「はちのへみゆさん…」
「って、ちょっと、あたしの名前も知らないでここに連れてきたんですか!」
「そんなこと言われても、私にそれを知る方法なんてないし…いいじゃない。あなたの病気だって治るんだから」
美優は反論できない。
「さあ、ここでずっと立っててもしかたないわ。行きましょう」
美優は二本木に連れられ、施設の中を進んだ。不気味なまでに静かな空間と、無数の扉の前を通り過ぎた後、一際大きな扉をくぐって、その扉とは不釣り合いな小さな部屋にはいった。そこには、手術台のようなベッドが一つ置いてあった。
「じゃあ、ここに寝て」
美優は一瞬悪い予感がしたが、言われた通りにベッドに横たわった。
「次は、どうなるんですか?何も手術する機械がないみたいですけど…」
「そうね。実験、かしら」
二本木がパチっと指を鳴らした。すると突然、部屋の壁から四つのロボットアームが現れ、美優の手足を拘束した。
「な、何を!」
「ふふ、どうかしら。我が研究所が開発した拘束用アームの性能は」
二本木の顔にはもはや先ほどまでの優しさなど毛頭なくなっていた。そこには何か人間性にかけた、狂気の科学者、まさにマッドサイエンティストしかいない。
「ちょっと力が強過ぎるとか言われてたけど、潰れなくてよかったわね」
「冗談言わないでください!さっさと放してあたしの病気を…」
「治せですって?まだ分からないの?あなたは私のモルモットよ!どこでウィルスを手に入れたか知らないけど、あんなに広めてくれた以上責任を取ってもらう!」
二本木は部屋から出て行った。少し静かになった後、部屋全体が揺れ出した。
「逃げないと!」
美優はアームから逃れようともがいた。それにもかかわらず、アームは手足をがっちりと固定していて、びくともしない。部屋の揺れは大きくなる一方だったが、あるとき壁や床に割れ目が入った。
「こんなところで死ぬのはいや!」
その割れ目は急速に広がり、美優を支えていたベッドもしたに落ち始めた。というより、降り始めた。部屋の崩壊は何かの力によって制御されているように見えた。それに、アームだけは全く動かない。美優は、その割れ目の奥にまた違う空間が存在しているのに気づいた。元々の部屋の壁は、その空間に美優の体をさらけ出している途中だった。それが終わると、美優は直径10mほどの球状の部屋の中心に、四肢を固定され、浮いていた。
「あたし、どうなるの…」
『あなたにはこれまでやってきたことを、やってもらう。成長よ』
どこからともなく、二本木の声がした。みると、部屋の覗き窓のようなものの奥に二本木と、もう一人の男性の姿があった。
『この方がこの研究の出資者、大村さん』
二本木はその男性を紹介する。背広に身を包んだ、温和そうな男性だ。
『八戸くん、だったかな。今回は済まないが、我々の実験に付き合ってもらうらしいな。少子化対策のため、手を貸してくれ』
「あたしが成長することと少子化対策に何の関係も…」
『そこは大義名分というものだ。実験を開始してくれたまえ』
『はい』
「やめてぇぇええ!!」
美優は、手足を拘束するアームから、何か液体が注入され、それとほぼ同時に自分の体がビクッと痙攣するのを感じた。そして、体のどこかしこで服がきつくなったりゆるくなったりし始める。美優の体が、変化を始めていたのだ。
『これはなんだ』
『ウィルスが周りの細胞の情報を読み取って、どの部分に擬態するか探っているんです。体の外形が定まらなくなりますが、じき収まります。あ、骨格が変わり始めましたよ』
『おおっ!』
「ぐ、ぐぅぁあ!!」
部屋の外で話し続ける二人に見せつけるように、腕や足、頭や体が大きくなり始めた。まるで白衣から美優の手足が伸びてきているようだ。美優は、自分の体が無理やり引き伸ばされるような感覚に何とか耐えていた。
『痛みが走るのか?』
『それは、細胞に割り込んで強制的に体積増加を引き起こすわけですから。当然です』
『そうなのか…仕方ないな。お、縦に伸びてたのが今度は横に…』
『ええ、脂肪細胞も増加を開始してますね』
「くぅっ!…うぁああ!」
白衣からはみ出してきた足が急激に太くなる。それと時を同じくして、白衣の胸の部分がムクムクと盛り上がり、プツ、プツとボタンを飛ばしながら、一瞬のうちに熟れた二つの果実が外気にさらされた。プルプルと揺れるそれは大村の心をつかんだようだが、美優の方は、体の中から外に向かって押し出される感覚に圧倒されそうで、それどころではない。
『おお、あんなに華奢だった子がこんなに魅力的に』
『素晴らしいでしょう』
『限界はどこなんだ』
『やって見ますか』
『ああ、是非とも』
「や、やだ…んぅっ!!」
アームから前回の2、3倍くらいの液体がつぎ込まれた。すると、美優には全身を激しくかき回されるような感覚が走った。全身が波打つように動き、乳房も左右バラバラに引っ込んだり逆にドンッと爆発するように大きくなったりしている。そして、それが止み始めると、グッ、ググッと、美優の体が巨大化し始めた。元々の成長で170cmほどの身長だったのが、2m、3mと大きくなり、体重で言うと元の体の9倍ほど、400kgになっていた。
『大村さん、そろそろアームが持たないので…』
『そ、そうか…』
「んぎゅううっ!!」
実験を中止しようとする2人をよそに美優は成長を続けていた。乳房に至ってはアドバルーンほどの大きさになり、身長は6mになって、最初は巨大に見えた部屋が、今はサイズ不足になっていた。
『と、止まりません!』
『なんだと!』
〈フエル…フエル…〉
「えっ」
声が一つ増えた。美優は、それが自分の頭の中に直接聞こえたような気がした。自分の声に似ているその声は、「フエル」と繰り返す。その度に、美優の体がググッと大きくなって、球状の部屋を満たし、アームをゆがませていった。
〈フエル…〉
「ね、ねぇ…もう…やめて…!」
〈ヤメル…ナゼ…〉
アームがついに破壊され、解放された美優だったが、身長が10mを越え、屈まないと部屋に入らなくなっていた。
『誰に喋ってるの!?』
「あたしが、つぶれちゃうから…」
〈…キョウリョク…スレバ…ヤメル〉
二本木の声を無視して、美優は自分の中の誰かと喋った。
「協力!?」
〈キョウリョク…シナイ…フエル〉
美優の体がグワッと一回り大きくなり、ついに身動きが取れなくなってしまった。
「わ、わかった!協力する!」
〈ウデ…アイツ…ムケロ〉
「そんなこと言ったって!」
〈ムケロ〉
「あぁんもう!」
美優は大きくなり過ぎて動きを拘束している乳房を何とか押しのけて、二本木に腕を向けた。
『な、何する気?』
〈ハッシャ〉
美優の手のひらにクワッと穴が空き、水が勢い良く吹き出し始めた。
『…まさか!』
その水圧は凄まじく、耐圧ガラスを一瞬にして破壊してしまった。二本木と大村はなすすべもなく水に飲まれた。その後も水は噴出し続け、結子の体格まで、美優は縮んで行った。
〈ニゲロ〉
「逃げる!…どうやって!?」
美優は出口を見つけることができず、右往左往した。そこに、聞き覚えのある若い男の声が掛かった。
「おい、チビ!今連れ出してやるからな!」
「お兄さん!」
それは、最初にウィルスを持っていた青年その人だった。美優は裸のまま彼の方に走って行き、飛びついた。
「怖かったよ!本当に来てくれて…げふっ!」
青年からの腹部へのパンチが決まり、むせかえる美優。
「今は時間がねえんだ!さっさとここを出るぞ!…ん…?」
青年は二本木と大村がいたところの窓を見て、怪訝そうな顔をした。
「ど…どうしたの?」
「いや、なんでもない!行くぞ!」
青年は裸の美優を肩に抱え、走り出す。
「お姫様抱っこじゃないんだー……」
「うるせえ!でっかい胸つけやがって!」
美優は自分の乳房が青年の背中にポヨポヨ当たるのを見てクスッと笑ったのだった。