覚醒の夢 3話 ~魚沼 結月 前編~

キッチンに置かれた二十個のマフィンを前に、おさげの女の子が満足そうな顔で味見をしている。

「うん……今回も成功!」

その少女、魚沼 結月(うおぬま ゆづき)は、お菓子作りが趣味であった。母親手作りのクッキーを食べてから、自分でもおいしいクッキーを作ろうと、母親に習ったり、図書館でお菓子のレシピ本をあさってみたりと、努力を重ねてきた。

「お母さんに自慢しなくちゃ!」

だが、そう喜ぶ結月の後ろにゆっくりと近づく影があった。


「菜津葉ちゃん……今日は、楽しそうだね」
「それはもちろん!明日は結月ちゃんのお家で勉強会だから!」
昼休みも終わりに近づいた頃、三奈と菜津葉は三奈の机で喋っていた。

「結月ちゃん、お菓子……上手、だもんね」
「そうそう!いつも出してくれるクッキーがすごくおいしくて……あっ、結月ちゃん!」
少しぽっちゃりした、おさげの子に声をかける菜津葉。結局、三奈の一件以来、一週間は何も起こっていない。女性の写真を見ると変身する男子生徒がいて、毎日アイドルやアニメキャラのコスプレイヤーにさせられている以外は、何の問題もなかった。

「あ、菜津葉ちゃん。どうしたの?」
「今、結月ちゃんが作ってくれるお菓子の話してたの!いっつもおいしいから、今日も期待してるからね!」

一瞬間が開いた。菜津葉は、あまりにもぶしつけなことを聞いたかと、焦った。

「あ、あぁ……、その代わり、差し入れとかも期待しちゃっていいのかな?」
「うっ……ごめん、ごめんって。でも、何を持っていこうかな……」

結月は、クスッと笑った。
「冗談だよ、明日もお菓子用意して待ってるね」
菜津葉は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「うん、ありがと。ごめんね、いつかお返しするからね」
「大丈夫だって。来てくれるだけで嬉しいよ」

結月は手を振ると、自分の席に向かって歩いていった。

「菜津葉ちゃん、お菓子もいい、けど、ちゃんと勉強、してね」
手を振る菜津葉の胸に、グサッと突き刺さる三奈の忠告。
「うう、わかったよ……」


そしてその次の日、土曜日。結月の家には、菜津葉と、少し背が高めでボーイッシュだが雷嫌いの刈羽 亮子(かりわ りょうこ)、それに絵を描くのが好きな三条 愛菜(さんじょう あいな)が集まっていた。

「えっとここが上辺、ここが下辺……だな?だから……」
「あ、そこを二で割るのを忘れてるわよ!もうっ!」
「頭痛くなってきた……」
四人の中では一番成績がいい菜津葉だったが、それでもクラスの中では下の上あたりだ。

「糖分が、糖分が必要だぁ……」
頭をおさえ、机の上に肘を立てる菜津葉に、愛菜も亮子も続く。
「アタシも菜津葉に同意よ……」
「ボクも頭が回らなくなってきた……」

だが、扉の外に足音がすると、三人とも顔を上げ、期待で目を輝かせた。その期待の的、それこそが……
「はーい、クッキーできたよー」

「わが愛しのクッキーだっ!!」
菜津葉は飛び上がり、乱暴に一つ頬張った。硬すぎず、柔らかすぎず、絶妙な食感と、香りが菜津葉を満たす。
「こら!女の子なんだから手伝わないんだったら座って待ちなさいよ!」
愛菜は菜津葉を叱ったが、自分も待ちきれない様子である。

「いっぱいあるから、そんなに急がなくてもいいよ」
結月はニッコリと微笑みながら、クッキーが乗った皿をゴトッと机の上に置いた。
「ホント、いつも結月のクッキーは美味しそうだよね」
クッキーの甘い香りをかぎながら、亮子はうなった。
「そんなことないよ、私も時々失敗するよ」

「じゃあ、いただきまーす」
「あ、あなたはもう一個食べたでしょ!」
「なにをー!」
言葉では争いつつも、あまりに尊いクッキーの前で、行動は謹んでいる二人だったが、その大声でもう一人の人間が部屋に召喚されることになった。

「菜津葉も愛菜もうるっさーい!!いまゲームやってんの!」

それは、結月の弟、那月(なつき)だった。
「ごめん、那月くん……」
「もうちょっと静かにするから、許して、ね」
「ボクも、もうちょっと二人を止めるようにするよ……」

那月は、ふんっと鼻を鳴らした。
「分かったよ。あ、お姉ちゃん、マフィンが……ひっ」

那月は何かを言いかけた。が、その瞬間自分に向けられた姉の顔を見て口を開いたまますごすごと退散していった。

反抗期を抜けたばかりの男の子を恐怖させる表情。いつも大人しくおしとやかな結月からは想像しづらいものだったが、菜津葉は恐る恐る結月に声をかけた。
「ゆ、結月ちゃん……?」
「結月、どうかしたの?」

結月はゆっくりと三人の方を向いた。しかし、三人の想像と違い、結月はさっきと変わらず優しく微笑んでいた。
「なんでもないよ。じゃあ、これ以上弟を困らせるのもアレだし、勉強しよっか」
「う、うん……」

結月に感じた恐怖は、勉強で頭がいっぱいになった三人の記憶からはすぐに消え去った。クッキーは相変わらずとても芳醇な香りを漂わせ、思考の潤滑剤となったようで、あっという間に時間は過ぎる。

そして夕方5時。

「あ、もうこんな時間……そろそろ帰ろっか」
勉強が一通り終わったところで、菜津葉が壁にかかった時計を見て言った。
「あ、ホントだ……でも、勉強したかったところはちゃんとできたよね!」
「ホントにね。結月がいなかったら、無理だったわ」
「ありがと、結月ちゃん」

三人にお礼を言われ、勉強では足を引っ張る方だった結月が照れて顔を伏せた。
「そ、そんなことないよ……」

そんな結月を見て、すこし勉強の疲れを癒やした三人だった。


そして玄関先。

「じゃあ、また今度勉強会しよーね!」
「うん、また来てね」
「それじゃ、学校で会いましょうね、結月」
「じゃあね!」

別れの挨拶を交わし、解散した……ときだった。

『菜津葉ちゃん!』
「のわぁっ!」
その日一回も喋っていなかったフリューが、急に大声を上げたのだ。周りに気づかないようにしていたせいで、それに反応して上げた声が逆に三人を驚かせた。

「ど、どうしたの、菜津葉」
「な、なんでもないよ……ちょっとつまずきそうになっただけ」
「そうなの?気をつけなさいよ」

全然バランスを崩す様子もなかった菜津葉には苦しい言い訳だったが、それで通ったようだ。幸い大声を上げた瞬間は、誰も菜津葉を見ていなかったのだ。

「じゃ、じゃあね……」
菜津葉は少し急ぎ足で角を曲がると、苦情を言った。
「何してくれるのフリュー!びっくりさせちゃったじゃない!」
『あの子を浄化するチャンスです!さっき弟さんが言っていた『マフィン』。あれが浄化の鍵でしょう』

話を聞く様子もないフリューにため息をつく菜津葉。
「あのさ、結月ちゃんが作ったクッキーを食べたのに何とも無かったんだよ?それがマフィンになったところで、何の差があるの?」
『それは、私には分かりません。ですが、弟さんが、多分ですよ、口を滑らせたときの、彼女の表情。魔力に操られている人間のものです。間違いないです』
「……そりゃあ、浄化してないんだもの。そんな表情もするでしょ……でも、マフィンは怪しいね」
菜津葉は、道角からそろーっと頭を出し、結月の家の方を確認する。玄関先からは誰もいなくなっている。

『少し、スパイ活動をする必要がありますね……菜津葉ちゃん、もう少し小さくなって下さい』
身長120cmの菜津葉だったが、このマスコットはもう少し小さくなれと言い出した。菜津葉は耳を疑った。
「えっと……いま、なんて?」
『小さくなるんです、スパイするなら体重が軽いほうがいいんです!』

元マッチョが言う台詞でも無いと思う菜津葉だったが、渋々従った。小さくなれ!と強く念じると、菜津葉の体はひと回り小さくなり、身長は100cmくらいになった。
「これでいいのね」
菜津葉は少し怒りを込めてフリューに確認した。
『ええ、行きましょう』

菜津葉はぶかぶかになった服に苦戦しながら、結月の家に戻った。

――

キッチンに足音を極力出さないように向かうと、中から結月の声が聞こえてきた。

「うん……今回も成功!」

やはり、お菓子を作っていたようだ。中からは濃厚なまでの甘い香りが漂ってくる。

『む、この香り、魔力を含んでいますね……先程のクッキーとは違います』

クッキーの方には魔力はなかったらしい。あの甘い香りはホンモノだったのだとわかって、少しほっとする菜津葉だった。

勇気を出して、キッチンの中を見る菜津葉。だが、身長が低すぎて机の上においてあるものが見えない。密かに、菜津葉は小さくなれと命じたフリューを恨んだ。

だが、その奥にいた結月の様子がおかしい。いつもより心なしか大きくなっているように見える。菜津葉が小さくなっているせいかもしれない。だが、胸にも先ほどはなかった突起が突き出ている。明らかに成長している。

「姉ちゃん、くせもの発見」

唐突に後ろから声がして、「きゃっ!」と声を出して跳ねる菜津葉。そこにいたのは那月だった。どうやら、スニークスキルでは那月の方が上だったらしい。

「誰かな?」

裸エプロンの結月が近づいてくる。やはり成長している。そして、菜津葉の前まで来るとしゃがみこんだ。

「ご、ごめんなさい」
結月は、いつの間にか家に上がり込んでいた幼稚園生――小さくなった菜津葉だが――を見て、首を傾げたが、すぐに微笑んだ。
「見かけない子だけど……ここまで見ちゃったんだし、最後まで見ていってよ」
「えっ」
「私の仲間になれば、なにも言えなくなると思うしね」

そこで、菜津葉はすでに両腕が紐で縛られているのに気づいた。那月が、すきを見て拘束していたのだ。

――これくらい、成長すれば取れる……!
そう思って強く念じようとする菜津葉だが、フリューに遮られる。
『だめです、切り札は最後まで取っておいて下さい』
――そ、そんな……

「こんなところじゃ狭いから、リビングに行きましょ」

結月は菜津葉の腕を掴むと、優しい力で引っ張る。菜津葉も素直に従う。

「私、どうなるの……?」
「どうもしないけど、オトナの女性の快感を味あわせてあげるよ」

いつもの落ち着いた雰囲気だが、結月の瞳は怪しく光る。リビングに着くと、菜津葉は絨毯の上に倒され、上に重い椅子をおかれ動けないようにされた。結月は菜津葉が完全に拘束されたのを確認すると、那月に向かって頷いた。

「じゃあ、始めるよ、那月」
「うん、姉ちゃん」

そして、那月が持ってきていたお菓子を一口食べる。それはフリューの予想通り、マフィンであった。そして少しすると、クッと結月の背が伸びる――マフィンが魔力の源であることは、間違いないようだった。那月はこれから始まることをもう知っているのか、ただただ姉の姿を見ていた。

「見た?信じられないでしょ……?」

これくらいの成長、これまでの自分や三奈と比べれば何の驚きでもない。身長は130cmに達したくらいで、体型もまだ幼い子供から変わり映えしない。こういうときのアドリブが苦手な菜津葉だ。

『ちょ、ちょっと、菜津葉ちゃん!ちょっとくらい驚いた顔しないと……!』
――だ、だって……

なんの反応も返ってこずに結月が怪訝そうな顔をしたところで、フリューが辛抱しきれなくなったのか、またもや体のコントロールを奪い取った。

「え、お姉ちゃん、おっきくなった……?」
乗っ取るやいなや、これまでの菜津葉の失態を取り繕うフリュー――効果はあったようだ。結月は、ニッコリと微笑みを浮かべた。
「うん、そうだよ。でも、まだまだこれからだから、楽しみにしててね」

『こらっ!フリュー、なにしてくれるの!!』
フリューは頭の中に聞こえる菜津葉の訴えをスルーし、恐怖に震える幼稚園生を演じた。
「わたしにも、何かするの……!?」

「それは、もうちょっと待っててね。お菓子はたくさんあるから」
姉の言葉に答えてか、那月は菜津葉にお盆いっぱいに載ったマフィンを見せた。こんなに一人で食べたら、結月はどのくらい大きくなるのか、想像もつかないほどたくさんある。

ここに来て部屋の異様なミルク臭さに気づいた菜津葉は、フリューに乗っ取られたまま、青ざめるほかなかった。

ナノ・インベージョン

それは急に訪れた。英語の成績が悪すぎて凹み、めずらしく高校から直接家に帰ってきたその日、スマホケースくらいの金色の箱が、机の上に置かれていた。

『だれか間違っておいていったのか……?』

人のものの中身を覗いてはいけない、なんてルール、破るためにある。俺はためらいもなく、ケースをカパッと開けた。その中身は……
「カプセルと……説明書?」
薬が入っていそうな透明なカプセルと、文字がびっしりと書かれた説明書があった。その最後には、QRコードが印刷されている。文字を読むのが面倒だ。制服からスマホを取り出し、カメラアプリでQRコードを読み取る。すると、『このアプリをインストールしますか?』という確認が出た。普段なら、こんな唐突に『インストールしますか?』などと言われても、いいえ、しません、で済ませるのに、その日の俺は何の気まぐれか、そのアプリなるものをインストールしてしまった。

ほどなくして、ホーム画面に真っ白なアイコンが現れた。
「んー、なになに?『プロポーション……』アプリ名が長すぎて省略されてる、か。ま、開いてみるか」
ポチッとな、とばかりにアイコンをタップすると、『プロポーションチェンジャー』という、なんとも安物のフォントでタイトルが書かれた画面が数秒現れ、そして、スライダがたくさんある画面に移り変わった。

「うわ、音量ミキサーとかなにかか……?でも、この3つのスライダは……?」
無造作に並べられたたくさんのスライダは、よく見ればカテゴリ分けのような配置になっていた。そのかたまりのうちの一つには、B、W、Hと名前が付いたスライダが含まれている。
「これって、バスト、ウエスト、ヒップ……のことか……?アプリの名前が『プロポーションチェンジャー』って言ってたから、それで合ってるよな?」
まさか、スリーサイズを変えられるアプリ?でも誰のプロポーションを変えられるのかさっぱりわからない。

他にも、スライダの間に短い文章が英語で書かれていたが、何しろ英語のテストで赤点ギリギリの俺だ。読めるはずがない。俺の名前、藤川 和登(ふじかわ かずと)が書かれた解答用紙を恨みがましく睨んだ。
「ゲンダー?ってなんだ?その隣に書かれてるアゲ?それとも英語だからエイジか……?」
『ゲンダー』と書かれたスライダには、両端にFとMの文字がある。ラジオのFMのことか?いやいや、FとMの間で変えられるんだから、そんなことはない……けど何のことだ?エイジ……は、時代とか、そういう意味だったような……もしかして、年齢のことだろうか。スライダを動かしてみようとするが、グレイアウトしていて動かない。画面にある全部のスライダが動かないようだ。

「っつっても、これが読めた時点で俺に何の得があるっていうんだ……」
いろいろ考えたあげく、アプリを閉じることにした。……だが、ホームボタンを押しても、アプリが閉じない。電源ボタンを押しても画面が暗くならない。
「おい!閉じろ、閉じろって!……嘘だろ、これじゃあメッセもメールも送れないぞ」

説明書に何か書かれていないかと、探してみるが……「英語だ、これ……」俺の前に立ちはだかる言語の壁。
「ちっくしょ……、情けねえなぁ……このカプセルが何なのかすら分からん……」
プラスチックではなく、ガラスで出来てるのかつるつると滑って手に取りにくいカプセルを指でつまみ、中身を見ようとする。中に入っているのは、粉……?それとも……

バァン!!!

「わ、わわああっ!!」いきなり部屋の扉が蹴破られたかのように爆音を上げて開き、カプセルを落としてしまう。
「兄ちゃんうっさい!!!こっちは勉強してんだよ!!」と入ってきたのは妹の新菜(にいな)。黒いロングヘアは兄の俺から見ても綺麗だ。似合っているとはいえないが。
俺は暴力的な妹の怒りから逃げようと後ずさり……

カシャン……

カプセルを踏み潰してしまった。破片が足の裏に刺さったのか、若干の痛みを感じた。早く妹をいなして、傷の手当をしないと……

「わかった、すまん、すまん……」
「なによ、やけに素直じゃない。ま、分かったならよし」
「あ……あぁ」

新菜は、入ってきたときとは対照的にゆっくりと扉を閉めて出ていった。さっそく、足の裏を……

グジュ、グジュジュ……

「う、ううっ」足が、何かおかしい。血管の中を、不純物が通っていくような、不快感がある。まさか、ガラスが血管に……!?俺は急いで、足の裏を確認した。すると、そこにあるはずのガラスの破片が、一片もない。床を見ると、ガラスだと思っていたカプセルが、押しつぶされて透明な膜となっていた。

グジュ……

だが、不純物はどんどん体を登ってくる。という感触がする。心臓が一回脈を打つごとに、なにか変なものが体の中を動いてくるのだ。そして、あっという間にそれは心臓に達し……消えた。
少なくとも、何も感じなくなった。だが今度は、スマホの方に変化があった。1秒ぐらいバイブが動き続け、その後スライダが動かせるようになっていたのだ。

「俺の体のプロポーションを変化させられるようになった……ってことなんだろうな」

だが、それでもまだ動かせないスライダがあった。「カップ」……胸の大きさだろうか。そりゃ男にカップ数はないからなぁ。

「ん、画面をスクロールできるのか……?」
スライダの塊の下の方に、リスト選択できる「ネーム」、名前の欄がある。そして、そこには俺の名前が書いてある。その下にもいくつかボタンがあった。黄色のボタンには「インファクトハウス」……実は家……?意味がわからん。緑のボタンには「エックスキュート」……なにがかわいいんだろう。

二つのボタンをポチポチと押すと、喉の奥がいきなりかゆくなり、思わず咳をした。それ以外に、変化は……ん?
「リストが、新菜の名前に?」
そこには、間違いなく『Niina』と書かれている。そして、俺の家族全員の名前が少しして追加された。

まさか、新菜のプロポーションも変えられるようになったのか?……じゃあ。

遊ぶしか、ないよな。

俺はまず、動かせるようになったカップ数のスライダを、BからEに動かした。そして、エイジの部分を14から18に。バストの数字は、カップと連動して、それに身長と体重っぽいスライダもエイジと連動して動いた。
これで、隣の部屋にいる新菜が18歳の巨乳お姉さんに変わっていれば、俺の推測は当たっていることになる。迷わず部屋を飛び出し、普段は絶対に開けない妹の部屋の扉を勢い良く開いた。そこには……

「あ、の、さぁ……」カンカンに怒った、新菜がいた。姿形は、いつも通り。胸は膨らみかけだが全体的に幼児体型の、普通の中学生だ。
「なにか妙だと思ったけど……そんな気持ち悪い顔しやがって」見たこともない鬼のような表情で、今にもげんこつを飛ばしてきそうだ。

「あ、あれ……」俺はアプリを見た。スライダは動かしたまま……あ、緑のボタンが点滅している。

「少し、お仕置きをしなきゃねぇ!?」
ヤバイ。書いてある意味は分からないが、緑のボタンを押す以外俺に選択肢がない。

ポチッ……

と、その瞬間。妹の動きが、ピタッと止まった。目を見開き、立ち止まっている。
そして、「きゃっ……」と小さな悲鳴をあげた。よく見ると、胸の部分がピクッピクッと鼓動し、突起が二つ、突き上がってきている。そして、控えめな膨らみが、プルン、プルンと震えている。

「兄ちゃん、私に、何をしたのぉ……ひゃんっ!」

新菜が子犬の鳴き声のような悲鳴を上げると、胸の膨らみが一回り、プルンッと大きくなった。続けざまに、心臓から何かが送られているかのように、どんどんブルン、ブルンと大きくなる乳房は、着ていた服をパンパンにし、中学生にしては少し大きすぎるほどのものに変わった。

そして、次の変化が始まった。今度は、新菜の体全体がグニッグニッと引き伸ばされていく。部屋着から綺麗な足がニョキッと伸びると、新菜の目線が少し上がる。

「えっ、私の足がっ!んんっ!」

上半身もグイッと伸び、パンパンになった胸の部分がさらに圧迫されて、ギチッと縫い目がほつれる音がした。現れた腹部はすこしぽっちゃり気味だ。最後に腕もニョキッと伸び、新菜の成長が終わった。そこには、俺がアプリで指定したとおりの、Eカップの18歳バージョンの新菜がいた。少し大人びたが、胸がデカイ以外は俺より一回り身長が低いくらいの起伏に乏しい体だ。

「私、どうしちゃったの!?」いつもよりも自分の位置が高い世界に戸惑っているのと、周りより成長が遅れていたおっぱいが大きくなったのが嬉しいのが混じっているような表情で、自分の体を手で確認する新菜。こうなったら、尻も大きくしてみるか。

スライダを動かして緑のボタンを押す。と、またすぐに新菜の様子が変わった。

「胸がドキドキするよぉ……」大きくなった乳房の上に手を置き、息を落ち着かせようとする新菜。バストももっと大きくするか。えいっ。

「ん、んんっ……!!」まだ余裕があった部屋着の尻の部分が、ギュッギュッと詰められていく。と同時に、胸の部分の突起が更に、ビクンビクンと大きくなる。元の新菜の親指が入るくらいだろうか?
「や、やっぱり、兄ちゃんが何かしてるんだ……!きゃんっ!」乳房の膨張が始まり、リンゴ大だったものが、更に膨らむ空間を探して服を引っ張る。もう限界に近づいていた新菜の服はついに……

ビリビリィッ!

大きな音を立てて破れてしまい、中から二つの大きな白い塊が飛び出してきた。まごうことなきおっぱい。しかも、まだ成長を続けている。ムチッ、ムチッと音を出しながら大きくなるそれは、新菜の頭くらいに大きくなっていく。「こんな大きなおっぱい、いやだぁ……」新菜は、手で胸をギュッと押さえつけるが、その歪んだ形が俺の欲情を……

「ただいまー!新菜、いるんでしょ!」

母さんが帰ってきた。まずい、この状況を見られるのは……と、アプリの一番下に「リセット・オール」と書かれた赤いボタンがあった。それを押すと、新菜の体は風船がしぼむかのように元に戻る。俺は本能的に妹の部屋から飛び出し、自分の部屋に戻った。

「和登、こんなに早いなんて、珍しいじゃない」
「あはは、おかえりー……」

帰宅早々に新菜の部屋に着た母さんに、冷や汗かきまくりで何とか対応する俺。新菜はというと、記憶も服もリセットされたらしく何事もなかったかのように母さんに接していた。

これは、すごいものを手に入れてしまったようだ。辞書を引っ張り出してきて、英語を何とか翻訳したところ、持っている知識の設定欄があった。名前欄に俺の名前、『Kazuto』を設定し、『日常会話レベルの英語』を入れて緑のボタンを押すと、ようやくアプリの全容が分かった。

カプセルに入っていたのは自分を複製できるナノマシンらしい。機能は、人の体型、性格、知識を全て変えられる。テレポート機能をもっているらしく、体型の変化に必要なものは、どこかから持ってこれるらしい。
それで、アプリはその動作を決められるもので、リミッタ付きではあるがある程度非現実的なところまでナノマシンが入った人間を変容させられる。さっきの新菜の見たこともないようなデカさのおっぱいとかだ。
で、俺が何の考えもなしに押した黄色いボタンは、『インフェクトハウス』(家族を感染させる)ボタンだったらしく、いまや俺を含めた家族全員にナノマシンが入っているようなのだ。
他にもいろんな設定や機能があった。

だが……解せないのが、俺自身の体型を変化させるスライダは、時間が経つと動かなくなってしまった。まあいいが。

にゃーん。と鳴き声がする。飼い猫のニケが、部屋に入ってきていた。ベッドの上に座っていた俺は、ニケを膝の上に座らせて頭をなで、耳の裏をかいてやる。と、とんでもないことに気づいた。名前のリストに、ニケの名前がある。名前を設定してみると、スライダの代わりに、「人間に変える」というボタンがある。リセットはちゃんとできるらしいので……

ポチッ

にゃっ!と、ニケが膝の上で声を上げると、全身から骨格が変わる音がグキグキとしてくる。俺の膝にも、ニケの体が作り変えられる不気味な感触が伝わってくる。そして、心臓の鼓動がドクンドクンと伝わってくるようになると、変化が始まった。
背骨がまっすぐになり、肋骨が横に広がる。手足はぐいぐいと引き伸ばされ、人の手足の形になる。全体的に少し大きくなって、体毛が皮膚の中に戻るように短くなると、そこには金髪猫耳の小さい女の子がいた。

「え、私、ヒトになってる?……って私、しゃべれてる!?」

そういえば、ニケは人間で言うと8歳くらいだったか。

「俺が人間にしてやったんだ、すぐに戻せるけど、どうする?」
「すごーい!和登は猫をヒトにできるんだね!でも、どうやって?」

俺が何かを言う前に、ニケは正しい答えを見つけた。

「あ、これだね!」

そして、スマホをヒョイッと持ち上げ、ニケが人間になったことで現れたスライダをちょいちょいと動かした。

「それで、えいっ!」

完全に裸のニケが、俺の目の前で大きくなりだした。年齢は変わらずに、身長がどんどん伸びる。

「たーのしー!」

100cmくらいだったのが、1秒ごとに10cmくらいずつ、クイックイッと伸びる。大きくなりながらはしゃぎまわるせいで、家がギシギシと軋む。そろそろ、戻さないと大変なことになりそうだ。
俺は、ニケがベッドの上に置いたスマホのリセットボタンをポチッと押した。

「わーい!あっ。」
「えっ」

200cmくらいまで大きくなっていたニケは、元の猫に戻るのではなく……

「和登?」
「あー、これどうすればいいんだ……?」

身長100cmの金髪猫耳小学生に戻っていた。どうやら、うちの家族が4人1匹から5人になりそうだ。