目 2話

「俺、女になってる」
「はぁ!?エイは男のはずでしょ!?何馬鹿なこと言って……よく見たら、顔つきも全然違うし、小学生みたいに小さい!さては別人!?」
「なんでそうなるんだよ!図書室にいたのは、俺と美代だけだっただろ!?」
「そ、そうだよね……でも信じられるわけ無いでしょ。ムサイ男が撫でたくなるような可愛い女の子に一瞬で変わるなんて」
「ムサイ言うな!」

図書室の司書がいれば、確実に怒鳴られるような大きな声で叫び合う二人。らちが明かないようにも見えたが、美代は諦めたかのようにため息をついた。

「はぁ……分かった。あんたは英二で、女になったと。それで、そうなる前に何かあったんでしょ?」
「あ、あぁ……それはだな……」

「あんたのおちんちんが爆発したって!あっはは!あんな小さいのが!」
「何で俺のアソコのサイズを知ってるんだよ!」
「いいじゃんそんなの。ねえねえ、お姉さんに見せてみい、爆発したアソコを」

英二はこれまで見たこともないわけでもない、美代の変態親父のようなにやけ顔に戦慄を覚えた。

「や、やめろ……」
「痛くないから!」
「うわぁ!」

美代の迫り来る魔の手から逃げようと、英二は走りだそうとしたが、

「……へぶっ!」
「だ、大丈夫!?」

あまりにも小さくなった体に服のサイズが全くあわず、それにつまづいて転んでしまった。

「……う……うう……」
「英二?……!」

かわいらしくなった顔に、涙が浮かんでいた。美代は何かに胸を貫かれたような表情を浮かべ、ぽかーんと口を開けてしまった。

「い、痛い……帰る……」
「ご、ごめん英二……おぶって帰ってあげるから」
「おぶって……?そっか、俺、そんなに小さくなったのか」

少ししゃくりあげながら、美代の背中に乗って家まで帰ったのだった。

「……というわけで、この可愛くてモフモフしたくなるような可愛い子が英二なんです……」
「モフモフ!?可愛い2回言った!?」
「信じられないわ……このちっちゃくて守りたくなるような女の子があのどら息子だなんて……」
「母さん……」

英二の自宅。当の本人を置いてきぼりにして、美代と英二の母親の佳代子(かよこ)の話は続いていた。大きく変貌した英二の説得だけでは、本人と認められなかったのだった。

「何か、英二を英二だって認められるものって無いんですか……」
「うーん、そんなこと言われてもねえ……」
「がふっ……こんなときにゲップが……」

その一言に、佳代子が驚いて英二の方を見た。

「がふっ……?まさか、あなた英二なの!?」
「そこ!?」
「そんなゲップの仕方、英二しかしないでしょ?」
「あ、確かに……よかったね、英二」

複雑な表情になる英二。

「もっと、家族の思い出とかで判別するとか、そっちのほうが……」
「あなたにはお似合いだと思うけど。美代ちゃん、息子がお世話になって、ありがとう。今度何か持って行くから」
「いえいえ、そんなお気遣いなさらず……私は帰りますから……英二、また明日ね」
「お、おう。ありがとな」
「どういたしまして。じゃあ」

美代は足早に出て行ってしまった。少しの沈黙の後、佳代子に言われて英二は風呂に向かった。

「この服で学校行けって言ってもなあ……でかすぎるって。いや、俺が小さいのか……」

洗濯カゴに何とか自分の服を入れ、風呂場に入ると、そのいたいけな姿が鏡に写ったのが、目に止まった。

「本当に、ちっさいな……」

腕や足は元の自分が力を掛ければ簡単に折れてしまいそうだ。おなかはプニプニとして、凹凸には乏しい。胸などは膨らみかけてすらいない。

「どうせ女になるならもっとスタイルいい方がよかった……へくちっ!あー、とっととシャワー浴びようか……」

腰掛けをシャワーの前において、キュッと蛇口をひねると、冷たい水が英二の体に襲いかかった。

「ひゃうう!!……ってなんだ今の声……」

自分の信じられないほど高い声にうろたえる英二。すぐに水は暖まったが、その刺激はしばらくのあいだジンジンと続いていたのだった。

「(俺、これからどうなるんだ……?)」

その夜だった。夢の中、英二は金色の砂の大地の中にいた。

「(ここは、エジプト……?)」

目の前にそびえ立つ、白く巨大な四角錐。そのふもとに、豪華な金色の宮殿が建っている。中には、これまた豪華絢爛な衣装を身にまとった神官が行き交う。

「(すげぇ……こんな光景、テレビでも見たことがないな)」

宮殿の内部に視点が動く。中心の大きな部屋には玉座が据えられ、王が座っている……が、英二が最も威圧感を感じたのはその隣に控えている一人の神官だ。その目は赤く光り、顔立ちは「彼女」の狡猾さ、知識がどれほどのものであるか物語っていた。そう、彼女。キッと釣り目の顔だけではなく、大きく盛り上がっている胸でも、神官が女であることが分かる。

「(でっけぇ……)」

英二は幾重にも重ねられた服の上からでも分かるその胸の虜になっていた。だが、彼女の目がギロッと英二の方に向けられると、英二は向けられた目から視線をそらすことができなくなった。

「(なんだ、この感覚……あいつが、こっちに……)」

彼女の「目」が、英二に急接近してくる。そして、またあの声が聞こえてくる。今度は、英二でも意味がわかった。日本語でもないその言葉の意味が。

《汝……我の……器に……》
「(う、う……)」

「うわあああっ!!!」

目が覚めた英二だったが、心臓がバクバク言って止まらず、熱い血液が体中を駆け巡る感覚に襲われる。

「あ、あつい……!!あついい!!」

なんとか熱を逃がそうと、布団をはがし、胸をはだける。そこで英二が見たものは、風呂で見たものよりかなり大きくなった胸の突起の周りが、グググッと盛り上がってくるところだった。

「な、なんだよこれ!!うぐああ!!」

背骨がベキベキ音を立てて伸び、腹がギュッと絞られてくびれができる。手を見ると、幼く小さいそれが、長く細く成長していく。箪笥の奥から取り出した、子供の時の寝間着が、腕が太くなっていくのか、ギチギチと音をたてる。

「む、むねが……あつ……」

ある程度膨らんだ胸が、押し込まれるように縮む。英二は、その胸がゴゴゴゴとエネルギーを貯めこんで、とんでもない量の熱を発しているのを感じた。

「あついいいいいい!!!」

そして、胸が爆発した。ムクッでもバインッでもなく、ドッカーンッ!!という言葉が似合っていた。Aカップだった胸が一瞬のうちにLカップまで育ったのだ。それと同時に、全身にムチッと肉がついたのか、寝間着が至るところでビリビリと破け、ほとんど全裸と化してしまった。

「ふ、ふぅ……終わっ……た……」

変身の激しい感覚に精神をすり減らした英二は、そのまま眠りの世界へと戻っていった。

目 前編

とある高校。キーンコーンカーンコーン……と、授業終了の音が流れた。

「では、明日までにこの課題を……」

教諭が話しているのをそっちのけで生徒たちは帰り支度を始める。その中の一人、遠野 英二(とうの えいじ)は面倒くさそうな顔をしながらさっさと教室から出る。

「はぁ、やっとあのつまんねぇ授業が終わったか……」
「おー、一緒に帰る?」

廊下に出ると、そこに居合わせた女子生徒に声をかけられる。幼なじみの天台 美代(てんだい みよ)である。

「ああ、美代か。図書室で借りるものがあるから……」
「ふーん?英二がねぇ……じゃあ私も行く」
「はぁ?なんか借りるものでもあるのか?」

美代はニヒッと、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

「ないけど!」
「じゃあなんで……」
「いいじゃん、一緒に行ったって」
「変な奴だな……ま、今に始まったことじゃないか……ぐふぅっ!?」

英二の腹に、肘鉄が決まっていた。その動きは誰にも見えない……というほどの衝撃が英二に走った。

「ゲホッ、ゲホッ!……は、腹はよせ……」
「うっさい!じゃ、いこー、いこー!」
「ま、まちやがれ……!」

すたすたと歩き出す美代に、英二は腹を押さえながら何とかついていった。

二人は、図書室につくとおのおの別の箇所を見始めた。

「うーん、どれがいいか」

英二は、多くの歴史書が整然と並べられているのをじっと見た。その冊数たるや、いち高校のものとは思えないほど大量だったが、漫画も置いていない図書室など、初めて訪れる英二にはそのことは分からなかった。今日も、遊んでいるゲームの中で絶世の美女が出てきたからそれが誰か調べたいという不純な動機でここを当たったのだった。

「えーと、主人公が占領してたのは確かカリア、いやゲルマニウム……?ちくしょ……カタカナは覚えづらくて仕方が……ん……?」

一冊の本が目にとまる。色あせた背表紙に、日本語でも英語でもない文字が綴られている。思わずそれを手に取る英二。その本は、光っているわけでも、文字が動いているわけでもないのに、不思議な魅力を放っていた。

「うーん、これは……エジプトの神聖文字……だったか。なんでこんなものが……」

授業で覚えた知識が初めて勉強以外で役立った瞬間であったが、英二は気にもとめず、ペラっと表紙を開けようとした。……開かない。

「古すぎて表紙がくっついてるのか……。ん、このページだけ開くぞ……」

英二は紙がこびりついていないのを確認しながらそーっとページを開く。そこには……

「うおっ……これは……目?」

A4サイズのページいっぱいに、黒く塗りつぶされた円を囲むように同心円が何個も描かれている。その隙間にも、背表紙と同じような文字がビッシリとつめ込まれ、禍々しい雰囲気を醸し出していた。

「これって、やばいんじゃ……あ、あれ?体が動かない!?」

金縛りにあったかのように、硬直状態になってしまう英二。その視線の先で、本の文字が赤く光り始め、同時に歌のような、呪詛のような声が英二の頭の中に流れてくる。

「き、気持ち悪……い……だれか、止めてくれ……うわあああ!!」

英二はその声に不快感を覚えつつも、本から目をそらすことが出来なかった。そして、本の黒い目が急に英二を飲み込み、英二は異世界の真っ暗闇に包み込まれた。

「こ、ここは……俺、なんで裸なんだよ」

闇の中で、英二は自分の体だけを見ることが出来た。周りは静まり返り、声から開放された英二は少し安心感を覚えていた。

「ここは、本の中なのか……?そしたらどうやって出れば……ん?」

闇の中に、ひとつの赤い光が現れた。最初は、かなり小さかったのが、急激に大きくなる。それとともに、ゴゴゴゴ……という轟音がし始めた。

「ま、まさか、あの赤いの、俺にぶつかる……うわああ、来るな、来るなぁ!」

英二が叫ぶのもむなしく、その大きく開いた口に、赤い光がぶつかり、自らを押し込んでいく。

「ぐご、ぐごがあ……!!」

声にならない叫びを上げる彼の体は、中から赤く照らされ、光り始める。すると、先ほどからだらしなく垂れ下がっていた彼のイチモツが、急激に膨らみ始め、前に突き出される。それだけではなかった。普段の運動で鍛えられた全身の筋肉が萎縮し、逆に脂肪が厚くなって、その赤く光る身体の輪郭が丸みを帯びていく。その体積が減った分だけ、股間の膨らみは加速し、異常なまでに大きくなっていく。

「(ぐあああッ!!お、俺のアソコが、破裂するぅぅっ!!!)」

英二は全身、特にもはや棒の形状を保っていないソレからくる痛みに、もう耐えられなかった。そして、

《メコッ!バァァァアアンン!!》

「うわあああっっっ!!あ……?」
「何大声出してんの、迷惑でしょ」
「美代?」

英二は、もとの図書室に戻って、床に倒れこんでいた。

「はぁ、よかった……戻ってこれたのか……あれ?」

異世界に青年を引きずり込んだ本は、跡形もなく消え、本棚にもその姿はない。

「夢、だったのか……?」
「エイ、なんでそんな高い声だしてるの?発声練習とか?」
「え?声?」
「うん、声」

英二の血の気がスーッと引いていく。そして股間にすっと手を伸ばすと、大きな違和感と喪失感が広がった。

「お、俺のアソコ……ない」
「アソコ?頭のこと?」
「ちがう、俺、女になってる……!!」
「はぁ!?」