とある高校。キーンコーンカーンコーン……と、授業終了の音が流れた。
「では、明日までにこの課題を……」
教諭が話しているのをそっちのけで生徒たちは帰り支度を始める。その中の一人、遠野 英二(とうの えいじ)は面倒くさそうな顔をしながらさっさと教室から出る。
「はぁ、やっとあのつまんねぇ授業が終わったか……」
「おー、一緒に帰る?」
廊下に出ると、そこに居合わせた女子生徒に声をかけられる。幼なじみの天台 美代(てんだい みよ)である。
「ああ、美代か。図書室で借りるものがあるから……」
「ふーん?英二がねぇ……じゃあ私も行く」
「はぁ?なんか借りるものでもあるのか?」
美代はニヒッと、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ないけど!」
「じゃあなんで……」
「いいじゃん、一緒に行ったって」
「変な奴だな……ま、今に始まったことじゃないか……ぐふぅっ!?」
英二の腹に、肘鉄が決まっていた。その動きは誰にも見えない……というほどの衝撃が英二に走った。
「ゲホッ、ゲホッ!……は、腹はよせ……」
「うっさい!じゃ、いこー、いこー!」
「ま、まちやがれ……!」
すたすたと歩き出す美代に、英二は腹を押さえながら何とかついていった。
—
二人は、図書室につくとおのおの別の箇所を見始めた。
「うーん、どれがいいか」
英二は、多くの歴史書が整然と並べられているのをじっと見た。その冊数たるや、いち高校のものとは思えないほど大量だったが、漫画も置いていない図書室など、初めて訪れる英二にはそのことは分からなかった。今日も、遊んでいるゲームの中で絶世の美女が出てきたからそれが誰か調べたいという不純な動機でここを当たったのだった。
「えーと、主人公が占領してたのは確かカリア、いやゲルマニウム……?ちくしょ……カタカナは覚えづらくて仕方が……ん……?」
一冊の本が目にとまる。色あせた背表紙に、日本語でも英語でもない文字が綴られている。思わずそれを手に取る英二。その本は、光っているわけでも、文字が動いているわけでもないのに、不思議な魅力を放っていた。
「うーん、これは……エジプトの神聖文字……だったか。なんでこんなものが……」
授業で覚えた知識が初めて勉強以外で役立った瞬間であったが、英二は気にもとめず、ペラっと表紙を開けようとした。……開かない。
「古すぎて表紙がくっついてるのか……。ん、このページだけ開くぞ……」
英二は紙がこびりついていないのを確認しながらそーっとページを開く。そこには……
「うおっ……これは……目?」
A4サイズのページいっぱいに、黒く塗りつぶされた円を囲むように同心円が何個も描かれている。その隙間にも、背表紙と同じような文字がビッシリとつめ込まれ、禍々しい雰囲気を醸し出していた。
「これって、やばいんじゃ……あ、あれ?体が動かない!?」
金縛りにあったかのように、硬直状態になってしまう英二。その視線の先で、本の文字が赤く光り始め、同時に歌のような、呪詛のような声が英二の頭の中に流れてくる。
「き、気持ち悪……い……だれか、止めてくれ……うわあああ!!」
英二はその声に不快感を覚えつつも、本から目をそらすことが出来なかった。そして、本の黒い目が急に英二を飲み込み、英二は異世界の真っ暗闇に包み込まれた。
「こ、ここは……俺、なんで裸なんだよ」
闇の中で、英二は自分の体だけを見ることが出来た。周りは静まり返り、声から開放された英二は少し安心感を覚えていた。
「ここは、本の中なのか……?そしたらどうやって出れば……ん?」
闇の中に、ひとつの赤い光が現れた。最初は、かなり小さかったのが、急激に大きくなる。それとともに、ゴゴゴゴ……という轟音がし始めた。
「ま、まさか、あの赤いの、俺にぶつかる……うわああ、来るな、来るなぁ!」
英二が叫ぶのもむなしく、その大きく開いた口に、赤い光がぶつかり、自らを押し込んでいく。
「ぐご、ぐごがあ……!!」
声にならない叫びを上げる彼の体は、中から赤く照らされ、光り始める。すると、先ほどからだらしなく垂れ下がっていた彼のイチモツが、急激に膨らみ始め、前に突き出される。それだけではなかった。普段の運動で鍛えられた全身の筋肉が萎縮し、逆に脂肪が厚くなって、その赤く光る身体の輪郭が丸みを帯びていく。その体積が減った分だけ、股間の膨らみは加速し、異常なまでに大きくなっていく。
「(ぐあああッ!!お、俺のアソコが、破裂するぅぅっ!!!)」
英二は全身、特にもはや棒の形状を保っていないソレからくる痛みに、もう耐えられなかった。そして、
《メコッ!バァァァアアンン!!》
—
「うわあああっっっ!!あ……?」
「何大声出してんの、迷惑でしょ」
「美代?」
英二は、もとの図書室に戻って、床に倒れこんでいた。
「はぁ、よかった……戻ってこれたのか……あれ?」
異世界に青年を引きずり込んだ本は、跡形もなく消え、本棚にもその姿はない。
「夢、だったのか……?」
「エイ、なんでそんな高い声だしてるの?発声練習とか?」
「え?声?」
「うん、声」
英二の血の気がスーッと引いていく。そして股間にすっと手を伸ばすと、大きな違和感と喪失感が広がった。
「お、俺のアソコ……ない」
「アソコ?頭のこと?」
「ちがう、俺、女になってる……!!」
「はぁ!?」