風船に手が届くまで

街角で配られるヘリウム風船は、得てして家に帰る前に受け取った子供の手から離れていくものである。

「うわーん!」
「あぁ、あんな高いところに引っかかってる……」

この少女、未唯(みゆ)の場合も、途中の公園で手を離してしまった。空に飛んで行ってしまえば諦めが付いたのだろうが、風船は木の枝に引っかかっていた。父親である唯夫(ただお)も同伴していたが、引っかかった位置があまりに高くどうしようもない。

「未唯、ママも待ってるしそろそろ行こう。風船ならまたもらえるから……」
「やだ、やだ!」

唯夫自身も、子供時代によく味わった苦痛なだけに、あまり強く言うことができない。
そのうち、10分が経った頃、もうひとりの少女が近づいてきた。

「あの風船、ほしいの?」

そして、少女は未唯に喋りかけた。

「う、うん。取ってくれるの?」
「いや、それはキミがどうにかするべきだよ。ボクは、それを手伝うだけ」
「手伝う……?肩車でもしてくれるの?」

小学生である未唯と、その少女はあまり体の大きさも、体つきも変わらなかった。肩車などしようものなら、少女は未唯も耐えきれないだろう。唯夫は娘の身を案じて、突然あらわれ、助けを差し伸べてくれた少女に感謝を伝えつつも拒否しようとした。

「お嬢ちゃん、助けてくれてありがとう……」
「でも、ボクの助けはいらないって?これは、ボクがやりたいことなんだ。キミの許可はいらない」

明らかに年下である少女に、真っ向から拒絶されてしまい戸惑う唯夫。まるでそれは、唯夫よりはるかに大きな存在のようだった。それをよそに、少女は続けた。

「いいかい、ミユ。キミの目標には、キミ自身の力でたどり着かなきゃいけない。それは、その目標がなんであれ、同じことなんだ」
「……?」

いきなり哲学的なことを言い出した少女。だが表情は真面目そのものである。

「だけど、自分ひとりの力じゃなくて、誰かを頼ることも重要なんだ。今日は、ボクが力を貸してあげよう。いいかい?」
「うん。あ、ありがとう」

未唯がわけもわからないまま感謝すると、少女はニコッと微笑んだ。のではなく、ニヤァと表情を歪めた。

「なーんちゃって。風船は取らせてあげるけど、ボクのおもちゃになってね、ミユ」

途端、少女の体がまばゆいまでに光り始めた。未唯はそれをぼーっと見るしか無かったが、次に自分の体が熱くなり始めているのに気づいた。周りの空気から、熱を吸い込んでいるような妙な感覚だった。

「風船はキミの手で取ってもらう。でも、キミは飛べない。そうだよね?じゃあ……」

パァッ!!と少女が発する光が強烈になり、あたり一面が光に包まれた。

「大きくなるしかないよね!」

光が消え去ると、少女も姿を消していた。だが、その不可解な現象よりもさらに不可解なことが起き始めていた。

「ぱ、パパ、未唯……」
「大きくなってる……?」

唯夫の腹あたりまでしか無かったはずの未唯の背丈が、胸の部分まで伸びていた。

「お服がキツイよっ」

体は大きくなっていたが服はそのままなようで、所々がパツパツになり、縫い目がブチブチとほつれ肌色が見えていた。しかも、「大きくなる」というのは体のサイズだけでなく、体型、年齢もであったようだ。腕も脚も、もとの幼児体型のままではなく、すらっと細く長くなっていた。だが、腹部はまだぽっこりと膨らみ、子供のままだった。

「未唯……」
「パパ……」

未唯と唯夫は不安そうに見つめ合うことしかできない。中学生くらいの体型になった父娘は、ほとんど同じ身長になり、互いの目線が水平になったが、それも少しの間だけで、未唯はさらに大きくなっていく。少女が取らせると言った風船は、まだ10mは上にある。それは、未唯があとそれだけ大きくなること、つまり3階建てのビルくらいまで巨大化することを示していた。

「私、どうなっちゃうの……?」

少女が消えるときの強烈な閃光にも関わらず、周りにはほとんど人がいなかった。だがいまや身長が2mになっている、しかし体型は中学生のままの少女の姿は少しでも近寄れば違和感を感じざるをえないものだった。

「み、未唯の……おっぱい……」
「えっ?」
「い、いやなんでもないんだ……」

先ほどとは逆に、未唯の胸の高さに唯夫の目があった。その胸には、膨らみかけの、テントのような形の乳房があり、ささやかなピンクの突起がじわじわと大きくなっていた。

「すごい……」

周りをチェックするのに必死になっている未唯は、信頼する父親が娘である自分に性的な興奮を覚えているのに気づかない。そのうちにも、体の成長に比べて胸の膨らみの成長スピードは急激に上がり、前に突き出されてフルフルと揺れた。服はもはや何も覆っておらず、未唯は胸以外は若干幼児体型が残った姿を周りに晒していた。その身長は、まだ3mくらいで、風船にはまだ遠い。

「おぉ……」

自分の2倍、いや3倍くらいの身長の娘を見上げ、その少し膨らんだ腹の先に大きく丘のようにそびえる2つの乳房。唯夫はゴクリとつばを飲んだ。伸びるだけだった脚にも徐々に皮下脂肪がつき、唯夫の顔と同じ高さの所で女性的な柔らかさを蓄えていく。

未唯が身長5mにもなり、体型も高校生に近づいて、骨盤も大きくなり、腰にくびれが付いてきた、その時だった。一陣の風が、風船が引っかかっていた木に吹き付けられたのだ。

そして、風船が枝から外れ、天高く飛び上がった。

「あっ、風船が!」
「な、なんだ!?」

唯夫は、高度を上げていく風船を見た。次に、彼が覚えたのは興奮だった。

「(未唯は、どこまで大きくなるのだろう?見てみたい……)」

それに答えるように未唯の体からゴゴゴゴと地鳴りのような音がし始めた。

「ぱ、パパ、私、もっと、大きくなっちゃうぅっ!!」

5mの身長が、風船を追うようにドォンッ!!と伸びた。縦に伸びるということは、当然全体が大きくなるということである。脚は木の幹など屁でもない太さに、胸はアドバルーンのサイズをひとっ飛び。体重もトラックが何十台あっても足りないくらいに増えて、地面は大きくえぐられる。

20m、50mと指数関数的に伸びていく未唯の身長。街のどこからでも、未唯の高校生の体型となった体がはっきりと見えるくらいになった。風船が引っかかっていた木は、無残にも成長する脚にへし折られ、成長の速さのせいで旋風が発生して、いろいろなモノが巻き上げられていた。

「もう、風船なんていいから、もとに戻してっ」

無防備に揺れる胸は、100mの高さとなった未唯の体でもバランスが崩れるギリギリくらいまで大きく成長していた。バストトップは90mといったところだろうか。

「もしかして、風船を取ればもとに戻れるのかな……えーっと……」

風船は、上昇するだけでなく風に吹かれて何百メートルか横方向にも飛ばされていた。未唯から見ると前の方向で、未唯はすぐに見つけることができた。

超高層ビルと同等のサイズまで大きくなった未唯だったが、風船は上昇気流に煽られているのかもっと高いところにあった。気圧が低くなっているせいでサイズが大きくなっている。未唯は、足元のことを考えずに風船を追って走り始めた。

「まって、まって!!」

数キロトンある巨大な体は、一歩ごとに民家を押しつぶし、道路をえぐり、大きな地震を起こした。10mくらいの振幅で揺れる胸は、被害が及ばない遠くから見れば壮観であっただろう。しかも、移動中にも未唯の体は確実に大きくなっていく。日本一の高さのビルやタワーも超えて、物理法則を無視して質量と体積を増やしていく。普通の小学生だったはずの少女が、竜巻と突風を巻き起こしながら風船を追いかける。

「あ、あぁっ!」

そして、事もあろうに未唯は高速道路につまづいた。身長500mの体が宙を舞い、地面へと落下していく。

「きゃっ!!」

地面を最初に襲ったのは、巨大に膨らんだ乳房だった。普通の大きさなら、ボインッといった効果音ですまされるだろうが、未唯の大きさ200mくらいの胸は、あらゆる建造物を一瞬で破壊したうえで地面と衝突し、大きなクレーターを作り上げた。

胸だけでも街2つを消滅させられた。その次に落ちてきた体は、1つの都市を消滅させてしまった。

「う、うぅ、痛い……」

未唯の体は、ころんだ状態のままでも巨大化をやめない。胸は地面を擦りながら前進し、街を掃き掃除するかのように破壊範囲を広げる。脚は街も丘も同じように削り、さらに体型が大人に近づいているのかムチムチと膨らみ、股下に残っていた安全地帯すら潰していく。

未唯は手を付いて立ち上がった。身長は3000mに達し、上昇をやめようとしていた風船に、やっと手が届くまで大きくなったのだった。

「やった、風船!」

未唯は風船に手を伸ばす。すると、風船が急に大きくなり始めたではないか。未唯がそのひもをつかむ頃には、未唯の体に見合ったくらいの大きさまで、巨大化したのだった。

「風船、取れてよかったな。未唯」
「ぱ、パパ?」

しかし、それは風船が大きくなったのではなかった。未唯がもとの大きさまで戻っていたのだ。破れたはずの服も元通り。街を巨大娘が破壊した跡など、見えなかった。唯夫も、キョトンとした未唯を微笑んで見ているだけだった。

「夢、だったのかな……?」
「がんばったね、ミユ」
「あ、さっきの……」
「そう、ボクだよ。名前はガイア。人間たちの間では『大地の神』と呼ばれているものだけど」

未唯も唯夫も、耳を疑った。目の前にいる普通の人間にしか見えない少女が、自分のことを神だと言ったのだ。

「ちょっとね、遊んでみたくなったのさ」
「私、夢の中でお山さんくらい大きくなってた……」
「オレも、夢の中で大きくなっていく未唯を眺めていたような……」

ガイアは、ニコッと微笑んだ。

「夢じゃないよ。あれは本当に起きたんだ。そしてボクが全て元通りにした」
「ほ、本当に?」
「ふふ、信じられないならそれでいいさ」

パッと姿を消すガイア。だが声は続いた。

「十分楽しませてもらったよ。その代わり、死ぬまでボクがキミ達に加護を授けよう。あと、どうやらタダオは、大きなおっぱいがお望みのようだね」
「な、なっ……」
「ミユの成長を楽しみにしてるといいさ。じゃあね!」

こうして、父娘の奇妙な体験が幕を閉じたのだった。そしてその言葉通り、数年後、未唯は唯夫好みの爆乳高校生に育ったそうな。

「……さて、次は誰で遊ぼうかな?」