ドリンク剤

「泣いても笑っても明日が期末試験だ、みんなやるぞ!」
「はぁ……」

とある賃貸アパートの一室。小さいテーブルを囲んで男一人、女三人、合わせて四人の大学生が勉強会を開いていた。

「もう疲れたよ……」ブツブツ言いながら数行にも渡る数式を書いていた未来(みらい)は、シャープペンを机の上に投げ捨てた。「休憩したいな……」

「おいおい、まだまだこれからだろ、赤点取ったら補修で夏休み潰れるんだぞ?」机の上でぐでーっと伸びてしまった未来を、諒(りょう)が諌めようとする。とはいえ、彼のノートもあまり埋まっておらず、消しゴムのカスより、周りに散らかった空になった菓子の袋のほうが目立っていた。

「みーちゃん、がんばろうよー」おっとりとした声で、橙子(とうこ)も未来を励ます。

「橙子はおっぱい大きいよなー」未来は、そんな友人の励ましをスルーして、橙子の服を大きく押し上げる胸の膨らみを見つめる。「美人さんだし、天然さんじゃなきゃ、アイドルの方が似合ってるよ」

「お前、こんな時に何オヤジくさいこと言ってんだよ……」
諒はそう言いつつ、未来と同じく橙子の胸に見入ってしまう。

「諒くん、未来!二人ともいつまで橙子の胸見てるの!全く恥ずかしいわ!」
四人のうち一人だけ、背の低い、そらが騒いだ。橙子も未来も大体160cmくらいの平均的な背丈の中で、130cmほどしかないそらがいるせいで、大学生の中に中学生が混じっているような錯覚さえ覚える。しかし、四人の中で一番勉強が進んでいるのは彼女で、この勉強会もそらが開いたものだった。

「もう、そらは嫉妬しちゃってー!」
「ち、違うってば!」未来にからかわれ、顔が真っ赤になるそら。

「あ、そうだ、アタシこういうのもってきたんだけどー」
教材を入れるためのカバンから、エネルギードリンクのビンを4本取り出し、机の中央に並べる橙子。

「あら、気が利くじゃない。えーと……なにこれ……」
そのビンには、【胸が大きくなる薬】【胸が小さくなる薬】【ムチムチになる薬】【いろいろと大きくなる薬】……と油性ペンで書かれたビニールテープが貼り付けられていた。

「見ての通りだよ!」
もう【自分は嘘をついています】と言っているようにしか見えない顔で未来がニヤついた。隣では諒が吹き出し、橙子が首をかしげている。
「あ、あなたねぇ……」

「ふん、いいわ、乗ってあげる。ちょうど疲れてきたところだし……」
そらは、呆れ果てながら【いろいろと大きくなる薬】の、ラベルというには安っぽすぎるテープが貼られたビンを取り上げ、フタを空ける。すると、バチバチッと新品のドリンク剤のフタを開けるときと同じ音がした。
「(やっぱり普通のドリンク剤にテープ貼っただけじゃないの……)」

中からする香りも「オ○ナミンC」そのもの。それを、グイッと飲み干すと、炭酸が強かったせいか、口からピリッとした刺激が伝わってきた。ただし、味は普通のドリンク剤だった。
「はぁっ、生き返る……」栄養を受け入れた脳が冴え渡っていくのを、そらは感じた。
「ねー、もうちょっと面白い反応してくれてもー」未来は、そらがドキドキしながらドリンク剤を飲んだり、飲み干したあとに体の様子を見てみたりするリアクションを待っていたらしい。

「だって、あからさまに普通のドリンク剤じゃないの……ほら、あなたたちも飲みなさいよ。続けるわよ」
そらの前で、未来と諒がつまらなさそうにドリンク剤を飲んだ。

「橙子も、なにぼーっとしてるの」そらが促すと、ドリンク剤が出てきたところからキョトンとしたままだった橙子はやっと動いた。
「えーとね、どうやったら胸が大きくなったり、小さくなったりするのかなーって思って」

「あー、未来の嘘だから、大丈夫よ。何も起きないから」
「そうなんだー」橙子は安堵の吐息をもらして、【胸が小さくなる薬】というラベルが貼られたドリンク剤を飲んだ。

「ほんと、皮肉よね、胸が大きい橙子がその『薬』を飲むなんて……」
「うぅっ!」
「と、橙子!?」

いきなり聞きなれない大きな声を出した橙子に、三人が目を丸くした。
「ど、どうしたんだ橙子!」
「か、体が熱く……あ、あついぃっ!!」

体の熱を逃がそうとしたのか、橙子は急に服を脱ぎ出し始め、下着だけになってしまった。諒は突然の出来事に目をそらしたが、すぐに視線を戻した。
「あついよ、あついよぉっ!」

汗だくになった橙子からムンムンとした香りが解き放たれる。そして、それは起こった。
「橙子、胸、小さくなってない!?」
「え、えっ!?」

噴き出す汗に体積が持っていかれるように、胸がしぼみ始めていた。その証拠に、少し小さいくらいだったブラに大きな余裕が生まれ、それはどんどん大きくなっていっている。
「お胸が、なくなっちゃうっ」
リンゴの大きさだった胸は、あれよあれよと縮み、ついに橙子の胸はペタンコになってしまった。
「どうして……?あ、でも、体が軽いかも……」

こんな時にも天然な彼女だったが、戦慄を覚えざるを得ない他三人。
「お、俺、何飲んだっけ……!?」
「アタシは、【ムチムチになる薬】……ってことは」
「俺は【胸が大きくなる薬】?ハッ、男の俺に胸なんて……ぐぅっ!!」
諒は、急に胸を押さえ苦しみ始めた。

「諒!?大丈夫……ひぃっ」
諒に手を伸ばした未来だが、その諒の腕がギュッと音を立てて細くなったのを見て、腰を抜かしてしまった。
「お、俺、どうなるんだっ……げほっ……あ、ああっ……」
バリトンの男声が、女性のようなアルトへとトーンを上げる。この時点で、察しのいいそらには分かってしまった。

――諒の体は女のものに作り変えられていっている。

「な、なんだよっ、普通のドリンク剤じゃなかったのかよっ!!」
パニックで声を上げる諒だが、その間にも髪が伸び、ロングヘアになる。
「そのはずだよ、でも……」

「うああぁっ!」
痛みのせいか急に立ち上がり、敏感になっていく肌のせいか服を脱ぐ諒。その体はまだ男のものだったが、筋肉がどんどん萎縮し、脂肪へと変換されていく。その代わりという感じに、乳首がムクムクと膨らみ始め、褪せていた色が赤みを帯びていく。
「う、うそ……」
未来もついに何が起こっているか分かったらしく、顔色が青ざめていく。その答えと言わんばかりに、今度は全身からのゴキゴキという音とともに、骨格が変化し始める。肩と胸が絞られるように狭くなり、つられるように肩幅も狭くなっていく。顔の形も変わり、ゴツゴツとしていたものがスッと端正なものに変わる。腰も太くなり、膝が引っ張られるように内側に向いていく。そして、身長自体も減っていき、ついには未来よりも背丈が低くなってしまった。

「ん、んんんっ!!」
最後に、体が小さくなった分余った脂肪が、かき集められるように、胸へ、尻へと動いていく。鎖骨がはっきり見えるほどだった胸が、刻一刻と水風船のようにプルプルと震えながら膨らみ、未来の、そして元々の橙子のそれをも追い越し、メロン大まで膨らむまで、かかったのはたったの一分くらいだった。尻にもプリッとした張りのある膨らみが付き、そこで変化は終わった。

「りょ、諒……?」
そこに立ち尽くす諒に声をかけた未来。

「お、俺が、お、女に……」
変身の中でも自分の体がどうなっているのかは分かっていたらしい。諒はそのまま、机の上に置いていたスマホを手に取った。

「……諒?」
「おー、まさに俺のタイプ……」
自分の新しい姿に惚れてしまったのか、気持ち悪い笑みが浮かんでいる。が、その表情がすっと変わる。そして、いかにもしおらしい声で台詞を吐いた。

「諒くん、今日一緒に、海、いかな……うおおっ!!」
最後まで言う前に興奮する諒に、呆れる未来とそら。

「だ、だが、俺は男だ……よなぁ……、まいっか、いかにも童貞らしいアイツを弄ってやるか……そうだなー……あ、あの……新田くん、ちょっといいかなっ」
胸を強調するポーズを取る諒。一人劇場がいつまでも続くかと思われたが、その諒の視線が、未来に止まった。そして、震え始める。

「み、未来ちゃ……未来……」
「なに『男だ』とかいいながら早速女に染まり始めてるんだ……」
ツッコミを入れる未来だが、諒の震えは止まらない。
「お前、太く、なって、ないか……?」

未来は、そのときになって初めて、自分の体に服が食い込み、圧迫感が加えられているのに気づいた。
「ま、まさか……」
その理由はもちろん、服が小さくなったのではなく、未来の体自身が【ムチムチ】になり始めていたためだった。
「いや、いやっ、ダイエットがんばって体重キープしてたのにぃっ」

「(そんな……いや、あれは確かに普通のドリンク剤だったのに……)」そらは、自分の身にも迫りつつある『薬』の効果に恐怖し……そして若干期待しつつ、その顛末をみていた。

少し痩せすぎにも見えていた、短い丈のスカートから出ている未来の脚が、ムギュッ、ムギュッと膨らみ始めた。
「だめぇっ、ムチムチなんかいやだぁっ」
その脚の成長を抑えようと、手を押し付けるが、効果があるはずもなく、太さは元の3倍くらいになってしまった。

「こ、今度はおなかがっ……」
未来が服を捲し上げ、見事なクビレができているウエストがあらわになった……が、それもつかの間、下腹部にむっちりとした肉がついた。

「スカート、苦しっ……」
未来はスカートのホックを外したが、それでも間に合わず、ビリッと破れてしまう。次の瞬間には胸がブルンッとゆれ、膨らみだして服がパンパンになる。

「もう、もうやめて……っ」
あっという間に限界に達した服が破れ、タプンタプンと巨大になった乳房が現れた。ブラジャーはその付け根に巻き付くだけで、全然役目を果たしていない。

服というカラを破って出てきたようになっている未来の体は、文字通りムチムチに成長し、元のスレンダーなものとはかけ離れていた。しかし、肥満の領域までは行っておらず、肉感的な体、という感じである。

「未来、ドリンク剤、だよね……これ」
「そうに決まってるじゃない!!それよりも、【いろいろ大きくなる薬】、だったよね」

未来は涙目だが、そらの方をかなり不安そうに見ている。

「あなたが書いたんじゃないの」
「そうだけど……実は道端で会ったお兄さんにドリンク剤渡されて、効果を書いたビニールテープを張れば本当にその通りになるって言われて……でも、そんなことより!」

「あ、きた……」
「そら!」
そらは、段々と体全体が熱くなってきているのを感じた。

「あついわね、確かに……あつい、あついぃっ!!」
体中が炎で焼かれるように熱くなるのに耐え、そらは自分の左の手のひらを見る。すると、引っ張られる感覚とともに、子供っぽかったそれが、長く、細く、大きくなった。

「ううっ、でも、服、脱がないとね……!」
右の手のひらも大きくなるのを感じながら、服を脱ごうとするが、あまりの熱さに手元が狂ってしまう。諦めて、そらは自分の変化を観察することにした。
「腕もっ……長く、なってきてるっ……」
ゆっくりと、しかし着実に成長する腕。その奥に見える脚も、長くなる。未来と同じ長さまで長くなるとそれは止まったが、今度は体が上下に引っ張られる感覚がしはじめる。

「ふふ、これで、背がっ」
小さく頼りなかった体が、横にも、縦にも伸びていく。脱げなかった服がいたるところで裂け、肌色が見える。
「ひゃんっ!」
ここまで、伸びるだけだった体に、一気に肉がついていく。手足が健康的に膨らみ、尻にも適度な脂肪がつく。
「む、むねがぁ……」

胸に何かが凝縮していく感覚がする。同時に、目の前でも、腹までの平坦なラインの上に、膨らみができていく。

「わ、私に……おっぱいが……」
その膨らみの中にムギュギュギュ……と何かが詰め込まれていく。そしてどんどん膨らみは大きくなり、Dカップほどになると、成長は止んだ。160cmくらいになった体の熱も、引いていく。

「まあ、みんなの変化量からしても、これくらいが妥当よね」
新たにできた胸の膨らみを吟味しながら、そらは得意そうな笑みを浮かべた。

「そら、本当に大丈夫……?」
「何がかしら?」

「そら、私……いや、俺、実は、三分の一くらいしか飲んでない……の……」
恥ずかしそうに爆乳を隠しながら、女に染まりかけの諒が言う。
「え?」
「アタシもなの……」
おなかをプニプニしながら、まだ涙目の未来も言った。
「……え?」
「私は、全部のんだよー」
服を着直し、満面の笑みの橙子に、そらは耳を貸す余裕がなかった。

引き始めた熱が、また戻ってきていたのだ。
「うそ、うそうそうそっ!!!」

そして、そらの成長は再開された。乳房がムククーッと膨張し始めるのをみて、そらは胸をギュッと押さえた。
「こ、これ以上はいいのよぉっ!!」
だが、大きくなっているのは胸だけではなかった。手も脚も更に伸び、布切れになって巻きついていた最後の衣服を引きちぎりながら、体全体が巨大化していく。
「もう、大きくなんてなりたくないんだからぁっ!!」

そらの頭にゴツンッと何かが当たる。それは紛うことなき、部屋の天井だった。
「これじゃ、怪獣みたいじゃないのぉっ!!止まってぇ!」
しかし、成長は止まるところを知らず、部屋を埋め尽くしていくそらの体。

「ねぇっ、そろそろ逃げないと、建物が崩れちゃう!」
胸だけキツイ服を着た諒が、未来と橙子を引っ張り出した。アパートの骨格が、巨大化したそらの強大な力で歪んでいた。

「ああああっ!!!」
そらが大声を上げると、アパートはあっけなく崩壊した。

そこで成長は終わったらしく、身長10mくらいになったそらは、アパートの瓦礫の上に立ち尽くした。

「ど、どうしてくれるのよぉっ!!」

巨大な少女の叫びが、街全体にこだました。