沙月と命

男子中学生の少年は、目の前の机に置いてあるコップに入った、青と赤のスムージーをマジマジと見た。毒々しい色をしたそれの中では、何かが動いているようにも見える。

「なんだよこれっ!」
「今からキミに飲んでもらうものだよ、リア充くん」
「り、リア……?」

彼は、椅子に手足を拘束され、丸メガネをかけた科学部の男子生徒に、青のスムージーのコップを口に近づけられつつあった。その表面はもこもこと生きているように動き、まるで少年の中に入りたがっているようだ。

「く、こんなもの飲んだら死んでしまうっ!」
「大丈夫、死にはしない。ただちょっと、痛いかもねぇ。さぁ」

部員は少年の鼻をつまみ、スムージーを一気に少年の口の中に流し込んだ。

「うぅっ!ぐぼぼっ!!!」
「ほら、こぼしちゃだめじゃないか。キミの彼女も観ているんだからね」

少年の彼女は、二人の目の前で柱に縛り付けられ、スムージーを飲まされる少年に「沙月(さつき)!!」と叫んでいた。少年は、スムージーを飲み込みたくはなかったが、スムージーの方から、少年の中に潜り込んでいってしまう。

「んごごっ!」
「元気がいいねぇ、さすがボクが作った子たちだ……」

十秒もしないうちに、コップの中は空っぽになり、部員は少年からコップを離した。

「さて、お次はこっちを、カノジョさんに……と」

部員は、少年にしたのと同じように、少女には赤いスムージーを飲ませた。

「んぎゅうっ!?」

彼女も抵抗する様子を見せたものの、結局スムージーは一滴残らず少女の体の中に入っていってしまった。

「命(みこと)にまでそんなこと!ただではすませないぞ、この悪党め!」
「悪党で結構、結構。そんなことより、今飲み込ませたもの、何だか分かるかい?わからないだろうねぇ。だって、ボクが丹精込めて作った実験生物なんだからねぇ」
「実験……って、俺たちをモルモットにするつもりか!」

部員の丸メガネが、キラっと光った。

「ご名答」
「てめぇ、常識ねぇのかよ!!」
「常識……?そんなもの、とっくのとうに忘れてるねぇ。普段は、実験の秘匿性のためにただの根暗なヤツを演じてるが、それだけじゃ下らない下らない。ボクの知識と技術を活かしてなんぼの人生だからねぇ」

言葉を紡ぐと同時に部員の顔に現れるその笑みは、悪魔のようにネジ曲がり、悪意に満ちたものだ。

「悪魔、め……っ!」
「ふっ。そろそろ、次のステップに移らせてもらうよ」

部員のポケットから、アンプルと注射器が取り出される。アンプルには、透明の液体が入っている。

「まだ俺たちに何か打ち込むつもりかっ」
「活性剤さ。さっきキミたちの体に入っていった子たちが、キミたちの細胞に十分になじんでいるころだろうからね。それでは」

少年は必死に拘束から逃れようとしたが、抵抗むなしく、注射器を通して活性剤が注入される。

「んぐぅっ!!!??」

それと同時に、少年の体全体が殴られたかのようなショックを受ける。ドキンッ!!ドキンッ!!と強い感覚が少年を襲う。少年は痛みを目を閉じ歯を食いしばって耐えるが、心なしか手足の拘束が緩んでいく気がする。

「(こ……れ、はっ……逃げる、チャンスっ……!!)」

衝撃が収まると、少年は逃走のために拘束を振りほどいて、目を開けた。これで自由、と立ち上がって逃げようとした少年を、しかし、大きな違和感が襲った。

「(周りのものが、でかくなってる……!?)」

ちょうどいい高さだった机が、かなり高めになり、椅子も高くなって、少年の足は宙に浮いていた。部員も大きくなったように見える。

「(ちょっと待て、俺の周りが全て大きくなった……って、ことは……俺が、俺が……)」
「おや、思ったより効果が出るのが早かったようだね」
「俺、縮んでる!!??」

驚く少年の前で、同じく活性剤を注入された少女も、ギュッギュッと押し潰されるように小さくなっていく。中学生が小学生に、そして幼稚園生くらいまで。

「はい。これで初期段階は完了」
「ふ、ふざけるなっ!!」

少年も、同じく幼稚園生くらいまで小さくなっていた。声もかなり高くなっている。椅子から飛び降りて弱い力で部員に立ち向かうが、手も足も出ない。

「まぁ、諦めたまえよ。男なのにみっともない……いや、今は男じゃないんだっけ……?」
「はっ!?何言ってんだ、こんなに小さくなっても俺のチンコは……」

『ついてるぞ』と言おうとして、股間をまさぐる元少年。だが、そこには何もない。幼稚園生にも大きな豆粒くらいのモノがついているはずなのだが、なにもないのだ。部員が、自分の姿を確認しろと言わんばかりに差し出した鏡を見ると、瞳の色が青くなっていた。

「お、お、俺が女になってる……?」
「いや、女でもない。無性(むせい)の状態なはずだよ。そんなことより、カノジョの様子を見てみたらどうだい?」
「そ、そうだな」

無性、の意味が少年にはあまり分からなかったが、うながされるがままに、少年は少女の元に駆け寄った。少女も体が小さくなったおかげで拘束が外れ、床の上に四つん這いになっていた。着ていた服はほとんど脱げ、ブラウス一枚になっていた。といっても、少年もTシャツ一枚になっていたが。

「命(みこと)、大丈夫……か……?」
「さ、つ、き……」

少女の目は赤く光っていた。そしてその目を見た途端、少年の中の何かが変わった。

「命、さま……って、俺は何を!?」
「わ、わわ、今すごくイケナイこと考えてたっ!」

少年には、少女が、自分のつき従うべき存在に見えた。逆に少女には、少年が奴隷のように見えたのだろう。あたふたする二人に、部員が近づいてきた。

「どうだい?新鮮な感覚だろう?メスとオス、いや、キミたちはメスと無性の特徴を得たんだよ。ボクの子たちが持っている社会構造を、引き継いだんだねぇ」
「意味分かんないんだけど……」
「確実な生殖のために、メスが強い社会構造と、そのための遺伝子の特徴を持っているのさ。メスはあらゆる環境で生殖に適した生体構造を作り上げ、無性はメスの指示に従う。簡単に言うと、メスは無性を好きにできる。そして、メスは自分の体を作り変えられるのだ」
「だから……?」
「少女よ、少年の髪が伸びたらいいな、とか、考えてみるがいい」
「は……?うーん……」

少女が考えこむと、少年の髪が、バサッと伸びて、肩に掛かる程度になった。

「うわっ、すごい!」
「お、俺の髪が……」
「いいだろう……少女よ、キミは少年を意のままに操れるのだ」

少女は、目をつぶって少し考えると、うん、とうなずいた。そして、少年に向かってニコッと微笑んだ。

「沙月、私の妹になって!」
「お、お姉ちゃん、そんなのやだよっ!……って、俺は今何て言った!?後輩にお姉ちゃんって!?」
「おや、同級生ではなかったのだね……」

頭を抱える少年を、少女が撫でる。

「そうなの、沙月のほうが一つ上級生。でも、今日から私がお姉さん!」
「ほぉ……面白い。では、ボクはカメラを残して録画しているから、あとは隙に続けてくれたまえ……」
「うん!」
「うん!……じゃねえよ!なんで俺らが……」

少女の瞳が赤く光った。

「沙月ちゃん!年上の人には優しくしなきゃダメだよ!」

と同時に、少年の瞳は青く光った。

「う、うん。ごめんなさい、命お姉ちゃん」

部員はフッと笑うと、部屋から出て行った。少しすると、カチャッと鍵がかかった音がした。

「あ、そうだ……お姉ちゃんなんだから、もうちょっと大きくならなくちゃ……」

少女が息を吸い込むと、手足が少しずつ伸びて、ブラウスから股が見えるほど成長した。それでも元の体よりは小さく、小学生低学年程度の幼児体型のままだった。

「さぁ、沙月ちゃん!」

少女の瞳は赤く光ったままだ。

「なに?お姉ちゃん」
「沙月ちゃん、私たち、これから子作りしないと!」

空気が固まった。数秒の沈黙の後、二人の瞳が光るのをやめ、二人は慌てて視線をそらし背中を向け合った。

「こ、子作りぃっ!!??じょ、冗談やめてくれよ、沙月!!」
「わ、私、何かに取り憑かれてたみたい!!もう、恥ずかしいよ!」

二人の幼女は、顔を赤らめながら下を向いた。

「それで、どうする……ここから何とかして出ないと」
「うん、私たち、何かに操られてるみたいだし、この状況は脱しないとね」

ほとぼりが冷めてくると、元少年は部屋のドアの方まで歩いて行く。少女は、それを心配そうに見つめる。

「ち、ちくしょ、背伸びしてもとどかないぃ……」

元少年は、幼稚園生の体でドアノブに手を伸ばすが、ノブが上の方に設置されているのと少年の背が低すぎるせいで、どうしても手が届かない。その様子を見て、少女はクスッと笑った。

「わ、笑わなくてもいいだろ!?」

少年は、少女にむくれ顔を見せる。

「ご、ごめん、っ、でも……」

そして、少年と少女の目が合ったとき、またもや瞳が光りだした。

「ちょっと、背を伸ばして、もらおっかな……」
「や、やだっ……んぐっ」

少女が身長を伸ばした時とは裏腹に、少年の体からはバキッ、メキッと痛々しい音が聞こえる。

「痛いよぉっ!!」

自分の体を抱きしめ、悶えると、少年の体がグググッと体積を増し、手も足もメキメキ成長して、中学生位のものになった。ただ、筋肉はあまりつかず、肌は白く繊細で、男性らしくはなかったが、かと言って女性の二次性徴も全く無く、女というわけでもなかった。

「あ、そっか……沙月ちゃんが『無性』っていうのは、男でも女でもない、ってことかぁ」
「えっ……」

少女が少年の後ろに回りこんで、背が伸びたせいでTシャツからはみ出て、さらけ出された股間を確認する。

「うん、私のと違うね……」
「お姉ちゃん、恥ずかしいからやめてっ!……」

少年がとっさに股間を手で隠すと、少年の瞳の青い光が消えかかる。

「あ、お、俺は……俺の体、元に戻って、ない……」
「沙月ちゃん」

逆に、少女の赤い光は強くなった。それに呼応するように、少年の青い光は強さを取り戻した。

「その言葉遣いは、ダメ」
「ごめんなさい、お姉ちゃん……でも、沙月、男でも女でもないんだよ……?」
「じゃあ、女の子にしてあげる」
「ひゅあっ……!」

少年の胸がピクピクっと痙攣し、足がガクガク震え始めた。メキィッと音がすると、腰が横に広くなり、尻がムチッと膨らんで、男の時にはなかった丸みを帯びた。脚は内股になり、太ももにも丸みが加わる。次に、Tシャツに小さめな突起がピクッと突き立った。

「は、恥ずかしいよぉっ」

それを隠そうと両手を当てると、その下で胸が膨らむ。手のひらの下を満たすように脂肪がつき、さらに少年の手を押しのけようとする。しばらくそれが続くと、上半身全体がメキメキと形を変え、少しのくびれができ、ヘソも位置を変える。

「沙月ちゃん沙月ちゃん、あともうちょっとで女の子になれるよ」
「へっ……?う、う、おなか、がっ」

少年の腹部に、新たな器官が作られていく。生殖に必要な、卵巣と子宮が、少年の腹部を満たすように成長する。

「よし、完成……」
「うぅっ、お姉ちゃん、私、どうなっちゃうの……?……お姉ちゃん?」

少女は難しい顔をしている。少年は不安げに、少女に近づく。

「私、お姉ちゃんぽくない……」
「え?」

中学生の身長に、中学生にしては少し大きめな胸と尻を持った『妹』と、小学生低学年のちんまりとした体の『姉』。それをそのまま、本当に姉妹として捉えるには、違和感が大きすぎた。

「……そ、そうだよ……私、お姉ちゃんの妹じゃなくて……命のカノジョなわけだし……俺が女なわけないし……」

少年の瞳から光が消えていく。

「でも、お、俺に、おっぱいが……」

シャツを控えめに押し上げる自分の胸に、戸惑いながらも目がくらんでしまう少年。

「ふへ、ふへへ、触り放題……」
「沙月……」

自分だけの世界に入りかけていた少年だったが、少女の存在を思い出した途端、背筋が凍った。

「命!!ご、ごめん、俺はそんなつもりじゃ!!」

少女は怒りを露わにしていた。しかし、それは少年が思っていたものとは違った。

「沙月は、私に付き従うものなの……だから……」

小学生サイズの少女の体が震え始める。ただ、怒りからくる震えとは確実に違う震えだ。少女の体は、急速な成長の準備をしていた。

「み、命……?」
「だからぁっ!!」
「うわぁっ!」

少女の体が爆発した、ように見えた。というのも、130cm程度だった少女の体が一気に170cmまで伸びて150cm程度の少年を追い越したのだ。それだけでなく、胸もバインッと膨らんでGカップほどになり、ブラウスはいたるところが破れてしまい、大きく伸びた手足にはムチッとした脂肪がついが。その成長の衝撃で、部屋の中の物がごちゃまぜに吹き飛ばされ、床に少女の脚がめり込んだ。

「沙月ちゃんは、私以外見ちゃダメなの……」

元々より成長した少女は、淫らな目で少年を見つめた。そして、大きな胸をさらに強調するように手で持ち上げ、少年に見せつける。

「命……お姉ちゃん……っ」
「ほら……」

そして少女は、少年を抱きしめた。少年は、柔らかく大きな体に包み込まれ、その腕の中で安心感を覚えた。

「大好き、お姉ちゃん……」
「ありがと、沙月ちゃん……でもね、私たち、子作りしなきゃ……」

先程から強さが回復してきていた、少年の瞳の光が、一瞬にして弱まった。

「だ、ダメだ……沙月、そんなの違う!アイツの、いや、俺たちの体の中にいる得体のしれない生き物の言いなりになるなんて、ダメだっ!」

対して、少女の赤い光は、弱まるどころかさらに強まった。

「沙月ちゃん、何を言うの……?おとなしく、私のものになってよ……」

少年は、少女の意思で活性化される実験生物に心を乗っ取られまいと、これまでにない抵抗を見せ、瞳の光は点滅した。

「ダメだ、ダメだ、ダメだ!」
「そう、なの……それなら……」

すると、少女の体が、更に大きくなり、180cm、190cmと、グイッ、グイッと背が伸び、ブラウスを引きちぎるように胸が膨らみ、顔と同じくらいになる。そして少女は、増えた体重に任せて、少年を床に押し倒した。

「無理矢理服従させてあげる……」
「ダメ、だ……命、お姉ちゃん……違う、違うっ……俺は……私は……っ!」

光が激しく点滅し、少年の口調が一言ごとに変わる。

「命、は……、命お姉ちゃんは……なんでっ……これで……いいのかよっ……」
「私……?沙月ちゃんを私のものにできるなんて、願いがかなったようなものだから」
「えっ」
「沙月ちゃんは、私のものにはなりたくなかったみたいね?だから、そんなに抵抗する。でも、私は違うの。だから……」
「ん、んごごっ!!!んああっ!!」

少女の瞳が強く光った途端、少年のBカップほどの慎ましやかだった胸が、ムクッ、ムクッと大きくなり始め、シャツを押し上げる。

「私のものになって、楽になって?」
「んうっ!!……命、そんな……私、やだ……うううっ!!!」

胸の成長スピードが上がり、いつしか大きくなりすぎた少年の胸は、持ち主の動きを止めてしまうほどになった。

「私の言うこと聞かないと、一生動けない体にしちゃうよ……?」

少女の言葉は、本気だった。強く光る赤い瞳は、少年の青い瞳を捕らえて離さなかった。とめどなく大きくなる乳房は、自分の意志ではどうしようもなく、さらに少年にのしかかる少女の体は、どうやっても押しのけることはできない。逃れようのない現実を突きつけられ、少年の心は重圧で潰れ始めた。

「私っ……は、命の……命、お姉ちゃんの……」
「私の……?」

そして、プチッと、何かが切れた。

「俺は命の妹……、私は、命お姉ちゃんの、妹……」

青い瞳の光が、消えなくなった。

「もう一回、お願い」
「私は、命お姉ちゃんの妹、命お姉ちゃんの、好きにしていいもの、だよ……」
「うん……沙月ちゃんを、絶対に離さないよ……」
「うふふっ……うっ、ふっ……」

少年の胸が小さくなる代わりに、体全体が生殖に適した大きさまで成長した。

「じゃあ、いくよ、沙月ちゃん」
「うん、命お姉ちゃん……」

少女のヘソから産卵管が生成され、少年のヘソに突っ込まれる。はたから見れば異様すぎる風景ではあるが、二人にはこれが当然に思えた。

「お姉ちゃんの子供が、私の中に……」
「ちゃんと、元気な子を産んでね……」

そして、二人は抱きしめ合い、二人だけの時間を楽しんだ。

「……ふむふむ……この星の知的生命体には、思いの外なじめたようだな……」

ところ変わって、二人の様子を隣の部屋で、ずっとカメラを通して眺めていた、部員。

「宿主と繁殖方法を求め、この星に来て5年。長い道のりだった……二人の中で頑張ってくれた同志たちよ、実験生物と呼んですまなかった。だが、これからも健闘を祈っているぞ。生まれてくる子供にも、期待をかけよう」

部員の口から、ピュッと青い液体が飛び出した。部員はその場で跡形もなく消え去り、液体は空中をふわふわと漂ったあと、窓の外に出て、空の彼方に消えた。