いじめられっ子に女の子にされる

「へっ、来やがったな」
「な、なんだよ……」

律弥(りつや)は、クラスでは随一のイケメン、成績優秀、運動神経も抜群と、申しどころのない完璧超人だった。――というのは表の顔。裏の顔は、弱いものを虐めることでしか満足感を得られない、性格が曲がった高校生の少年だ。対して、彼に呼び出された卓男(たくお)は、小柄で少し太った体型。成績はそこそこいいが運動は苦手、女友達など幼なじみくらいしかいない、根暗な生徒だった。

「ところでさ、今からオレが何するか、分かってんだろ?」

――先日虐めたのは卓男の親友だった。卓男が律弥を睨みつけるのを見て、律弥はニヤッと笑った。

「ボクに手を出すと、大変なことになるよ?」

だが、卓男も同じように口を歪ませ、律弥の背筋を凍らせた。負け犬の遠吠えでしかないそのセリフに、同じようなことを何回も言われてきた律弥は、うろたえた。

「う、うっせー!弱者の分際で!!」
その恐怖を打ち消すように卓男に殴り掛かるが、普段の様子からは信じられない速度で避けられ、空振りに終わる。

「ねえ、律弥ってさ……リリヤに似てるよね……」

そして耳元で囁かれた言葉が何かの呪文であったかのように、律弥の全身に響いた。
「リリヤ……?誰だよ、そいつ……」

「この子さ」卓男のポケットから、一枚のカードが取り出される。そこには、エロゲのヒロインのような、胸の大きい、黒髪ロングの少女が描かれている。

「はぁ……?名前しか似てないじゃん、ほれ」律弥は、卓男からカードを奪い取る。こうすると、返せ、返せと泣きわめく顔が見れる……のがこれまでの経験だった。しかし、卓男はニヤニヤしたままである。面白くない律弥は、次の攻撃にでた。
「おいおい、こんなほっそい腕して、筋肉付いてるのかよ!笑えるなぁ、見てみろよ、俺の腕がこんなに細いわけ無いだろ!」絵に描かれた少女の腕を指差して、ゲラゲラと笑う。そして律弥は、学ランを脱ぎ捨て、普段の運動で鍛えた筋肉質な腕を、見せつけ……る、はずだった。だが、その腕が見えた途端、筋肉がギュッギュッと押し縮められるように萎縮した。

「な、なに!?うっ!!」そして同時に、骨がゴキゴキといいながら細くなって、まるで……「そいつの腕みたいになってるぞ、なぁ!」

「だから言ったでしょ、律弥はリリヤに似てるって」
「う、腕だけだろ!身長も近いかもしれないが、だいいち俺は男だぞ!」

ギチュッ!!

その途端、律弥の股間に例えようもないほど強い痛みが走る。
「っっ!!!」たまらず手で抑えると、そこにあったはずの男の象徴が、消えてなくなっていた。

「そんな、俺は、女じゃない……」

ギチチチ……

「ん、ぐぅっ」
今度は痛みというよりは腹の中でなにかが作り変えられていく違和感がある。まぎれもない、子宮と卵巣が出来上がっていくのだ、と律弥は本能的に理解せざるを得なかった。

「ほらほら、やっぱり似てるんだよ」煽ってくる卓男に苛立ちを覚え、その言葉を否定しようとする律弥。
「んなわけ、あるか!腹筋だってな、お前や、コイツとは違って鍛え上げられてんだよ!」

着ていたタンクトップを持ち上げ、腹を見せると、たしかにその瞬間は律弥の言うとおり割れた腹筋がはっきりと見えていた。――が、それも一瞬。
メキョッ、メリッと割れていた筋肉の部分部分が、引っ込んでいく。そして、少しの盛り上がりを残して、胸から腰にかけてのスッキリとしたラインが完成した。ヘソも、少し横に伸びていたのがスッと縦に伸びる形に変わった。

「……胸だって、膨らんでいるのはおっぱいじゃなくて筋肉だぞ」
胸筋が強張り、盛り上がったと思うと、乳頭が少し膨れ、硬そうだった膨らみが、丸みを帯び、柔らかくなり、Cカップほどの乳房となっていく。

「は、肌だって、こんなに白くは……!」
さぁっと音がするように、健康的に焼けていた肌が、顔から体、体から足へと透き通るような白いものに変わる。

「ふふ、ボクの思った通り、リリヤにそっくりだ」

――コイツは、本心では言っていない。俺を煽っているだけだ。
そう分かった律弥……だが、ここに来ても歪んだプライドを捨てることはできなかった。

「そんなに俺の顔って女っぽくないだろ」顔が、グキキと変わり、男の角ばったものから女性のものへ変化する。
「ううん、何言ってるんだよ」

「はっ、髪だってこれじゃあベリーショートだ、ロングじゃない」ワックスで決め、少し染めていた髪が、一気にバサッと伸び、ツヤを帯びた黒髪に変わる。
「律弥、さっきからおかしいよ」

「おかしくない、脚も尻もこんなにむっちりしてないだろ……っ!」腕と同じく、スポーツに適した引き締まった脚の筋肉が、脂肪へと置き換わる。尻もムククッと膨らみ、制服のズボンをパンパンにする。
「いや、リリヤと一緒だよ」

「声だって、こんなに低く……ない……だろ……」そう言う間にも、律弥の声のトーンが上がり、テノールからソプラノへとあっという間に変化する。
「声まで似てるんだからびっくりだよなー」

「……胸、小さいし……」タンクトップを軽く持ち上げていた胸がバインッと膨らみ、服がズボンと同じくパンパンになってしまう。
「現実にリリヤみたいな子がいると思ってなかったよ」

「お、俺は、違うんだ、リリヤじゃないんだ……っ!」

律弥、いや、リリヤは言ってはいけないことを口にしてしまった、そんな気がした。

「リリヤ、そんな、女の子が『俺』なんて言っちゃいけないよ?」
「え?私、リリヤ……?女なのか……?だって、男口調だし、違う……よね?」

卓男の歪んだ笑みはいつの間にか本心からの笑顔に変わっていた。

「女だよ。でも、リリヤは、もうちょっと積極的なんだ」
「私が卓男に積極的な……わけ……もう、仕方ないんだから」

リリヤは、小柄な卓男に抱きつき、胸が邪魔するのも無視して、頬をこすり合わせた。

「うふふ、卓男、大好き……」
「僕もだよ……いつものバブみをちょうだい」
「バブみなんて……」

少女は、もはや卓男の思う壺だった。

「いじめられたのね……?大丈夫、私がいるでしょ……?」
「リリヤママーッ!」

地面に落ちたカードから、描かれていたはずの少女が、姿を消していた。