覚醒の夢 4話 ~魚沼 結月 後編~

「じゃあ、続きはじめるね」

結月は、弟が持っているお盆から、食べかけのマフィンを持ち上げ、残りをほおばる。そして、もぐもぐと食べるとエプロンの胸の部分の膨らみが大きくなっていく。ゴクッと飲み込むと、体が一回り大きくなる。食べたおなかを擦ると、尻がプリッと震え、膨らんだ。

「もう一つ……、いや二つ……」

いつもの落ち着いた様子をかなぐり捨て、マフィンを口に流しこむ。その度、四肢が伸び、那月との身長差が開いていく。エプロンの横から膨らみが確認できるほどに乳房が成長し、尻の膨らみは張りを保ったまま成長する。ゴクリゴクリとマフィンを飲み込むごとに、ムクッムクッと結月は、中学生の体からスタイルの良い高校生へと大きくなっていく。

「ふぅ~、いつも通り、おいしいマフィン……」

自分のマフィンの味に、そして自分の成長に陶酔している結月。やはり魔王の魔力の影響か、性格まで歪んでいるようだ。

「あなたは、これどう思う?」

――私が成長した時に比べたら、こんな大きさなんて……
と菜津葉が考えてしまう乳房は、スイカよりも大きくなる菜津葉のものと比較するなら確かに小さいものである。だがそれは、平均的な女性のものを超えている。少し前まで小学生だった結月からすれば、大きな変化であった。そして、自然な反応は……

「おっ……きぃ……」
――えっ?

菜津葉の口を突いて出るフリューの言葉に、菜津葉自身が驚く。
「でしょ……?でもまだこれからなんだよ?」
「そ、そんな……」
――ま、当然そうだよね……

結月をあざむくための演技を続けるフリューに対して、本音しか『吐かない』菜津葉――さぞかし、演技の邪魔になっているだろう。
『あのですね、この子のスキを探すために幼稚園生になりきってるのに、菜津葉ちゃんが協力してくれないと気が散っちゃいます』フリューの脳内ボイスもどことなく苛立ちを含んでいる。
――あー、分かったよ……

「ねえねえ、姉ちゃん、そろそろ僕の方も始めてよ」

マフィンのお盆をテーブルに置き、結月に何かをねだる那月。
「そうだね~、私も結構大きくなったから、そろそろだね」

結月は、那月のズボンのチャックを下ろし、ブリーフをおろして小さな男の象徴を眺める。
「成長なしだと小さいね、けど」

胸を寄せ上げ、作った谷間でエプロン越しに那月を慰める。
「ん、んっ……」
「ちょっと小さすぎるかな……」

那月の膨らみ方を見て、不服そうな結月である。那月も申し訳なさそうにするが、結月がマフィンを手に取ったのを見て顔色が変わった。

「や、やめ……て、あれは……」
「だめだよ、そうしなきゃまたお菓子作れないじゃない」

そして、優しい笑顔のまま那月の小さい口をこじ開け、無理矢理突っ込んだ。

「ん、んんんっ……!!」

すると、那月の小さかったそれが、ドクンドクンと脈動し始め、赤黒く、不自然に膨らみ始めたではないか。那月はそれが膨らむ痛みに苦悶しながら、再開された胸のマッサージに、快楽と苦痛が混じった複雑な表情を浮かべる。あっという間に、成人男性でも大きいくらいに、それは成長した。
「おちんちん、い、いたいよぉっ……!でも、また、あれがきちゃうよぉっ!」
「いいんだよ、きちゃっても」

結月は弟の息子を胸でもみながら、さらにマフィンを食べる。ムニュッムニュッと揉まれるたびに大きくなっていくそれは、結月の口に出口を向けたまま怒張している肉の棒を包み込み、メロンサイズとなって快感を送り込み続ける。
「いたい、けど、きもちいいよぉ……!また、おもらししちゃうぅっ!」
「大丈夫、出たものは全部私が飲んであげるから」

『な、なんですかあのプレイ……私もしてみたいです……』
――見てられないよぉっ、目を閉じてよ!
過激になっていく姉弟の遊びを、ただただ凝視する姿は幼稚園生、頭は妖艶なフリューと、やっぱり頭も小学生な菜津葉。そして……

ドピュゥッ!

「ひゃっ!」
ついに那月から飛び出した精の子が、結月の顔に襲いかかった。白いヌルヌルまみれになった結月だが、恍惚の面持ちだ。

「もっと、ちょうだい……」
その液体をペロッと舐めると、今度は肉棒を口に入れ舐め回す。
「んんっ、もっと出ちゃうぅっ!」
口の中にさらに液体が排出されているのか、結月はゴクゴクと飲んでいる。

『だ、だだだ、ダメですよ、菜津葉ちゃんはまだこういうのは早いから!』
――だったら目を閉じてってさっきから言ってるでしょ!ああ、駄目だこの人。
やっぱり、女の体をしていても、女の声でも喋り方でも、中身はあのマッチョマンなのだ。目を閉じるどころか、食い入るように見つめてしまっている。菜津葉は必死に意識をそらした。

『あ、菜津葉ちゃん、あの子の胸、張ってきてます!』
――はぁっ!?

結月が喉に熱い液体を流し込む、その度に、胸に何かが詰まっている。柔らかそうだったおっぱいが、硬さを帯びて、さらに那月を強く刺激していた。
「んーふふ、ぷはぁっ……ちょっと作りすぎちゃったかな……」

ある程度たまったところで、結月は口を離した。行き場を失った白い噴水は、フローリングを汚してしまう。
「ね、姉ちゃん……っ、もっと、して……」
「ちょっとだけ待っててね、那月」

結月はキッチンへ向かった。その間に那月は腰が砕けたように地面にへたっと座り、菜津葉の方を恥ずかしそうに見つめた。
「おしっこ止まらないよぉ……」

結月は、雑巾とバケツ、そして大きめのジャム用のビンを2つ持ってきた。
「那月、あとで私が片付けてあげるから、気にしないでいいよ……それより、もう、出ちゃいそう……」
パンパンに張った乳房の先が、少し湿っている。結月はそれを覆うようにビンをかぶせ、そして――

ブシャァッ!!!

体の方に押し付けて、溜まった液体を絞り出した。一瞬で、瓶は母乳で一杯になり、結月は器用に蓋を締めてテーブルの上においた。
「おっぱい、出しきれなかったなぁ」
張りが残ったのか、その顔は不安そうであったが、ハッとしたあと、一瞬で笑顔に戻り、それは菜津葉に向けられた。

「そうだ、あなたには特別、直接飲ませてあげる」

菜津葉に寒気が走ったときにはもう小さな体は持ち上げられ、おっぱいに口をつけさせられていた。

「んぐううっ!!」

菜津葉、そしてフリューは必死に抵抗したが、うふっ、と結月が笑うと、大量の母乳が菜津葉の中に流れ込んできた。
『いけません、菜津葉さん!この母乳は魔力の塊になっています!』
――じゃあ、どうしたら!
フリューが他人事のように、菜津葉に怒鳴る。その間にも、母乳が菜津葉の体内に侵入をしかけてくる。

「これであなたも、母乳たっぷりのおいしいマフィンが作れるようになるよ」

――体が、熱くなってきたぁっ……
『菜津葉ちゃん』
――え?
『私を、信じてください……』

「んんっ!」
ついに菜津葉の体が、魔力の影響で大きくなり始めた。
「んあああっっ!!!」
そして、大量の魔力のせいか、体よりも先に手足がグンッ!と急速に長くなる。わずか2秒ほどで、長さは4倍、太さは3倍程度になった。

「ちょっと、すごい勢い……」
結月すら仰天するが、その間にも、胴の部分も一気に大きくなり、小学生用の児童服を勢い良く破る。これには、結月の方も重さに耐えられなくなり、菜津葉の体を放した。
「ど、どうしたの、一体……」

「おっぱい、もっとちょうだいぃっ!」
フリューは、ほとんど母乳を出し切った乳房から口を離し、もう一つの方もギュッギュッと絞るようにして、勢い良く吸い出す。
「ひゃんっ!」

「んんんっ!」
すると、菜津葉の成長しているが真っ平らだった胸板に、ブルンッとリンゴ大の乳房があらわれ、さらにメロンの大きさまでボヨンッ!と大きくなって、同時に張り詰めていく。
「おっぱい、出ちゃうっ!」
「すごいね、もう出ちゃうの……?」

菜津葉の中で無尽蔵に生産されていく母乳は、あっという間に容量の限界点を突破し――

ブッシャアアアッ!!!

部屋中に、勢い良くまかれ、何もかもを白く濡らした。だが、それが出切るとプシューッと空気が抜けるように乳房も縮んでしまった。

「お姉ちゃん、まだ、足りないよ……」
「うーん、仕方がないね」
結月は、マフィンをまた一つ口に入れる。すると、また乳房に張りが戻る。

「ほら、おっぱいあげるよ……あれ?」
だが、今度は体が小さくなっていた。体から何かが染み出していくように、乳房が体中から何かを吸い出すように、その分母乳が生産されていたのだ。
「おっぱい、ちょうだい!」

ここぞとばかりに、フリューは結月の乳房に吸い付き、もう一つはガシッと掴んで、たまったものを出させた。
「あっ、やめてっ!離して!」
体が大人から高校生、高校生から中学生へと小さくなっていく結月は、母乳を飲んでさらに成長する菜津葉からは逃げられない。

『ふふ、これが狙いだったんですよ。母乳で急激に成長したのは、半分は菜津葉ちゃんの魔力のおかげ。それで、入ってきた母乳と菜津葉ちゃんの魔力を混ぜ合わせ、またこちらも母乳として噴出、魔力の根源となっているであろうマフィンに噴射し、そちらでも魔力を混ぜ合わせる。もう、結月ちゃんがマフィンを食べても……』

「こ、こうなったらっ!むぐぐぅっ!」
結月は、信じられない速度でマフィンを食べだした。再び体が大人のものへと戻り、母乳の勢いが増す。
「んぎゅぅっ!」

『そんなっ、菜津葉ちゃん、マフィンが無くなるまで、耐えてっ!』
結月の魔力に対抗するため、さらに体を大きくするフリュー。全身がドクンッドクンッと脈動しながら、菜津葉はさながら結月のミルクを貯めるミルクタンクのように、手が、足が、胸が、大きくなる。そして、もう片方の乳房から出るミルクは、どんどん周りに撒き散らされる。
――ミルク、いっぱい、おかしくなっちゃう、よ……

身長が160cmから180cm、さらに2mの大台へと近づき、菜津葉は150cm前後を行き来している結月に合わせるため、膝立ちになる。スネに、母乳の洪水による冷たさが伝わってくる。

そして、必死に結月の体にしがみついてはいるが、ビーチボール級に膨らんだ乳房が二人の間に挟まり、それを邪魔してくる。もう限界かと思ったその時――

「あっ、なくなっちゃった……」

プシューと体が小さくなる結月。菜津葉の口に入ってくる液体の流量が急激に減る。そして、それが出終わった頃には、結月の体は元の小学生に戻っていて、菜津葉はいつの間にか結月を持ち上げていた。
「結月ちゃん、ごめんっ!」
「えっ!?……むぅっ」

待っていましたと言わんばかりに結月の乳首から口へと、自分の口を動かす……というより、結月の体を動かして口づけをする菜津葉。何かが出ていく感触がする。

「あああああぁぁぁぁああっ!!!!!」
浄化が始まると、結月は鼓膜が破れそうなほどの悲鳴を上げ、頭を抱えた。菜津葉は、未だ自分の中にある魔力の脈動を感じながら、その行く末を見守る。

少しすると、頭を抱えるのをやめ、結月は自分の手を見て、自身の姿を確認した。
「ゆ、づきちゃん……?」
「あ……うん……私、どうしたのかな……キスされたら……もやもやが晴れた……」
菜津葉や、三奈が見ていたピンクの霧のことだろう。洗脳が解けたのだ。

「よかった、結月ちゃん……」
「お姉さん、だれ……?」
「あっ……」
未だに自分のことがバレていないのは、フリューの演技のおかげだろう。しかし、二人は、ここにいるのが結月と菜津葉(とフリュー)だけでないことをすっかり忘れていた。

「うわっ……わああぁぁぁっ!!!!」
「な、那月!」
部屋を洪水状態にしていたミルクが、那月に迫って……その口から、自分自身を押し込むように入りだしたのだ。そして、同時に菜津葉の胸が膨れだし、ミルクが飛び出し、そのまま那月の体に飛び込むように入っていく。

ブクブクブクーッ!!!!

当然、それが貯められる場所――腹部が、暴力的に膨らむ。そしてその膨らみは、人体の限界に、急速に近づいていく。行き場を失った魔力が、もうひとりの結月を作ろうとしたのは良いものの、完全に暴走してしまっていた。

「結月ぃっ!!」

その流入現象は那月が破裂する前に終わった。だが――

ドクンッ!!!

那月の体がビクンッと跳ね、膨らみきった腹部が、脈動した。成長は、これからのようだった。那月は、ドクンッドクンッという腹部の脈動とともに、ポンプで膨らまされる風船人形のように――

ボインッ!ギュワンッ!

女性のように成長していく。段階的に、しかし爆発するように大きくなる体に、服は一気に千切れ去り、その下にできゆく体は、筋肉より皮下脂肪が、骨より巨大な乳が目立つ、見まごうこともない女のものだ。

「そんな、どうしてっ!」
「これじゃ、私も浄化できない……!」
幾分小さくなったものの、まだ身長が180cmくらいある菜津葉だが、那月の急激な成長はもうその大きさに届こうとしていた。そして、結月は自分を菜津葉と気づいていないだろうが、これしか言えなかった。
「結月しか、何もできない……ううん、結月ちゃんなら、何とかできる……できるよ、結月ちゃんっ!」
「えっ……?」

2m、2m40cmとさらに巨大化する那月を前に、結月はうろたえるだけだ。その手を、菜津葉はギュッと掴んだ。
「キス、するんだよ」
「キ……ス……?」

ガタンッ!!ガッシャーンッ!!!

家具や家電を壊しながら体積を増やしていく那月。もう一刻の猶予もなかった。
「早く!完全に那月くんが魔力に飲み込まれちゃう!」
「わ、わかったっ!那月!」

「ねえ……ちゃん……」
「那月……いま、助けてあげるから……」
結月と那月は、優しく唇を重ねた。すると、那月の体全体がぽぉっと、柔らかい光に包まれた。
「ありがと……姉ちゃん……」

光が消えると、そこにいたのは小学生の那月。全てが元通りになったのだった。

「よかった、那月……」

弟を抱きしめる結月を前に、菜津葉も自分の体を元に戻した。

「えっ、菜津葉ちゃん!?」
結月は思いがけない親友の出現に目を丸くして驚いた。
「えへへ、ごめんね、今まで言えなくて……」


――これが、結月が見た夢だった。
――夢の中で、私はお菓子を作っていたの。みんなと一緒に食べるためのクッキーをいつもどおり焼いてた。そしたら……

「あ、このマフィン、おいしそう」

――自分用にも一つだけ、お菓子を作りたくなっちゃって。でもその時、中世ファンタジーで出てくるようなフードをかぶった、知らない男の人が出てきてこういったの。

「お前の魔力を解放せよ!」

――何言ってるのこの人、と思ったら、その、おっぱいが、痒くなって、服を脱いでみたらプクーって膨れだして。慌ててるうちに、お母さんのより大きくなっちゃって。びっくりしたんだけど、揉んでみたら、ミルクが出てきたの。もしかして、これでマフィンを……?と思って作ってみたら美味しくって!でもどんどんミルクが出てくるからどんどんマフィンを作って、自分で食べてたの……美味しかった……


「で、起きたらマフィンが一つ、ベッド際に置いてあった、と」
「んー、そうじゃなくて、起きたらおっぱい大きいままで、絞ったらミルクが出てきたから……とっておいたの」
「なるほどね」
菜津葉は、結月の服をもらって、ビリビリに破けた自分のものの代わりに着なおしていた。結月と菜津葉はそこまで体のサイズが違わないので、ちょうどよかった。

「でもマフィンを作って食べてるところを那月に見られて、当然那月の前で大きくなっちゃったんだけど。そしたら急におなかの下のほうが熱くなってきて……」
「い、言わなくていいよ!」
「ありがとう、菜津葉ちゃん。私を、那月を助けてくれて」

「助けたのは私ですけどね!」
黙って話を聞いていたフリューが水を差した。フリューは、騒動が落ち着いたあとポッと姿を現し、自己紹介までは済ませていた。
「あ、そうでしたね、フリューさん」
「あとね、結月ちゃん、あなたの魔力、ちょっと使用方法を広げておきましたよ。体だけじゃなくて、精神状態も変えられるようにしたんです。『このお菓子を食べると、勉強したくなる』とか、『このお菓子を食べると、私に惚れる』とか」

「えっと……楽しそうですね」
「正しく、常識の範囲内で使ってくださいね」
いたずらっぽい笑みを浮かべるフリューと、呆れている菜津葉に、結月は優しく微笑む。
「じゃあ……『幸せになる』お菓子、作っておきますね」

覚醒の夢 3話 ~魚沼 結月 前編~

キッチンに置かれた二十個のマフィンを前に、おさげの女の子が満足そうな顔で味見をしている。

「うん……今回も成功!」

その少女、魚沼 結月(うおぬま ゆづき)は、お菓子作りが趣味であった。母親手作りのクッキーを食べてから、自分でもおいしいクッキーを作ろうと、母親に習ったり、図書館でお菓子のレシピ本をあさってみたりと、努力を重ねてきた。

「お母さんに自慢しなくちゃ!」

だが、そう喜ぶ結月の後ろにゆっくりと近づく影があった。


「菜津葉ちゃん……今日は、楽しそうだね」
「それはもちろん!明日は結月ちゃんのお家で勉強会だから!」
昼休みも終わりに近づいた頃、三奈と菜津葉は三奈の机で喋っていた。

「結月ちゃん、お菓子……上手、だもんね」
「そうそう!いつも出してくれるクッキーがすごくおいしくて……あっ、結月ちゃん!」
少しぽっちゃりした、おさげの子に声をかける菜津葉。結局、三奈の一件以来、一週間は何も起こっていない。女性の写真を見ると変身する男子生徒がいて、毎日アイドルやアニメキャラのコスプレイヤーにさせられている以外は、何の問題もなかった。

「あ、菜津葉ちゃん。どうしたの?」
「今、結月ちゃんが作ってくれるお菓子の話してたの!いっつもおいしいから、今日も期待してるからね!」

一瞬間が開いた。菜津葉は、あまりにもぶしつけなことを聞いたかと、焦った。

「あ、あぁ……、その代わり、差し入れとかも期待しちゃっていいのかな?」
「うっ……ごめん、ごめんって。でも、何を持っていこうかな……」

結月は、クスッと笑った。
「冗談だよ、明日もお菓子用意して待ってるね」
菜津葉は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「うん、ありがと。ごめんね、いつかお返しするからね」
「大丈夫だって。来てくれるだけで嬉しいよ」

結月は手を振ると、自分の席に向かって歩いていった。

「菜津葉ちゃん、お菓子もいい、けど、ちゃんと勉強、してね」
手を振る菜津葉の胸に、グサッと突き刺さる三奈の忠告。
「うう、わかったよ……」


そしてその次の日、土曜日。結月の家には、菜津葉と、少し背が高めでボーイッシュだが雷嫌いの刈羽 亮子(かりわ りょうこ)、それに絵を描くのが好きな三条 愛菜(さんじょう あいな)が集まっていた。

「えっとここが上辺、ここが下辺……だな?だから……」
「あ、そこを二で割るのを忘れてるわよ!もうっ!」
「頭痛くなってきた……」
四人の中では一番成績がいい菜津葉だったが、それでもクラスの中では下の上あたりだ。

「糖分が、糖分が必要だぁ……」
頭をおさえ、机の上に肘を立てる菜津葉に、愛菜も亮子も続く。
「アタシも菜津葉に同意よ……」
「ボクも頭が回らなくなってきた……」

だが、扉の外に足音がすると、三人とも顔を上げ、期待で目を輝かせた。その期待の的、それこそが……
「はーい、クッキーできたよー」

「わが愛しのクッキーだっ!!」
菜津葉は飛び上がり、乱暴に一つ頬張った。硬すぎず、柔らかすぎず、絶妙な食感と、香りが菜津葉を満たす。
「こら!女の子なんだから手伝わないんだったら座って待ちなさいよ!」
愛菜は菜津葉を叱ったが、自分も待ちきれない様子である。

「いっぱいあるから、そんなに急がなくてもいいよ」
結月はニッコリと微笑みながら、クッキーが乗った皿をゴトッと机の上に置いた。
「ホント、いつも結月のクッキーは美味しそうだよね」
クッキーの甘い香りをかぎながら、亮子はうなった。
「そんなことないよ、私も時々失敗するよ」

「じゃあ、いただきまーす」
「あ、あなたはもう一個食べたでしょ!」
「なにをー!」
言葉では争いつつも、あまりに尊いクッキーの前で、行動は謹んでいる二人だったが、その大声でもう一人の人間が部屋に召喚されることになった。

「菜津葉も愛菜もうるっさーい!!いまゲームやってんの!」

それは、結月の弟、那月(なつき)だった。
「ごめん、那月くん……」
「もうちょっと静かにするから、許して、ね」
「ボクも、もうちょっと二人を止めるようにするよ……」

那月は、ふんっと鼻を鳴らした。
「分かったよ。あ、お姉ちゃん、マフィンが……ひっ」

那月は何かを言いかけた。が、その瞬間自分に向けられた姉の顔を見て口を開いたまますごすごと退散していった。

反抗期を抜けたばかりの男の子を恐怖させる表情。いつも大人しくおしとやかな結月からは想像しづらいものだったが、菜津葉は恐る恐る結月に声をかけた。
「ゆ、結月ちゃん……?」
「結月、どうかしたの?」

結月はゆっくりと三人の方を向いた。しかし、三人の想像と違い、結月はさっきと変わらず優しく微笑んでいた。
「なんでもないよ。じゃあ、これ以上弟を困らせるのもアレだし、勉強しよっか」
「う、うん……」

結月に感じた恐怖は、勉強で頭がいっぱいになった三人の記憶からはすぐに消え去った。クッキーは相変わらずとても芳醇な香りを漂わせ、思考の潤滑剤となったようで、あっという間に時間は過ぎる。

そして夕方5時。

「あ、もうこんな時間……そろそろ帰ろっか」
勉強が一通り終わったところで、菜津葉が壁にかかった時計を見て言った。
「あ、ホントだ……でも、勉強したかったところはちゃんとできたよね!」
「ホントにね。結月がいなかったら、無理だったわ」
「ありがと、結月ちゃん」

三人にお礼を言われ、勉強では足を引っ張る方だった結月が照れて顔を伏せた。
「そ、そんなことないよ……」

そんな結月を見て、すこし勉強の疲れを癒やした三人だった。


そして玄関先。

「じゃあ、また今度勉強会しよーね!」
「うん、また来てね」
「それじゃ、学校で会いましょうね、結月」
「じゃあね!」

別れの挨拶を交わし、解散した……ときだった。

『菜津葉ちゃん!』
「のわぁっ!」
その日一回も喋っていなかったフリューが、急に大声を上げたのだ。周りに気づかないようにしていたせいで、それに反応して上げた声が逆に三人を驚かせた。

「ど、どうしたの、菜津葉」
「な、なんでもないよ……ちょっとつまずきそうになっただけ」
「そうなの?気をつけなさいよ」

全然バランスを崩す様子もなかった菜津葉には苦しい言い訳だったが、それで通ったようだ。幸い大声を上げた瞬間は、誰も菜津葉を見ていなかったのだ。

「じゃ、じゃあね……」
菜津葉は少し急ぎ足で角を曲がると、苦情を言った。
「何してくれるのフリュー!びっくりさせちゃったじゃない!」
『あの子を浄化するチャンスです!さっき弟さんが言っていた『マフィン』。あれが浄化の鍵でしょう』

話を聞く様子もないフリューにため息をつく菜津葉。
「あのさ、結月ちゃんが作ったクッキーを食べたのに何とも無かったんだよ?それがマフィンになったところで、何の差があるの?」
『それは、私には分かりません。ですが、弟さんが、多分ですよ、口を滑らせたときの、彼女の表情。魔力に操られている人間のものです。間違いないです』
「……そりゃあ、浄化してないんだもの。そんな表情もするでしょ……でも、マフィンは怪しいね」
菜津葉は、道角からそろーっと頭を出し、結月の家の方を確認する。玄関先からは誰もいなくなっている。

『少し、スパイ活動をする必要がありますね……菜津葉ちゃん、もう少し小さくなって下さい』
身長120cmの菜津葉だったが、このマスコットはもう少し小さくなれと言い出した。菜津葉は耳を疑った。
「えっと……いま、なんて?」
『小さくなるんです、スパイするなら体重が軽いほうがいいんです!』

元マッチョが言う台詞でも無いと思う菜津葉だったが、渋々従った。小さくなれ!と強く念じると、菜津葉の体はひと回り小さくなり、身長は100cmくらいになった。
「これでいいのね」
菜津葉は少し怒りを込めてフリューに確認した。
『ええ、行きましょう』

菜津葉はぶかぶかになった服に苦戦しながら、結月の家に戻った。

――

キッチンに足音を極力出さないように向かうと、中から結月の声が聞こえてきた。

「うん……今回も成功!」

やはり、お菓子を作っていたようだ。中からは濃厚なまでの甘い香りが漂ってくる。

『む、この香り、魔力を含んでいますね……先程のクッキーとは違います』

クッキーの方には魔力はなかったらしい。あの甘い香りはホンモノだったのだとわかって、少しほっとする菜津葉だった。

勇気を出して、キッチンの中を見る菜津葉。だが、身長が低すぎて机の上においてあるものが見えない。密かに、菜津葉は小さくなれと命じたフリューを恨んだ。

だが、その奥にいた結月の様子がおかしい。いつもより心なしか大きくなっているように見える。菜津葉が小さくなっているせいかもしれない。だが、胸にも先ほどはなかった突起が突き出ている。明らかに成長している。

「姉ちゃん、くせもの発見」

唐突に後ろから声がして、「きゃっ!」と声を出して跳ねる菜津葉。そこにいたのは那月だった。どうやら、スニークスキルでは那月の方が上だったらしい。

「誰かな?」

裸エプロンの結月が近づいてくる。やはり成長している。そして、菜津葉の前まで来るとしゃがみこんだ。

「ご、ごめんなさい」
結月は、いつの間にか家に上がり込んでいた幼稚園生――小さくなった菜津葉だが――を見て、首を傾げたが、すぐに微笑んだ。
「見かけない子だけど……ここまで見ちゃったんだし、最後まで見ていってよ」
「えっ」
「私の仲間になれば、なにも言えなくなると思うしね」

そこで、菜津葉はすでに両腕が紐で縛られているのに気づいた。那月が、すきを見て拘束していたのだ。

――これくらい、成長すれば取れる……!
そう思って強く念じようとする菜津葉だが、フリューに遮られる。
『だめです、切り札は最後まで取っておいて下さい』
――そ、そんな……

「こんなところじゃ狭いから、リビングに行きましょ」

結月は菜津葉の腕を掴むと、優しい力で引っ張る。菜津葉も素直に従う。

「私、どうなるの……?」
「どうもしないけど、オトナの女性の快感を味あわせてあげるよ」

いつもの落ち着いた雰囲気だが、結月の瞳は怪しく光る。リビングに着くと、菜津葉は絨毯の上に倒され、上に重い椅子をおかれ動けないようにされた。結月は菜津葉が完全に拘束されたのを確認すると、那月に向かって頷いた。

「じゃあ、始めるよ、那月」
「うん、姉ちゃん」

そして、那月が持ってきていたお菓子を一口食べる。それはフリューの予想通り、マフィンであった。そして少しすると、クッと結月の背が伸びる――マフィンが魔力の源であることは、間違いないようだった。那月はこれから始まることをもう知っているのか、ただただ姉の姿を見ていた。

「見た?信じられないでしょ……?」

これくらいの成長、これまでの自分や三奈と比べれば何の驚きでもない。身長は130cmに達したくらいで、体型もまだ幼い子供から変わり映えしない。こういうときのアドリブが苦手な菜津葉だ。

『ちょ、ちょっと、菜津葉ちゃん!ちょっとくらい驚いた顔しないと……!』
――だ、だって……

なんの反応も返ってこずに結月が怪訝そうな顔をしたところで、フリューが辛抱しきれなくなったのか、またもや体のコントロールを奪い取った。

「え、お姉ちゃん、おっきくなった……?」
乗っ取るやいなや、これまでの菜津葉の失態を取り繕うフリュー――効果はあったようだ。結月は、ニッコリと微笑みを浮かべた。
「うん、そうだよ。でも、まだまだこれからだから、楽しみにしててね」

『こらっ!フリュー、なにしてくれるの!!』
フリューは頭の中に聞こえる菜津葉の訴えをスルーし、恐怖に震える幼稚園生を演じた。
「わたしにも、何かするの……!?」

「それは、もうちょっと待っててね。お菓子はたくさんあるから」
姉の言葉に答えてか、那月は菜津葉にお盆いっぱいに載ったマフィンを見せた。こんなに一人で食べたら、結月はどのくらい大きくなるのか、想像もつかないほどたくさんある。

ここに来て部屋の異様なミルク臭さに気づいた菜津葉は、フリューに乗っ取られたまま、青ざめるほかなかった。

覚醒の夢 2話 ~新津 三奈~

ポヨンッ!シューッ……ムクムクッ……パフッ。ベッドに寝転がった菜津葉の胸から出たり引っ込んだりするおっぱいを、机に座る小さなフリューは眺める。

「菜津葉さーん、何やってるんですかー?」
「んー、どれくらい強く念じると影響出るのかなって」
菜津葉は、ベッドの上で自分の魔力の実験をしていたのだ。外は夕焼けで赤く染まっている。
「あぁ、体が変化するボーダーラインは結構高めにしましたよ。本とか読んでるときに体型変わると困りますもんね」
「そうだね……って、体験者みたいに言うじゃない」
本当にそのとおりだったようで、フリューはため息を付いた。

「ええ、ワタシってあんなに筋肉モリモリでしたけど、あれも最初は制御が効かなくて、保健体育の教科書読みながらガリガリになったり肥満体になったり……」
「まさか、あの魔王ってやつ、他でも同じことやってたの?」
フリューはコクコクとうなずく。
「その当時は、まだ人間でしたけどね」
「へぇ……とんだ魔王もいたもんだね……」

呆れることしかできない菜津葉だったが、部屋の外から聞こえた母親の声に、服を着直した。
「菜津葉ー!三奈ちゃんが来てるわよ、忘れ物だって言うから通したわよ」
「え、三奈が?」
菜津葉が反応を返すと同時に、扉がガチャっと開いた。菜津葉の幼馴染である新津 三奈(にいつ みな)は、いつもは玄関でおとなしく待っていたが、部屋まで自分で来たのだ。なにかおかしい。
「菜津葉、ちゃん」

『気をつけてください、この子も魔力に汚染されています』
フリューはフッと姿を消し、また菜津葉の頭の中から声がした。
「三奈に限ってそんなことは……」
「菜津葉ちゃん、どうしたの……?」
――フリューに話しかけたことが、不自然な独り言に聞こえたのだろうか―少し、三奈は戸惑った。だが結局そのまま部屋に入ってきた。
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覚醒の夢 1話 ~古町 菜津葉~

古町 菜津葉(ふるまち なつは)は、北陸のとある町に住んでいる、普通の小学四年生。今は12月、日本海側特有の大雪に見舞われるが、学校は普通に授業を行う。

「じゃあ、行ってきます!」

学校は、小学生の菜津葉の足で20分程度のところにある。登校班は10人で、集まるのは家のすぐそばの公園だ。冬ということもあり、見送りの親を含めて全員厚着だ。

「菜津葉ちゃん、おはよ……」
「おはよー、三奈(みな)ちゃん!」

菜津葉を見るなり声をかけてきた、菜津葉より一回り小さな子。同い年の新津 三奈(にいづ みな)は、菜津葉の幼なじみ。気が弱く、いつも菜津葉にくっついて行動している。小学校でも別のクラスになったことはなかった――平日はだいたい一緒にいるし、休日も良く互いの家で遊んだりする。

「三奈ね、ちょっと怖い夢見たの」
小さい声で、そう菜津葉にしゃべりかけてきたのは、菜津葉と他の生徒との会話が落ち着き、学校につく直前になったころだった。

「え?どうしたの?」
「うーん、私、なんか……なっちゃって、みんなのこと……」
声がいつにもまして小さく、一部聞き取れない。その上、話の重要な部分が始まる前に、学校の門に到着してしまった。
「おはよう、みんな!今日も余裕の到着だな!」
教頭の声に遮られ、会話はそれで終わってしまった。
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覚醒の夢(仮) 序章

高層ビルの屋上に、二人の人間の影があった。少女と、黒いローブを羽織った、見るからに悪党が睨み合っている。
「魔法少女ナッツ!貴様もこれまでだ!」
「愛と正義の力、見せてあげるんだから!」
少女の名は魔法少女ナッツ。本名は古町 菜津葉(ふるまち なつは)。普段は普通の小学生だが、その正体は街を襲い来る魔人から守り抜く、正義の味方だ。

「フハハハ!強がっていられるのも今のうちだぞ!」
真剣な菜津葉に対して、悪党の方は余裕しゃくしゃくといった様子だ。ニヤける敵に、菜津葉は全力を魔法のステッキに込め、叫んだ。
「えーい!アイスフリューゲルス、ルミナスツーク!悪よ!滅び去れ!」

キュピィィッ!シュバッ!!

強い光を発した菜津葉のステッキから、強力な魔法が解き放たれる。――彼女の必殺技だ。これで、悪党は成敗される……

だが、迫りくる光の塊を見た悪党の表情は、急に冷めたものに変わった。

「ナッツ……いや、菜津葉よ。我の力を鍵とし、その力を覚醒させよ」

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