古町 菜津葉(ふるまち なつは)は、北陸のとある町に住んでいる、普通の小学四年生。今は12月、日本海側特有の大雪に見舞われるが、学校は普通に授業を行う。
「じゃあ、行ってきます!」
学校は、小学生の菜津葉の足で20分程度のところにある。登校班は10人で、集まるのは家のすぐそばの公園だ。冬ということもあり、見送りの親を含めて全員厚着だ。
「菜津葉ちゃん、おはよ……」
「おはよー、三奈(みな)ちゃん!」
菜津葉を見るなり声をかけてきた、菜津葉より一回り小さな子。同い年の新津 三奈(にいづ みな)は、菜津葉の幼なじみ。気が弱く、いつも菜津葉にくっついて行動している。小学校でも別のクラスになったことはなかった――平日はだいたい一緒にいるし、休日も良く互いの家で遊んだりする。
「三奈ね、ちょっと怖い夢見たの」
小さい声で、そう菜津葉にしゃべりかけてきたのは、菜津葉と他の生徒との会話が落ち着き、学校につく直前になったころだった。
「え?どうしたの?」
「うーん、私、なんか……なっちゃって、みんなのこと……」
声がいつにもまして小さく、一部聞き取れない。その上、話の重要な部分が始まる前に、学校の門に到着してしまった。
「おはよう、みんな!今日も余裕の到着だな!」
教頭の声に遮られ、会話はそれで終わってしまった。
菜津葉と三奈のクラスは4年4組。30人が所属する至って平凡な組だ。2階にある教室には、半分くらいの生徒がすでに登校してきていた。
「でさー、今日見た夢がすごかったんだよ、いきなり絵が動き出して……」
「なんか、変な人が出てきたんだ……」
クラス中がその日見た夢の話題で盛り上がっている。一人でケータイを触っている生徒もいたが。
「そういえば、私も変な夢みたんだよね」
「え、菜津葉ちゃんも……?どういう夢……?」
――魔法少女になって、悪党に負けて大きくなっちゃった!……とは言えなかった。起きた後の成長のことは、もっと言えない。言っても、笑われるだけで何のメリットもない。
「え、えっと……そう、三奈ちゃんと遊んでただけっ」
「それって、変な夢?」
確かに見たことはない夢だったが、確実に変な夢ではない。自分のアドリブセンスのなさを呪いながら、少しだけ事実を話すことにした。
「そしたら、私のおっぱいが膨らんできて、ね?それだけだよ」
それを聞いた三奈が、固まった。冗談とすら受け止められず、ドン引きされたかと思ったのだが、違った。三奈は、菜津葉の胸を指差して震えている。菜津葉は、自分の胸を見下ろす。すると、コートの胸の部分がパンパンに盛り上がっている。ハッとなって、体全体を見回したが、大きくなっているのは胸だけだった。
「菜津葉、ちゃんの……おっぱい……!?」
――な、何が起きてるの!元に戻って!
菜津葉は、膨らんだ胸を睨みつけながら必死に念じた。すると、胸は素直に引っ込んでいく。
「あ……」
「お、おっぱい……!?気のせいだよ、ほら、ね!」
三奈も、指差すのをやめた。菜津葉は笑顔を繕ったが、内心ドキドキが止まらない。胸をペタペタと触って元に戻ったのを確認するまで、落ち着くことができなかった。
三奈は何かを喋ろうとしたが、
「古町さん、今日日直でしょう?」
と生徒会委員の発田 理絵(ほった りえ)に再度遮られ、何も言い出せなかった。
「黒板、消しておいてね」
「りょーかい」
黒板を消した後すぐに朝礼が始まり、三奈から菜津葉に話しかける機会はその後しばらくなかった。
―――
――私、どうしちゃったんだろう……?
国語の時間中、胸を見つめる菜津葉。着ているカーディガンにはほとんど起伏はなく、起きたときやさっきの膨らみは嘘のようだ。
――少し念じただけで大きくなったり、小さくなったりしたよね……
なら試しにと、少しだけ大きくなって、と念じてみるとカーディガンの表面がプクッと盛り上がった。
――すごいじゃん……じゃあ、指とかも一緒かな……?
手のひらを見つめて、少し念じる。同じように指が少し長くなる。
「……古町さん?聞いてるの?」
先生からの声が耳に届いた。ずっと名前を呼ばれていたようだ。
「は、はいっ!」
「どうしたの、手のひらなんか見つめて……まあいいわ、早く教科書を読んでちょうだい」
先生は呆れ顔だが、菜津葉にはどこを読んでいいか皆目見当がつかない。
「どこか分からないんですが……」
「はぁ……素直でいい子ね……、仕方ないわ、次の子、読んで」
菜津葉の後ろ、本を読むのが好きな坂町 紀子(さかまち のりこ)が、立ちあがった。だが、紀子はなぜかガクガク震えている。菜津葉は、紀子の姿に微妙な違和感を感じたが、次の瞬間。
「ごめんなさい!ちょっとトイレ行ってきます!」
と、紀子は教室を飛び出していってしまった。先生はあっけに取られていたが、気を取り直して、その後ろ、長岡 哲也(ながおか てつや)に手ぶりで指示し、読ませた。
「えーっと、『もう少しで家だ。夕ご飯の匂いにサーシャは期待で胸を膨らませた。ボルシチだろうか、ピロシキ……」
瞬間、菜津葉の胸が大きく盛り上がり、カーディガンが引き伸ばされる。
「……えっ?」
「古町……さん?」
「菜津葉ちゃん?」
菜津葉ですら何が起こったか分からない中、クラス中がどよめく。
「うわっ!先生、私もトイレ!」
許可も取らずに、教室を飛び出す菜津葉。だが、トイレに行けば紀子がいる。少し考えをひねり、誰もいないであろう体育館横の準備室に飛び込み、積み上げられたマットレスの奥に逃げ込んだ。立ったまま服を脱ぎ終わると、小学生の体に合わない、りんごくらいの乳房がそこにあった。
「なんなの、もう!」
夢の中の自分よりは小さいが、ぷっくりと膨れた胸を見て、頭を抱える。だが、一時間目の終了を告げるチャイムとともに、菜津葉の中で何かがプチッと切れ、視界の中でピンクの霧がかかり始める。
「うふ……私の体、自由に変えられるのね……?」
そして菜津葉の中に残ったのは、体に起こっている現象に対する怒りでも焦燥でもなく、自分が力を得たことに対する愉悦、そして快楽だった。菜津葉は、床にへたっと座って、成長を始めるように念じる。
「こんな小さい体じゃ、ダメ……夢みたいに、大きくならなきゃ……」
菜津葉の意思に答えるように、全身の骨格がゴキゴキと立てて大きく、長くなり、120cmの身長がすくすくと伸び、一回り、また一回りと大きくなる。
「おっぱいだって……」
菜津葉が胸をもみ始めると、揉まれるたびに乳房は膨らみ、いつしか手からあふれる程になる。
「……もっと、セクシーになりたい……」
身長は160cm、成人女性の平均に達し、胸はゆうに平均を超えている。だが、菜津葉はそれより上を望んだ。さらに成長速度が上がり、身長は170cm、180cm、バストはGカップ、Hカップと大きくなり、腕全体を使っても押さえきれなくなり、菜津葉は、日本人離れした体型へと変化していく。
「もっと、もっと……!」
2m、2m20cm、どんどん菜津葉は大きくなる。そこで、胸の成長が一時停止し、ブルンっと震える。
「もっともっともっと!!!」
成長そのものに快楽を覚えてしまった菜津葉。それを具現化すべく、体の方はさらに大きくなり、人類が達したことのない領域に行ってしまう。そして――
ボワンッッ!!!!!!
力を溜め込んでいた胸が、爆発的に成長し、一気に体の大きさを上回ってしまった。そのまま壁にぶち当たった衝撃で、部屋全体が軋む。
「動けなくなっちゃった……でも、もっとほしいっ!」
「そこまでだ!君は魔王の力に囚われている!」男の大声が、唐突に聞こえた。
「誰!?」
声のする方向に振り向くと、テレビに出てくるスーパーヒーローの如き、全身タイツの金髪マッチョ男が、急に出現した。
「……変態?」
「うぐっ、その反応はいくらオレでも傷つくぞ!まぁいい――」
いまの菜津葉には及ばないが、かなり大柄なその男は、自己紹介を始めた。
「オレは、正義のヒーロー、ヘア・シュヴァイスフリューゲルだっ!」
しばしの沈黙。
「へ、ヘア……また髪の話してる?」
胸で体がつかえていなければ、一刻も早く突如現れた変態から逃げ出したい菜津葉が、やっと口を開いた。
「してない!フリューと呼んでくれ。それよりも、君に植え付けられた魔力を早急に浄化しなければならない!」
「そんなのいや、なんだけど」
菜津葉の体が更にグイッと大きくなり、ついに天井に頭がぶつかる。壁に押し付けられた胸が、部屋の構造を破壊し始める。
「くっ、魔力に精神が支配されているのか!キミ、親御さんに心配かけたくないだろ!」
あまりに的外れな説得方法に、また少し沈黙。
「……そんなの、いま関係ある?」
――グ、ググッ!
さらに成長する菜津葉。金属製の柱がひしゃげ、押し上げられた天井はもう穴が空きそうだ。
「くっ、説得の方法がないならば……オレが犠牲になるしかっ!」
フリューは、突然菜津葉の胸に全身で抱きついた。今や大玉ころがしの玉くらいに大きくなった胸だったが、それでもポヨンポヨンと柔らかく揺れる。
「なにするの!!」
「オレ自身がお前の体に溶け込み、無理やり浄化するのだ!」
「や、やめてよっ!」
菜津葉は何とか胸からフリューを剥がそうとする。だが、フリューの体は光の塊となり、菜津葉の胸に染み込むように消えてしまった。刹那――
ドクンッ!
菜津葉の胸が、大きく脈打つように揺れた。
「ひゃぅっ!」
『同化は成功のようだな!!』
フリューの声が体内から聞こえる。そして、菜津葉の体全体が、何かに押し込まれるようにギュッギュッと縮んでいく。
『今、お前の体の魔力を相殺しているところだ!』
「あっ……やだっ……やめてぇっ」
ものの数秒で体は小学生のものに戻り、残った乳房も体の中にギュギュギュギュと押し込まれるように無くなっていく。
「ふぅっ、ふぅっ」
『元に戻ったようだな……』
菜津葉の思考にあったピンク色の霧も晴れていき、菜津葉は我を取り戻した。
「私、こんなに大きくなってたの……?」
すぐに目に入った眼前の壁に、大きな凹みがあった。自分の体で作られたものなのに、今の菜津葉であれば、全身がそこに入ってしまうほどの巨大さだった。
『ふむ。もう少しで、お前の意思は完全に魔力に飲まれてしまうところだったのだ。あの巨大な体のほとんどは、魔力で支えられていたのだから、わかるだろう』
身長は2倍。単純計算しただけでも体積は8倍。それ以上に、菜津葉は大きくなっていたのだ。自分の意思は、その10分の1しか制御していなかったということになる。
「うん、ありがと、フリュー。変態呼ばわりしてごめん……だけど」
『ん?』
「私の頭の中からは出ていってくれない?」
『ああ。男の声がいつもしているのは嫌だろうし、私もプライバシーは重視する方針なのだ。だから……』
菜津葉の前に、光の玉が現れる。それは徐々に小さな、50cmくらいの人の形をなしていき……
「私、あなたのマスコットキャラクターになります!」
――空中に浮遊する、小さな黒髪碧眼の女性となった。
「え?フリュー?だよね?」
「はい!」
口調も、姿も違う。少し落ち着いた女性の大人の声と、某空飛ぶ緑のヒーローにお供している、妖精のような姿。菜津葉と融合する前のムサイ男の姿は、どこにもなかった。
「で、今なんて言ったの?マスコットキャラクター?」
「そうですよ!魔王の魔力から、クラスメイトを解放するため戦う少女の、マスコットキャラクターです!」
当然のように発せられる言葉に、菜津葉を強烈な頭痛が襲う。
「まさか、クラスメイト全員が私と同じような魔力に支配されているの?しかも、戦うのは私?」
――29人の洗脳されたクラスメイトを、自分でどうにかしろというのだ。
「だって、ワタシの魔力、菜津葉さんの浄化に使ってしまって、もうないですから」
「もうない……って、勝ったんだから少しは残ってるんでしょ?」
「いいえ、全部あなたに託しました。後はお願いします♫」
また沈黙。
「はぁぁっ!!!????」
今にもフリューに掴みかかりそうな菜津葉から、フリューは何とか逃げた。
「落ち着いて、落ち着いて!ちゃんと制御できるようになってますから!さっきみたいに、大きくなり続けるなんてことないです!」
「そっちは問題じゃないんですけど!?それに、魔力ってどうやって使うの!」
フリューは少し考えた――
「えっと、『おっぱいよ、大きくなれ!』って念じる感じですね」
「……それじゃ、さっきと何も変わらないじゃない!!」
今度は本当にフリューを捕まえようとする菜津葉。
「わ、わかりましたって、相手の魔力がなくなり次第、後は私がなんとかしますから!」
菜津葉はもう、フリューと議論することに無駄な力を使うことをやめた。
だが、準備室の外から誰かが覗いていることに気づくことはできなかった。
「菜津葉、ちゃん……」