『帰還』(2/3)

次の日、ギアズは朝の光に目を覚ました。

「ん、んん……」
「新入り、目が覚めたか」
「隊長……おはようございます」

先に起床していた隊長が、外をじっと見つめている。

「いいから、さっさと服を着ろ」

ギアズは、そう言われてはじめて、自分が下着すら全く付けていない状態で寝ていたことに気づき、そして、昨夜のことを思い出した。母親の声が聞こえたと思ったら、幼女に変身し……

「そういえば、伍長に高い高いされた……」
「何を寝ぼけている。お前のような男にそんなことする伍長など、想像したくもない」
「え?」

ギアズの体は、元に戻っていた。変身のときに消えていった筋肉やらなにやらが、戻ってきていた。

「よかった……」
「いいから、早く服を着るんだ。他の二人はもう朝食も済ませてある」
「す、すみません!今すぐに!」

周りに投げ捨てられていた戦闘服を急いで着る。変身した後の記憶は曖昧だが、伍長か兵長が回収したのだろう。

「まったく……」

隊長は寝坊した上に奇妙なことをつぶやくギアズに呆れ、ため息をつく。出だしこそ奇妙であるが、いつもと変わらない、サキュバスに包囲されたままの一日が、また始まろうとしていた。

四人は、生身の人間では到底敵わない相手のスキをつくため、包囲されたときから常に四方を監視していた。といっても、ギアズには所狭しとうごめくサキュバスたちにスキなど見いだせず、仕留める前にじっくりともてあそばれる感覚すらあった。
狙撃銃はなく、敵は遠くにいて、しかもその体に刻まれている紋章を撃ち抜かないと意味がない。銃弾も限られている中で、ただただ敵の様子を伺っているほか無かったのだ。国の軍隊は、とっくのとうに壊滅。国際機関もほぼ機能を失っているなかで、救援がくるのも絶望的だった。

「味方の戦闘車が来たと思ったら、中からゾロゾロと『奴ら』が出てきたこともあったな」と隊長が言っていたのを、ギアズは回想した。基地から出ること自体が既に自殺行為と思えるほど、人間側は劣勢であり、ある部隊の救援に向かう途中の別の部隊が先に壊滅することもままあった。

「ギアズ、何ぼーっとしているんですか」

考えにふけってしまっているのを、兵長に見透かされていたらしい。いや、ほかの二人も気づいているのだろうが、声をかけてきたのが兵長というだけのことだろう。ギアズが監視していた方で、これも新入りの集中力が切れているのを察知したらしいサキュバス達がワイワイ飛び回っていた。

「兵長……」
「いろいろ思うところがあるのは分かります。ですが今気を抜いたら、やられてしまうということを忘れないで」

ここまで生き残っていることも証しているように、兵長も軍人としては優秀である。話している間にも、周りの監視を途切れさせることはない。囮になりたがりの兵長だが、相手が人間であれば実際に囮になっても生き残れるだろう。

「はい!かならず、全員生きて帰りましょう!」

小隊のメンバーを信頼し、そう、威勢よく返したギアズ。だが……

「うふふ。そんなにうまく行かないのは、分かっているでしょうに」

真上から、妖艶な女性の声がする。四人は一斉に銃をそちらに向けたが、銃の引き金を引いても弾は出てこなかった。そこには、強いオーラを身にまとった悪魔、サキュバスの一人がいた。

「くそぉっ!」
「ざーんねん。私に向かって発砲はできないの。そんなことよりぃ……」

舌なめずりをしながら、四人に向かって話し続けるサキュバスだが、いきなり声音が変わった。

「ミアル軍曹!!」

その声は、四人が聞いたことのある、中年の男性のものだった。

「は、はぁっ!!……この声は……大佐……?」

そして、名前を呼ばれた隊長はつい返答してしまう。

「異種族の生態調査、大儀である!第40基地司令官として報酬を与えよう!!」

そう、その声は、四人が所属していた基地の最上級の士官のものだった。

「き、貴様!司令官の口真似など卑怯な……!」
「口真似……だったらよかったのにね。このメダル、分かる?」

声を女のものに戻したサキュバスは、自分の服につけていた勲章を指差した。それは紛れもなく、司令官だけに渡される特別なものだった。

「ま、まさか……本当に、司令官だと……?」
「ええ。二週間前だったかしら?あなた達が出撃した直後に、基地に襲撃があったの……私も反抗したんだけどね。うふふ、今となっては馬鹿馬鹿しいにもほどがあるわ、反抗なんて……」

自分の腕や腰を撫で回しながら、恍惚の表情を浮かべる元司令官のサキュバス。

「こーんなに、楽しい世界に加われるのに。やられたら死んじゃうかと思ってたけど、不老不死の美しい体を手に入れられるのよ。あなた達も、今降参すれば、ご褒美をあげるわよ?ね、みんな?」

気づけば、サキュバスの群れに取り囲まれていた。絶体絶命の危機だ。

「で、軍曹?答えは?」
「もちろん、ノーだ。考える余地などない。人間としての誇りを捨ててたまるか」

ギアズは、元司令官がこれ以上ないほどの悪辣な笑みを浮かべたように思った。

「それでこそミアル。だけどね、そんなに頑固だと身を滅ぼすわよ?じゃあ、また今度ね」

司令官が指をパチッと鳴らすと、閃光が走った。それが収まる頃には、サキュバスの群れともども、司令官は姿を消していた。

「なんて、ことだ……」

司令官がいた方向を見つめたまま、隊長は、小さく震え声を出した。

「あの、司令官が……軍人の鑑であった、誇り高き、大佐が……あんなモノになってしまう……など……」
「隊長、しっかりしてください!」

頭を抱え、震える隊長に声をかける伍長も、動きがぎこちない。基地がサキュバスにやられ、司令官がサキュバスとなってここにいるということは、基地が壊滅し、もはや四人にとって帰る場所がないということだ。基地なしでは、小隊が持っている情報など、意味をなしえない。

「く、くそ……サキュバスなど、なってたまるものか……!!俺のためにも、妹のためにも!」
「兵長……」

兵長も、視点が定まらない。こんなに周囲の監視にスキがあっても敵が襲ってこないという事実も、相手に余裕があるということをひしひしと感じさせ、余計に惨めな思いをさせられるばかりだった。

その夜。『人間の尊厳を守る』という名目で、最後の抵抗をすることとなった小隊。見張り番となったギアズに、またもや母親の声が聞こえてきた。

『ギアズ、何かあったのですか』
「母さん、母さんはまだ生きているのか?」
『何を言っているのです、そうでなければあなたのために祈ることもできないでしょう』

母親の声は、ギアズにとってはいつ聞いても安心を与えてくれるものだった。

「司令官が、サキュバスになっていたんだ」
『まさか!!そんな事が……』
「いや、本人が言ったんだから間違いない」

少しの沈黙の後、声が続いた。

『よく分かりませんが、またあなたが小隊の方々を慰めなければなりませんね』
「え……」
『今度は、祈りの力がもう少し出せそうです。同じ歳の女の子になりなさい』
「なにを……!んんっ!!」

《キィィィン……》

一日前、幼女になったときの耳鳴りが、またもやギアズを襲った。同時に、体に熱がこもっていく。

「あついっ……あつい!」

服を脱ぎ捨てるギアズ。鍛えた筋肉質な体が夜の冷たい空気にさらけ出される。だが、それもつかの間、乳首がプクッと大きくなる。褐色だったそれは、濃いピンク色となり、まさに女性のそれとなっていた。それを合図とするかのように、変身が始まった。

「う、うぅっ!!」

割れた腹筋がギチギチと音を立てて体に押し込まれていくかのように縮む。その体積が移動するように、ズボンの中に収まっていた尻がグググッと大きくなり、少し緩めだったズボンがパンパンになっていく。

さらにギギギギと筋肉が動く音がすると、筋肉が見えなくなっていたウエストが絞られていく。同時に、足の骨がバキッと短くなり、ギアズの身長がガクッと下がった。髪はサラサラと伸び、宙にフワッと舞う。

「の、喉がっ……ケホッ……また、声が高く……!!」

潰されるような痛みが喉仏に走り、思わず咳をする。次に出した声は、母親が言うとおり同世代の女子の声、鈴の音を鳴らすような澄み渡ったものだった。

「うっ、顔が、顔があぁっ!!」

喉の変化に続くように、ギアズの顔つきがグニグニと変わり始め、あまりの痛さに手で覆う。その手も骨がグキグキと細くなり、付いていた筋肉が脂肪に置き換わって柔らかい輪郭が生み出されていく。その下では、残っていた大胸筋が縮むと同時に、ムクッ、ムクッと空気を送られるように膨らみができ、乳房が生まれていく。

「はぁっ、はぁっ」

荒い息を出すたびに、なで肩になり、厚い胸板が華奢なものになる。骨盤もグキグキと広がり、尻でいっぱいになっていたズボンにさらに負荷をかける。ところどころで、ブツッ、ブツッという糸がほつれる音がしている。

「はぁ……終わった……」

熱が引いていき、痛みも和らいでいくのを感じたギアズは、顔をおさえていた手をおろし、自分の体の方を見た。

「うわ……本当に女の子になってる……」

一日前も幼女になっていたギアズだが、今度は二次性徴の途中の少女に変身したのだ。より女性らしさが強調される体になったことで、自分の変身を実感するに至り……

「じゃあこれって……おっぱいっ!?」

自分の胸の膨らみを見て自分の視線を手で塞ぐ。写真では、はだけた女性の胸を見たことがあったが、実物を見るのは母親のもの以来だ。他の女子を見る機会は、今まで与えられていなかった。

「で、でも、俺のものなら……」

ここで、ギアズの中にグワッと違和感が生まれた。女の声で「俺」という言葉が発せられるのを聞くのは、あまりに慣れないことだ。

「……と、とりあえず触ってみよう……」

胸に恐る恐る手を近づけ、ピトッと触る。途端に、ふわっとした柔らかい感触と、ピリッとした強い刺激を感じて、手を離した。

「ひゃっ!!……すごく、敏感……」

ギアズは、今度はもう少しゆっくりと、触ろうとして……

「誰だ!!」
「ぎゃああっ!!見ないで!!!」

兵長の大声に驚かされ、そして思わず顔にビンタを食らわせてしまった。

「あ、あっ……兵長……」
「いったたた……む……貴様……サキュバス、ではない……のですか」

兵長の顔には赤い跡が付いてしまったが、いつも通りの冷静な判断を下す。

「俺……です、兵長、ギアズです」
「むむ……とりあえず、服を着てください」

少なくともすぐに殺されないと分かったギアズは、床に脱ぎ捨ててあった服を着ようとした。だが、着る途中に服が胸に擦れ、さきほどの刺激がギアズを襲う。

「きゃんっ!」
「うおっ、ど、どどどうしたんだっ!!」
「へっ……?」

兵長が、いつになく慌てている。顔にはビンタしたときの跡がまだ鮮明に残っていたが、それ以上に顔が赤い。

「服が、乳首に擦れて……」
「そ、そうか……それにしても、いや、なんでもない……」

やはり、兵長の様子がおかしい。

「ジュード兵長?どうかしたんですか?」
「そ、その姿で近づくなぁっ!!」

無意識に自身に歩み寄っていたギアズを、兵長はバンッと突き飛ばした。

「きゃぁっ!!」
「す、すまんっ!!」

ギアズは無意識に出した女々しい悲鳴に戦慄したが、それ以上にジュードの興奮した顔に寒気を覚えた。

「すまん……だが、妹が今生きていたら、お前の今の姿にそっくりだと思うんだ……」
「そう、なんですか……?」

この数年戦場で戦い続けている兵長が、家においてきた妹が、ちょうどギアズと同じ歳だと言っていたことを思い出す。どうやら、兵長はギアズと妹を重ね合わせてしまっているらしい。

「そうですか、それでしたら……」

他の隊員を慰める、という母親からの願いを思い出したギアズは、また、妹を演じることにした。

「お兄様、ジュディ、またあえてうれしいです……っ!」と、ギアズは兵長に抱きついた。
「おおっ!ジュディ……!!ってなにやってるんですかギアズ……!」

兵長も抱き返しかけたが、ドギマギしながらも自分を抑えた。ジュディ、と言うのは兵長の妹の名前だ。兵長が妹の話をしばしばするものだから、その口調までギアズは覚えていたのだ。

「私、お母様から隊員の皆さんを慰めるよう言われたのです、だから、ね、お兄様……」
「母親から、ですって?まさか、それは……」
「細かいことは気にしちゃいけないのです、お兄様っ!」

生理的な拒絶感を押し切って、兵長に頬ずりするギアズ。母親から言われたことは、絶対にやり遂げたいという意思と、自分自身よりはるかに大きな責任を背負っている上官たちを自分でも慰めたいという願望が、彼を動かしていた。

「だ、だよな……妹が来てくれたんだから、それでいいんだよな……」
「ええ!」
「おお、妹よ、立派に成長して……」

兵長もついに折れ、ギアズを妹と思うことにしたようだった。その頭を撫で、ギュッと抱きしめる。ギアズは、昨日ディアンから流れ込んできたような熱さが、兵長から流れ込んできているのを感じたが、昨日ほどの負担には感じなかった。

「お兄様の力、ちょっと強すぎです……」
「ああ、すまんすまん……」

体を離したジュードの顔が、少しやつれているように見えた。膠着戦からの疲れからだろう。そう思ったギアズは、もっと元気づけようと考えた。

「お兄様、膝枕などいかがでしょう?」
「ひ、ひざまくら!!それは、いいな……」

ギアズは体の変化ですこしゆるくなっていたズボンを脱ぎ、地面に座った。

「ほら、お兄様……」
「ああ……」

兵長は、妹の太ももの上に頭を置くように、仰向けになって寝転がった。

「ありがとう、妹よ」
「ふふ、いいんですよ……こうしてお兄様といられるだけで、私、幸せですもの」

――変だ。ギアズは思った。自分は妹を演じているだけのはずなのに、本当に自分の兄に膝枕をしている少女の、幸せな気持ちを心から感じていた。それに、今度は膝を通して、ジュードから熱が流れ込み始めていた。

「顔が赤いぞ、ジュディ」

その熱が、やはり昨日と同じようにギアズのなかにこもり始めていた。体温が、段々上がっていく。

「い、いえ、大丈夫……です……」

熱のせいで朦朧としてきた意識の中で、ギアズは、ジュードの顔がさらにやつれていくのを見たように感じた。だが、それを確かめる前に、ギアズは気を失った。

投稿者: tefnen

pixiv上にAPまたはTSFの小説をアップロードしている者です。