いつもと変わらない朝。天彦が目を覚ますと、寝床の脇に九音がニコニコ微笑みながら立っていた。
「とーさま、おはよ」
「おは…ぐふっ!」
挨拶を返す隙も与えず、天彦の胸の上に飛び込む九音。
「とーさまー!」
「ど、どうしたんだ九音、いきなり…」
天彦はある違和感を感じた。胸板の上に乗っている我が子から伝わってくる重みが緩やかだが確実に大きくなっている。ところが、目の前にいる桃色の髪の小さな子の姿が変わっている様子はない。
「とーさま、とーさま!」
「ちょ、九音、重い、重い!」
天彦の体を潰そうとする力は増える一方だ。
「つ、潰れる!」
—
天彦は目を覚ました。どうやら夢だったようだ。しかし胸を圧迫する力は消え去っていなかった。
「おはようございます、あなた…」
「び、白扇さん!?」
天彦の目に最初に入ったのは、のしかかっている人物の顔ではない、肌色の膨らみ。ふかふかと柔らかくも、人体の一部とは考えられないほどの大きさと、どっしりとした重量感、というより重量そのものを持っている球体。まがいもなく、天彦の妻であり人狐の白扇、その人の乳房だった。
「どうしたんですか!こんな朝から!」
「その…どうしても抑えられなくなってしまって…」
「まさか、発情期に…」
「そんなはずは…ありませんよぉ…」
しかしそのアメジストの瞳はトロンと虚ろで、息も荒い。白扇は定期的に、人狐としての力が暴走気味になり、自分でも抑えきれないものにかられてしまう体質があった。
「そんなことより、私のこれ、気持ちいいでしょう?今日は特別に大きくしてるんですから…」
自分の巨大な胸を撫で回し天彦に見せつけるように歪ませる白扇の仕草は、まさに子作りをしたがる狐のようだ。
「ちょ、ちょっと今日は買い物があるんですから!」
「では、朝ごはんだけでも…」
シュンと横に垂れてしまった白い狐耳を見て天彦は後ろめたさを感じたが、どうしようもない。二人は寝室を出て、朝食が用意してある食卓に向かうのだった。
—
「で、白扇さん…」
「なんですか…?」
「なんで、ついてきたんですか」
天彦はもともと一人で買い物に出かける予定だった。その彼に、白扇は何も言わずについてきたのだ。ただ、その大きな胸は縮ませ、狐耳は隠し、縦縞が入った袖なしのセーターに、カジュアルなスカートを履いて極力目立たないようにはしているようだ。しかし、男性として平均的な身長の天彦よりも頭ひとつ大きいその身長と、胸がなくても豊満な体型は、かなり人目を引いていた。
「発情期なんでしょう?ついてきて平気なんですか」
「はつ…じょう?何の話…ですか…?」
普段は発情期はゆっくりと段階的に訪れるものだったのが、今回は一気に最高段階まで行ってしまっているようだ。昨日までは、大人しく、しとやかな女性であった白扇は一晩過ぎただけで何を考えているかわからない状態まで遷移していて、彼女自身もその変化に順応するどころか、気づくだけでも難しいほど理性を失っていた。
「そういえば…さっきから体が疼いて…」
「ほら、だから帰ったほうが…」
「…天彦さん…いつもより素敵…」
「え?」
天彦が見ると、白扇の瞳の焦点が定まらなくなり、息が先程よりも荒くなっている。
「わたし…もう…たえられない…」
白銀の髪の中から狐耳がザザッと伸びてきた。
「こ、こんなところで…!?」
「あぁ…あなた…!」
セーターが押し上げられると同時に横に引っ張られ、その中身がムクムクと大きくなっていることが一目でわかる。体の尻の部分からも白い尻尾が何本も、ピンピンと生える。
「だめですよ!白扇さん!」
「んんっ!!」
膨らみ続ける胸はセーターが伸びきっても大きさは全く足りず、ビチビチと破けて穴が空き、はみ出した白扇の乳房がプルプルと揺れた。
「ああっ!」
最後の束縛が解け、それはブリュン!!と外に飛び出た。
「あちゃ…」
「ごめん…なさい…でも…まだ疼きが…!」
天彦の前で、白扇は元の姿に戻るだけでなく、更に大きくなっていた。スカートもギチギチと言い始めたと思うとすぐにビリッと破け、白扇は完全にその肌を晒してしまった。身長も2m、3mと大きくなり、発情期特有の甘い香り、いや濃すぎる甘さの匂いが周りに充満しはじめた。天彦には、最後に白扇の中に残っていた理性が消えていくのが見えた。
「わたし…あなたのために…もっと大きくしたい…」
「いけない!やめてください!」
白扇には天彦の言葉が耳に届いていないようだった。あっという間に3階建てのビルくらいまで大きくなった彼女の胸は直径4mはあるだろうか。天彦から見えるそれは、先端にほんのりと薄いピンク色が乗ったアドバルーンのようだ。
「はぁ…はぁ…」
白扇は荒い息を立て、その呼吸の度に球体はフルンフルンと揺れ、それと同時にムクッムクッと成長し続ける。天彦をぼんやりと見つめるアメジストの瞳も、地上から離れていく。そしてついに、
ガシャーン!!!!
白扇の体がその通りに建っているビルに衝突し、窓ガラスが全部割れてしまった。そして、それでも止まることのない周期的な巨大化によって、ビルはぐいぐいと押されて、メキメキと音を立てて歪んでいく。
「あなた…」
「白扇さん!!」
「ふああ…っ!!」
基礎からポキッと折れてしまったのか、ビルが崩れた、というより横転した。それに寄りかかる形になっていた白扇は転倒してしまい、その衝撃で大きな地響きが起きて、天彦も床に倒れてしまった。
「あ…う…」
倒れたまま大きくなる人狐の体は、地面と道路の舗装に亀裂を走らせ、抉っていく。そして倒したビルや下敷きになった他の民家だけでなく、隣の建物もぐいぐいと押し、その巨大な乳房も数トンの重さになって、形を歪ませながらも、自分の占居する空間を押し広げていく。
「大丈夫ですか!?」
「あ、あ…はい…」
天彦の呼びかけに応えて、今や20mの身長がありそうな白扇が、フラフラとしながらも立ち上がった。その豊満な肉体と、存在感たっぷりの胸についた豊球がさらけ出されても、彼女が恥ずかしがる様子など微塵もない。
「天彦…さん…小さい…」
「白扇さんが大きいんですよ!!」
「あら…そう…なの?じゃあ…」
白扇はその事実をようやく受け止めても、自分を抑えようとするどころか、逆に背伸びをした。すると、急激に巨大化のスピードがあがり、近くの電波塔くらいの大きさになった。
「わたし…こういうことも…できるんですよ…?」
その電波塔に、足元を確認することなく白扇が歩いていく。そのドシンドシンという一歩ごとに地響きが起こり、ドユンッ!と直径が20mくらいの乳房が揺れ動くのが、遠目に明らかに分かった。
「えーい、なんちゃって…」
お茶目に笑いながら白扇は、自分の胸で電波塔をギュッと挟み込んだ。電波塔の強度は、できるだけ軽くした自重の何倍かと、風圧だけに耐えられるように設計してある。それが、ほぼ水と同じ密度を持つ巨大な物体にはさまれたのだ。一瞬でグシャッとつぶれてしまった。
「あらあら…天彦さんより…柔らかいなんて…」
白扇が挟んだまま動こうとしたせいで電波塔は根元からちぎれてしまい、その電波用の通信ケーブルが断線して、火花が飛び散った。その刺激は白扇にも伝わったようだが、痛みではなく快感としてだった。
「ひゃあっ…すごい…」
先ほどから続いていた甘い匂いがまたもや濃くなった。すると天彦のまわりで異変が起こった。それは、まず音として天彦の耳に伝わってきた。ギチギチ…だったり、ミチッだったり、ビリッ!!だったり。天彦がその音の方向を見ると、巨人から逃げ惑う人々の中で、女性全員の胸がはだけていたのだ。しかも、お年寄りもかなりの割合で含んでいたはずのその女性達は、全員が全員20代かそれより下まで若返り、晒されている胸には、白扇のものにはかなわないが、どう見てもいわゆる「爆乳」とよばれるサイズのものがついている。
「これは…いったい…」
「あ…あなた…?」
「白扇…さん…えっ!?」
天彦が驚いた理由。それは、その現象を見た白扇の表情の変貌ぶりだった。トロンとしていた空気が一気に吹き飛び、嫉妬や怒りのような負の感情が湧き出していたのだ。
「天彦さんは…」
「お、落ち着いて…」
「天彦さんは…この私、白扇のものなんです!」
先ほどにもまして我を失っている妻を見て、戦慄と同時に羞恥心を感じる天彦。
「はっ!?」
「どんなにお胸が大きくたって、私のものに敵いはしないんです!!」
「ま、まさか…この人たちが俺を誘惑してると思ってるのか!?」
白扇は、電波塔を谷間から引き抜いて、天彦の方に走ってくる。天彦はもはや大地震と呼べるほどの揺れで立っていることができず、地面に腕をついて、仰向けに倒れてしまった。
「さああなた、私のお胸、全身で味わってください!!」
「ちょ、ちょっとまって!!!」
白扇は天彦の方に飛び込んできた。というより、少なくとも天彦から見て、その胸が潰しにかかってきたと言ってよかった。それは、天彦の周りにあった全ての建物や電柱をいともたやすく破壊しながら、すさまじいスピードで天彦に迫ってきた。
「う、うわあああ!!……で、でも……」
倒れたままの彼は避けることもできず、絶望を感じると同時に、大きな喜びも感じていたのだった。
「でもまあ、白扇さんの胸なら…むぐ!!!」
天彦は、文字通り全身で、白扇の乳房の柔らかさと強烈な質量感を感じた。そして、彼が本当に潰されることはなく、単にその柔軟なものに包まれるだけだった。
「気持ちいい…」
天彦の口をついて、そんな言葉が出てきたのだった。
—
「申し訳ありませんでした!!!」
「いや、もういいんですよ、過ぎたことですから…」
土下座する白扇を、なだめる天彦。結局、すぐに我に返った白扇は元の姿に戻ったのだった。白扇によると、突然発情期に入ったのは地磁気の乱れとか何とからしい。
「お恥ずかしい限りで…」
「でも周りの人の記憶だって元に戻したんですよね、だから大丈夫ですって」
白扇は頭を上げたくないようだった。
「母さま、すごく大きくなってたの?九音、一緒に行きたかった」
しかし、すこし寂しそうに耳を垂れながら、九音がつぶやくと、白扇は真っ赤な顔のまま娘を諫めた。
「こら、九音!」
「まあまあ…」
九音は悪びれる様子もあまりなく、笑った。
「あはは、母さま顔まっかっか!」
それで、天彦の緊張もほぐれて、吹き出してしまった。
「クスッ…本当だね」
「もう、あなたまで…でも、あなたがそこまで言ってくれるから、私も気が晴れました」
白扇は顔を赤らめたまま、微笑んだ。
「そうですか、よかった」
「ええ、ありがとうございます、天彦さん」
「おっと…」
白扇は天彦をギュッと抱きしめた。白扇は目をやさしく閉じていて、それは築かれた信頼を再確認するかのような抱擁だった。天彦も、白扇の長身のせいで、その顔に当たるムニュムニュした胸から温もりを感じ取り、抱き返した。
「ふふ、どういたしまして、白扇さん…」