感染エボリューション 2話

次の日、前の日の変身など忘れてしまっていた美優。布団から体を起こすと、いつもより少しだけ小さくなった周りのものに大きな違和感を感じた。

「あれ?どうしちゃったのかな」

布団から出ると、パツパツになった寝間着が目に入った。

「私ったら、美穂のきちゃったのかなぁ」

寝ぼけ眼の美優はまだ気付かない。胸がはだけて、プルンプルンと揺れる何かが目に入っても、それでも気付かなかった。

「髪、切らないと」

変身で伸びた髪がしきりに視界に入って来る。扉の取っ手に手をかけて、開けようとしたところでようやく、気づいた。

「あれ?私の手、大きくない?」

大きさに限らずその指の長さも変わっていた手を見て、昨晩のことが、頭の建て付けの悪い記憶の引き出しから、出てきたのだった。

「あ、そうだ!!私、おっきくなったんだった!」

その声はいつも通り家じゅうに響き渡る。

「うるさいわよ、美優!起きてるならさっさと朝ごはん食べちゃいなさい!」
「は、はーい!」

居間から聞こえてきた母親の声に答え、扉を開けてドタドタと走って行った。母親は台所で夕食の支度をしているのか、居間にはいなかった。就職して仕事を持っている母親は、帰りが遅くなる日は夕食を前持って用意するのだ。

「いただきまーす!」
「はーい!」

台所から美優と同じ元気の良さそうな声が返ってくる。美優が朝食をバクバクと食べている間、母親が台所から出てくることはなかった。

「ごちそうさま!」
「今日は遅刻しなくて済みそうね」
「うっ」

母親の鋭いツッコミが美優に突き刺さる。

「私だって好きで遅刻してるわけじゃないもん!本当だよ!」
「はいはい」

美優は自分の部屋に戻り制服に着替える。

「ボタンが……締まらないっ!」

だが、サイズが合わない。考えて見れば当然のことだった。成長した体を、元々の小さな体を包むためにあつらえられた服が覆いきれるわけがなかった。

「お腹引っ込めて……胸を潰せば!!」

何とか収まった。あまり服に力が加わらないように、慎重に行動する美優。カバンを持ち上げ、部屋を後にして玄関に向かう。

「いってきまーす!!」
「いってらっしゃい!」

居間から母親の声がした。どうやら夕食の支度は終わったようだ。それを確認すると、美優は家を出て行く。その後すぐ、居間から母親がひょこっと顔を出した。

「あらら、遅刻してなくても慌ただしいわね、あの子は。足音が何時もより大きかった気がするし。まあ、気のせいかな」

学校に着くと、いつもと同じように美優に視線が集まった。しかしその理由は、いつもと違っていた。包んでいる体積が大きいせいで今にもはち切れんばかりの制服に、なまめかしい足。風になびくセミロングのつややかな髪と、美しい顔立ち。その輝いているような笑顔が無ければ、誰も美優を美優と認識することはできなかっただろう。

「おっはよー!」

しかしまたもや、本人は自分の体の変化を忘れていた。体型の変化から感じていた違和感などとうに吹き飛び、結子に聞かれるまで、頭の中では、変身の記憶の片隅にすら無かった。

「ね、ねえ、美優ちゃん、だよね?」
「なに言ってるの結子?この時間でまだ寝ぼけてるの?」
「だ、だって、私の知ってる美優ちゃんより背もおっぱいもおっきいし…」
「あ…!そうだった!私、昨日大きくなったの!」
「お、大きく?」

その会話は、教諭の大声で遮られた。

「朝礼を始めるぞー!みんな席につけーぶふっ」

その声に変な音がおまけされていた。教諭が美優を見た瞬間吹き出してしまったのだ。

「八戸!?お前八戸だよな!?」

ドカドカと歩み寄ってくる教諭。

「え、ええ…それがなにか…」

なぜか涙目になっている教諭だが、すぐに気を取り直したようだ。

「い、いや…なんでもない」
「まさか、私が小さい方が良かった…とか」

その美優の言葉に、教諭は取り乱した。

「違うぞ!絶対に違うからな!!」
「ロリコ…」
「うわああああ!!!朝礼だ!!朝礼!」

周りの引き気味の冷たい目線を全身に受けながら、教諭は戻っていく。

「あー愛の裏の厳しさだったんだ…」

結子のコメントが追い討ちをかけた。

「それにしても、なんでいきなり大きくなっちゃったのかな」

結子が美優に聞く。美優は首を傾げて答えた。

「んーさっぱり見当もつかないよ。成長期とか?私、体小さかったから」
「いや、それはないでしょ?一晩のうちに、人間はそんなに大きくならないよ?」
「うっ、そんな真面目に答えないでよ。それに、一晩じゃなくて、寝る前に10秒くらいで大きくなったんだよ!」
「え、10秒……?」

結子は目を見開いて驚きをあらわにしたが、そこで耐えかねた教諭が声を上げた。

「そこの二人!……朝礼だ」

教諭はまだショックから立ち直っていなかったようで、大きく声を出し始めたものの、途中からかなり小声になった。

「はーい」
「はい!」

二人は素直に従って、朝礼を受け始めた。

授業中、周りからの視線がチラチラと美優に飛んで来ていた。本人はそれに気づかなかったが、クラスメイト達は体型が変化した美優が本当に美優であるかどうか、図り兼ねていたようだ。

美優はというと、伍樹に話しかけることばかり考えていた。体が少し大きくなったおかげで、少し多めに勇気が持てているようだった。

ーー伍樹くん……はぁ伍樹くん……

そんなこんなで授業の内容など頭の中に入ってこないまま、昼休みを迎えた。

「やっぱり、美優ちゃんが大きいと違和感大きいな」
「うん…」
「黒板の見え方も違うし、ノートをとってるときだって美優の髪が見えてて」
「うん…」
「美優ちゃん?」
「うん…」

授業終わりに結子が話しかけたが、美優にはあまり聞こえていなかった。

「はあ、もう、伍樹くんに声をかけたいんだよね」
「うん…え!?あ、うん!」

やっとの事で、美優は自我を取り戻したようだった。

「じゃあ、行って来たらいいよ、お弁当も一緒に食べてきてもいいよ」
「私…心臓がばくばく言って止まらないんだけど!」
「美優ちゃん…じゃあ先に話しかける言葉決めておこ?」

結子の提案に、美優はすがるようにうなずいた。

「で、でっ、どういうのが、いいかな!?」

その声はそんなに離れていない席に座る伍樹にも、容易に聞き取れるものだったが、結子はそれを指摘せずに続けた。

「えっと、お弁当一緒に食べない?とか」
「おべんと、いっしょ、たべない!?」
「私に言ってもしかたないよ」
「じゃ、じゃあ、伍樹くん、言ってくる!」
「行ってらっしゃい」

もう日本語が怪しいほど言葉が乱れている美優を、結子は軽く手を振って見送る。美優は机の上に弁当を起き忘れたまま、伍樹の方にフラフラと歩いて行った。

ーーおべんと、たべる。おべんと、いっしょ!

意識がもうろうとするほど、心臓がドキドキ言うのを感じている美優。だが、

ドキドキドキドクンッ!

「ひうっ!」

その激しい脈拍に紛れるように、大きな衝撃が美優の体に走った。しかし、そのまま美優は歩み寄るのを止めない。

ーーおべんと!おべんと!

思考が伍樹に話しかけることに極端に集中しているせいで、体全体に熱がこもり、全身から汗が吹き出して、キツキツの制服が濡れていっても、全く気付かなかった。

ドクンッ!ドクンッ!

衝撃が心臓の鼓動と同じくらい頻繁に美優の体に走るようになった時、美優は伍樹の席にたどり着いた。といっても、たった3mほどの距離だったが。

「伍樹……きゅん!」
「ん、何?」
「お弁当、一緒にっ!!」

その時、元々サイズがあっていなかった、汗でびしょ濡れになっていた制服の胸の部分が、ブチブチと音を立てた。

「え、何……!?」

美優が音の方を見ると、ボタンの間から胸の谷間が顔を覗かせていた。そして、その隙間は、時間が経つごとに広がっていく。

「わ、私…また大きくぅっ!?なっ…ちゃう…っ!?」

衝撃で途切れ途切れになる美優の言葉。

「八戸!?」

急に苦しみ出した美優を見て、声をかける伍樹。

「伍樹…くん…っ!んあっ!!」

限界まで引っ張られたボタンの糸がぷつっと切れ、解放された胸の圧縮力で、外れたボタンが伍樹の方に放たれた。

「あいたっ!!」

それは伍樹の額にバシッと音を立てて直撃し、床にカランっと落ちた。

「ご、ごめんっ!!あぁっ!」

次に下肢が成長し、美優の背がまたガクンと一回り大きくなった。バランスを崩して、尻餅をついて倒れてしまった美優の目線に、靴を突き破って大きくなる自分の足が見えた。

「私、これ以上はっ!いいのにぃっ!!」

髪はさらに伸び、背中を覆い、パンツがびりっと破れる音がしたと思うと、臀部にも脂肪が上乗せされ、尻に感じていた柔らかさが、いままで以上に大きくなる。腕もぐきっと伸び、手もそれに合わせるように成長した。

「こんな…こんな…」

美優は裸足となり、胸の部分は汗でムンムンとフェロモンを漂わせる乳房が見えている。その大きさはGカップ、数分前と比べて倍の大きさほどになっていた。

「美優ちゃん、大丈夫…?」

最初に声を掛けたのは結子だった。びしょ濡れになっている制服の腕の部分に、そっと触れる。

「だ、大丈夫なわけ…ない…でしょっ!?」

美優は伍樹の前から姿を消したかった。それで、立ち上がると裸足のままトイレの方に走り出した。

「美優ちゃん!!」

呼びかける親友の声など、聞こえていなかった。個室に駆け込み、便器の蓋を閉めて泣き始めてしまう。

「どうしたのよ、私の……体……」

そして、蓋の上に腰掛け、しばらくの間学校に響き渡るほど大きな声で泣いていた。

小一時間経ったところで、ようやく美優は泣き止んだ。

「はぁ…いつまでもこうしてられない…教室に…戻る?」
「今日はもう、帰った方がいいよ、美優ちゃん」

美優が驚いたことに、独り言に返事が返ってきた。それは他でもない、結子の声だった。

「結子!なんでここに…」
「美優ちゃんの声、大きいんだもの、授業なんて受けてられないよ。私まで泣きそうになっちゃった」
「ごめん…」
「服、無いんだよね。よかったら、理科の先生から大きな白衣でも貸してもらう?」
「うん、そうする…っ!?」

またもや、飛び上がりそうなほどの衝撃が走った。

「どうしたの!?」
「また…なの…!?」

それに応えるように、足の太さが太くなったり細くなったりし始める。そして、熱が体の中にこもり始め、汗腺から汗が湧き出てくる。

「体…熱いよ…っ!!助けてっ…!!」
「美優ちゃん!大丈夫!?」

体全体から、グニグニと音が生じると、何かが爆発するような痛みと、自分の体が外に押し出されるような感触を美優は感じた。

「きゃああああっ!!」

その悲鳴と同時に、乳房がムギュッと膨らみ、シャツの残りのボタンもぶちぶちと飛んで床に落ちた。脚は伸びると同時に太さをギュギュッと増して、スカートを引きちぎる。

すでに縫い目がほつれていた制服も、さらに長く太くなる腕と、長くなる胴に限界を超え、背中からビリッと破けた。
ロングヘアーはボリューム感をさらに出し、便器の蓋に潰されていた尻も体を持ち上げるようにぷるんと大きくなった。

「はぁ…はぁ…もう…やだぁ…」

その汗でぐっしょりと濡れた体には、元の華奢な体型など、どこにも見当たらない。身長はクラスの大柄な男子学生と同じくらいになり、元々男子の胸とそれほど相違ないほど平らだった胸には、美優の頭が入りそうなほど大きく、それでいて前をツンと向いた張りのある一対の乳房がある。体の熱から赤く紅潮したその顔は、言い知れぬほどの魅力があった。下肢はムチムチと柔らかい脂肪が付いているが、逆に腰はキュッとくびれている。誰かが設計したかのように、美優の体は一目で人を虜にするほどの爆乳美女になっていた。

「元に…戻して…」

しかし、美優自身はこれを望んでいなかった。あくまで普通に高校生活を送りたい彼女にとって、言うなれば常人離れしたいまの体型は邪魔でしかない。

「美優ちゃん…服、取ってくるね…」
「…」

結子が戻ってくる頃には、美優は疲れ切って眠ってしまっていた。

「みーゆーちゃん!」
「ん…あっ私寝ちゃってたの…ごめんね」

個室の扉越しに会話する二人。

「入っていい?白衣持ってきたよ」
「分かった…」

鍵を開け、扉を開ける美優。結子はその裸の体を見て、驚きを隠せない。

「…美優ちゃん、自分で着れる?」

しかし結子はそれを抑えて、声をかけた。

「…うん。ありがとう」

白衣を手渡された美優は、白衣を自分の体にかけ、ボタンを留めていく。

「ちょっと…きついけど…んっ」

平均的な男性でもかなり余裕のある白衣でも、大きくなった美優の体と胸を覆い切ることはできなかった。結局第一第二ボタンは外したまま、そこから胸の上半分を出すことにした。後ろにプリッと出たヒップの下、太ももまでは隠すことができた。

「美優ちゃんセクシーだね…私でもうっとりしちゃう」

結子は長い髪を白衣の中から引っ張り出しばさっと後ろに回す美優をみて評価する。その目はキラキラと輝いている。

「ちょ、ちょっと…冗談じゃないんだよ?」
「でも、本当にすごいんだもん…私だってそうなりたいよ」
「…本当に?」

結子は真顔に戻り、少し微笑んで答えた。

「嘘。でもちょっと本気だよ」

美優は少し呆れ顔になった。

「結子って思ってたより変な子」
「あはは、じゃあ一緒に帰ろう?」
「うん!」
「あ、やっと笑った」

いつも通りの親友同士の会話で、美優に笑顔が戻っていた。

「あ、うん…ありがとう!」
「こっちこそ、いつまでも泣かれてちゃ困るもん」
「えへへ」
「うふふ」

二人は、夕暮れの昇降口から手をつないで帰って行った。

「ただいまー!って…玄関に鍵かかってたし誰もいないよね」

自分にツッコミをするが、結子と分かれて、急に不安感が襲ってきた。

「私、戻れるのかな…また、大きくなったりしないよね」

そう独り言を言いつつ、居間のソファーに座りテレビをつける。疲れからか放送内容はあまり頭の中にとどまらない。

「この白衣もきついし…胸のところだけ開けておこ…」

慣れない大きな手で何とかボタンを外すと、ゆさっと豊満な乳房が出てきた。

「私のこれも大きくなっちゃって……重すぎるっていうの」

美優はそのままソファーに横たわる。

「はぁ疲れちゃったな……」

うたた寝しかかったところで、美優は叩き起こされてしまった。

ドクンッ!
「うにゅっ!!…えっ…!?」

疲れに追い打ちをかけるように、次の成長がはじまろうとしていたのだ。しかし、それより驚くべきものが、いや人が目の前にいた。

「あなた…誰…っ!?」
「やっと見つけた…」

フードを深く被り目が隠れている若い男だ。美優のことを上から睨みつけるように見つめている。

「え…?」
「返せよ、俺のウィルスを!!」

感染エボリューション 1話

その少女、美優はその日も普通の学校生活を送るため、登校している最中だった。

「いけない、遅刻遅刻!」

小さい体で町の人ごみの中をすり抜け、走っていく。

「すみません、すみませーん」

ぶつかる前に謝って行く美優。運動神経がよく、視力もいい美優が人にぶつかることは滅多に無いが、それでも全速で走っていると衝突が回避できない時もある。その日はというと、ドーンと勢いよくぶつかってしまった。しかも、ぶつかった相手が持っていた小瓶のようなものに激しく当たってしまい、瓶が割れて中身を思いっきりかぶってしまった。

「あーん、やっちゃった!すみませんでした!」

しかし、美優はすこし頭を下げただけですぐに走り始めた。

「お、おい!待て!」

相手の呼び止める声も聞かずに、走り去る美優。液体もいつの間にか乾き切っていて、学校に着く頃にはぶつかったこと自体忘れてしまったのだった。


「おはよー!」
「遅刻だ、八戸」
教室の扉を駄目元で元気良く開けた美優は、教諭の怒号に迎えられた。

「す、すみません、先生。でも電車が遅れてしまって」
「お前の通学は徒歩だけだろう!」
「寝坊しました」
「よろしい。まあまだ朝礼中だから、今回は許してやろう。席に座りなさい」
「ありがとうございます!」

美優は何もなかったかのように意気揚々と席に向かって行く。だが、一人の前では顔を真っ赤にしていた。美優の片思いの恋人、伍樹(いつき)だ。自分の席に座ると、その後ろに席がある親友の一人の結子(ゆうこ)が話しかけてくる。

「また、顔真っ赤になってるよ、みゆちゃん」
「う、うるさいな!」
「うるさいのはお前だぞ、八戸」

結子のつっこみに対してかなり慌てふためき、知らず識らずのうちに大声を出していたいようだ。教諭にまた叱責されてしまった。

「すみませんでした」

そして大人しく座ると、その後は押し黙った。


1時間目が終わると、即座に美優は愚痴をこぼした。

「たくもう、しつこいんだよ。龍崎のやつ」

龍崎というのは担任の教諭の名前である。やんちゃで幼児体型の美優とは真逆にあるような、しとやかで出るところが出ている結子が苦笑しながら答える。

「まあ、ちょっと、厳しすぎかもね」
「ほんとだよ!1分くらい遅刻したからって…」
「大声も、出したけどね」

美優の顔がまた真っ赤になる。

「それは結子がおちょくるからじゃないの」
「私は見たまま言っただけだよ。本当にりんごみたいに赤かったんだから。美優ちゃんの顔」
「うるさい!」

そこで、美優は周りの視線が自分に集まっていることに気づいた。また声を大きくしすぎたようだ。

「な、なによ」

美優はその視線に言い返すように細々と声を出した。クスクスと笑い声が聞こえたが、視線はまた散らばって行った。

「また、笑われちゃった、伍樹くんに」
「伍樹君だけ気にするんだね」
「し、仕方ないでしょ…」
「まあね」

2時間目が始まると、すぐに嫌なことは忘れてしまい、授業に集中…ではなく居眠りを始めてしまう美優だった。


ーー何…?どこ?ここ…

美優の目に見えている世界。どこか雲の中のような、白いもやに包まれている場所。美優はそこに漂うように存在していた。

服も全て無くなり、美優は生まれたままの姿になっている。その凹凸に乏しい体が、唐突に変化を始めた。

ーー何…?

はっきりとしない視界の中で、美優は自分の体が大きくなっていることに気づいた。あっという間に、まるで結子のように、胸は膨らんで、身長が伸びていた。

ーー私、どうなってるの?

「美優ちゃん」

そしてこれも何の前触れもなくかけられる言葉。それは、伍樹の声だった。大きくなった美優の前に、忽然と伍樹が姿を現したのだ。

「伍樹……くん?」
「きれいだよ、美優ちゃん」

伍樹は美優にすっと近づき、体を抱きしめた。

「伍樹くん…」

美優も抱きしめ返す。降って湧いたような幸福に身を任せるように。


「美優ちゃん」
「伍樹くん…えっ?なんだ結子か」
「そんなことより、起きて!」

美優はいつの間にか自分のカバンを抱きしめ、恍惚の笑顔を浮かべていたようだ。その前には、老いた社会科教諭の怒り狂った顔がある。

「八戸さん。私の授業、聞く気が無いなら教室の外に行ってくれませんか」

怒りと老い、どちらから来ているのかわからない震えが混じった声で、教諭は告げた。

「え…。うそお」

夢の中の幸せと、現実の辛さのギャップに嘆く美優。2時間目が終わるまで、廊下に立たされてしまったのだった。


その日の夜。居眠りの夢などすっかり記憶の彼方にあった美優だったが、ベッドの上で自分の小さな手を見て、珍しく思い出したのだった。

「あの夢、なんだったんだろう?今まで見たこと無いような。私の体、あんなに大きくなって…」

身長が140cmから160cmまで伸び、胸はAAAカップからDカップまで膨らんでいる夢の中の自分を思い浮かべる美優。

「結子みたいなおっぱいが大きくて、背が高くて、髪もサラサラで綺麗な子になれば、伍樹くんも振り向いてくれるのかな?私を女の子として見てくれるのかな」

しかし、夢の中と現実の違いは、目の前にある小さな手に痛いほど見せつけられていた。大きくため息をつく美優。

「はぁ…まあ、仕方ないよね。私は、ちんちくりんだって事実は、どうしたって変わらないんだから…ふぎゅっ!?」

突然美優の体を襲った衝撃に、奇声をあげてしまう。

「なに…?今の…っっ!!?」

再びドクンッと衝撃が襲う。そして美優の目に飛び込んできたのは、グニグニと形を変える自分の手だった。

「えっ…何よ!…うぐっ!!」

衝撃は止まることがなかった。今度は次第に美優の体に熱が溜まって行く。

「体の中が…変に…」

その発生源がわからない熱は、とどまるところを知らないように、たまり続けて行く。

「熱い、熱いよ!!」

そして、美優の体の中で何かが動き回っているかのように、グギュルギュギュと音がし始めた。

「私、私…うわあああ!!!!」

耐えきれなくなった美優が悲鳴を上げると、その体が空気を入れられる風船のようにブクーッと膨れ上がった。寝巻きの中から肌色の双丘が飛び出し、ブルンと揺れ、座高が伸びて美優の視線が一段上がる。手足は寝間着の中からニョキニョキと出てきて、同時についた豊かな皮下脂肪で寝間着がパンパンになってしまった。ショートボブだった髪もセミロングまで伸びた。その全てが終わると、何事もなかったかのように熱も、音も、無くなった。

「はぁ…ふぅ…何…今の…」

美優は精神を解放され、息を落ち着けながら自分に何が起こったかを見た。目線のしたには夢にまで見た大きな乳房、寝間着の間から覗く腰にはくびれが、足は適度に太さがついて、触るとプニプニとしている。それに、背も伸びている。

「わ…私、大きくなっちゃった!」

美優を支配したのは困惑ではなく無上の喜びだった。

「これだったら、伍樹くんも……明日が楽しみ!」

これから起こる惨事など、今の美優に知るすべは無い。美優はパンパンになった服のまま、布団に潜り込み、そのまま深い眠りについた。

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感染エボリューション 序章

ある都内の薬品会社ビル。その地下深くに、研究室があった。国の地図にも載らず、政府の重役と、研究所の関係者以外、誰もその存在を知らない、極秘の研究所だ。床と壁は吸音性の素材で作られ、核分裂炉による自家発電を行うその研究所は、国の存続に大きく関わるような研究を行い、その時も、同じように繊細で大規模な研究が続けられていた。

だが、保管品のチェックをしていた所員が、叫んだ。

「ウィルスAP-04とその抗体の試薬びんの、数が足りません!」

一大事だ。薬品が漏れ出すことなど、あっていいはずがなかった。それに、今回見つからないのはウィルス。非常に不安定で、なおかつ感染性の高いもので、元のものが無害であったとしても、感染している間に突然変異を起こして、致死性すら簡単に発現するような、大変危険なものだ。

「なんですって!?」

それを聞いたもう一人の女性所員は、当然驚きを隠しきれていない。

「すぐに見つけ出しなさい!さもないと…」
「所長!大変です!」
「今度は何ですか!」

女性所員は、どうやらこの研究所の所長であるようだった。もう一人の所員は、タブレット端末を所長に渡した。

「それは……このビデオを見ていただければ早いかと」
「これは……テレビニュース?」

その画面には、ニュースキャスターが二人映っている。女性アナウンサーが、ニュースを読み上げている。

『本日未明、東京、練馬区のコンビニエンスストアで……』
「何も起こらないじゃないの、今はそれどころじゃないのよ!?」

焦りから気が短くなっている所長は、食い気味に所員に問いただした。

「落ち着いてください!私の予想が正しければ、所長にとって非常に重要な事のはずです」

映像の中で、アナウンサーが原稿を読み続けている。

『これにより、コンビニにいた35歳の男性てんいっ……!』

だが、それはいきなり中断されてしまった。アナウンサーは何かの衝撃が加わったかのように、目を丸くしている。

『熊野さん、大丈夫ですか?』

隣にいる男性アナウンサーに尋ねられ、女性は我に返る。

『あ、大丈夫……です。失礼いたしました、コンビニ……!あぁんっ!』

また遮られてしまう。今度は喘ぎ声まで出てしまって、アナウンサーは少し下を向いてハァハァと荒い息を立てている。

『く、熊野さん!?』

しかし女性アナウンサーからの応答はない。代わりに、アナウンサーは胸を抑えて、報道の口調を崩して言った。

『んぐ……胸が……熱いぃっ!』

そして、その言葉と同時に、腕の下でYシャツの生地がギュッギュッと動きを見せた。横に引っ張られている様子を見ると、にわかには信じがたいが、胸に厚みが出てきているようだった。

『くぁっ……あぁっ!……ああああっ!!』

アナウンサーが叫び声を上げると、シャツのボタンが1個、2個と飛び始め、中身が見え出した。そこには、白いブラジャーからはみ出て成長する、2つの大きな肌色をした塊だった。

『なんで……私の!……おっぱいがぁ!!』

それだけでなく、背も少しずつクックッと上がり、ボブカットにしていた髪も、サラサラと伸びていった。そこで、映像は途絶えた。所長は、放送するに相応しくない場面が展開されたことで、緊急に放送が中止されたのだろう、と察した。

――これは……まずいわ……

そして、すぐに部下に大声で指示を出す。

「私達が思っている以上に、事態は深刻だわ!!急いで、情報を集めて!!」
「はい!!」

二人の所員は、その場から走り去っていった。所長は、その場で頭を抱えた。

――なんてことなの……私の作ったウィルスが……

この話は、悲惨な事故に巻き込まれた、とある不運な少女の物語である。

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