「だ、だめ……」
「今こそ、君の力を解放するべきときなんだ……この街の皆を、守るためにも」
強固な城壁に囲まれたトバという街。だが、その城壁ですら今や破られ、壁の防護隊も風前の灯火となっていた。
小さい子供の姿をした『彼女』はその街の上級魔法使いなのだが、これまでも、その枠を大きく超える力を解放し、幾度となく魔族に襲われる、この街を救ってきていた。防衛隊長はその小さな子供によりすがり、街の防護を懇願していた。
「今は、だめ……この街が滅んでも、私の力は使っちゃだめ!」
その解放のトリガーは、異性との抱擁。彼女の意思に関係なく、抱きしめられると他に類を見ない規模の防護魔法が発動させるのだ。だが、今の彼女は様子がおかしかった。
「この街以外に、俺達に何があるっていうんだ!」
「あなたには言っても分からない!それに、他の魔法使いの力を使えば、今回の侵攻は食い止められるはずよ!」
防衛隊長は、上層部の魔法使いが彼女の力を過信し、自分たちの手を出すことを拒んでいることと、彼女も何が理由か分からないが手を貸してくれないことが重なり、部下を多く失っていた。上はどうしても動かない。それなら、彼女を無理にでも抱きしめて防護魔法を発動させるしか、選択肢がなかった。
「ええい、うるさい、さっさと……!!」
「きゃぁっ」
焦りのあまり、甲冑を着たままで力強く彼女の体を締め上げてしまった。肋骨が二、三本折れたような音がしたが、それくらいは後で治癒魔法を使えばいいだけ。
「もう……おさえ……きれない……!!うわああああっ!!!!」
彼女が叫び声を上げると、その体から衝撃波が生じた。隊長は遠くまで吹き飛ばされ、彼女の周りの地面はえぐれた。服も一気にちぎれさり、彼女は一糸まとわぬ姿を晒していた。
「うっ……ぐううっ……!!!」
隊長は、吹き飛ばされた衝撃はともかく、いつもの防護魔法とは全く異なる性質を持った衝撃波にうろたえた。なにか、恐ろしいことが起きようとしている。
「だめ、だめ、だめだめだめぇっ!!!」
彼女は、自分の体を抱きしめている。そして、その体が、グワッと一回り大きくなった。
「なにが起こっていると言うんだ……!」
また、一回り大きくなる彼女。8歳くらいだったその体が、成長を早回しするかのように、大人のものへと変わり始めていた。
「出てきちゃう……あいつが……!」
白い生肌に、なにかシミのようなものが現れ始めた。普通のシミと違うのは、それが青く光っていることだった。そして、それが急に明るくなったと思うと、彼女の尻がグググッと膨れ、その上にシミ……いや、何かの紋章が細かく刻まれていく。それを体を捻って確認した彼女は、諦めの表情を浮かべた。
「また、滅ぼしてしまう……」
「な、なにっ!?」
隊長は遠巻きながらにその言葉を聞き取り、彼女のもとに駆け寄った。その間にも、また、彼女の体が大きくなり、紋章がさらに刻まれていく。
「隊長さん、今まで、楽しかった……」
「なにを言ってる、防護魔法を出せばこれからも同じ生活が……」
「う、ううっ!!」
彼女の悲鳴が言葉を遮る。髪がバサッと伸び、腰にかかる。その先では、スレンダーだったももに一気に肉が付き、ここにもやはり入れ墨が入っていく。そして、彼女の虚ろな瞳は、最後に隊長をじっと見つめた。
「も、もう……私が……私じゃなくなるから……さよ……なら……」
「しっかり、しっかりしろ!!」
隊長はその華奢な肩を揺さぶる。だが、彼女の瞳から赤い光が放たれると、ひるんでしまう。
「ふ、ふふっ……愚かな人間ども……また、やってしまったのね」
「なんだと!?」
彼女の口からは、これまでの清楚なものとは対極の、女王のように傲慢な言葉が発せられる。
「あらあら、この子も中々貧相だったのね?」
さらけ出された胸を、彼女は撫で始める。すると、膨らみも何もなかったものが盛り上がり始め、手の動きに合わせてムニュンムニュンと形を歪ませながらどんどん膨らんでいくではないか。隊長は危機的状況にも関わらず、その柔らかな動きに息を呑んでしまう。
「う、うふふっ……こんなに力が……たまってると……っ」
そして、また彼女の体全体が大きくなり、その国でも一番大きいと言っても過言ではないほどの身長と、胸と、尻を持ち合わせた女性となっていた。さらに、胸はどんどん大きくなり、頭ほどのサイズになってしまった。
「一つの国くらい、滅ぼしてしまうかも?」
「な、なななな、なにを、貴様は……!」
彼女の体の上の紋章が、明るくなった。と同時に、上空に青い光球が生まれ、またたく間に巨大化していく。
「私は、この世の魔族を統制する者。他にも、同じ存在がいるのだけど……これまで、私の力で魔族を倒してきたのでしょう?」
「おまえの、力……?防護魔法ではなく、魔族を統制する力だというのか……?」
「防護魔法?ああ、私の力は、この街をエサにして、ある程度の量の魔族が集まってきたら発動して、全ての魔族の魂を吸収するんだから、防護しているように見えなくもないわね」
「この街が……エサ……?」
「ふふ、おかげさまで沢山の魂の力が私の中を駆け巡ってるわ……使い方を間違えれば世界を終わらせるほどのね……でもっ、ふぅっ……!!」
彼女の胸が、さらに大きくなる。他の部分の肉付きもさらによくなり、その体を見せるだけで精を出し切ってしまう男もいるほどのものになった。
「そろそろ、出さないと、器が壊れちゃうからっ!」
「出す……だと……」
いつの間にか、青い光球も明るすぎて太陽が見劣りするくらいのものとなっていた。
「コスモに送り出すのだけど、その反動でこの国は爆発四散する、そういう運命なの。じゃあね」
こうして、魔族の魂の統制に巻き込まれ、一つの国が跡形もなく滅んだ。