「ま、待ちなさい!お前にはまだ!!」
「見ててください……俺の変身!」
俺は師匠に叩き込まれた気功術を発動させた。怪人が一般市民を襲っているのに、俺自身の安全を考えてなどいられない。それに、修行の成果を見せるには絶好のチャンスだ。
「ふんっ!!」
気合をこめると、俺の体がぐにぐにと縮み始める。逆に、髪は長く伸び始め、黒かったものが根本からピンク色に染まっていく。
「く、くぅっ!!」
とどのつまり、俺は魔法少女に変身しようとしていたのだ。なぜ少女に変身しなければならないかと言うと、話せば長くなるが、体に一定量ある魔法を凝縮させるのが一番の目的だ。
「だ、ダメです!!やはりまだ早い!!」
師匠は必死に止めてくるが、その言葉とは裏腹に、俺は思ったとおりの少女の体に近づきつつあった。手足は短く細くなり、筋肉も鳴りを潜めていく。そして、ぶかぶかになった服が変形を始める。変身中に少し発散される魔力が、普段着をフリルたっぷりのコスチュームに変えていくのだ。
「ふふっ、師匠……ちゃんと、俺、変身できましたよ」
「お前……!」
いつもより視線が低い。近くにある窓ガラスに映る俺の姿は、魔法少女そのもの。体は小学生くらいの大きさで、顔も幼くかわいらしく、もともとの面影などどこにもない。体の中は、濃度の高まった魔法で少しぽかぽかする。準備運動にと、体を少し浮かせ、魔法の命中度を高めるためのステッキを作り出す。
「じゃあ、俺、アイツを倒してきま……っ……!?」
怪人に敵意を向けた瞬間だった。いきなり体が熱くなって、心臓がバクバクと激しく鼓動した。
「だから、言ったのに!お前の体は、まだ戦闘向きの魔力に付いていけるようなものではないのだ!」
「じゃあ、元に……!!」
元に戻る気功術を発動させようとするが、体中を駆け回る熱、いや、魔力のせいで集中できない。
《ギュウッ……!!》
なにかに、胸が締め付けられている。いつの間にか怪人に襲われたかと思ったが、違う。服の、胸の部分が前に押し出されていた。そしてそれは俺の見ている前でどんどん大きくなる。
「こ、これって!?」
俺の疑問は、すぐに解決された。その盛り上がりは爆発的に大きくなり、服を破り捨てて飛び出てきた。肌色の、やわらかくすべすべとしたカタマリ。おっぱいだ。それも、子供の胸には釣り合わない、手に余るくらいの大きさだ。
「な、なんで!俺、男なのに!」
「今は、魔法少女でしょう。もう、手遅れです。あなたは、怪人になるのです」
「か、怪人!?この俺が!?うぐぅっ!?」
脚に、急に空気が送り込まれたかのような圧迫感が走り、目線がグイッと上がる。大きな胸で視界が邪魔されて脚はよく見えない。
「お前は木属性の魔法が得意だった……だから……」
ピンク色の髪が、緑色に染まり始め、更に伸びて腰に掛かってくる。背骨がグキグキと伸ばされ、骨盤が広がる。
「だから、植物の怪人になると……?」
指に痛みが走ったと思うと、一本一本が長く細く伸びる。そして、腕が引き伸ばされるように長くなる。
「ええ……」
服はもはやビリビリに破け、俺の体はほとんどが外気にさらされている。さっき幼い少女を映していた窓ガラスには、緑髪の女性が写っている。ほどよく健康的なその体は、こんな危機的状況でなければ、いつまでも眺めていたいくらいだ。
「なんだ、普通の女じゃないか」
「ここで終わると思ったのですか?
「え……うっ、ぐぅっ!!??」
脚に、強烈な痛みが走る。骨が、皮が溶けていく。そして、皮膚は茶色にただれて、形が崩れていく。ささくれだらけの乾いたそれはまるで木の幹のようだ。
「ドリアード、樹の怪物になるようですね……」
「そんな……!!」
その脚は、地面に突き刺さり、その下の土から、養分を吸い出す。俺の目では見えないが、体でそうわかった。そして、ドクン、ドクン、と吸い上げた養分が上半身に蓄えられ始める。
「おいしい……」
無意識にそう声を発していた。大地の恵みは、とても美味だった。こんな街の中でも、地中深い所では自然が残っているのだろう。その恵みで、俺の体は育ち始めた。
「いい、いい……」
肌が、微妙に緑色を帯び始める。巨乳だった胸が、更に大きくなっていく。脚からツルが伸び、体に巻き付いて服のようになる。そして、豊かに育った乳房も、包み込んでいく。
腰には飾りのように花が咲いた。地面に根を張った脚は、いつの間にか人の身長くらいに長くなり、人間と変わらない大きさの上半身と不釣り合いになっていた。師匠の顔が、下の方に見える。
「……思ったとおりの、結果になりましたね……」
その表情は、これまで見たことがないほどに曇っていた。その悲しげな顔が、俺の胸に突き刺さった。
「お、俺は……アイツを倒して……」
「だめです、だめですよ!怪人になっても、心を奪われなければ……!!」
師匠が、必死に俺を止めている。だが俺のプライドが、人間を襲っている怪人を倒せと言っていた。……今思えば、それはドリアードの本性が誘いかけていたのかもしれないが。
どっちにしろ、俺は無我夢中でそいつを攻撃し始めた。脚からつながったツルや樹の根、ありとあらゆる攻撃手段で、狩りをした。殺す、ころす、コロス。それ以外、考えなかった。
そして、怪人が粉々になった頃には、師匠の姿はなかった。もう、魔法少女なんかどうでもよくなっていた。それよりも……
「この大地は、ワタシのモノ……醜い人間の街など、この地から消してしまおう」
そんなワタシの前に、立ちはだかるものなど、なかった。