「これが『オトナになる薬』……?」
見た目は、ただの風邪薬のような錠剤。それを手のひらの上に置いて、九歳の少年はじーっと見つめた。二次性徴はまだ始まっていないが、背は低いわけではない。ただ、気になっていた近所の年上の女性に告白したときの反応が彼にこの薬を手にさせた。それは単純明快、『コドモっぽい』と一蹴されたのだった。あまり使い方に慣れていないインターネットで、どういうわけかこの『オトナになる薬』を見つけ、即日で購入、そして今日それが届いたというわけだ。
「えーと、『一日三回、一錠ずつ飲めば一ヶ月で効果が出ます……』」
薬が入っていた瓶にある注意書きを読み上げる。小学生レベルの漢字の知識で読めるように、難しい漢字はふりがなが振ってあった。
「『10錠飲めば一時間で効果が出ますが、副作用については保証できません』……かぁ」
彼は、少しのあいだ逡巡した。副作用でどんなことが起きるかまったく見当がつかない。しかし、この薬を衝動買いさせた焦りが、彼を動かした。10錠で一時間なら、20錠だったら一瞬で効果が出るのではないか。そう憶測した小学生は、瓶から薬をドバっと出した。そして本来なら一週間かけて飲む量を、水と一緒に一気に飲み干した。
「ふぅ……」
あまりにも大量の錠剤で、少し息がつまりかけたが、何とか胃袋に詰め込む。そして、薬は胃袋から身体に吸収されていく。それを、少年は自分の体の中の熱として感じ取った。だが、その熱は少し経つと収まった。
「え……」
時計の音がチクタクと部屋に響く。少年は瓶をボーッと見つめていたが、一分くらいして諦めたのか、瓶のフタを閉じた。
「やっぱり、こんな薬だけで大人になれたら苦労しない……か」
近所のお姉さんが、遠ざかっていく。悲しみよりも、バカバカしさの方が大きかった。考え方だけでも大人になってないかと少し思考したが、何も変わっていなかった。彼は、宿題をするためノートと教科書を取り出し、勉強机に準備して座り、鉛筆を握った。
そのときだった。
《メキメキ……》
彼の指が、ゆっくりと伸びていた。少年は驚いて鉛筆を落とした。よく見ると、両腕の筋肉が鍛えてもいないのに発達している。着ていた服も少し丈が合わなくなっていた。
「ま、まさか……!!」
部屋にあった小さい折りたたみ式の鏡を取り出し、自分の体を映す。そこには、自分とよく似ているが、何歳か年上の中学生が映し出されていた。腹はさらけだされ、少し筋肉質になっているのが分かった。
「やった……!でも、本当に体が大きくなるなんて!」
ところが、少し違和感がある。声だ。年を取っているはずなのに、一部のクラスメートが経験している声変わりが起こっていない。のどを触ると、喉仏は大きくなっていなかった。声が高いまま、彼の体は高校生のものへと近づいていた。
「う、うっ……!?」
そして、成長の方もだんだんと奇妙な方向へ逸れ始めた。腕がピクピクと痙攣し、言うことを効かない。それは指も同じで、鉛筆などを持つすべがないほどに大きく震えていた。徐々に、心臓の鼓動も大きくなり、服の上から見えるくらいになっている。
「な、なにこれっ!!??」
これが、薬の副作用なのだろうか。錠剤を飲みすぎたことで、体がついていっていないのだろうか。もしかして、もう自分の体は一生言うことを効かないのだろうか。様々な不安が頭をよぎり始めたところで、痙攣は一気に止まった。だが、心臓はバクバクと激しい動悸を続けている。
「な、な……」少なくとも、最悪の事態にはならないらしい。だけど、何かが起きそうだ。成長し、大きくなった体を見つめ、少年は身構える。そして……
「ぎゅううっ!!???」
20秒ほどたった後、一気に成長が逆戻りした。手足は短くなり、身長はもとに戻った。ところが、それだけではなかった。股間が潰されるような激烈な痛みがあったのだ。思わず、股を押さえる少年。
「う、うそ……?」
無い。少年が9年間共に生きてきた、男性の象徴が、どこを触っても無い。どんなに必死に探しても、それは見つからなかった。追い打ちをかけるように、困惑でパンクしそうな少年の脳に、チクっと刺激が伝わってくる。それは彼の胸からだった。
「今度は何なのぉ!!」
服をまくりあげ、その勢いで脱ぎ捨てた。すると、少年の目の中に、ぷっくりと膨らんだ乳首が見えた。少年は衝撃を受け、それを隠そうとした。
「ひゃんっ……!」
だが、指が膨らみに触れた瞬間、経験したことがない刺激が少年を襲い、彼は椅子の上でのけぞった。少しの間悶絶したあと、何とか視線をもとに戻す。すると、視界の周りが黒い繊維に囲まれた。何が起ころうとしているか本能レベルで察知した少年は鏡を覗く。
「女の……子……?」
それを見た瞬間、潜在意識で分かっていたことを少年は完全に理解した。髪が異常に伸び、肩にかかっていたのだ。無くなった男性器、膨らんだ乳首と合わせて、薬の副作用で女性化していた証だった。少年は呆気にとられるが、胸が痛み始めて視線を下に移した。
「う、うぅぅうっっ!!!」
胸の皮膚を無理やり引っ張って、胸全体が盛り上がり始めていたのだ。ムギュッ、ムギュッと周期的に大きくなるそれは、母親や近所の女性などに付いている乳房だということを彼は理解していた。段々と皮膚の痛みは和らいで行ったが、そのゆっくりとした成長が止まる頃には、バストのサイズはクラスメートの女子の誰よりも大きくなっていた。
「う、ぐぅっ……」
胸の成長が収まる頃には、腰骨がメキメキと大きくなり、それに続いて脚が長くなっていく。背骨が少し伸びると、腕だけが子供のまま、それ以外は中学生の女子といういびつな状態になっていた。
「ひゃぁぅっ!」
だが、その状態もすぐに終わり、腕がギュゥッと引き伸ばされるように長くなると、少年はもはや完全に少女となった。椅子から立ち上がると、スレンダーな女子の体を少年は困惑を極めた顔で見回した。
「ホントに、女の子に……?」
サイズの合わない下着も脱ぐ。だが、部屋にあった水泳用のタオルに手を伸ばそうとしたときだった。心臓の鼓動が、再度強くなりはじめたのだった。
「え、え……?」
《ドクドクドクドクッ!!》と体全体を揺り動かすくらいの拍動となったとき、少女の成長は再び開始された。
「ひゃああっ!!!」
彼女の脚がギュイギュイと伸びる。バランスを崩した少女はベッドに倒れ込むが、成長は収まらずズリズリとベッドの上を伸びていく。人並みより一回り長い程度になっていくそれは、元の太さを保って、ほっそりとしたままだ。だが、ドクンッ!!と特別強い衝撃が走った瞬間、ミチッという音とともに脚全体に脂肪が付いた。健康的な太さになったものの、それでも足りないとばかりに、ドクンッ!!ミチィッ!!と太くなり、ムチムチとした太ももができあがった。少女は、脚だけはむっちりとしているが、上半身は中学生、というつい先刻のバランスの悪さを彷彿とさせる体になっていた。
「う……んっ……!!」
だが、それで成長が終わるはずもなく、背骨と骨盤がさらに大きくなり、少女の体は引き伸ばされる。ウエストには立派なクビレができ、直後にボンッと膨れたヒップと共に女性的な曲線を生み出した。腕もグイグイと伸長し、大きくなった体の他の部分に合わせられた。
「きゃあっ!!」
そして、ついに、と言わんばかりに胸に強い刺激が走る。ビクンッと少女は体を起こすと、腰まで伸びた髪がサラサラと流れた。
《ドクンッ!!ドクンッ!!》
少女の体に刺激が走るたび、身体全体に対して小ぶりだった乳房が、ミチッ、ミチッと音を立てて膨張した。リンゴサイズが、手にあまるほどに、そして自分で谷間を作るほどに。
「もう、止まってぇ……っ!!」
少女は腕で胸を押さえたが、それをどかそうとするように、ボンッ!とさらに大きくなる乳房。その下で、脚や尻もさらに脂肪を蓄えていた。最後にはメロンサイズまで膨らんだ胸は華奢な彼女の身に余り、ベッドの上から動けなくなってしまった。
疲れ果て、そのままの格好で寝てしまった少年が、母親が夕食のために起こしに来たときには、彼の身体は元に戻っていた。
「なんだ、夢か……」
夕食を終えると、やりかけていた宿題に取り掛かり、ほどなく寝る時間となった。パジャマを着て、歯磨きをする。だがトイレに入ると、彼は先ほどの変身が夢でないことを思い知らされた。やっぱり、無い。衝撃を受けた少年は、トイレを飛び出しベッドに飛び込んだ。
あまりの衝撃と、トイレからベッドまで走っていったことによって、動悸が止まらない。その上に、胸に異常な圧迫感を感じ始めた。少年が目を開け、パジャマを見たときには、すでにそれを引きちぎってさらけ出された巨大な胸があった。そこで、少年の意識は飛んだ。