副作用2(2/3)

次に少年が目を覚ますと、見覚えのない天井が見えた。きれいな白いベッドの上に寝かされていたが、古ぼけた部屋自体は馴染みのないものだ。

「いったい、僕は……」
「やっと、起きたんですね」

これも聞き覚えのない声。駅の窓口にいそうな制服姿の女性が、心配そうに少年を見ていた。

「あ、あの……ここは……」
「あなたの住んでるところから少し離れた駅だよ。駅の名前を言ってもわからないでしょうから……地図を見ればわかるかな?」

道案内用の少し細かな地図を、女性は持ってきた。付けているバッジは、少年が駅で目にするロゴが入っている。駅員のようだ。

地図には、大きな駅に赤い丸がしてあった。どうやら、そこが今いる場所のようだ。線路をなぞっていくと、5駅くらい先に少年の駅があった。

「5駅も……」
「うん、あなたの通学定期を見させてもらったけど、学校より遠い場所に来てるのよ。ごめんなさい、でもあなたが見つかった場所からは1駅だし、救護室がここにしかなかったものだから……」

学校には完全に遅刻だろうという考えと一緒に、この状況に陥る前の記憶が戻ってきた。電車の中でまた女の人になって、そして、落ち着けばもとに戻るという推測が外れて……そこから先の記憶がない。
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副作用2 (1/3)

その次の日。自然と目が覚めた少年は、いつものように背伸びをしてあくびをかく。そして、少しぼーっとしたあと、思い出した。

「あ、元に戻ってる……」自分の体を見ると、服が破れている以外は普段どおりのものに戻っていた。ただ、手足がやけに細く、肌も色白になっている。股間を確認すると、そこだけは元に戻っていないことがはっきり分かった。

薬の副作用で、少年は少女になり、男に戻れなくなっていた。しかも、『オトナになる薬』のハズが、元と同じ年頃の、子供の体で安定していた。

それよりも、少女には緊急の、文字通り課題があった。目覚まし時計を見ると、いつも起きている時間を50分過ぎていた。

「遅刻しちゃう!」少女は飛び起き、パジャマを脱ぎ捨てて学校に行くための服に着替える。学校は電車通勤が必要なほど遠いところにあったが、電車の本数は少ない。通勤ラッシュでも、30分に1本しか来ない。少しの遅れが、致命的な遅刻につながるのだった。

「うぅっ」だが、そんな彼女を、また胸の痛みが襲った。内側から無理に押し広げられるような、痛烈なものだ。見ると、思ったとおり、ぷっくりと胸が膨らんでいる。それと同時に、心臓が少し強めに脈をうっていることにも気づいた。

「もしかして、激しい運動とかすると、成長しちゃうの……?」手指も少し長くなるのを見て、仕方なく遅刻することにした彼女だった。思ったとおり、少し落ち着かせると、その長さは元に戻り、胸の膨らみも消えていた。

「よかった……って、そんな場合じゃないんだって……」少女は、カバンに授業に必要なものを詰め込み、先にでかけていた親が作った弁当を回収すると、学校に向けて出発した。
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副作用

「これが『オトナになる薬』……?」

見た目は、ただの風邪薬のような錠剤。それを手のひらの上に置いて、九歳の少年はじーっと見つめた。二次性徴はまだ始まっていないが、背は低いわけではない。ただ、気になっていた近所の年上の女性に告白したときの反応が彼にこの薬を手にさせた。それは単純明快、『コドモっぽい』と一蹴されたのだった。あまり使い方に慣れていないインターネットで、どういうわけかこの『オトナになる薬』を見つけ、即日で購入、そして今日それが届いたというわけだ。

「えーと、『一日三回、一錠ずつ飲めば一ヶ月で効果が出ます……』」

薬が入っていた瓶にある注意書きを読み上げる。小学生レベルの漢字の知識で読めるように、難しい漢字はふりがなが振ってあった。

「『10錠飲めば一時間で効果が出ますが、副作用については保証できません』……かぁ」

彼は、少しのあいだ逡巡した。副作用でどんなことが起きるかまったく見当がつかない。しかし、この薬を衝動買いさせた焦りが、彼を動かした。10錠で一時間なら、20錠だったら一瞬で効果が出るのではないか。そう憶測した小学生は、瓶から薬をドバっと出した。そして本来なら一週間かけて飲む量を、水と一緒に一気に飲み干した。

「ふぅ……」

あまりにも大量の錠剤で、少し息がつまりかけたが、何とか胃袋に詰め込む。そして、薬は胃袋から身体に吸収されていく。それを、少年は自分の体の中の熱として感じ取った。だが、その熱は少し経つと収まった。

「え……」

時計の音がチクタクと部屋に響く。少年は瓶をボーッと見つめていたが、一分くらいして諦めたのか、瓶のフタを閉じた。

「やっぱり、こんな薬だけで大人になれたら苦労しない……か」

近所のお姉さんが、遠ざかっていく。悲しみよりも、バカバカしさの方が大きかった。考え方だけでも大人になってないかと少し思考したが、何も変わっていなかった。彼は、宿題をするためノートと教科書を取り出し、勉強机に準備して座り、鉛筆を握った。

そのときだった。

《メキメキ……》
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