次に少年が目を覚ますと、見覚えのない天井が見えた。きれいな白いベッドの上に寝かされていたが、古ぼけた部屋自体は馴染みのないものだ。
「いったい、僕は……」
「やっと、起きたんですね」
これも聞き覚えのない声。駅の窓口にいそうな制服姿の女性が、心配そうに少年を見ていた。
「あ、あの……ここは……」
「あなたの住んでるところから少し離れた駅だよ。駅の名前を言ってもわからないでしょうから……地図を見ればわかるかな?」
道案内用の少し細かな地図を、女性は持ってきた。付けているバッジは、少年が駅で目にするロゴが入っている。駅員のようだ。
地図には、大きな駅に赤い丸がしてあった。どうやら、そこが今いる場所のようだ。線路をなぞっていくと、5駅くらい先に少年の駅があった。
「5駅も……」
「うん、あなたの通学定期を見させてもらったけど、学校より遠い場所に来てるのよ。ごめんなさい、でもあなたが見つかった場所からは1駅だし、救護室がここにしかなかったものだから……」
学校には完全に遅刻だろうという考えと一緒に、この状況に陥る前の記憶が戻ってきた。電車の中でまた女の人になって、そして、落ち着けばもとに戻るという推測が外れて……そこから先の記憶がない。
「でもおかしな光景だったわ。担架で運ばれてきたあなたは……なんというか……大きかったし、……うん、大きかった。思わず写真を撮っちゃったわ。でも、運んできた駅員が出ていったら、今の大きさに縮んだの」
「写真……?」
「あ、あなたには見せられないわよ!……まだ小さい子供に、これは早すぎるわ」
自分の体を撮った写真のはずなのに、それを見せてくれない。よほど、刺激的な写真なんだろう。
「あと、服は預かり期限が切れそうな落とし物から選んだから、前みたいに破かないようにね」
「え、あ、はい……」
自分が着ている服が、サイズは少し合っていないし、見たこともないデザインのものばかりだと気づく少年。ベッドの脇には、ビリビリに破かれた元の服が置かれていた。
「本当に、君はどうしたの……?男の子、だよね……?」
「うん……そのはず、なんだけど……」
「はず……って――」
そこで、会話は途切れた。扉から、もう一人の駅員が入ってきたからだ。
「あ、お疲れ様です」
「お疲れ様。この……子……ですか?話をすることになっていた……女性の方……は?」
その駅員は若い男性だった。その姿を見た瞬間、少年の中でガチッと何かが動いた気がした。だがそれ以上の違和感はなかった。
「は、はい……」
「そ、そうですか……まあ、元気になったようだし、さっさと終わらせましょう。事件性も薄い」
「事件……?」
自分が、とんでもないことをやってしまったのではないかと不安になる少年。
「まあ……服がビリビリに破かれた女性が、電車の中で倒れてたら……ねぇ……」
「あ……」
「ほら、隣の部屋に来てください。ちょっとした質問をするだけですから」
「はい……」
ただならぬ不安を感じながらも、少年は男性駅員についていった。女性駅員も、隣の部屋の中まで付いてきた。その優しい表情からは多少でも緊張がやわらげばという配慮が垣間見えた。
「では、私はこれで……」
「はい。ありがとうございます、通常の勤務に戻ってください」
「失礼いたします」
女性駅員は丁寧に扉を閉めた。だが、閉まり終わったガチャン、という音で、少年の体が少し飛び上がった。
「だ、大丈夫……?」
「は、はい……ちょっとびっくりしただけです……」
残った駅員は、かなり不安そうに少年を見つめた。少年の方も、ドキドキが収まらない。少しでも心を落ち着けようと、机の前においてあった椅子に座った。駅員もそれを見て、机を挟んで対面するようにゆっくりと腰掛けた。
「じゃあ、質問に移らせてもらう――」
「うぅっ!?」
駅員の言葉が耳に、というよりは全身に突き刺さるような痛みが走る。そして、少年の体がガクガクと震え始め、座っていた椅子がガタガタと音をたてるほどに、大きく振動するほどになった。
「き、君、まさか、また大きく!」
「そ、そうみたい……っ!!」
ほっそりとした脚が、ブルブルと震えながらギュイギュイと太くなり、借り物のズボンを引き裂いていく。健康的な肌色が少年の体を押し上げるが、駅員からはその変化は見えない。というより、髪がバサッと伸びたことが目を引いて、多少身長が伸びたことが隠れていた。
だが、その次の変化はどんなに隠しても隠しきれないものだった。
「ま、また、おっぱい大きくなっちゃうぅっ!!」
「えっ!?」
少年の胸が圧縮される感触で、息が詰まってしまう。その圧力はギュウッと強くなっていき、ついにボウゥンッ!!と乳房となって飛び出した。一瞬持ちこたえたと思った服は縫い目から破れて、少年の上半身はあらわとなってしまった。最後の仕上げとばかりに、体が上下に引き伸ばされ、少年は完全に「大きな女性」と化した。
「う、うぅっ……なんでっ……こんなこと……」
人の目の前で変身したことで、少年の羞恥心は嫌というほど引き出され、泣き出してしまう。
「き、君――」
駅員はなんとかなだめようとするが、部屋の扉が勢いよく開き、言葉が止められてしまった。
「君!これ、飲んだの!?」
「え……?」
それは先程の女性駅員。その手には、『オトナになる薬』の瓶が握られていた。
「ど、どうして……それを……?」
「それは今はいいから!君、変身するのは何度目!?」
少年は、ついさっきとは打って変わって鬼気迫った顔の駅員にたじろいだ。
「あの……どうしたんですか、そんなに……」
「この薬、副作用がとんでもないものなんです!!」
少年には、「とんでもないもの」はすでに起こっているように思えた。だが、突如として視界が真っ赤になり、そしてすぐにこれまでの変化が序の口であることを思い知らされた。
「あたま、あたまになにか入ってくるぅっ!!」
それは、彼の頭脳に容赦なく侵入してくる大量の記憶と知識と、欲望。それらは侵入と同時に、もともと少年が持っていたものを塗りつぶしていく。
「ぼ、ぼくが……ああっ……消え……ちゃうっ……!!」
「もう、手遅れなの!?2回目までは、対処療法でなんとかなるって言ってたのに!」
少年は、全く別のものに生まれ変わろうとしていた。