「んっ……朝か……」
美優は、窓の外から聞こえる小鳥のさえずり……ではなくカラスの鳴き声で、ベッドから身を起こした。拉致され、なんとか戻ってきた昨日までのことが、まるで夢であったかのように感じられた。それが現実であったということの証拠は、何一つ無かったのだ。
「朝ごはん食べて……学校いこ……」
しかし、その声にはいつもの元気らしさは無い。沢山の出来事に翻弄され、体力が回復しきっていなかった。重い足取りで、居間へと向かっていくのだった。
「おはよう……あれ?」
学校についた美優は、始業時間ぎりぎりであるのに、伍樹の姿がないのに気づいた。結子は、心配そうな目で空いた席を見つめている。それでも、美優が入ってきて教室がざわつくと、やっと美優の方に目を移し、ニコッと微笑んだ。美優も微笑み返すと、自分の席へと歩いて行く。
「おはよ……」
「おはよう。美優ちゃん、元に戻れたんだね……」
「あ、うん……」
美優は昨夜までに起こったことを打ち明けたかった。しかしそれは、結子を巻き込むことになるのではないかと、その時はためらってしまった。そうこうするうちに、担任の龍崎が教室に入ってきた。
「今日もいい朝だな!出席を取るぞ!」
龍崎の目が、小さな体に戻っている美優に向けられているのを、クラスの誰もが感じ取った。
「ふふふ、じゃあ行くぞ!!青……きぐぅっ……!!」
「僕の名前は青器具じゃないです……」
教室中から笑い声が起きるが、それを結子が制した。
「ちょっと待って、先生変じゃない!?」
「本当だ、何が起こってるの!?」
「悪いものでも食べて当たったのか!?」
龍崎は身を抱えてうずくまってしまった。が、次の瞬間、その頭を覆っている黒い髪の毛がバサァッっと伸びた。
「く、く……苦しいっ!!うがぁっ!!」
今度は逆に胸を前に突き出すようにして痛みを堪える教諭。来ていたジャージが破れ、たくましく鍛えられた胸筋が強調されたのもつかの間、その先にボロンっと突起が現れた。
「いや、やらしい……」
「じゃなくて、先生を保健室に連れて……」
「うああああ!!!」
教室どころか、廊下にまで響き渡る声を出すとともに、教諭の胸の筋肉はゴリッ、ゴリッという音とともに消え去ってしまった。一瞬間を置いて、別の何かが胸から飛び出してきた。
「まさか、あれって……」
「おっぱい、だよね……」
ゴリゴリと萎縮していく胴の上で、その膨らみはブルンブルンと揺れながら前に突き出ていく。そして、破れたジャージからは深い谷間が形成されていくのが見て取れた。何も変化は胸だけではない。ゴツゴツとした顔立ちは鳴りを潜め、面影は残しつつも龍崎の顔は女性そのもののものになっていた。尻は後ろにプリっとでて、体全体の萎縮でぶかぶかになってしまったジャージが引っかかり、ずり落ちないほどの大きさを持つほどだ。
「ちょ、ちょっと、先生が……」
「女の人になってる!」
「しかもかなりデカイぞ!ふがっ!」
デリカシーを知らない男子生徒が女子生徒に殴られる音がしたと同時に、龍崎の変身も終わった。
「せ、先生?大丈夫?」
「……大丈夫?何が?バカなこと言ってないで、座りなさい」
「「えっ!?」」
龍崎は、何もなかったかのようにケロッとした顔で、心配して近寄った生徒を諌めた。
「なになに、何なのよ。みんなしてどうしたの?」
「い、いえ……先生は、男……ですよね?」
同じ生徒が尋ねる。当然、肯定されるはずだった。しかし、
「……あなた、放課後職員室に来なさい。お灸をすえてあげる。分かったら、席に戻りなさい」
「は、はぁ……」
ドスの利いた声で、というより殺気じみた低い声で、叱咤されてしまう。何もかもわけが分からず、クラスにいたほぼ全員が、困惑の表情を浮かべていた。残りは居眠りか、ケータイをいじっているだけだ。
「ふふふふっ、いい表情ねぇ……八戸美優の、クラスメイトさん達……」
突然、唐突に廊下から入ってくるのは、豊満な体型の、キツキツの白衣を何とか羽織っている女性だった。美優には見覚えがあった。というより、忘れ用としても忘れられない顔。つい昨日逃げ出してきたばかりの研究所の所員、二本木頼子だった。体にはチューブが繋がれ、常に何かが吸いだされていた。
「だ、誰?あなたたち、勝手に……」
「寝てなさい」
自分を押し止めようとした龍崎に、二本木はスタンガンを容赦なくかました。そして、生徒の方に振り向くと、研究員らしい説明口調で語りだした。
「先生には、女性化する薬、いいえ。ウィルスを飲んでもらいました。効果こそ違いますが、そこにいる、八戸美優さんが体の中に持っているウィルスと基本的には同じです。そして、私達はウィルスを殺す抗体を持っています……」
「じゃあ、早く戻してあげてください!」
「……話は最後まで聞いてください。一度ウィルスに感染した人間は、研究所で手術を施さないと元には戻せません。先生はそれで直せますが、美優さんに限っては、私達でも手の施しようがありませんでした。もし身柄をお渡しいただけないと、このままウィルスは際限なく広がっていってしまいます」
美優は、二本木が事実と全く異なったことを言っているのに気づいた。昨日、二本木は美優を治療するどころか実験体にし、ウィルスの効果を測ったではないか。彼女は反論しようと席を立とうとした。その時だった。
(フエル……)
《ドクンッ!!》
「きゃあっ……!!!」
「おや、ウィルスの症状がどれだけ苦しいことなのか自分で見せてくれるらしいですよ」
あの衝撃が再び彼女を襲った。机に押し当てた小さな掌がグニグニと形を変え始めていた。
「み、みんな……っ!……うぐっ……!」
その一言ごとに、体の至る部分が成長し始め、服がギチギチと悲鳴を上げる。特に胸の部分はボタンをブチッと一気に吹き飛ばし、一気に爆乳のレベルに達していた。
「危ないから……!逃げてぇっ……!!」
服を破り成長し続ける美優をみて、他の生徒達は何かの化け物を想起したのだろう、悲鳴を上げパニックになりながら教室から出て行った。
「あらあら、感染しにくくなっちゃうじゃないの」
「あなた達は、何が望みなんですか!?」
「結子……っ」
元の体積の何倍にも成長する体全部からくる痛みに耐えながら、美優は結子が一人残ったことに涙を覚えた。結子もそれを見たのか、美優に頷いた。
「大丈夫、私がついてるから」
「結子……!ひゃ……っ」
「美優ちゃん!?」
美優の変身の様子がおかしかった。胸が大きくなるのはいつものことだが、今度は腹部が膨らみ始め、いつのまにか三つ子を孕んだ臨月の妊婦のようになっていた。しかも、まだ中から蹴られるようにボンッボンッと揺れながら膨らみ続けている。
「お、おなか……爆発……しちゃうっ!!」
「ふふっ、いいざまね……!」
「み、美優ちゃんに何を!!」
「私の研究所をオジャンにしてくれた報いよ。スポンサーが社会的地位を失って、なにもかもできなくなった。それで、何もかも、むちゃくちゃにしてやろうってわけ。危険な薬品もたくさん使ってね……でも、今の変身は私のせいでもなんでもない。中にいるウィルスが、暴走でもし始めたんでしょ」
「ぐっ……あ……うっ……!!」
際限なく膨らむ腹からでた球体は、教室の天井につくほどの大きさになり、張り詰めたその表面には血管が浮き出ている。巨大な乳房と合わせて、3つとなった球体は、ブブ……とゴム風船をこするときのような音を出しながら、今にも破裂しそうだ。
(変形……発射用意……)
「えっ……」
その膨らみの下でジタバタとしていた足が、ビシッと直径50cmほど円柱形に変わった。その真中には穴が繰り抜かれ、まるで大砲のようになった。そして。
(発射)
《ブシャァッ!!》
穴から、大量の水が吹き出た。その水圧は、水があたった壁をうがった。その水を蓄えていた美優の体はしぼみ、反動で逆方向に動いていく。
「な、なんなの!こんなこと、プログラムした覚えは……!」
その水流は、向きを変えて二本木に近づいた。
「こ、このままじゃ……見てなさいよ、これからどうなるか!」
たまらず、元研究員は逃げ出していった。しかしそれで水流は止まらず、美優は窓の方向に向かって急速に加速していった。
「ま、まって、このままじゃ!」
なすすべもなく、美優は窓の外に放り出されてしまった。