『無作為な選別により、あなたは特別な能力を得ました。確認するにはOKをクリックしてください』なんていう、ウィルス感染サイトへの誘導のようなメッセージが出たのは、休みの日にパソコンでゲームやらネットサーフィンやらをしようとして、パソコンを起動した直後だった。
「なんだよ、変なリンク踏んだわけでもないのに……」ブラウザすら付けていない。このパソコンは家族には触らせないから、自分の操作以外でこんなメッセージが出るように設定がされるわけもない。「まあ、こんなもん無理矢理閉じれば……ってあれ」
いくらキーボードを操作しても、画面が動かない。イラッとして電源ボタンを長押ししたものの、電源が切れない。最後にはコンセントを抜いたが、それでもパソコンは謎の電力源で動き続けた。何か、超常的な現象に、俺は出くわしていた。仕方がないので、唯一動かせたマウスカーソルをメッセージのボタンに合わせ、クリックした。すると、ソフトのチュートリアル的な画面が開いた。
『まず、あなたは人間と、無生物のもの全ての形を自分も含めて自由自在にできます。試しに、自分の腕力を上げたいとか、脂肪を筋肉にしたいとか念じてみてください』というメッセージが、腕の絵と共に表示される。
――バカバカしすぎる。俺は神にでもなったっていうのか。
と思ったはいいものの、パソコンは相変わらずマウス以外が操作を受け付けない。ここまでくると、このままだと自分の部屋の扉すら開かない気すらする。仕方なく、鍛えられることもなく脂肪だけが蓄えられている右腕をじっと見た。
――腕力よ、上がれ。
考えるだけでも恥ずかしくなる文言だ。だが、その瞬間、俺の目の前で腕がボコボコと変形を始めた。
「うお、おおっ!?」思わず変な声を上げてしまう。自分の腕の脂肪が、皮膚の中で移動している。数秒すると、腕の形はガチッと固定された。
「な、なんだよこれ……」俺の腕は、念じたとおり、筋肉の塊のようなムキムキのものになっていた。力を入れると、ムキッと動くそれは、本当に筋肉だった。だが、それは一瞬でブヨッとした脂肪に逆戻りした。あまりに奇妙な光景に、無意識に元に戻るように願ったみたいだ。
どうやら、この能力とやらは本物らしい。無生物、っていうのは、生き物じゃない置物とかのことだろう。試しに、マウスパッドに向かって念じたら、四角のパッドが丸に、そしてすぐにまたもとに戻った。念じるというより、なってほしいものを思い浮かべるくらいでこの能力は発動するようだ。
よし、次はどんな能力なんだ。と、クリックする。
『次に、念じる対象は、変形前と後で同じ重さになっていなければなりません』……質量保存って言うやつか。確かに、俺の腕も、マウスパッドも、重さは変わっていなかった気がする。――また、クリックする。
『ただ、同時に二つ以上のものを変形させるときは、変形対象の合計の重さが変わらなければ結構です』
ん?どういうことだろう。まず、二つ以上のものを変形させられるっていうことが前半部分で分かる。後半部分は……合計の重さが変わらない、ということは、一個のものを軽くすれば、もう一個のものは同じだけ重くできるってことか。次は……
『人間の精神は、いくらでもいじることができますが、指定がなければ変形と辻褄が合うように精神が変えられます』
……わけがわからないよ。人間を筋肉質にしたら気が強くなるとか、そんな感じだろうか。
『試しに、自分の精神を男性に保ったまま、体を女性にしてみてください』
「ぶふぅっ!!」勢い良く吹き出してしまった。俺が女だって?なんでそんなことしなくちゃならんのか。第一、俺みたいに70kgもある重さの女性なんて、そんなの背が高くない限り完全に肥満になってしまう。
……とりあえず、人間の形を自由にできるっていうのは、性別も含めて、らしい。なら、年齢とか、身長とかも変えられるんだろう。近所のおじいさんを若いギャルにすることもできるんだろう。
気を取り直して、次へ、をクリックした。
『人間の変形をする場合には、まず対象が服越しでもいいので接触しなければなりません。また、この接触は自分の方から積極的におこなったものは無効です』
ふむふむ……近所のおじいさんを若いギャルにしたいなら、まずおじいさんに自分を触ってもらえってことか。なんか気持ち悪いな。
メッセージはこれで終わりらしい。で、俺にどうしろと。今日は家にこもってネットサーフィンしたい……いや、せっかくだからいろいろ試してみるか……
ガタンッ!!!
ああっ、うるっさい!!!隣の部屋に弟が何か壁に投げつけたんだろう。気が小さい俺が強く出られないのをいいことに、嫌がらせしてくる。そうか、まずアイツに仕返しをすればいいんだな。
いいことを思いついた俺は自分の部屋を出て、弟の部屋の扉の前に立ち、扉をコンコンと叩いた。
「ああっ!?なんだ兄貴!」中から不機嫌そうな弟が出てきた。高校生の弟は、俺よりも背が高く、力も強い。気性が荒くて、これまでの人生、何度殴られたことか。
「いや、うるさいから注意を……」いつも、こんなことはしない。また、殴られるのが分かっているからだ。だが、『能力』があればこの話は逆に俺を優位に立たせてくれる。
「うるせえのはお前の方だよ!とっとと失せろっ!」
そして予想通り、肩を、ドンっと押された。こっちの勝ちだ。――弟よ、太れ。内気になれ。
「ふんっ、……あ、あれ……?」扉を閉じようとした弟の動きが止まった。俺より頭一つ高い背丈が、縮み始めたせいで違和感が出たのだろう。その縦に縮んだ分が、横方向に移動していく。腕や足が太くなり、腹も出てきた。余興だ。俺の方は背を高くしてやるか。そして、気も強く。
「……オレ、太って……あれ、兄貴が大きくなってる……?」変身した俺を見て、縮こまる弟。どうやらかなり内気になったらしく、目線が泳いでいる。
「ふん、これまでの仕返しだ。せいぜい俺のおもちゃになれ」ふむ。俺の方も謎の自信が湧いてくる。俺と弟の立場は、完全に逆転。いや、それまで以上の差で、俺の方が上になっていた。
……といっても、太った弟を持っていても俺に何の得があるっていうんだ。パシリにするにしたって限度がある。この俺の前でガクガク震えている弟が、妹だったらどれだけいいか……と、半分無意識で、華奢な女の子を念じた。
「っと……いまの70kgくらいの体重で華奢な女の子ってのも無理か……」
「え?」
胸に全振りしたらどうなる?試してみよう。
「弟よ、今からお前は俺の妹だ」……あえて、精神の書き換えはしない。男の精神のまま、違う性別になってもらう。
「な、なにを……っ!」
弟の太い手足が、前に出た腹が、膨れた顔が、一気に絞られるように細くなる。そしてその分の肉が、念じたとおりに胸に詰め込まれ、バスケットボールサイズのおっぱいが、服をぶち破って飛び出してきた。髪はサラサラとツヤを増しながら長くなり、肌からは体毛が見えなくなり色が澄んでいく。
「なんだよ、この胸っ!!」弟が胸を持ち上げる。その声も、鈴を転がす声で、弟の男口調には全然あっていない。
「すげえな、りっぱなおっぱいじゃないか!」
「お、俺は男だからおっぱいなんかない!」腕でその胸をギュッと締め付ける。無意識に護身しようとしているのか、内股になっているその姿は、俺の願った妹の姿そのものだった。どうやら弟は、精神が体に引っ張られているらしい。こんな能力一つで――十分に素晴らしい能力なのだが――弟という存在は消え去り、一人の爆乳少女になったのだった。
だが、胸が重すぎるのか弟の息が段々荒くなり、ついには座り込んで、床におっぱいを付けてすすり泣き始めてしまった。このままでは日常生活すらままならないだろう。仕方がないので、家の壁やらに重さを移してやり、Eカップ程度までに小さくした。