「ったく、ちんたら走りやがって……」
山あいの道を、2台の車が前後並んで走っていた。カーブが多く追い抜くこともままならない道を、のろのろと走るハイ◯ースに遮られ、車間距離を狭めて走る若い男性。大きな車は小回りがきかずあまり速く走れないのだが、そんなことはお構いなしに煽り続ける。だが、『あおり運転撲滅協会・TS』と書かれているということに気づくには、観察力が足りなすぎたようだ。
前の車がブレーキランプを点滅させた。車間距離を空けろ、という注意のようだったが、そんな意図を汲み取ることもない。
「……ふざけやがって……」
前におどりでて止めてやろうか、とキレかかった男。だが、急に前の車からピンク色の煙がモクモクと出始め、真後ろにいた男の車に襲いかかった。男の車のエアコンは、もろにその煙を吸い込んでしまった。
「くっ、ま、前が見えねぇ!!」
たまらず、急ブレーキを踏んで前の車から距離を開ける。車内に立ち込め始めたピンク色の煙は、タバコのそれとは違い濃密な甘さを持っていた。その強烈さに、男はゴホッゴホッと咳き込む。
「ちくしょ、やりやがったな!……ぐぅっ!?」
男は嫌がらせの仕返しをしようとまたアクセルを踏み込んだ。が、車が加速を再開する前に、全身に強烈な痛みが走る。反射的にブレーキを踏み、車は急停車した。
その停車の衝撃より、男の体に走り続けるそれのほうが強かった。痛みに耐えつつ、シートベルトを外し、服をまくり上げ腹部を確認する。
「な……んだよっ、これぇっ……!?」男の腹は、波打つように痙攣をしていた。そして、心臓は、動きが表面から見えるほど強く脈打っていた。「いっったっ……!!」服をつまんでいた腕にもこれまで感じたほどのないくらいの痛みを感じる。服を放して、何とか袖をまくると、筋肉がピクピクと震えるだけでなく、太くなったり、細くなったりを繰り返している。そのたびに、腕が絞られるような痛みが生み出される。
「ぐおっ!?」急に車が動いた。ブレーキを踏んで止めようとするが、脚が言うことを聞かない。車が動いたのも、その脚がブレーキを放してしまいアクセルを踏んだからだった。何とか、サイドブレーキを無理矢理引っ張り、エンジンを切る。急減速をしたことで、ハンドルに胸を打ってしまう。だが、その衝撃は、ムニュッとした何かによって和らげられた。
「な……に……?」半ばパニック状態の男は、体勢を立て直し手で胸を触る。その下で、何かが膨らんでいた。「ん?」訳がわからず、思い切りムギュッと掴む。すると、強い刺激が全身を駆け巡った。
「んひぃっ!!」数秒、男は悶続けていたが、胸に圧迫感が加わり、ピリピリとした刺激が伝わってきて、無意識に胸の部分を見た。そこには、不自然な盛り上がりができ、さらに服を引っ張りながら大きくなっていた。服に胸が押さえつけられ、息がしづらくなっていく。この膨らみを胸から出さなければ、と男は服を脱いでいく。その間も、全身の衝撃は止まらないのだが、生存本能からか、下着までは順調に脱いだ。
「んなっ……これって!!」そこで、やっと男は気づいた。膨らみは、男の胸から生えていた。いや、それは男が見慣れていたもの、まさに女の乳房だった。襟から覗く谷間、膨らみの先についている柔らかな突起と、弾力。変わっているところといえば、それが男の見ている前で大きくなっていっているところだけだった。リンゴくらいの大きさだと思ったそれはゆっくりと膨らみ、数秒後にはもう一回り、さらに数秒後にはまたもう一回りと、下着の下で成長を続けていた。
「俺、女になるのか……!?」先程からぐにぐにと変形を続けていた腕を見ると、いつもより確実に短くなり、筋肉が落ちている。輪郭もかなり丸くなっているが、太っているというわけではない。そして、男の目の前で、指がギュッと絞られ、少し短く、かなり細くなった。
「う、うそだろ……!」バックミラーで自分の顔を確認すると、輪郭が丸く、もはや面影がない。髪は肩まで伸び、柔らかく垂れていた。その下で、喉仏がグキュッと潰される。
「や、やめろっ!!!」これまで見たことが無いほど大きく育った胸のせいで、その下が見えない。だが、ズボンが急にきつくなり、手で触ると、腰が広がっていくのがわかった。男は何とか胸をどかそうとするが、服がつっかえてうまくいかない。足が潰される感覚があると、靴がゆるくなって、ポトッと落ちてしまった。
「う……んっ!!」男は、落ちた筋力で何とか服を引きちぎった。巨大に膨らんだ乳房がゆっさゆっさと揺れ、ハンドルにその先端がこすれる。「んひゃっ……」高くなった声で喘ぎながら体を捻り、男はズボンを脱いで最後に残った自分の象徴をなんとか引きずりだそうとした。ところが、手探りで見つけたそれは豆粒程度のモノでしかなかった。
「そんなぁ……っ」これもまた豊かに膨らんだ太もものせいで、直視すらできないまま、それは縮んでいく。逆に膨らんでいくヒップによって、自分が女性と化してしまった事実を突きつけられながら、涙するしかない元男。その精神も、だんだんと侵されていく。
「ひどいよぉ、お……おれ、私……?これからどうすればぁ……」自分の頭よりも大きくなった乳房を腕で持ち上げようとしても、重すぎてムリだった。「速く走りたかっただけなのに……あれ?なんでそんなに速く行きたかったんだっけ……?」さっきまで当然のように走り続けていた道が、とても恐ろしいものに見えた。幅は狭いし、見通しは悪い。路面も濡れていて、ハンドルを切りすぎれば滑ってしまうかもしれない。
彼女は、とりあえず胸の先端が擦れないように引きちぎった下着で隠し、その上からコートを羽織る。先だけぶかぶかになったズボンを履き直すと、シートベルトを締めた。だが、気をつけないと胸の谷間に潜り込んでいってしまいそうになる。
「もう、一度帰らないと……」エンジンをかけ、サイドブレーキを戻すと、車は走り始めた。「うわっ」アクセルペダルが遠く、うまく調整ができない。速度を下げなんとか対応する。カーブに差し掛かりハンドルを切ると、胸が遠心力に引っ張られ、気になって仕方がない。彼女は無意識のうちに、最初煽っていたはずの車より遅く走っていた。1分もすると、後続の車に追いつかれてしまった。
「やめてっ……!そんなにくっつかないで……」いつもあまり気にしないバックミラーだが、パッシングされたことで車に気づいた彼女。だが、速度を上げようとするとハンドルがフラフラして、車線の間を行ったり来たりしてしまう。あまりに焦ってしまい、道路脇に車を停められそうなところがあっても、譲ることを忘れてしまう。いや、譲ることなどしたことがなく、思いつかないのだ。
そして、後ろの車や眼の前の道路に気を取られていた彼女は、通り過ぎようとしていた信号が赤になっているのに、気づくのが遅れた。
「きゃぁっ!!」急ブレーキを踏んで、止まろうとするが、その動きに後ろの車が対応できず、そして……
《ガツンッ!!》
—
「うぅっ……」彼女が目覚めると、窓をコンコンと叩かれていた。「私、どうして……?」窓の外には、制服を着た作業員らしき男が立っていた。
窓をあけると、その男はにこやかに言った。「ちょっと、お話いいですか?」反射的に逃げようとしてしまうが、車の前にも同じ制服の作業員が立っていて、そうも行かなかった。仕方なく、彼女は外に出て、作業員に促されるままに自分の車の後ろに行った。
「うわ……」車の後面はぐちゃぐちゃに変形していた。そこで、彼女は追突されたことを思い出した。
「あなたは、ぶつかられた衝撃で気絶していたのです。追突した側は……まあいいです、鞭打ちの可能性もありますので、病院には行ってくださいね。……ところで」柔らかな物腰で、作業員は説明し、そして自分たちが乗っていた車を指差した。「私らの車に見覚えは……?」
「あっ……」何を隠そう、それは先刻煽り続けていた車だった。『あおり運転撲滅協会・TS』と印刷されている。「あおり運転撲滅……?あ、あんたたちのせいで、私、こんな体に……!!」
「私たちのせい?ご冗談を。あなたが私たちの車を煽ったのが、悪いのでしょう。まだ、反省なさっていないので?」
「反省?なんで?私が?」彼女は怒りに任せてつかみかかったが、力が弱くなった今、それをしても作業員は動じなかった。
「ふむ。あなた自身、煽られて、とんでもない恐怖体験をしたはずですが。そういう処置ですし……」
「うっ……」彼女は、後ろから煽られたときの恐怖感を思い出した。しかし、そこで引き下がっては自分の非を認めてしまう。「だから?」
「……そういうことですか。反省はしない、と。反省したのであれば、元の体に戻す対応もできたのですが……。では、我々の矯正プログラムに参加していただきましょう。……おい、この男、いや、女を車に乗せろ!」
「はい」説明した作業員が、もう一人の作業員を呼び寄せる。呼び寄せられた方は、若者の体をヒョイッと持ち上げ、バンの後部に入れた。
「な、なにするの!!」彼女は叫んだが、その声は無視され、バンの扉は閉じられた。