感染エボリューション 1話

その少女、美優はその日も普通の学校生活を送るため、登校している最中だった。

「いけない、遅刻遅刻!」

小さい体で町の人ごみの中をすり抜け、走っていく。

「すみません、すみませーん」

ぶつかる前に謝って行く美優。運動神経がよく、視力もいい美優が人にぶつかることは滅多に無いが、それでも全速で走っていると衝突が回避できない時もある。その日はというと、ドーンと勢いよくぶつかってしまった。しかも、ぶつかった相手が持っていた小瓶のようなものに激しく当たってしまい、瓶が割れて中身を思いっきりかぶってしまった。

「あーん、やっちゃった!すみませんでした!」

しかし、美優はすこし頭を下げただけですぐに走り始めた。

「お、おい!待て!」

相手の呼び止める声も聞かずに、走り去る美優。液体もいつの間にか乾き切っていて、学校に着く頃にはぶつかったこと自体忘れてしまったのだった。


「おはよー!」
「遅刻だ、八戸」
教室の扉を駄目元で元気良く開けた美優は、教諭の怒号に迎えられた。

「す、すみません、先生。でも電車が遅れてしまって」
「お前の通学は徒歩だけだろう!」
「寝坊しました」
「よろしい。まあまだ朝礼中だから、今回は許してやろう。席に座りなさい」
「ありがとうございます!」

美優は何もなかったかのように意気揚々と席に向かって行く。だが、一人の前では顔を真っ赤にしていた。美優の片思いの恋人、伍樹(いつき)だ。自分の席に座ると、その後ろに席がある親友の一人の結子(ゆうこ)が話しかけてくる。

「また、顔真っ赤になってるよ、みゆちゃん」
「う、うるさいな!」
「うるさいのはお前だぞ、八戸」

結子のつっこみに対してかなり慌てふためき、知らず識らずのうちに大声を出していたいようだ。教諭にまた叱責されてしまった。

「すみませんでした」

そして大人しく座ると、その後は押し黙った。


1時間目が終わると、即座に美優は愚痴をこぼした。

「たくもう、しつこいんだよ。龍崎のやつ」

龍崎というのは担任の教諭の名前である。やんちゃで幼児体型の美優とは真逆にあるような、しとやかで出るところが出ている結子が苦笑しながら答える。

「まあ、ちょっと、厳しすぎかもね」
「ほんとだよ!1分くらい遅刻したからって…」
「大声も、出したけどね」

美優の顔がまた真っ赤になる。

「それは結子がおちょくるからじゃないの」
「私は見たまま言っただけだよ。本当にりんごみたいに赤かったんだから。美優ちゃんの顔」
「うるさい!」

そこで、美優は周りの視線が自分に集まっていることに気づいた。また声を大きくしすぎたようだ。

「な、なによ」

美優はその視線に言い返すように細々と声を出した。クスクスと笑い声が聞こえたが、視線はまた散らばって行った。

「また、笑われちゃった、伍樹くんに」
「伍樹君だけ気にするんだね」
「し、仕方ないでしょ…」
「まあね」

2時間目が始まると、すぐに嫌なことは忘れてしまい、授業に集中…ではなく居眠りを始めてしまう美優だった。


ーー何…?どこ?ここ…

美優の目に見えている世界。どこか雲の中のような、白いもやに包まれている場所。美優はそこに漂うように存在していた。

服も全て無くなり、美優は生まれたままの姿になっている。その凹凸に乏しい体が、唐突に変化を始めた。

ーー何…?

はっきりとしない視界の中で、美優は自分の体が大きくなっていることに気づいた。あっという間に、まるで結子のように、胸は膨らんで、身長が伸びていた。

ーー私、どうなってるの?

「美優ちゃん」

そしてこれも何の前触れもなくかけられる言葉。それは、伍樹の声だった。大きくなった美優の前に、忽然と伍樹が姿を現したのだ。

「伍樹……くん?」
「きれいだよ、美優ちゃん」

伍樹は美優にすっと近づき、体を抱きしめた。

「伍樹くん…」

美優も抱きしめ返す。降って湧いたような幸福に身を任せるように。


「美優ちゃん」
「伍樹くん…えっ?なんだ結子か」
「そんなことより、起きて!」

美優はいつの間にか自分のカバンを抱きしめ、恍惚の笑顔を浮かべていたようだ。その前には、老いた社会科教諭の怒り狂った顔がある。

「八戸さん。私の授業、聞く気が無いなら教室の外に行ってくれませんか」

怒りと老い、どちらから来ているのかわからない震えが混じった声で、教諭は告げた。

「え…。うそお」

夢の中の幸せと、現実の辛さのギャップに嘆く美優。2時間目が終わるまで、廊下に立たされてしまったのだった。


その日の夜。居眠りの夢などすっかり記憶の彼方にあった美優だったが、ベッドの上で自分の小さな手を見て、珍しく思い出したのだった。

「あの夢、なんだったんだろう?今まで見たこと無いような。私の体、あんなに大きくなって…」

身長が140cmから160cmまで伸び、胸はAAAカップからDカップまで膨らんでいる夢の中の自分を思い浮かべる美優。

「結子みたいなおっぱいが大きくて、背が高くて、髪もサラサラで綺麗な子になれば、伍樹くんも振り向いてくれるのかな?私を女の子として見てくれるのかな」

しかし、夢の中と現実の違いは、目の前にある小さな手に痛いほど見せつけられていた。大きくため息をつく美優。

「はぁ…まあ、仕方ないよね。私は、ちんちくりんだって事実は、どうしたって変わらないんだから…ふぎゅっ!?」

突然美優の体を襲った衝撃に、奇声をあげてしまう。

「なに…?今の…っっ!!?」

再びドクンッと衝撃が襲う。そして美優の目に飛び込んできたのは、グニグニと形を変える自分の手だった。

「えっ…何よ!…うぐっ!!」

衝撃は止まることがなかった。今度は次第に美優の体に熱が溜まって行く。

「体の中が…変に…」

その発生源がわからない熱は、とどまるところを知らないように、たまり続けて行く。

「熱い、熱いよ!!」

そして、美優の体の中で何かが動き回っているかのように、グギュルギュギュと音がし始めた。

「私、私…うわあああ!!!!」

耐えきれなくなった美優が悲鳴を上げると、その体が空気を入れられる風船のようにブクーッと膨れ上がった。寝巻きの中から肌色の双丘が飛び出し、ブルンと揺れ、座高が伸びて美優の視線が一段上がる。手足は寝間着の中からニョキニョキと出てきて、同時についた豊かな皮下脂肪で寝間着がパンパンになってしまった。ショートボブだった髪もセミロングまで伸びた。その全てが終わると、何事もなかったかのように熱も、音も、無くなった。

「はぁ…ふぅ…何…今の…」

美優は精神を解放され、息を落ち着けながら自分に何が起こったかを見た。目線のしたには夢にまで見た大きな乳房、寝間着の間から覗く腰にはくびれが、足は適度に太さがついて、触るとプニプニとしている。それに、背も伸びている。

「わ…私、大きくなっちゃった!」

美優を支配したのは困惑ではなく無上の喜びだった。

「これだったら、伍樹くんも……明日が楽しみ!」

これから起こる惨事など、今の美優に知るすべは無い。美優はパンパンになった服のまま、布団に潜り込み、そのまま深い眠りについた。

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感染エボリューション 序章

ある都内の薬品会社ビル。その地下深くに、研究室があった。国の地図にも載らず、政府の重役と、研究所の関係者以外、誰もその存在を知らない、極秘の研究所だ。床と壁は吸音性の素材で作られ、核分裂炉による自家発電を行うその研究所は、国の存続に大きく関わるような研究を行い、その時も、同じように繊細で大規模な研究が続けられていた。

だが、保管品のチェックをしていた所員が、叫んだ。

「ウィルスAP-04とその抗体の試薬びんの、数が足りません!」

一大事だ。薬品が漏れ出すことなど、あっていいはずがなかった。それに、今回見つからないのはウィルス。非常に不安定で、なおかつ感染性の高いもので、元のものが無害であったとしても、感染している間に突然変異を起こして、致死性すら簡単に発現するような、大変危険なものだ。

「なんですって!?」

それを聞いたもう一人の女性所員は、当然驚きを隠しきれていない。

「すぐに見つけ出しなさい!さもないと…」
「所長!大変です!」
「今度は何ですか!」

女性所員は、どうやらこの研究所の所長であるようだった。もう一人の所員は、タブレット端末を所長に渡した。

「それは……このビデオを見ていただければ早いかと」
「これは……テレビニュース?」

その画面には、ニュースキャスターが二人映っている。女性アナウンサーが、ニュースを読み上げている。

『本日未明、東京、練馬区のコンビニエンスストアで……』
「何も起こらないじゃないの、今はそれどころじゃないのよ!?」

焦りから気が短くなっている所長は、食い気味に所員に問いただした。

「落ち着いてください!私の予想が正しければ、所長にとって非常に重要な事のはずです」

映像の中で、アナウンサーが原稿を読み続けている。

『これにより、コンビニにいた35歳の男性てんいっ……!』

だが、それはいきなり中断されてしまった。アナウンサーは何かの衝撃が加わったかのように、目を丸くしている。

『熊野さん、大丈夫ですか?』

隣にいる男性アナウンサーに尋ねられ、女性は我に返る。

『あ、大丈夫……です。失礼いたしました、コンビニ……!あぁんっ!』

また遮られてしまう。今度は喘ぎ声まで出てしまって、アナウンサーは少し下を向いてハァハァと荒い息を立てている。

『く、熊野さん!?』

しかし女性アナウンサーからの応答はない。代わりに、アナウンサーは胸を抑えて、報道の口調を崩して言った。

『んぐ……胸が……熱いぃっ!』

そして、その言葉と同時に、腕の下でYシャツの生地がギュッギュッと動きを見せた。横に引っ張られている様子を見ると、にわかには信じがたいが、胸に厚みが出てきているようだった。

『くぁっ……あぁっ!……ああああっ!!』

アナウンサーが叫び声を上げると、シャツのボタンが1個、2個と飛び始め、中身が見え出した。そこには、白いブラジャーからはみ出て成長する、2つの大きな肌色をした塊だった。

『なんで……私の!……おっぱいがぁ!!』

それだけでなく、背も少しずつクックッと上がり、ボブカットにしていた髪も、サラサラと伸びていった。そこで、映像は途絶えた。所長は、放送するに相応しくない場面が展開されたことで、緊急に放送が中止されたのだろう、と察した。

――これは……まずいわ……

そして、すぐに部下に大声で指示を出す。

「私達が思っている以上に、事態は深刻だわ!!急いで、情報を集めて!!」
「はい!!」

二人の所員は、その場から走り去っていった。所長は、その場で頭を抱えた。

――なんてことなの……私の作ったウィルスが……

この話は、悲惨な事故に巻き込まれた、とある不運な少女の物語である。

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