思い出(健全版)

「お前、この頃彼女できたんだってな」
「え?誰から聞いたんだよそんな話!」

昼休み、ボーっとしているといきなり話しかけられた。こいつは、俺の腐れ縁の幼なじみ、軽葉 裕翔(かるは ゆうと)だ。頭はそんなでもないが、運動ができて、整った顔で、クラスの女子にもそれなりに人気があるらしい。実際、誰かと付き合ってるという話は聞いたことはなかったが。

「誰でもいいだろ?で、どんな子なんだ、カズ?」

そして僕は東條 一都(とうじょう かずと)。裕翔と違って、成績は上の中くらい、一流大学とまでは行かないが、上位の大学を志望している。ただ運動がからっきしダメで、女子の友達がいないわけではないが、恋仲とは無縁だ。そんな僕に、先週突然話しかけてきた女の子がいたんだ。そこから、話をしていこう。

ある日、いつもの帰り道。電車通学の僕は、高校から駅まで20分くらい歩いて帰る。裕翔の方は自転車だけど、部活がない時は駅までは一緒に歩いてだべりながら帰っていく。でも、その日は違った。

「俺、用事があるからさ!ちょっと今日は急ぐわ」
「あ、そうなんだ。じゃあね!」
「ああ!また明日な!」

裕翔は、猛スピードで走って行ってしまい、あっと言う間に視界からいなくなった。前を走っていた乗用車すら追い抜かしていった。

(どんだけ急いでんだ……)

僕は、トボトボと歩き出した。裕翔以外には、友達の付き合いはあまりいいとはいえない僕は、佑都がいない時はほとんどいつも一人だ。寒さが増してきた冬の空を眺めながら、大通りから一本外れた、閑静な住宅街を歩いて行く。帰ってからの勉強のことを考えながら、あまり周りに集中しないでいた僕に、声がかかった。

「あのー……」
「えっ!?」
「ひゃっ!?」

驚いて大声を上げたせいで、その声の主まで驚いてしまったようだった。振り向くと僕と同世代の女の子が、後ろにいた。黒のセミロングに、蝶結びのリボンを一対飾り付けて、制服を着ているけども高校では見たことのない清楚な顔つきをした、可愛い子。その子が、突然僕に話しかけてきたのだ。

「あ、すみません……」
「いえ……」

気を取り直して謝罪をする。しかし、なぜこの子は僕に話しかけてきてるんだろう。

「え、と。それで、何かごようですか?」
「あ、あの、このハンカチ、あなたのですよね?」

見ると、その子の手には確かに僕のハンカチが握られている。いつか無くして、タダのハンカチだからと探すのを諦めていたハンカチだ。

「あ、そうです。でも、どうしてあなたが……」
「羽癒 はるか(うゆ はるか)です。東條くんが学校で落としたのを拾って、それで今まで渡す機会がなくって、ごめんなさい」
「は、はぁ」

ハンカチを渡された。綺麗に洗濯までしてある。でも、今この子……羽癒さん、僕の名前を呼んだ?ハンカチを眺めていると、奥に今まで気づかなかったけど、とんでもなく大きな……胸の膨らみが見えた。

「あ、あ!ごめんなさい、変な所を眺めてしまって!」

こういう時は自分が意図していなかったにしても眺めていたように見えてしまうものだ。そう思って、とっさに誤った。しかし、羽癒さんは、少しだけ恥ずかしがったけど、少し口元が緩んだ。え?

「大丈夫です……私、昔から東條くんのこと、気になってたんです……」
「えっ!?そうなんですか……!?僕なんかを!……ってどうして僕の名前を?」
「好きな人の名前くらい、分かるものなんですよ?学校ってそんなに広くありませんし、ね?」

すこし首を傾けてニコリと微笑むその顔に、胸が貫かれたような感覚が走った。サラサラとした髪から、光の粒が出ているようにすら感じた。これまで感じたことのないこの感覚は……

「今日は、それだけ言えれば……」
「ま、待ってください」

この機会を逃す訳にはいかない。初めての一目惚れの人を、そのまま帰すなんて。

「なん、ですか?」
「お、お礼がしたいので……そ、その……喫茶店にでも行きませんか?」

漫画雑誌を買ったせいで軽くなっていた財布が泣いているような気がしたが、いつものカフェでカフェラテの二人分くらい頼めるだろう。無理を承知で、誘ったのだった。

「いい、ですね!行きましょ!」
「良かった!……」
「あは、こんな笑顔を見せる東條くんなんて初めて見たかも」
「あはは、それはもう……」
「じゃあ、駅前のいつも……東條くんが行っている所に連れてってくれますか?」

少しだけの違和感。少しだけど、羽癒さんの言葉が途切れた。まあ、さっきから感じていることだし、女の子ってそういうものなのかもしれない。

「分かりました、ドタールですけど……」
「構いませんよ。私も、好きですから、ドタール」

駅に着くまでの10分間ほど、ずっとしゃべり続けた。背丈が一緒くらいなので、お互いの表情も歩きながらでもすぐに分かったし、それに、話題も合うし、ぎこちない丁寧語だったのが、カフェに着く頃には普通に喋れるようになっていた。

「羽癒は僕のこと結構知ってるんだね、裕翔でも気づかないことまで」
「それはもう……!……裕翔くんって、ちょっと鈍感なところもあるし」

意外だった。僕のことならともかく、幼馴染のことまで知っているらしい。どこまで観察力が鋭いんだろうと思いつつ、冗談を言ってみた。

「へぇ、裕翔のことまで詳しいんだ。もしかして、本命はそっちだったりするの?」

ちょっと怒るくらいの反応は予測していた。しかし、それ以上だった。羽癒の顔がこれ以上ないほどに歪んだのだ。怒りではなく、吐き気とか、嫌悪の歪みだ。

「ちょ、ちょっと冗談が過ぎたかな……」

とても話しづらい。それに、その言葉に帰ってきたのは、一瞬前までの優しい表情から想像もつかないくらいの鋭い睨みだった。でもそれはすぐに収まって、少し咳払いをしてやっと落ち着いた。

「コホ……ううん、ちょっと、あの人を好きになるのは、無理かなって思っただけだよ」
「そうか、裕翔もかわいそうなやつだな……」
「あのね、やっぱり喫茶店はいいや。また今度会ったら、その時なにかおごってね!じゃあ!」
「え、えっ!?」

彼女は突然走り去った。それが、僕と彼女の奇妙な出会いだった。

その後も、何回か僕たちは出会った。帰り道、休日の散歩、電車の中。そして歩いたり、カラオケに行ったり、映画を見に行ったり、海を見に行ったり、はたまた一緒に勉強したり。彼女と話すときも、他の女子とは違う気のおけない友人のような会話をした。それで、今に至る。

「ふーん?いい子じゃん、その子」
「うん、すごく魅力的で、もう運命の人としか言いようが……」
「……!お前と運命の人になるとかどんな物好きだよ、ま、俺のこと毛嫌いしてるみたいだからなんとも言えないが」

何か裕翔の表情がうかない感じだ。なにか心配事もありそうな顔をしている。

「……。あ、今度その子と会う約束してるんだ」
「……けっ、二人で楽しんでこいよ!」
「ねえ、なにか悩みごとがあるんじゃないか?」
「……ね、ねえよ!少なくともお前みたいなモヤシには何もできねえって!」
「……はいはい」
「別に怒らせる意味で言ったわけじゃないぞ!?」

少し冷たい反応を見せたら、顔を真っ赤にして急に大声を出してきた。何かがおかしい。けどまあ、気のせいかな。裕翔はテンションがおかしい日もあるし。

「分かってるよ。とりあえず今日の宿題やってきた?」
「ぐ、そんなこと聞くのかよ……!やってきてるに決まってるだろ」

このごろ成績が上がってきている裕翔。昔は宿題もおぼつかなかったのに、テストで平均以上を取ることも少なくなくなってきている。どうしたものだろう。だけど、幼なじみの成績が上がることは、嬉しい限りだ。

同じ日、公園での待ち合わせ場所に、彼女はいた。

「おまたせ!」
「待ってないよ、今来たばかりだもの」

いつも通り……じゃない。

「じゃあ、今日はどうしようか」
「あ、今日はその……」

笑顔が消え去り、羽癒の表情が暗い。悪い予感が全身を駆け巡る。

「なに?」
「ごめんなさい、お父さんが転勤で、海外に行かなくちゃならないの!それで!今日は、お別れを!!」

ほとんどヤケのように彼女の口から放たれた言葉が、僕の頭に重く降りかかってきた。

「え、ちょ……」
「さよなら!!」

公園から出て行く彼女の背中を見ることしかできない。その視界すらも、ぼやけていく。

「そ、そんな……」

その場にへたり込んで、少しの間立つことすらできなかった。

冬が終わり、春がきた。最初は授業すら耳に入ってこなかったのが、裕翔のお陰で何とか立ち直ることができた。しかし、羽癒のことは、忘れることはできなかった。

「お、おい、テストの紙回せよ!」
「あ、うん……」
「まさかお前、まだあの子のこと忘れられないのかよ。もう3ヶ月前のことなのに」
「そうだな、もう、忘れなくちゃね」
「とりあえずさっさと回せ」

立ち直ったとはいえ、日常生活が行えるくらいになったまでで、注意力は散漫になってしまい、成績も落ち込んできていた。逆に裕翔は、クラスのトップに踊り出るほどの学力になった。それでも、というより、それもあってか、裕翔は僕のことをかなり心配しているようだった。

「なあ、そろそろけじめを付けろよ!大学いけなくなるぞ!?」
「そうだよね……」
「あのなぁ、俺まで情けなくなってくるんだよ、だからしっかりしてくれよ」
「うん……」

どうしても忘れられない。あの子を、あの子と過ごした夢の様な時間を。

「あの子に、そんなに会いたいか」
「うん……」

裕翔が困り果てている。本当に、申し訳ないけど……

「……じゃあ、会わせて……やるよ……」
「……」

一瞬、理解できなかった。裕翔の言葉の意味が、全く分からなかった。

「……え!?」
「放課後、誰もいなくなるまで教室にいろ、そしたら会わせてやる」

裕翔が耳元でささやいてきても、意味を咀嚼できない。何で彼女に会ったことのない裕翔が、僕に彼女を会わせることができるのか。

「ちょっと待って……それってどういう」
「それでキッパリ忘れろ!分かったな!」
「う……うん……」

放課後。頭の中が混乱したままだった。それと同時に、羽癒 はるかに会えるという興奮で、心臓が強く脈拍を打ちっぱなしだ。裕翔と羽癒の関係が分からない。なんで海外に行ったはずの羽癒に今日突然会えるのかがわからない。もしかして、最初から二人は親類同士で、だから付き合うこともできないし……それに海外に行くといったのは嘘で、親に僕との付き合いを止められただけかもしれない……

色々な考えが頭を渦巻く。いつの間にか、教室には僕一人だけが取り残されていた。そして。

《ガラ……》

教室の扉が開いた。そこには、羽癒が……いなかった。いるのは、僕の幼なじみ。他でもない裕翔だ。裕翔は教壇の上までゆっくり歩き、立ち止まった。

「裕翔、どうして……」
「カズ、すまない……」

なにがすまないのか。結局、彼女とは会えないのか。その謝罪に、来たのか?

「どういう、ことなんだよ……どういうことなんだよ!!?」

教壇まで駆け上がり、裕翔に掴みかかった。僕はその行為が正しいものではないことは、重々承知していた。でも、許せない。僕を騙していた裕翔を許せなかった。だけど、僕は一瞬で突き飛ばされ、最前列の机に体を強く打って動けなくなってしまった。

「結局、僕は羽癒には会えないんだ」
「おい、話は最後まで聞けよ……今彼女は、ここにいる」

僕は体を動かせないまま、周りを見渡した。誰かの姿が見えるどころか、物音一つしない。

「どこにいるんだよ」
「ここだ」

裕翔は、自分の胸に手を当てた。まさか……いやそんなまさか!

「俺が、羽癒 はるかだ」
「嘘だ……嘘だそんなこと!」
「嘘じゃない!その証明を、今からしてやる」

裕翔が、羽癒!?性別も、体格も、それに性格も違……う……?いや、違わない……雰囲気は違ったけど、思考回路は少しも違わなかった……!

「そ、そんな……僕は、僕は信じないぞ……」
「すまない……最初はこんなことになるとは思ってなかったんだ……だが、お前がこんな状態になった以上、つらくても受け止めてくれ」

裕翔は、学ランをバッと脱ぎ捨て、Yシャツも脱ぎ捨てて、下着のシャツだけになった。そして、ズボンのポケットから取り出したカプセルを一つ、水なしでグイッと飲んだ。

「さぁ、見てろよ。その目でしっかりと……うぅっ!!」

腕で体を抱えた裕翔の体の全身から、ゴキゴキと何かが組変わっていく音が聞こえてきた。これは、ハッタリではないということを、物語るような強烈な音が。

「うぐっ!!……ああっ!!!」

全体が短くなり、身長がガクンっと下がった。それに、手足の筋肉もゴリッと音を立てて細くなり、腹からも胸からも同じように筋肉が消えていく。

「ひさし……ぶりだから……うあっ……!!」

髪がバサッと伸び、まさに羽癒のそれになる。

「体……うっ……!あつ……っ!!あぅっ!!」

胸からボンッ!と何かが飛び出してきた。乳房。そうとしか表現できないそれは、再度爆発的に膨張して、シャツを破らん限りに引っ張りあげた。今気づいたが、声もピッチが上がっている。

「ひゃぅっ!!」

シャツがせり上がったせいで見えたウエストがゴキッとくびれた。

「んああああっ!!」

最後に、それまででも巨大だった胸とお尻が自分を包む布を突き破り、ボンッと一回り大きくなって、収まった。

そして、そこには、羽癒 はるか、その人がいた。これまで見たことのないほどの色っぽさを身にまとった彼女が。いや、単に僕が気が付かなかっただけかもしれないけれども。

「ど、どうだ……これで、わかったか」

男口調で話すその人は、羽癒であると同時に、軽葉 裕翔でもあった。否定しようのない事実が、僕の頭につきつけられた。

「どうして、こんなこと……」

それが、僕の最大の疑問点だった。どうして、裕翔は女性化して、僕に話しかけようとしたのか。それに、デートまでした。その時の彼女は、本当に幸せそうだったじゃないか。

「何年も一緒にいて、それで……」
「いや、違う。俺が小さい時に、お前が川から救い出してくれた時があったんだ。お前は覚えてないみたいだが。それがきっかけで、俺はお前のようになろうとしたんだ。強くて、勇敢で。でもいつの間にか、憧れが恋情に変わってたわけだ」
「だからって……」
「女になってまで近寄ろうとしないって?……まあ、そうかもな。でもそうしたってことは、俺の気持ちは思ったより強くって……その……」
「えっ……」

裕翔の表情が変わり始めた。観念したようなものが、段々赤らみを帯びて、何か……願うような顔に。

「だから、カズくんと付き合いたくって……でも私が裕翔だってバレるのが怖かった……でも結婚することになったらどうしようと思って……思い切ってフッちゃったの。そしたらカズくんはどんどん変になっちゃったから……」
「……」

俯いて泣きながら喋る裕翔は、完全に少女だ。もしかしたら、薬の効果かもしれない。もしかしたら、裕翔の元々の性格なのかもしれない。

「こうしないと、私が私じゃなくなっちゃう気がしてね、それで今日バラしちゃったの。気持ち悪いよね、ごめんね……」
「僕は……」
「……」

次に言う一言が、僕の人生、裕翔の人生を左右するものだと理解し、深呼吸した。そして、思い切って、言った。

「裕翔の旦那さんになっても……いいよ」
「えっ……?」

僕は、僕の推測に頼って、言葉を紡ぐしか無かった。

「頑張って、自分じゃない何かを演じる必要なんて無いんだ。僕が好きなら、それでいいと思う。その体がいいなら、その体でいいよ」
「カズくん……。うんっ……!」

裕翔、いやはるかの顔に浮かぶ笑顔を見て、それが正しかったことが分かった。

その後は、裕翔は学校では男、それ以外はもう一人の少女、羽癒 はるかとして暮らし始めた。

「カズくん、今日はどこに遊びに行こっか……おっとしまった」
「まだ男の姿だよ、この頃増えてきたね」

裕翔は照れ笑いして、僕も微笑み返した。

「これからも、よろしくな」
「よろしくね」

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投稿者: tefnen

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