そのまま、昼休みが終わってしまった。
「みんな席につけ〜!」
保健体育の教諭である龍崎が、教室に入ってきた。
「ほら、そこの三人…も…?」
美優と結子、伍樹に声をかけようとする教諭。だが、彼はそこにいる小さな少女が誰か、当然わからなかった。
「おい八戸、その子は誰だ。妹さんか?」
「え…」
上の空だった美優がかろうじて反応した。
「だから、その子は誰だと!妹なら、すぐに帰らせろ!」
あまりに薄い反応に龍崎の怒号が飛ぶ。その荒らげられた声とは裏腹に、目がキラキラしている。うわぁ…と周りの視線はもはや救い用がない人を見るものだった。
「あ、こ、この子は…」
「その、篠崎伍樹君です…」
喋り出せない美優を、結子が補足した。
「し、しし…し」
教諭は故障した機械のように震え声になる。普通なら、とんだ戯言と、軽く済ませられるのだが、つい一昨日成長していた美優のことを考えると、簡単には否定できないのだろうと、美優は感じていた。
教諭は何十回も篠崎の「し」を繰り返し続けてやっと、深呼吸をして、息を落ち着けた。
「…そ、そうか…そうなのか…」
「納得してくれるんですか」
「ううむ…そうせざるを…得ない…な。だが、その格好で授業は無理だろう」
伍樹は、変身した時からずっとYシャツ一着だけを羽織っていた。その下に下着が着いているかどうかもわからない。
「先生、伍樹君を、早退させてあげてください」
結子が、衝撃から立ち直れていない伍樹の代わりに促す。教諭も大きく頷いた。
「ああ。だがな…それは、元に戻るのか?八戸だって元に戻ったんだから、篠崎だって大丈夫だろ?」
「それは…」
そこで、伍樹が急に立ち上がって大声を出した。教室じゅうにその幼い声が響いた。
「元には、もどれねえんだよ!!ふざけんな、どういうことだよ!!俺は一生小さい女の子のままだとか、俺がなにをしたっていうんだよ!!!」
「伍樹くん!?」
美優は癇癪を起こした伍樹に恐怖を感じた。
「落ち着け!伍樹!」
そう抑えるのは、伍樹の親友の男子生徒だった。伍樹はそれに気づいたのか、大きくため息をついた。
「望(のぞむ)、ああ…叫んでもどうすることもできないしな…」
「美優ちゃんだってこんなに怖がってるぞ」
伍樹は横目で美優を見た。その目の奥には、怒りの炎が燃えている。しかしすぐ目をそらして、言った。
「ごめん。美優ちゃんのせいじゃないのは分かってるけど…どうしても、納得がいかないんだよ」
「伍樹くん…こっちこそごめん…」
「じゃあ、俺帰るから…」
そそくさと帰ろうとする伍樹。その肩を、望と呼ばれた生徒が抑える。
「ま、待てよ…」
「望っ…うっ…!!」
急に苦痛の表情になる伍樹。
「そんなに俺、強く握ったか…?」
「ち…っ!違うんだっ!うぅっ!!」
美優はその様子を見て気づいた。伍樹は成長しようとしていたのだ。
「望さん!すぐに、伍樹くんから離れて!!」
「は?ん、なんだこの…汗か?」
伍樹の体全体が汗で濡れ始め、そして望はその体を服の上から手で触ったままだった。
「時すでにおそし…だね…」
「なに言って…なんだ伍樹の肩、変な感じになってるぞ!」
ウィルスが体を作り変え始めたせいで、それはムギュムギュと変形し始めていた。
「体が…熱いいっ!!」
伍樹が大声を出すと、シャツの胸の部分が盛り上がり始めた。
「もしかして元に戻るのか?いや、これって…」
その膨らみはまるでプリンのようにフルフルと揺れている。その小さな体に見合わない、結子ほどの大きさのそれは…
「おっぱい!?」
「ん…んぐぅ…」
伍樹はその重さでバランスを崩し、床の上に四つん這いになった。
「ふ…ぐっ!!」
その床についた腕が、グキグキと長くなり、ぶかぶかなシャツの中を満たして行く。小さな手のひらの指一本一本がバラバラに長くなり始め、全てが長くなると、手のひら全体がグキッと大きくなる。
「あ、足が…いた…うぅっ!」
次に足と胴が同時に長くなり、ぶかぶかの服からスルスルと体が出てきた。
「むぐぅっ!」
そして、ムクッと太くなり、健康的な下肢がむき出しになった。露わになった小さな可愛らしい尻が、ボンッと膨らんで、プリッと張った。
「あ、ああああっ!」
最後に髪がバサッと長くなって、変身が終わった。
「ふぅ…はぁ…」
「い、伍樹…」
望は目の前で起こったことが信じられなかったようだ。床の上で荒い息を立てる伍樹を、じっと見つめるしかなかった。
「望ぅ…。俺…!」
その四つん這いの格好のまま、そして尻を親友に向けたまま、首だけを動かして伍樹が声を出す。美優はその声に自分にはない女性の魅力を感じた。それを証明するように、望の顔が紅潮してきた。
「そんな声、出すなよ!お、俺…」
「どうしたんだよ、望…」
先ほどと同じ、誘うような声で伍樹が言う。
「あーもう!俺は同性愛者じゃないんだあああ!!」
望は頭を抱えて、教室から飛び出して行ってしまった。
「望?望!!…仕方ないやつだ。それにしても」
伍樹は立ち上がった。そして、自分の体を確認する。伍樹は10年ほど時を飛び越えたようで、幼稚園児のようだったその体は高校生のものに変わっていた。特に、そのシャツを大きく押し上げる胸、シャツの下端から微妙に見える尻、そして長く黒い髪の毛は、周りにフェロモンを撒き散らしているようだった。
「…俺の…おっぱい…」
伍樹の視界に、すぐ真下に見える大きな膨らみがどうしても入ってくるためか、それを自分の手でポヨポヨと触り始めたのだった。
「ちょ、ちょっと…伍樹くん!周りのみんな見てるよ!!」
「え?…うわあああ!!見ないでくれ!!」
しかし、その華奢な腕で乳房を隠そうとしたせいで、その大きさが逆に強調され、「見てくれ」と言わんばかりの格好になってしまった。
「も、もう!!」
「篠崎!!」
「はい、せんせ…い…」
伍樹の声が途中で途切れる。それもそのはず、教諭の顔にはいやらしい笑みが浮かび、鼻血が途切れることなく流れていたのだ。
「さっさと帰れ!ここはストリップじゃないんだぞ!」
美優にとって、抑揚が足りずほぼ棒読みのその台詞は、教師としての最後の尊厳のように思えた。
「言われなくても!」
「あ、待って!あたし、伍樹くんを送ってきますね!!」
「む、そうだな!行ってこい!」
相変わらず感情がこもらない台詞を背に、二人は教室を出た。
—
「本当に、ごめんね」
保健室で、二人は話していた。下着を持っていなかった伍樹がそのまま学校から出て行こうとするのを、美優が止めたのだ。次の休み時間に、結子がジャージを持ってくるまで、この場所で待つことにしたのだった。
「望にあんな目で見られるなんて、思っても見なかった。あの変態教師はどうでもいいけど」
「あはは…」
「俺は男なのに」
その言葉とは裏腹に、体つきは美優よりも女性らしい。美優はそれが少しだけ羨ましくもあったが、なにも言わないことにした。
「俺、これからどれくらい成長するんだろうな」
「それは…」
美優は、青年の、ウィルスが体を無限大に成長させる、と言う言葉の『無限大』の意味を捉えかねていた。
「多分、男の子はそんなに成長しないよ」
「…そうだといいんだけど」
「それに…!!」
美優の体に、あの衝撃がまた走り、体が跳ねた。
「どうしたの!?」
「そんな…どうしてっ…ああっ!!」
美優の体がまた跳ねる。美優は、自分の体の中で、熱が溜まり始めるのを否応無しに感じ取った。
「なおった…はずだった…っ!!のにぃぃいい!」
脚がググググッと伸び、太さがボンッボンッと膨れ上がる。スカートの口が無理やり押し広げられ、ギチギチと悲鳴をあげ始める。
「うううううう!!!!」
腕もバンッと一気に2倍ほどの長さを得て、シャツから飛び出してくる。同時に胴もポンプで空気を入れられるように大きくなり、シャツは引き裂かれてしまった。そして、凹凸のなかったウエストが、ギュッと締められる。
「んんっ!!」
顔はすでに幼さを失い、さらに衝撃のせいで涙が流れている。髪もサラサラと体のラインに沿って、腰のあたりまで伸びた。
「私の…おっぱい…がああああ!!!」
ついに、その平らだった胸板に、美優の一息一息ごとに脂肪が注入され始め、ムクッムクッと前に突き出されて行く。それは数秒の間に、リンゴのサイズに成長し、次の数秒にメロン、その次はスイカとなった。その成長により生じた揺れが、時間とともに大きくなり、最後には暴力的に揺れる特大のスイカが、美優の感覚を翻弄していた。
「み、美優ちゃん…」
その身長は2mに達し、体積は2、3倍になっている。そしてその体は、全身からかなりの量の液体、汗を滴らせていた。
「あ…あたし、どうして…抗体は飲んだはずなのに…」
当惑する美優の前で、何かが変わり始めていた。それは、伍樹の体だった。彼はすでに次の成長を始めようとしていたのだった。
「あ、あれ…俺の体…また…」
今度は暑がることも、苦しむこともしない。しかしその服の中が胸の脂肪で満たされて行く。身長もクイッと伸び、シャツから体がはみ出て、露出が大きくなる。脚も腕も、髪も長くなり、静かにその成長は終わった。
「さっきみたいに…痛くなかった…」
美優はその大きな体を動かし、伍樹の体を見た。その体には、汗が一滴もついていない。
「あれ…?」
「はぁ…ともかく俺は成長し続けるんだな。こんな早いペースで。しかも美優ちゃんとは違って元に戻れない」
「そんなことないよ、きっと元に戻る方法はあるって!」
美優は伍樹の手を握る。
「美優ちゃん…そうだね。ちょっと悲観的になりすぎてたかもしれないよ。ありがとう」
伍樹も握り返す。
「よし、じゃあ結子ちゃんが戻って来る前に元に…あれ、手が動かない?」
「あたしも手が…あっ…」
美優は奇妙な感覚に陥った。
「何かが、腕から流れ込んで…!!」
「俺から何かが抜けてく!!」
美優の爆乳とでも言うべき巨大な胸の膨らみが、ブルンと自分で揺れたかと思うと、さらなる膨張を始めた。
「あたし、もっと大きく…!!」
「俺は…!」
伍樹の方は、はち切れんばかりに張ったシャツが、スルスルと元に戻って行く。したからはみ出た脚も、細く、短くなっていく。
「伍樹くんの体から、何かが来てるよお!!」
美優の脚は、逆にムクムクと膨らみ、さらにムチムチとした脂肪を蓄えて行く。それが終わった時、そこにはついさっきより一回り大きくなった美優と、子供の体に戻った伍樹が、呆然として座っていた。
「どういう、ことなの…」
美優の中では、今まで以上の疑問と困惑が渦巻くだけだった。