感染エボリューション 最終話

「こ、これが……」

唖然として立ち尽くす美優。声はしたものの、人の体の色をしているだけで、床にぶにゅっと潰れている巨大な肌色の塊には、それが祐希の妹であるどころか、人間であると判別できるものは何一つ無い。

「え、お客さん……?」

美優の声に気づいたのか、肉塊から声がしてきた。

「あぁ、そうだ……お前をアイツのウィルスから助けてやれるかもしれない、だから連れてきたんだが……」
「出てって!苦しいのは、私だけでいいんだから!」
「佑果……」
「それに、おばあちゃんは何も悪くない!だって……んっ!!」

肌色の塊から、ドクンッという鼓動が聞こえたかと思うと、ググッと一回り大きくなった。

「佑果、落ち着いてくれ!そうしないとまた大きく……」
「ご、ごめん……」

美優には、佑果をこのままにしておけば、いつかは部屋いっぱいになって、装甲車の中で大きくなった時のように、潰されてしまうのが目に見えて分かった。それでなくても、人の形を保てず、動けない佑果を、何とか助けたいという気持ちが芽生えた。その美優の頭の中に、声が響いた。

(この個体は治療可能。許可を)
「うん……佑果ちゃん、私はあなたを治してあげられる」
「本当か!!」

祐希は美優の肩をガシっとつかんだ。

「痛っ!ちょ、力強すぎ……!」
「す、すまない。それで、本当なのか?」
「うん。佑果ちゃん、あなたはなぜか体を治したくないみたいだけど……治させて」

佑果の方から声は聞こえてこない。美優は佑果が渋々同意したと見て、頭の中に答えた。

「いいよ。治療して」
(承知。まず接触を。リプログラミングが必要)
「わかった」

美優は、覚悟を決めて一歩一歩佑果に近づいていく。

「佑果ちゃん、行くよ」

そして、脂肪の山に手を触れた。すると、手が佑果の肌に融合した。

「んんっ……なにか、出て行く……」
(リプログラミング、開始)

佑果の体がビクンビクンと跳ね、表面がグニグニと動き始めた。

「おお……」

祐希は、美優の後ろで感嘆の声を上げる。しかし、その時だった。

(完了……。かかったな、マスターさん)
「えっ?」
ドクンッ!!

佑果の体が大きく脈動するのと同時に、美優の体にもとてつもなく大きな衝撃が走った。

「きゃああっ!!」
「美優!?」

その途端、佑果とつながっていた腕から、何かが大量に美優の中に流れこみ、美優の体を内側から押し広げ始めた。

(ふふふ、これこそ我々が求めていた進化、エボリューション。他の病原体の知識、能力も取り込んだ我々は、宿主の指図は完全に無視できる)
「や、やめて!!」

全身の骨がバキバキと言いながら伸長し、服が上へ下へと引っ張られ、ヘソが見えたかと思うと、ウエストが上下に伸びてくびれ、中心にはスッと線が入る。大きくなる骨盤はズボンを横に引きちぎり、出てきた尻は暴力的に膨らみ始めた。1秒もたたないうちに、美優は平均的な成人女性と変わらない体格になってしまったが、佑果からの吸収は速度を上げる一方だ。

(佑果、だったか。この子の治療はしてやるさ。というより、この子の中のウィルスを取り込み、お前の体を元に戻せないほど変形させ、最終的には精神を乗っ取るのだ)
「……!!」

ここまでまな板に等しかった胸にプクッと丘ができ、急激に膨れ上がって、乳房が形成される。それは一瞬のうちにリンゴサイズからメロンサイズになり、ムクリ、ムクリと2倍、3倍と体積を増やす。そしてあっと言う間に美優の体型のバランスを崩し、アドバルーンほどになってもまだ膨張を止めなかった。逆に佑果は、人の形に押し込められるように縮んでいく。

「だ、だめ……」

美優は暴走したウィルスの前に、為す術もなく膨らんでいくしかない。その時、部屋の扉に二人の女性が現れた。五本木と、捕らえられた伍樹だった。

「そこまでよ!あなたのボーイフレンドを傷つけたくなければ観念して実験台に……佑果ちゃん!?」
「美優ちゃん!?」

五本木は完全に元に戻ったのか、華奢な女子小学生の姿になっている佑果に、伍樹は吸収が終わってもなお大きくなる美優にそれぞれ駆け寄った。

「ねえ、佑果ちゃんなの!?……生きてたなんて……」
「おばあ……ちゃん……うん、ごめんね、今まであえなくて」

抱きしめ合う佑果と五本木だったが、祐希が無理やり引き離した。

「佑果から離れろ!このイカレ科学者!佑果はお前から守るために今まで俺が隠してたんだよ!」
「お兄ちゃん!違うの!おばあちゃんは私を治そうとして……!」
「そう、私は佑果ちゃんを……この子が、治したのね、今すぐ抗体をあげるから」
「この大嘘つきが!何が、佑果を治すだ、あんな実験に付きあわせて……」

祐希は二人の話に納得がいかず、五本木に殴りかかろうとする、が。

「た、助けて……!美優ちゃんが、美優ちゃんが!」

伍樹が三人に発した叫び声で、祐希も美優の危機に気づいた。美優は白目をむき、その胸は今もギュギュッ、ムギュッ!と膨らみ続けている。その大きさは部屋の半分を埋め尽くすほどで、あと数十秒すれば全て美優の乳房で埋まってしまうだろう。

「抗体じゃ……どうしようもないわね。このウィルス、いえ……今さら隠すこともないわ、ナノマシンは、究極の成長を遂げてしまったみたい。美優の精神も、もはや消えたも同然ね……」
「そ、そんな……美優ちゃん!」
「美優!しっかりしろっ!!」
「美優お姉ちゃん!」
「ダメよ、人間の精神が打ち勝てるものじゃない……」

だが、美優の目がぴくっと動いた。それを見て、伍樹が渾身の力で叫んだ。

「美優ちゃん!!!君ならできるはずだ!!!ウィルスに勝つんだ!!」

その叫びに応えるように、美優は意識を取り戻した。

「い、伍樹くん……うん、私!ウィルスになんか!負けないっ!!」

美優の叫びと同時に、巨大な体が光り始めた。その光は、次第に強くなり、直視するのが難しいほどになっていく。

「嘘、こんなこと……精神によるリプログラミング(再構成)なんて……!」

強烈な光に全員が目を閉じてしまう。だが、数秒すると光は弱くなっていき、そこでやっと、美優の姿を確認できた。そして、それは元に戻った美優。目を閉じて、ペタンと床に座り込んでいる。

「み……美優ちゃん!!」

伍樹が抱きつくと、美優は目を開け、伍樹に微笑んだ。

「勝ったよ、私……」
「うん……美優ちゃんは、すごいよ」
「伍樹くん……好き……」

何気ない衝動で、美優は伍樹とくちびるを合わせた。伍樹はすこし驚きながらも、美優を抱きしめた。

「外見は、レズだよなぁ……あいたっ!」

祐希に佑果のげんこつがお見舞いされる。

「お兄ちゃんは静かに!」
「いったたた……はいはい……」

そして、兄妹同士で微笑みあった。実験の失敗以来、一度も互いの顔を見ることが出来なかった兄妹は、幸せだった。

結局のところ、佑果には持病があり、脂肪があまり付かず体温の保持に支障をきたすほどだった。若返り薬の開発に成功していた五本木は脂肪を付けるウィルスを作り、佑果に使うことで、持病の影響を和らげようとしたのだ。それが失敗した上、研究所員の手違いで祐希が開発中のウィルスの実験台にされてしまった。失敗を認めようとしない頑固な性格のため、全て意図的に行ったと演じたところ、祐希も佑果も姿をくらまし、傷心のうちに人間の尊厳を顧みず人体実験を行うようになってしまった、というのが五本木の弁明だった。

「本当よ。その証拠に、ほら」

五本木は、確かにガリガリに痩せている佑果に、躊躇もせず薬を飲み込ませた。今回は正しく効果が出たようで、手足や顔にふっくらと脂肪が付き、健康的な体型になったが、美優は、自分が失敗することなど有り得ないというわけのわからない自信を持っているこの女性に、恐怖を感じざるを得なかった。

そして、一ヶ月後。
美優が再構成したナノマシンを下水に流した結果が、顕著になっていた。宿主の意思に完全に従う体型変化ナノマシンを手にした人々は、自分の理想の体を手に入れ、性別や年齢を越えた変身も、日常茶飯事だった。

「おっはよー」
「おはよ、美優」

結子と美優は、昔の体型のまま暮らしている。

「伍樹くんも」
「おはよう、美優ちゃん」
「お、美優じゃん、おはよう」

伍樹は元の男の姿に戻った、が、親友の望は、女子の姿である「のぞみ」が気に入ったようで、伍樹と友達としての距離は保ちつつ、付き合いを続けていた。

「おーい、着席しろー……着席して、お願い!」

教諭の龍崎はというと、幼女――つまり小学生くらいの女子のことだが――としての生活を楽しんでいるようだった。しかしクラスからの冷たい視線は、一部が妙な興奮の視線に変わっただけだった。

「美優、今日はロングヘアにしてるんだね」
「えへへ、あとでおっぱいも大きくしちゃおっかなー」
「本当、美優ったら見えっ張りなんだから」
「ふふん、でも、中の子が増えたい増えたいってうるさいの。だから……」

美優の胸が膨らみ、セーラー服がギチッと悲鳴を上げた。

「ちょっとだけ、また成長しちゃおうかな!」

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投稿者: tefnen

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