侵食するカラダ

『簡単に性転換できるところがある』

そう聞いた俺は、興味本位で練馬区の「診療所」に向かった。西武線の駅に近いそこは、着いてみるとただの賃貸アパートのような建物、というより本当にアパートだ。思っていたとおりガセかと思ったが、入口の一つに「性転換はこちら」というシュール極まりない案内の紙が貼り付けてある。

「さて、どんな釣りなんだ?」ドアの取っ手を握ろうとしたとき、女子高生が中から出てきた。内気そうなその子は俺のことに気づくと、小さな声でささやきかけてきた。

「本当に女の子になっちゃうから、気をつけてね」

俺はあっけに取られた。こういうことを言うってことは、こいつは元々男だってことか?確かに、きている服はチェック柄のワイシャツにジーパンと、典型的なオタクと一緒だ。しかもサイズが全然合わず、『私は元オタクの男です』とその姿だけで俺に主張しているようだった。

しかし、そんなこと、男が女になるなんてこと、実際に起きるわけがない。俺は気を取り直し、女子高生を鼻であしらった。「フンッ、こけおどしだろ?」

その言葉を聞いた彼女は、明らかに不満そうに俺を睨んだ。「そう、それならそれでいい……」独り言のように呟くと、そいつは踵を返し、駅の方に去って行った。

俺に女性化願望がないわけじゃない。でも、それは単に異性の体でしかできない体験をしてみたい、レベルの願望で、別に男のままでも問題はないのだ。それでも、その弱い願望が俺にここまで足を運ばせたのだ。俺は意を決して、アパートの扉を開いた。

「いらっしゃい、我が診療所へ」すぐに、柔らかく優しい、いわば紳士的な男の声に迎えられた。不気味といえば不気味だが、俺は包み込んでくるようなその声に、自然と答えを返す。

「あの……女になれるって聞いてきたんですけど」

少しの沈黙。なんか恥ずかしくなってきた。人の前で女になりたいと言ったことなんて、初めてなのだ。だが、玄関先に白衣をきた背の高い中年の男性が微笑みながら出てきて、見当違いのことを言ったのではないと、ホッとすることができた。

「その通り。さあ、奥へいらっしゃい。順番待ちになるけど、それでもいいかな?」

順番待ち?そんなにここは有名なのか?と中へ入ると、トイレらしき小部屋につながるドアがついた広めの和室に、敷布団が何枚か敷かれ、合宿所のようになっている。だが、何よりも俺の目を引きつけたのは、壁際に貼り付けられたようにおかれている装置だ。小さめの冷蔵庫くらいの大きさのそれには、真ん中に操作盤らしきタッチパネルが取り付けられ、その他は電源ボタンと、タッチパネルの上にカメラのレンズのようなものがついている。そのレンズは何かを撮るのではなく、逆にそこを覗き込む構造になっているようだ。

「お待たせ。それで、どういう女の子になりたいのかな?」

その言葉は、俺ではなく、すでに装置の前に置かれた丸いすに座った男に掛けられていた。男、といっても、服を脱ぎ、さらけだされた上半身はかなり丸っこい。女性ホルモンでもやっているのかと思うくらい、印象が柔らかいのだ。それだけに、男が発した声には腰が抜けそうなほど驚いた。

「声が高い、小柄な子になりたいです」その声は、信じられないほど低かった。それに、よくみてみると腕からは大量の毛が生えている。体の大きさも俺とそんなに変わらない。やっぱり、れっきとした男だった。

「それでは……」白衣の男は操作盤をぽちぽちとタッチして操作し、男にそれを見せた。「これでいいかな?」

先生が、男に聞くと、男はコクリとうなずいた。すると今度は先生は俺を見た。「じゃあ、あとに入ってきた君、少し外で待っていてくれないか?」

「え?」なぜ、俺を追い出さなければならないんだろうか?やっぱり、ガセネタなんだろうか?そういう考えがすぐに出てくるのは、この装置が女性化するのにはあまりにもちゃっちく見えていたからに違いない。

俺はよほど怪訝そうな顔をしたんだろう。先生はニコッと微笑んで、「心配ない。この装置が出す光が、処置する人以外には少し有害なんだ。なに、数分で呼びに行くから」と優しく言った。そんな言葉くらいでは、これがホンモノだと納得することはない。だけど、俺は結局その場を離れ、アパートの外で待つことにした。

冬も近づき、肌寒い。つい最近まで聞いていた虫の声も、すっかり鳴りを潜め、大通りから遠いこともあって、風の音しかしない。やることもない俺はスマホを取り出し、友達とメッセージを投げ合う。その間、アパートから誰も出てくることはなく、近くを軽トラが走っていくことくらいしか、俺の周りに人がいることを感じさせることが起きなかった。

そういう状態になると、いろいろ自然と考えてしまうのだが、今自分が面白半分でやろうとしていることが、どれだけの影響をこれからの人生に及ぼすのか、それが気になった。女になれば、人生が変わるんだろうか?これまで、普通の男……学園祭で女装は一回だけしたことがあるけれど……ただの男として生きてきたし、将来の設計もそれが続く前提で行ってきたのだ。女性になればそれが根底から崩れることになる。

じゃあ、なんで俺がこんな話に乗って、時間を書けてここまで来たのかというと、今の人生がつまらない、という一言に尽きるだろう。要は、人生の転機が欲しいのだ。顔はあまりぱっとせず、勉強があまりできるわけでもない。このままだと、あとすこししか残っていない学生生活も、華がなく終わってしまう。何か大きなことを自分でするのには時間がなさすぎる。そこに、この話が転がり込んできたのだ。

ただ、そこまでして、本当に大丈夫だろうか?

「あのー?」俺の考えは、少女の高い声によって途切れた。

「うおっ!?」あまりに急だったから、大きな声をだしてびっくりしてしまった。その子は、アパートの扉の影から俺のことをじっと見ていた。結構小さい子だが、その様相に幼さは感じられない。こんな女の子が、俺に何の用……って、ちょっと待てよ?

「まさか、椅子に座ってた……」俺が聞くと、その子は顔いっぱいの笑顔を俺に見せた。

「そうですよ!ボク、女の子になったんです!」

頭にガッツーンと打撃を食らったような衝撃。手術は、本当にホンモノなのか?さっきまで、それがホンモノであるということ前提の思考をしていたはずなのに、その事実に、茫然自失としてしまう。

「どうしたんです?ほら、あなたの番ですよ!」

それに構わず、女の子は俺を部屋の中に引き入れ、自分は外に出て、お辞儀をした。

「あなたも、『望んだ姿』になれるといいですね!」

そしてそのまま、扉を閉めた。

『望んだ姿』。

俺、どんな女の子になりたいんだ?そもそも、本当に女になってしまっていいのか?

いや、待て待て、俺。考えろ。どうせ、部屋の中にもともとあの子はいたんだ。男が変身したように見せかけるために、俺を追い出して、入れ替わったんだ。そうさ。そうに決まっている。……いや、もしそうなら、なんで俺のためにそんなトリックを……

「……どうしたのかね?」

突然、背後から先生の声がした。俺はビクッとして、振り返る。そこには、大柄で、俺を包み込むようなオーラの、男が、いた。いや、どうみても先生だが。

「なんでも、ないです」なんとか、言葉をひねり出すと、先生は相変わらずの微笑を浮かべる。「そうか。では、君の番だ。上の服を脱いで、装置の前の椅子に座ってくれたまえ」

言われたとおりに、先生に続いて、部屋に入り椅子に座ると、俺の目の前に立った。

「この装置の説明をさせてもらおう」先生は唐突に説明を始めた。「この装置は、君の細胞すべてのDNAを不安定にさせた上で、書き換えるものだ」

DNA。デオキシリボ核酸。細胞核の中にあって、細胞分裂の際に、細胞の雛形になるものだ。つまるところ俺の設計図、というわけだ。というのを、最近勉強した。それを書き換えるということは、やっぱり俺の体は今のままではすまないだろう。

「まあそれだけでは体の形が変わることはないから、成長ホルモンや女性ホルモンを分泌するよう、脳に司令する機能もある。画期的だが、医療界には完全に認められていない」

「え……」俺は、違法手術を受けようとしているのか!?というより、今聞いた機能は、こんな単純な機械じゃ、到底出来ないような芸当である気もする。それに、本当の性転換手術は、メスやらなんやらちゃんと使う外科手術であるというイメージがある。

「ふふ、驚いたかね?だがね、これまで失敗したことは、一回もない。千人以上の男子を、女子に変えてきて、一人も失敗したことはないのだから、君が最初の失敗例になるなんていうことは、ほとんどあり得ない。さて聞こう。君はどんな女性になりたいのかな?」

先生の目が、俺の目を凝視する。不思議な輝きを持つその目から、何かが入ってくるような気がするくらい、まじまじと見られている。どんな女性になりたいか、だって?

「お、俺は……胸がとんでもなくでかくて、金髪ロングで、でも背は今より少し低くて……」俺は、俺の好みをつらつらと言葉にすることにした。先生はフムフムとうなずきながら、メモを取る。「足も綺麗で尻も出てて、でもウエストはキュッと絞まってる、そんな女の子になりたい……」

「それだと、周りから浮くことになるが……金髪は高校じゃもう廃れてるだろう?」先生の言葉が、グサッと刺さる。現実的なアドバイスであっただけに、相手が本気なのが完全に分かったからだ。「だから、黒髪の方がいいと思うがね」

先生は、微笑んだままだ。俺は無理な注文を言って、ボロを出させるつもりだったが、その気配は一向に感じられない。

「分かりました……」俺は、最後の手段にでた。「それで、料金の方は……?」もしこれが詐欺なら、カネのことを聞けば、ウン万と言ってきて、俺の払えるギリギリを狙ってくるに違いない。

だが、その思惑は外れた。

「160円だ」

160円。それなら財布に……って、ペットボトルジュース一本分と一緒だぞ!?そんな安価で、こんな大掛かりなことできるか!?逆に疑わしいぞ!

「あの……」しかし、そのことを指摘しようとした俺は、先生の瞳を見て、言葉を出す気をなくした。別に、熱意に感動したとか、あまりの存在感に恐怖したとかでもない。単に、言葉が出なくなったのだ。

「なんだね?」

「いえ……」素直に、財布から百円一枚と五十円一枚、それに十円一枚を取り出し、差し出された先生の手に渡した。

「ふふ、本当は無料なんだがね……君は私のことを疑い過ぎだ。これくらい受け取っておかないと、信用してくれないだろう?さあ、いよいよ始めようじゃないか」

先生は、操作盤をポチポチと操作する。よく見ると、スリーサイズが120-65-90、身長が150cmに設定されている。しかし、分かったのはこれだけで、後はよく分からない番号や記号が並べられて表示されている。

「よし、設定完了だ。レンズを覗き込んでくれ」

俺は、指示通りにする。レンズの向こうは、真っ暗だ。

「では、開始!」

《ピカッ!!》

レンズの中から、目が潰れそうなほどの光が、俺を襲った。その瞬間、全身が激しく振動するような、強烈な感覚に襲われる。

「うぉぉおぉっ!!!」
《ボコボコボコボコッッ!!!》

肌を見ると、そこらじゅうが膨れたり凹んだりを繰り返し、腕の毛を見ると、肌の中に引きずり込まれるように、短くなっていく。そして、指先から手のひら、腕へと、肌の色が抜けていく。まるで、俺の腕が何かに置き換えられていくかのようだ。

《ドクンドクンドクンドクン!!!!》

心臓も痛いほどに大きく、そして速く鼓動し、全身を血液が駆け巡っているのが感じられる。不定型になっている俺の体は、大胸筋がとんでもなく大きくなったかと思えば姿を消したり、腹筋が割れるほど発達したかと思えば、脂肪だらけの膨らんだ腹になったり、一体何になるのか分からなくなっているほどに、変形に変形を重ねていく。

「そろそろ、完全に元の形を失った頃だ。これから理想の形に近づいていくぞ」

これまで変化のなかった、胸板についている2つのポッチが、ブクッと膨らんだ。と同時に、体中から左胸に何かがジュルジュルと流れていき、皮膚を水風船のように無理矢理に押し上げる。最初、リンゴサイズまでゆっくり膨らんだそれは、次には鼓動に合わせてブクッブクッと膨らむ。衝撃に耐えながら手で触ってみると、手の方は皮膚の中で何かがジュクジュクと出来上がっていく感触が伝わり、胸の方は何かに圧迫される感じがある。左胸の方も、右胸に遅れながら着実に膨らんでいく。

《ブルンッ!ブルンッ!》

膨らむごとに揺れるそれは、俺の目から下半身を隠していく。その有様に気を取られていたようで、髪はいつの間にか伸び、俺の視界の中に入ってきた。

「これが、俺の……髪……?」髪を手の上に乗せると、サラサラと滑り落ちていく。その手も、筋肉がすっかり落ち、スベスベとした細いものに変わっている。

《ガキッ!!》

「うっ……」肩の方まで目を写したとき、肩甲骨のサイズが一挙に変わり、肩幅が一回り小さくなった。その肩を撫でて、変化を体感していると、今度は尻のほうが熱くなってきた。

《ゴキゴキゴキッ……ビキキッ!!》

腰を触った途端、骨盤の形が変わり始め、大きく広くなっていく。メロンほどになった胸のせいで前からは目で確認できず、体を捻って何とか目視すると、ズボンが広げられている。次に、胸と同じように尻に何かが流れ込む感覚が伝わってくると、ズボンはさらにパンパンになり、丸い膨らみの形が外に押し出されていた。逆に、ウエストはギュッと絞られていく。

「んんっ……!!」俺の声も、2オクターブくらい高くなり、完全に女性のものだが、それよりも、股間から何かが吸い出されている。とっさに股をおさえると、これまで大切に育ててきたものが、体の中に引っ込んでいく。そして、下腹部に何かができあがっていく。女性にしかない器官、子宮だろう。これで、俺は晴れて子供を身ごもれる体になったわけだ。全然うれしくないが。

ズボンの上から、脚を触ると、ほどよく筋肉は付いているが、柔らかくムチムチとしたものになっている。

「終わったみたいだね」先生に言われて、椅子を立つ。そして鏡を見ると、思い浮かべた通りの理想の女の子が前にいた。モチモチとした胸を手に乗せてみると、ムギュッと歪んで、目からも手からも柔らかさがいやというほど伝わってくる。

「どうかね?」

「すごい……です」はっきりいって、めちゃくちゃ可愛い。鏡の前でポーズをとりまくったあと、俺は、とりあえず帰ることにした。

服を着ようとすると、胸の先端が擦れて、経験したことのない刺激で気がおかしくなりそうだったが、何とかこらえた。それにしても、ジャケットを着た時点で、胸の膨らみが大きく前に押し出されてしまい、服がパンパンになって、恥ずかしい格好になった。

「今日は、ありがとうございました」「お元気で」

先生と挨拶を交わし、診療所を後にした俺だった。

投稿者: tefnen

pixiv上にAPまたはTSFの小説をアップロードしている者です。

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