電車の中で、俺は自分の胸に集まってくる視線を感じながら、これからの事について考えていた。俺は、本当に女になってしまった。それも、スタイルは抜群、顔も美しさと可愛さをうまく兼ね備えた、通りを歩けば誰もが振り向くような美少女だ。実際、この電車に乗った全員が一回は俺のことを見ているだろう。
試しに、服から大きく突き出している胸の膨らみを下から持ち上げ、ムニュッと歪ませると、男は全員、女も半分くらいが目を丸くして俺を見た。そんなに俺って、目立つんだな。
一人暮らしで、誰もいない家に着くと、すぐに服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びようとした。完全にサイズの合っていない服はキツかったし、胸の間に汗が溜まって、かぶれてしまいそうだった。
「……」
鏡を見た瞬間、それまで成り行きで動いていた体が、動かせなくなる。さっき俺は自分の姿を見たはずなのに、雑誌でも見たこともないような特大スイカの胸や、一点のシミもない透き通った肌、これ以上細くなったら折れそうなウエスト、豊満な太もも。その全てが、俺を誘惑した。
隣に先生がいたさっきと違って、今なら、誰も見ていない。俺は衝動的に手のひらほどに大きく薄く広がった乳頭の先っぽを、クイッとつまんでみた。
「あ……んっ」
俺の股間に息子が残っていたら、一瞬のうちにとんでもなく固くなるような、色気たっぷりの声が出た。
俺の、この喉から。
顔が熱くなり、鏡を覗くと、目の前の少女も顔を紅潮させ、エロい表情になっている。
俺の顔が、エロい。
体が変わっても脳の中は男なのか、滅茶苦茶興奮する。と同時に、自分が超えてはならない一線を超えたことを実感する。といっても、いまさらどうしようもない。今日は疲れたし、さっさと体を洗って、寝ることにしよう。
「ふんふ~ん♪」
俺はいつものようにスポンジにボディソープを付けて、こっちはいつものようにじゃなく鼻歌を口ずさんで肌を擦った。
《ゴシッ!!》
「ひゃんっ!」痛い!すごく痛い!っていうかなんだ今の声!無意識のうちに、黄色い悲鳴を上げてしまった。俺の考えとは別に、体が勝手に声を出してしまったのだ。
俺は一瞬思考が止まってしまった。自分の体が、自分のもので無くなっていってしまうのではないか、という不安にさいなまれたのだ。
「何考えてるんだよ、俺!」俺は、手をグーパーと動かして、自分に言い聞かせる。「ほら、自分で動かせるじゃないか」
それから俺は、できるだけ優しく、肌を洗い始めた。一番やりやすかった脚の先から……と言っても前かがみになったせいで、胸がつっかえたが……、尻、腰、胸の下、胸の間、胸の上、肩、腕と、ここまでは順調だった。
「股……って……どうなってるんだ……?」視界を塞ぐおっぱいを何とか脇にどかして、股の間を確認する。そこには、ピッと一筋、線が入っている。俺は恐る恐る、人差し指と中指を使って、その線を左右に引っ張った。すると、それはカパッと開いて、ヒダのようなものと、突起のようなものが露出された。人の一部とは思えない形をしているそれは、少しグロい。
そっとじ。
いやいやいやいや、自分の一部なんだから、どうにか慣れなければならないだろう。俺は覚悟を決めてもう一回それを開けた……
《ムギュギュギュギュ》
とそのとき、胸が妙な変形を始め、それを皮切りに俺の全身がぐにゃぐにゃと……
—
「はっ……!?」
俺は意識を失っていたようだ。そして、ここは風呂場。俺の体は……
元に戻っていた。完全に男の姿に戻り、俺が女だった形跡は一つもない。
「ふ、ふふ……やっぱり、そうだよな……あんなこと、実際にあるわけがないよな……」
鮮明に記憶に残っている女としての体験は……あれはきっと夢なんだ。そう自分を説得し、俺は体についていた石鹸を流し、髪を洗って風呂をあとにしたのだった。
—
翌日。学校に着いた俺は、だれとも会話することもなく、席に座り込んだ。昨日の体験が頭から抜けない。妙な装置で、自分の体が細胞単位で全て女に変わってしまうという、変な夢。胸についた、超大きくて、そして重い膨らみ。会ったこともないほどの可愛い女の子の顔が、自分のものになっていた。もっと何かやっておけばよかったんじゃないかと思ったが、どうせ夢だ。
「どうしたんだよ、おい!」いつの間にか、友達の新田が俺の前に立っていた。大声を出して俺を呼んでるってことは、相当な回数、呼びかけてきていたに違いない。
「ああ、なんでもねえよ」「そんなわけないだろ!お前らしくもなくぼーっとしてさ」否定しようがない。一人暮らしの俺にとって、学校での友達付き合いは大切な日常の一部だ。大抵、自分でもオーバーと思うくらいの挨拶をしてクラスに入っていく。その俺が、なんにも言わず席に直行して何か考えこんでいるなんて、不思議以外の何者でもないだろう。
「病気でもしてんのか?そろそろ期末試験だぞ」新田は、本気で俺のことを心配しているようだ。
「いや、さ、女になった夢を見てだな」
自分でもこの事を言うとは思っていなかったが、自分の中で貯めこんだままっていうのがいやだった。新田は、それを聞いて吹き出した。
「おい、なんだよそれ!お前も相当試験に追い込まれてるんだな」
「あ、ああ。そうだな」
確かに、追い込まれてなきゃ、女性化できるって聞いて、電車賃まで払って行くわけないよな。
そんな俺の視界の中に、たゆん、たゆんと大きく揺れ動く盛り上がりが入ってきた。
「お、デカパイ委員長のおでましだぜ」新田の言う通り。食べたものが全て胸に行くと言われている、このクラスの委員長が、教室に入ってきたのだ。Hカップはあり、本人は事あるごとにでかすぎるその胸のことで文句を言っているらしい。
まあ、俺のほうがデカイけど。
え?今、俺、自分の胸が、委員長よりでかいって考えたか?俺におっぱいなんて無いのに?
「ちょっと、何マジマジと見てるんですか?」遠くにあったおっぱいが、いつの間にか目の前にあった。ずーっと凝視していたらしく、周りの軽蔑の視線が突き刺さってくるようだ。
「あ……すみませんでした」と、今更謝っても遅い。委員長は俺をにらみつけて、説教する気満々だ。
「だいたいあなたは……って、きゃあ!!」まさかの委員長、なにもないところでコケた!そして……
《ドタプーン!》
俺の顔に、おっぱいが襲いかかった。服越しでもわかる柔らかさと、温もりに、俺の顔は包まれ、そして、思考が支配される。俺の『夢』がフラッシュバックし、鏡に映る『自分』の姿が、頭の中を埋め尽くしていく。
「ちょっと……ねえ……」委員長の声が、意識の彼方で聞こえる。しかし、俺の体で何かが駆け巡り始め、ゴゴゴゴと音を立てて、周りの雑音をかき消してしまう。
そして、ついにそれは始まった。
女性ホルモンが脳から分泌され、新陳代謝が加速されていく。そのせいで、全身の細胞が分裂や変成を繰り返し、体が至る所でメキメキ、ゴポゴポッ!という音を立てて不定型になる。
《ムギュギュギュギュ!!》
そして、俺の中にわずかに存在していた乳腺が、血流に合わせて急速に増殖し、胸を盛り上げる。苦しくなった俺は、服を脱ぎ、上半身を露出させた。
全身の血管は異様に浮き立ち、その先の組織が動いているかのように、絶えず変形を繰り返している。筋肉細胞が脂肪細胞に変わり、破骨細胞が俺の骨を細くし、造骨細胞が逆に俺の骨を形作る。
「んっ……んんっ」
声の高さが安定しない。体のすべての部分から、人体が出すはずのない、メリョメリョとか、ズルズルとかいう生々しい音が出され、そのたびに体の表面が凹んだり膨らんだり、伸びたり縮んだりする。
「んはっ……」
制服のズボンの左がメリメリと破れ、中から筋肉が異常に発達した脚がでてきたと思ったら、その筋肉の殆どが一瞬にして脂肪に置き換わり、同時に、ゴキッと膝の向きが変わって、左足だけが右足より一回り太く、内股になった。
その根本で、股間が怒張し、普通のバナナほどに大きくなってしまう。あまりの痛さにズボンを脱ぐと、尻が左からボンッボンッと膨らみ、それに吸いだされたかのようにペニスがギュッギュッと収縮し、股の中に消えてしまった。
「あ……はぁんっ」
次に起こったのは、お腹の膨張だった。筋肉質だったお腹が、水を入れられるように、パンパンに膨れ上がっていくのだ。腸ではないどこかに、何かを無理矢理詰め込まれる感覚がする。
「はぁっ、はぁっ」
俺が呼吸するごとに一回りづつ、妊婦のように膨らんでいくお腹。臨月を通り越し、3つ子くらいになる。
《ギュルルルルル!!!》
「んんっ!きゃああああっ!!」
腹部の変化が終わった所で、急に膨らみが吸い取られるようになくなり、逆に、これまでリンゴサイズだった胸のほうが、ヘリウムボンベで空気を封入される風船のように、特大メロンサイズまで、一気に膨れ上がった。当然、ものすごい痛みが走る。
「ふぅっ……」
胸に脂肪を送り込んだお腹の方は、逆にコルセットに締められたかのようにくびれ、いつの間にかムチムチに熟した右足の質量感を強調していた。
《ギュギュギュ……》
そこで、未だに俺の目の前にいた委員長のおっぱいを意識したのが悪かったのか、胸の中に、皿に何かが詰まっていく感覚がし始めた。俺のおっぱいがブルブル小刻みに震え始め、次第にその周期が短くなっていく。そして……
《バイィン!!!!》
乳房が爆発するように拡大し、2倍の大きさまでひとっ飛びした。どゆんどゆんと揺れるそのZカップでも足りないくらいの大きさの双つの肌色の球は、人間の乳とは到底思えないほど大きい。
そこで、体の中が安定し、変身が終わった。俺は、冴えない男子高生から、超乳を持つ牛乳女になっていた。クラス中の人間が、いきなり変身した俺を驚きの目で見ている。
「あなた、その胸……」唐突に、委員長が俺の旨をペタッと触った。その腕でも隠し切れないだろうほどの乳房に、委員長の手はかなり小さく見えた。
「恥ずかしいです……っ」そんなに色気を出す気はなかったが、自分でもドキッとするような甘い声が出てしまった。俺は、いったいどんな女になってしまったのか。この胸でもまんざらでない俺は、どこか頭のネジが飛んでしまっているのだろう。
「あ、ご、ごめんなさい……と、とりあえず私のジャージ貸してあげるから、ほ、ほ、保健室に、い、行って来なさい」
委員長の声がかなり震えている。それでも俺に助け舟を出してくれるのは、さすが委員長といったところか。って、そんな冷静な分析してる場合じゃなかった。周りに見られている。でも、そこまで問題じゃない気が……
「ほ、ほ、ほら、ジャージ!着なさい!」委員長がジャージを差し出してくれる。この肉体美をジャージの中に詰め込んでしまうなんて、もったいない。そんなこと絶対おかしいのに。
って、俺は露出狂かよ!?
一瞬、気が触れていたようだ。変身のショックで、思考回路がパンクしていたんだろう。さっさとジャージを来て、この場から立ち去らなければ。
「って、すごくきつい」胸のサイズが特に合っていない。襟からもはみ出て、今にもジッパーが飛んでしまいそうだ。乳首の形も服の表面に浮き出てしまっている。
「うるさいわね!……よかったじゃない、憧れのおっぱいが手に入って」委員長に、意地悪を言うくらいの余裕が出てきたようだ。俺は言われるがままに、保健室へと向かった。
—
「あなた、本当に男?」事情を説明した後に、保健室の女性校医に言われた一言目がこれだ。
「ええ、間違いなく……今日の朝まで、男でした」こんなことを、誰がどう見ても女の生徒に、しかも証拠のために出した学生証に写っている顔と共通点が何もない間抜けじみた爆乳女子生徒に言われても、誰も信じないだろう。
「そうなの……じゃあ、試しにこれを飲んでみて」
信じられないことに、俺が男だと信じられた。なんてことだ。それに校医は、俺に白い錠剤を渡した。俺の女性化の原因に、心当たりがあるっていうのか?
「ほら、水」
「あ、はい」
ゴクリ。錠剤が喉を通り抜けていった。と、体がぽぉっと熱を帯び始め、胸が縮み始めたかと思うと、数秒で俺は元の姿に戻った。
「ふーん、やっぱりあいつがやったのね」校医は俺の変化をて、うん、と何かに確信を持ったようだ。
「あいつって?」「私の兄よ」
世界って狭いなー。俺を女にした男が、校医の兄だなんて。そんな馬鹿げた話があるか。
「とりあえず、あいつの処置を受けた以上、元に戻る術はないわ。私がケアしてあげるから、大人しく女の子になることね」
どうやら俺は、後戻りできないらしい。ハァ……と、ため息をつくしかなかった。