「城主様、城主様!」
「ん……?」
小さな声で、目が覚めた。立ち上がると、周りは緑一色。俺は野原の上で寝てしまっていたようだ。
「って!?どこだよここ!」
周りには田園風景が広がっている。家や学校の周りには、こんなに開けた場所はない。それに、見える家は全部みすぼらしい木造建築で、まるで中から時代劇に出てくるお百姓さんが出てきそうだ。と思ったら本当に出てきた。
「ごめんなさいなの!適格者を見つけたのに寝てたから無理やり連れてきたの!」
「連れてきた!?どこに……」
「そんなことは今はどうでもいいの!」
どうでもいいはずがない。俺は反論しようとしたが、地平線になにか奇妙なものが見え始めた。それは、甲冑。甲冑だけなら奇妙でもなんでもないが、そのサイズが、明らかにおかしい。はるか遠くにあるはずなのに、それより近くにある家々よりとても大きく見える。山すらその大きさにかなっていない。
「なんだ……あれ」
「兜なの……早くしないとやられるの!」
しかし考えてみれば、俺に話しかけてくる声の主もそうだ。奇妙、というよりは見えてないだけなのだが。
「お前は誰なんだよ。どこにいるんだよ」
「千狐のことが見えないの?ここにいるなの!」
「ここって……あ。」
いた。足元に小さい女の子が。狐の耳と尻尾が生えている。
「城主様、こんなことにうつつを抜かしている暇はないの!」
「なんだよ、さっきから城主様、城主様って……俺は城どころか家すら……」
「あ、城主様。おなかすいた、なにか食べるものない?」
「は!?」
俺と小人の会話に横槍が入った。見ると、今度は小人ではないが小学生ほどの小さな女の子が喋りかけてきた。
「……?」
「三木城なの!あなたの城娘なの。寝てる間に築城したの!」
「ちく……じょう……?」
このボブカットの和服を着た可愛い子と、『築城』という言葉が全く吊り合わない。俺の混乱はさらに加速していっている。
「そんなことどうでもいいの!早く三木城に指示を出すなの!」
先ほどの兜はどんどん近づいてきている。この子にはそれを倒す能力があるのだろう。
「指示って、どうやって……」
「三木城に手を伸ばして、城娘が敵を攻撃しやすい所に配置するようにどらっぐあんどどr……念じるの!」
どうやら三木嬢ではなく三木城らしい。『城娘』。もう全く訳がわからない。それに、今こいつコンピュータ用語言いかけた!?
「ねえねえ、おなかすいたー!」
上目遣いでねだってくる『三木城』。なにかあげたくなるのはやまやまだが、兜もすぐそこまで迫ってきていた。俺は意を決して、三木城の方に手を伸ばした。
「うぎゅぅー……!」
すると、女の子はビル10階くらいの高さに舞い上がる。何かに掴まれているかのように、結構苦しそうにもがく。
「じゃああそこの道の上に……」
「道の上はダメなの!他の場所を選ぶなの!」
「はぁ!?じゃあそこの隣で」
道の隣には家があるが、あの華奢な子が何か害を及ぼすとは考えづらい。千狐に言われたとおり、そこに三木城を配置するようにむんっと念じた。
「え、えっ!?」
次に起こったことは、俺の想像を超えていた。なんと、女の子の体が大きくなり始めたではないか。人が大きくなる、という時は小学生から中学生へとか、12歳から14歳へとか、そういう年齢の変化を表すのだが、今は違う。着ている和服をビリビリに引き裂きながら、三木城の体が、そう、巨大化していくのだ。
「はっ!?どうなって……」
「あの敵と戦うには、それなりの体の大きさが必要なの」
幼いもちもちとした肌が、遠くからも分かるくらいに拡大していく。先程はあまり気づかなかった金色に輝く瞳が見える。俺なんかの大きさはとうに超え、下にある家の大きさにも達しそうである。……待てよ?
「あー、言い忘れたけど城娘の力を使うには資源が必要なの……」
「まさか、それって……」
三木城の体はさらに巨大化を続け、体の位置が下がったわけではないのに、足が地面にぐんぐんと近づく。丸裸の幼い少女の足は、ついに……
バキバキ……!!バーンッ!!
「ひぇっ!」
家の屋根を突き破り……というより、家全体を押しつぶした。三木城が小さく叫び声を上げるが、持ち主は阿鼻叫喚だろう。
「ちょ、なんでこんなに大きくなってるの!?あっ……」
三木城は巨大になった自分の体を見て、ものすごく戸惑っている。彼女自身も予測していなかった変化らしい。そのビル20階くらいの身長の体が、先ほどとは違う、動きやすそうな和服に包まれ、手にはその体にしても大きな木槌が出現した。
「これって、戦えってこと?おなかすいてるのにー!」
「ほら、なにか言ってあげてなの」
駄々っ子のようにゴネる三木城を見て、千狐が俺に問題の解決責任をぶん投げてきた。
「……お前……」
「やーだ、ご飯が先にして!」
三木城は俺を見ながら大声を出し、今にも泣き始めそうである。仕方ない。
「あー、戦ってくれたらご馳走にしてあげるから!」
「今ご馳走にしてよ!」
信じられないほど大きな声で叫ばれる度、鼓膜が破けそうだ。
「倒さないと、あの敵がご馳走を持ってっちゃうんだよ!だからあげられなくなるんだ!」
「そ、そうなの……?」
お、手応えありか。このまま押し通すか。
「ああ!だから精一杯やるんだ!」
「うん!」
三木城は、木槌を構えた。どうやら戦闘準備は整ったみたいだ。そこに、ついに兜が到着した。
「えーい!」
三木城は思い切り木槌を振り、兜にぶち当てた。すると、兜は粉々になり、光の粒になって消えた。
「これでごちそう……あ、まだくる!」
兜は20体ほど押し寄せてきていた。三木城は攻撃できる範囲に敵がくるたび、木槌を振り回して破壊していく。彼女は周りへの被害を考えてか、一歩たりとも動かず、自分から敵の方に突撃などはしなかった。しかし、15体目ともなると大分へばってきたようで、はぁはぁと息を荒らげている。ときおり、腹の虫が鳴く音も聞こえる。
「この、この……!あぁ、もう……」
三木城の表情が険しい。そして、ある時、三木城の何かがプツッと切れた。
「お、お前らなんか……」
木槌を高く据える彼女の顔は、鬼の形相であった。嫌な予感がした。
「大っ嫌いだぁああ!!!」
ドォオオオン!!
勢い良く地面に振り下ろされた木槌。それは地響きを起こすと同時に謎の光を発した。その光は辺り一帯を覆い尽くし、残り数体の兜を一気に吹き飛ばしてしまった。それだけならよかった。吹き飛ばしたのは敵だけではなく、家や道、田んぼや畑などとにかく生活に必要なものまで全部だった。
「はぁ、はぁ……」
三木城は武器を振り下ろしたまま、それに体重を少し預ける形で、顔を下に向け息を整えている。
「じょ、城主様……」
戦慄する俺に、話しかけてくる彼女。
「なんだ……?」
「おなか、すいたぁ……」
俺に向けられた彼女の表情は、罪悪感を引き出すような、それはもう崩れたものだ。ほとんど白目を剥き、口はだらしなく開いている。ついさっきまで勇敢に戦っていた少女とは思えない。
グギュルルル……
彼女の空腹をこれでもかという感じで俺に実感させる音が、街中に響いた。いっぱい食わせてやろう、と思うが……
「これ、どうしよう……」
「だから言ったの、資源が必要だって……」
「やっぱり、再建用の資源かよ……」
荒れ地と化した村を作り直すには、たくさん仕事をしなければならないようだ。三木城にも、手伝ってもらうしかないんだろうな……