少女が気がついた時、彼女の四肢は理科室の机の上に束縛され、身動きが取れなくなっていた。
「なんなのよ、これ!」
気絶した時のスクール水着のまま拘束されている、アホ毛が一本ピンと立っているロングヘアの少女は、独りではなかった。
「ようこそ、我が居城へ」
それは、白衣を身につけた女性。その学校の理科の教諭だった。
「居城って…ここ理科しつ…んぐっ!」
ツッコミを入れようとする少女の口に、教諭はおもむろにマスクのようなものをつけた。ただしそれは透明で、付けた途端少女の顔にぴったりと張り付いた。それに、中には管が通っていて、少女の口の中まで伸びている。
「んん、んんんーっ」
「これからお前には私の実験台になってもらうのだ!えいっ!」
「んんんっ!!!」
少女は、口の中に空気が入ってくるのを感じた。しかし普通の空気なら肺にはいっていくのに、それは少女の体全体に行き渡って行くかのような感覚だった。少女がマスクについたホースの先の方を見ると、生物兵器についているような、危険を示すマークが張り付いたガスボンベに繋がっているのが見えた。しかし、それだけではなかった。スクール水着を押し上げる胸が、さらに成長しているのだ。
「おお、効果は出ているようだな!」
空気が詰まって行く感覚を得て腕をみてみると、すらっとしていた二の腕に脂肪がつき、太くなっている。いや、少女の皮膚は、まるでゴムのようにピンと張り詰めて行き、太っていると言うよりは膨らんでいた。手の指も、太さを増すだけでなく、微妙に長さが伸びていて、手の形をした風船に空気が入って行くようなそんな光景だった。
「んんーっ!」
それに、ガスが充満して行く感覚とともに、皮膚が伸ばされている感覚が全身に広がっていた。しかし、いくら胸が大きくなっても、スクール水着からくるはずの圧迫感は全く感じられない。よく見ると、水着はゴム風船のようになった少女の体に同化し、単なるボディペイントとか化していた。
「おおーどんどん膨らむな!」
彼女の体は徐々に球体に近づいていた。背骨があるのを無視するように、背中も腹も横へ縦へ、上へ下へと、丸々と膨れ上がり、机の上から大きくはみ出している。腕や足の関節は他の部分と見分けがつかなくなり、四肢は一個の丸くゆがんだ円錐形の膨らみになって、本来の機能を完全に失っている。顔も横へと膨らんで、首はかろうじて小さなくびれとして姿を残していた。
「さて、そろそろ…」
少女は、何かがゴトゴトと音を立てているのに気づいた。顔が動かせずその何かを見るのもままならなかった彼女の視界の中に、大きな木槌が入ってきた。少女に大きな悪寒が走った。
(もしかして、まさか…!)
「えいやっ!」
その木槌は、勢い良く振り落とされた。
バァァァアアン!!!
大きな音が部屋中に響いた。ただそれは、風船が破裂する音ではなく、まるで陶器が破壊された音のように、硬く鋭い音だった。少女の体は、さきほどまでの伸縮性の高い風船ではなく、硬くて脆い、焼き物のように粉々に砕け散った。机の上に残ったのは、細かい砂だけだ。
「ここからが面倒なのよねー」
教諭は箒とちりとりを使い、丁寧に砂を集めて、大きな鍋にまとめた。そしてその中に、試薬瓶に入っていた液体を流し込むと、蓋をして、給湯室まで持って行った。
「ふぅ、重たかったー。じゃあさっそく!」
コンロの上に少女の粉が入った鍋を置くと、カチッと火を付け、備品のヘラでかき混ぜはじめる。最初は、薬品を混ぜたにしろ、サラサラしていた中身は、みるみるうちにドロドロに溶ける。教諭は青みがかってくるのをみて、火を止めて、それに話しかけた。
「そろそろ喋れるでしょ?」
すると、鍋の中のドロドロの液体が、音を出した。
「う、うう…わ…たし…」
その音は、少女の声よりかなり高め、ソプラノの女性が裏声でやっと出せるような音階で、言葉の形をなしていた。そして、まるで液体が鍋から出たがるようにふよふよと表面が浮き立った。
「はいはい、出たいのね、それじゃあ、えいっ!」
教諭は勢い良く鍋の中身を床に放り出した。それはべちゃっと音を立てたが、飛び散ることはなく落ちたところで球体になった。ぷよぷよと震えながらその場にいとどまろうとするそれは、まるでファンタジーの世界に出てくる生きたスライムのようだ。
「痛っ!?それになにこれ!!」
また声が発せられた。今度は、音階こそ高いままだがはっきりとした日本語だった。
「私の体、どうなっちゃってるの!?」
「あなたは、スライムになったのよ」
「はぁ!?」
「でも、なりたいと思った姿になれるはずよ。試しに、元の自分の体を思い浮かべてみて」
「意味わかんない!いくらなんでも、私がスライムになんてなるわけがないじゃない!」
スライムはそう叫んだが、少し静かになった後、モゴモゴと変形を始めた。ただの直径30cmくらいの球体だったのが、小さなクッキー人形のような、身長が50cm程度の簡単な人型になり、一応の目と口がついた。色はそのままで、青みがかった半透明だ。
「ん、納得したのね。あなたがスライムだって」
「だって…それ以外に説明つかないし…」
「じゃあ、もっとちゃんと思い浮かべてみて」
「その前に…」
人型は教諭の方に歩み寄り、突然右手でパンチした。
「なんてことしてくれるのよ!!」
だが、元々の体ならともかく、今の柔らかく小さすぎる腕でパンチをしても、教諭の表情は全く変わらない。それどころか、笑い出してしまった。
「あっはは、まあ分かるよ。私の事が憎いんだろう。だが、そのプヨプヨのからだじゃなあ。さっさと、元の形にもどってみたらどうなんだ?」
「くっ…」
スライムはさらに変形し始めた。指も手のひらも、関節すらない腕や足に細かい割れ目やシワが入り、人間の四肢が形成される。円柱形の胴体にはすっと2つの溝が入り、それぞれヘソと股になった。そして、ヘソ周りがキュッと絞られると胸の部分がムクッと盛り上がり、背中が平坦になり、溝ができると、頭部から細かい繊維、髪の毛がばさっと伸びた。顔は、元の少女のものの型にはめられたかのようにぐにゅっと形が変わった。かくして、少女は元の姿を取り戻した。身長は30cmで体は透き通ったままだが。
「小さくてかわいいな」
「ふざけんじゃない!あんたがやったことでしょ!?元に戻る方法とかないの!?」
「とりあえず、大きさだけは、それっ!」
教諭は、いつの間にか蛇口につながれていたゴムホースから、少女に水をかけた。
「わあ!?つ、冷た…くない…水が私の中に入って来てる」
少女の体は、プロポーションを保ちつつ、大きくなっていた。身長が150cmほどになったところで、教諭は水を止めた。
「ふぅ…大きさは、戻ったかな」
少女の声も、音が低くなり、元々の音階を取り戻していた。
「うむ。着色も自由にできるはずだぞ」
「着色?」
「お前の体の色だよ。今はほとんど透明だが、肌色だって変えられるんだ」
「んー」
少女は念じるように目を閉じた。すると、全身が人間の肌で覆われたように、ばっと色が出た。しかし髪や眉の色まで肌色になってしまった。
「どう!?」
「不合格」
「は!?あっ」
目を開いた少女はそれに気づいたらしく、髪が濃い茶色に染まった。
「これなら!」
「なんで、裸なんだ?私は一回も全裸の姿になれとはいってないぞ?」
「…うっさいわね!!服を着ろとも言ってないじゃないの!」
「服だって自由に形成できるぞ」
「ああもう、やればいいんでしょ!」
「よろしい」
少女の体が学生服の色になったと思うと、それは布の形になった。
「順応性高いなー」
「そんなことどうでもいい!で!元に戻る方法は!?」
「えー、そんな便利な体になったんだから楽しめば…むぐっ」
少女の右手が教諭の鼻と口を塞いでいた。部分的に形が崩れた手は完全に空気を遮断している。
「教えないと、殺す」
教諭が青ざめ、必死に頷いたのを見て、少女は手を離した。
「ゲホ、ゲホっ…今から見つけるから…」
「…ないのね。じゃあできるだけ早く…」
「仕返し!」
少女が反応できる前に、教諭は先ほどの木槌を勢い良く、上から頭にうち当てた。少女の体は、ぐにゅっと潰され、横に伸びて、顔は歪んで人の形を逸脱していた。力を受けなかった胸と尻は、逆に大きく膨らんでしまって、フルフルと揺れていた。
「何とも滑稽な姿だな!ん?」
「こ、この…」
少女の肌が赤くなった。赤味がかったという程度ではなく、本当の赤だ。そして、ブルブル揺れていた胸が一瞬で引っ込むと、右手がその体積を引き継いだかのように巨大化し、同じ勢いで教諭の下腹部をえぐるようにして殴った。
「馬鹿教師がああああ!!」
「うぐふぅうっ!!」
いくら柔らかくても、重さはあるその腕は、教諭の体を吹き飛ばした。少女は体の形と肌色を元に戻し、床に倒れた教諭を踏みつける。
「明日までに見つけなかったら窒息死させてやる!」
「そ、そんな…」
「分かったわね!!」
「はい」
少女は、大きな足音を立てながらその場を立ち去った。倒れていた教諭は、ニヤニヤと口を緩ませて立ち上がった。
「いい気になってるのもそこまでだ、私のかわいいスライムよ。明日になったらどうしてやるかな…?」