思い出(健全版)

「お前、この頃彼女できたんだってな」
「え?誰から聞いたんだよそんな話!」

昼休み、ボーっとしているといきなり話しかけられた。こいつは、俺の腐れ縁の幼なじみ、軽葉 裕翔(かるは ゆうと)だ。頭はそんなでもないが、運動ができて、整った顔で、クラスの女子にもそれなりに人気があるらしい。実際、誰かと付き合ってるという話は聞いたことはなかったが。

「誰でもいいだろ?で、どんな子なんだ、カズ?」

そして僕は東條 一都(とうじょう かずと)。裕翔と違って、成績は上の中くらい、一流大学とまでは行かないが、上位の大学を志望している。ただ運動がからっきしダメで、女子の友達がいないわけではないが、恋仲とは無縁だ。そんな僕に、先週突然話しかけてきた女の子がいたんだ。そこから、話をしていこう。

ある日、いつもの帰り道。電車通学の僕は、高校から駅まで20分くらい歩いて帰る。裕翔の方は自転車だけど、部活がない時は駅までは一緒に歩いてだべりながら帰っていく。でも、その日は違った。

「俺、用事があるからさ!ちょっと今日は急ぐわ」
「あ、そうなんだ。じゃあね!」
「ああ!また明日な!」

裕翔は、猛スピードで走って行ってしまい、あっと言う間に視界からいなくなった。前を走っていた乗用車すら追い抜かしていった。

(どんだけ急いでんだ……)

僕は、トボトボと歩き出した。裕翔以外には、友達の付き合いはあまりいいとはいえない僕は、佑都がいない時はほとんどいつも一人だ。寒さが増してきた冬の空を眺めながら、大通りから一本外れた、閑静な住宅街を歩いて行く。帰ってからの勉強のことを考えながら、あまり周りに集中しないでいた僕に、声がかかった。

「あのー……」
「えっ!?」
「ひゃっ!?」

驚いて大声を上げたせいで、その声の主まで驚いてしまったようだった。振り向くと僕と同世代の女の子が、後ろにいた。黒のセミロングに、蝶結びのリボンを一対飾り付けて、制服を着ているけども高校では見たことのない清楚な顔つきをした、可愛い子。その子が、突然僕に話しかけてきたのだ。

「あ、すみません……」
「いえ……」

気を取り直して謝罪をする。しかし、なぜこの子は僕に話しかけてきてるんだろう。

「え、と。それで、何かごようですか?」
「あ、あの、このハンカチ、あなたのですよね?」

見ると、その子の手には確かに僕のハンカチが握られている。いつか無くして、タダのハンカチだからと探すのを諦めていたハンカチだ。

「あ、そうです。でも、どうしてあなたが……」
「羽癒 はるか(うゆ はるか)です。東條くんが学校で落としたのを拾って、それで今まで渡す機会がなくって、ごめんなさい」
「は、はぁ」

ハンカチを渡された。綺麗に洗濯までしてある。でも、今この子……羽癒さん、僕の名前を呼んだ?ハンカチを眺めていると、奥に今まで気づかなかったけど、とんでもなく大きな……胸の膨らみが見えた。

「あ、あ!ごめんなさい、変な所を眺めてしまって!」

こういう時は自分が意図していなかったにしても眺めていたように見えてしまうものだ。そう思って、とっさに誤った。しかし、羽癒さんは、少しだけ恥ずかしがったけど、少し口元が緩んだ。え?

「大丈夫です……私、昔から東條くんのこと、気になってたんです……」
「えっ!?そうなんですか……!?僕なんかを!……ってどうして僕の名前を?」
「好きな人の名前くらい、分かるものなんですよ?学校ってそんなに広くありませんし、ね?」

すこし首を傾けてニコリと微笑むその顔に、胸が貫かれたような感覚が走った。サラサラとした髪から、光の粒が出ているようにすら感じた。これまで感じたことのないこの感覚は……

「今日は、それだけ言えれば……」
「ま、待ってください」

この機会を逃す訳にはいかない。初めての一目惚れの人を、そのまま帰すなんて。

「なん、ですか?」
「お、お礼がしたいので……そ、その……喫茶店にでも行きませんか?」

漫画雑誌を買ったせいで軽くなっていた財布が泣いているような気がしたが、いつものカフェでカフェラテの二人分くらい頼めるだろう。無理を承知で、誘ったのだった。

「いい、ですね!行きましょ!」
「良かった!……」
「あは、こんな笑顔を見せる東條くんなんて初めて見たかも」
「あはは、それはもう……」
「じゃあ、駅前のいつも……東條くんが行っている所に連れてってくれますか?」

少しだけの違和感。少しだけど、羽癒さんの言葉が途切れた。まあ、さっきから感じていることだし、女の子ってそういうものなのかもしれない。

「分かりました、ドタールですけど……」
「構いませんよ。私も、好きですから、ドタール」

駅に着くまでの10分間ほど、ずっとしゃべり続けた。背丈が一緒くらいなので、お互いの表情も歩きながらでもすぐに分かったし、それに、話題も合うし、ぎこちない丁寧語だったのが、カフェに着く頃には普通に喋れるようになっていた。

「羽癒は僕のこと結構知ってるんだね、裕翔でも気づかないことまで」
「それはもう……!……裕翔くんって、ちょっと鈍感なところもあるし」

意外だった。僕のことならともかく、幼馴染のことまで知っているらしい。どこまで観察力が鋭いんだろうと思いつつ、冗談を言ってみた。

「へぇ、裕翔のことまで詳しいんだ。もしかして、本命はそっちだったりするの?」

ちょっと怒るくらいの反応は予測していた。しかし、それ以上だった。羽癒の顔がこれ以上ないほどに歪んだのだ。怒りではなく、吐き気とか、嫌悪の歪みだ。

「ちょ、ちょっと冗談が過ぎたかな……」

とても話しづらい。それに、その言葉に帰ってきたのは、一瞬前までの優しい表情から想像もつかないくらいの鋭い睨みだった。でもそれはすぐに収まって、少し咳払いをしてやっと落ち着いた。

「コホ……ううん、ちょっと、あの人を好きになるのは、無理かなって思っただけだよ」
「そうか、裕翔もかわいそうなやつだな……」
「あのね、やっぱり喫茶店はいいや。また今度会ったら、その時なにかおごってね!じゃあ!」
「え、えっ!?」

彼女は突然走り去った。それが、僕と彼女の奇妙な出会いだった。

その後も、何回か僕たちは出会った。帰り道、休日の散歩、電車の中。そして歩いたり、カラオケに行ったり、映画を見に行ったり、海を見に行ったり、はたまた一緒に勉強したり。彼女と話すときも、他の女子とは違う気のおけない友人のような会話をした。それで、今に至る。

「ふーん?いい子じゃん、その子」
「うん、すごく魅力的で、もう運命の人としか言いようが……」
「……!お前と運命の人になるとかどんな物好きだよ、ま、俺のこと毛嫌いしてるみたいだからなんとも言えないが」

何か裕翔の表情がうかない感じだ。なにか心配事もありそうな顔をしている。

「……。あ、今度その子と会う約束してるんだ」
「……けっ、二人で楽しんでこいよ!」
「ねえ、なにか悩みごとがあるんじゃないか?」
「……ね、ねえよ!少なくともお前みたいなモヤシには何もできねえって!」
「……はいはい」
「別に怒らせる意味で言ったわけじゃないぞ!?」

少し冷たい反応を見せたら、顔を真っ赤にして急に大声を出してきた。何かがおかしい。けどまあ、気のせいかな。裕翔はテンションがおかしい日もあるし。

「分かってるよ。とりあえず今日の宿題やってきた?」
「ぐ、そんなこと聞くのかよ……!やってきてるに決まってるだろ」

このごろ成績が上がってきている裕翔。昔は宿題もおぼつかなかったのに、テストで平均以上を取ることも少なくなくなってきている。どうしたものだろう。だけど、幼なじみの成績が上がることは、嬉しい限りだ。

同じ日、公園での待ち合わせ場所に、彼女はいた。

「おまたせ!」
「待ってないよ、今来たばかりだもの」

いつも通り……じゃない。

「じゃあ、今日はどうしようか」
「あ、今日はその……」

笑顔が消え去り、羽癒の表情が暗い。悪い予感が全身を駆け巡る。

「なに?」
「ごめんなさい、お父さんが転勤で、海外に行かなくちゃならないの!それで!今日は、お別れを!!」

ほとんどヤケのように彼女の口から放たれた言葉が、僕の頭に重く降りかかってきた。

「え、ちょ……」
「さよなら!!」

公園から出て行く彼女の背中を見ることしかできない。その視界すらも、ぼやけていく。

「そ、そんな……」

その場にへたり込んで、少しの間立つことすらできなかった。

冬が終わり、春がきた。最初は授業すら耳に入ってこなかったのが、裕翔のお陰で何とか立ち直ることができた。しかし、羽癒のことは、忘れることはできなかった。

「お、おい、テストの紙回せよ!」
「あ、うん……」
「まさかお前、まだあの子のこと忘れられないのかよ。もう3ヶ月前のことなのに」
「そうだな、もう、忘れなくちゃね」
「とりあえずさっさと回せ」

立ち直ったとはいえ、日常生活が行えるくらいになったまでで、注意力は散漫になってしまい、成績も落ち込んできていた。逆に裕翔は、クラスのトップに踊り出るほどの学力になった。それでも、というより、それもあってか、裕翔は僕のことをかなり心配しているようだった。

「なあ、そろそろけじめを付けろよ!大学いけなくなるぞ!?」
「そうだよね……」
「あのなぁ、俺まで情けなくなってくるんだよ、だからしっかりしてくれよ」
「うん……」

どうしても忘れられない。あの子を、あの子と過ごした夢の様な時間を。

「あの子に、そんなに会いたいか」
「うん……」

裕翔が困り果てている。本当に、申し訳ないけど……

「……じゃあ、会わせて……やるよ……」
「……」

一瞬、理解できなかった。裕翔の言葉の意味が、全く分からなかった。

「……え!?」
「放課後、誰もいなくなるまで教室にいろ、そしたら会わせてやる」

裕翔が耳元でささやいてきても、意味を咀嚼できない。何で彼女に会ったことのない裕翔が、僕に彼女を会わせることができるのか。

「ちょっと待って……それってどういう」
「それでキッパリ忘れろ!分かったな!」
「う……うん……」

放課後。頭の中が混乱したままだった。それと同時に、羽癒 はるかに会えるという興奮で、心臓が強く脈拍を打ちっぱなしだ。裕翔と羽癒の関係が分からない。なんで海外に行ったはずの羽癒に今日突然会えるのかがわからない。もしかして、最初から二人は親類同士で、だから付き合うこともできないし……それに海外に行くといったのは嘘で、親に僕との付き合いを止められただけかもしれない……

色々な考えが頭を渦巻く。いつの間にか、教室には僕一人だけが取り残されていた。そして。

《ガラ……》

教室の扉が開いた。そこには、羽癒が……いなかった。いるのは、僕の幼なじみ。他でもない裕翔だ。裕翔は教壇の上までゆっくり歩き、立ち止まった。

「裕翔、どうして……」
「カズ、すまない……」

なにがすまないのか。結局、彼女とは会えないのか。その謝罪に、来たのか?

「どういう、ことなんだよ……どういうことなんだよ!!?」

教壇まで駆け上がり、裕翔に掴みかかった。僕はその行為が正しいものではないことは、重々承知していた。でも、許せない。僕を騙していた裕翔を許せなかった。だけど、僕は一瞬で突き飛ばされ、最前列の机に体を強く打って動けなくなってしまった。

「結局、僕は羽癒には会えないんだ」
「おい、話は最後まで聞けよ……今彼女は、ここにいる」

僕は体を動かせないまま、周りを見渡した。誰かの姿が見えるどころか、物音一つしない。

「どこにいるんだよ」
「ここだ」

裕翔は、自分の胸に手を当てた。まさか……いやそんなまさか!

「俺が、羽癒 はるかだ」
「嘘だ……嘘だそんなこと!」
「嘘じゃない!その証明を、今からしてやる」

裕翔が、羽癒!?性別も、体格も、それに性格も違……う……?いや、違わない……雰囲気は違ったけど、思考回路は少しも違わなかった……!

「そ、そんな……僕は、僕は信じないぞ……」
「すまない……最初はこんなことになるとは思ってなかったんだ……だが、お前がこんな状態になった以上、つらくても受け止めてくれ」

裕翔は、学ランをバッと脱ぎ捨て、Yシャツも脱ぎ捨てて、下着のシャツだけになった。そして、ズボンのポケットから取り出したカプセルを一つ、水なしでグイッと飲んだ。

「さぁ、見てろよ。その目でしっかりと……うぅっ!!」

腕で体を抱えた裕翔の体の全身から、ゴキゴキと何かが組変わっていく音が聞こえてきた。これは、ハッタリではないということを、物語るような強烈な音が。

「うぐっ!!……ああっ!!!」

全体が短くなり、身長がガクンっと下がった。それに、手足の筋肉もゴリッと音を立てて細くなり、腹からも胸からも同じように筋肉が消えていく。

「ひさし……ぶりだから……うあっ……!!」

髪がバサッと伸び、まさに羽癒のそれになる。

「体……うっ……!あつ……っ!!あぅっ!!」

胸からボンッ!と何かが飛び出してきた。乳房。そうとしか表現できないそれは、再度爆発的に膨張して、シャツを破らん限りに引っ張りあげた。今気づいたが、声もピッチが上がっている。

「ひゃぅっ!!」

シャツがせり上がったせいで見えたウエストがゴキッとくびれた。

「んああああっ!!」

最後に、それまででも巨大だった胸とお尻が自分を包む布を突き破り、ボンッと一回り大きくなって、収まった。

そして、そこには、羽癒 はるか、その人がいた。これまで見たことのないほどの色っぽさを身にまとった彼女が。いや、単に僕が気が付かなかっただけかもしれないけれども。

「ど、どうだ……これで、わかったか」

男口調で話すその人は、羽癒であると同時に、軽葉 裕翔でもあった。否定しようのない事実が、僕の頭につきつけられた。

「どうして、こんなこと……」

それが、僕の最大の疑問点だった。どうして、裕翔は女性化して、僕に話しかけようとしたのか。それに、デートまでした。その時の彼女は、本当に幸せそうだったじゃないか。

「何年も一緒にいて、それで……」
「いや、違う。俺が小さい時に、お前が川から救い出してくれた時があったんだ。お前は覚えてないみたいだが。それがきっかけで、俺はお前のようになろうとしたんだ。強くて、勇敢で。でもいつの間にか、憧れが恋情に変わってたわけだ」
「だからって……」
「女になってまで近寄ろうとしないって?……まあ、そうかもな。でもそうしたってことは、俺の気持ちは思ったより強くって……その……」
「えっ……」

裕翔の表情が変わり始めた。観念したようなものが、段々赤らみを帯びて、何か……願うような顔に。

「だから、カズくんと付き合いたくって……でも私が裕翔だってバレるのが怖かった……でも結婚することになったらどうしようと思って……思い切ってフッちゃったの。そしたらカズくんはどんどん変になっちゃったから……」
「……」

俯いて泣きながら喋る裕翔は、完全に少女だ。もしかしたら、薬の効果かもしれない。もしかしたら、裕翔の元々の性格なのかもしれない。

「こうしないと、私が私じゃなくなっちゃう気がしてね、それで今日バラしちゃったの。気持ち悪いよね、ごめんね……」
「僕は……」
「……」

次に言う一言が、僕の人生、裕翔の人生を左右するものだと理解し、深呼吸した。そして、思い切って、言った。

「裕翔の旦那さんになっても……いいよ」
「えっ……?」

僕は、僕の推測に頼って、言葉を紡ぐしか無かった。

「頑張って、自分じゃない何かを演じる必要なんて無いんだ。僕が好きなら、それでいいと思う。その体がいいなら、その体でいいよ」
「カズくん……。うんっ……!」

裕翔、いやはるかの顔に浮かぶ笑顔を見て、それが正しかったことが分かった。

その後は、裕翔は学校では男、それ以外はもう一人の少女、羽癒 はるかとして暮らし始めた。

「カズくん、今日はどこに遊びに行こっか……おっとしまった」
「まだ男の姿だよ、この頃増えてきたね」

裕翔は照れ笑いして、僕も微笑み返した。

「これからも、よろしくな」
「よろしくね」

マスターアサシン

ここは中世、ゴーロッパ大陸の南の半島に位置するミランツェ公国。ある銀行家の邸宅で、ひとつの命が生まれようとしていた。看護婦が妊婦を元気づけている。

「ふんばって、あともうちょっと!」
「んぐっ……ううああああっ!!」

そして、元気な産声が部屋中に響いた。その部屋にいた医師と、夫が近づく。看護婦は赤子を取り上げ、その股間に付いているものを見た。

「元気な男の子ですよ!カトローナ!」
「おとこ……のこ……よかった、元気なのね」
「ええ!それはもう……えっ?そんな、バカな!?」
「息子がどうかしたのか!」

看護婦が奇声を発した。それに驚いた夫がほとんど飛びかかるようにして赤子をふんだくった。すぐに顔から血の気が引いていく。

「い、いやそんな……ありえない!」
「何が、起きてるの?モンテローニ!」

モンテローニと呼ばれた夫は、その赤子の股の部分を妻に見せた。

「おちんちんが、縮んで……あ、なくなった……」

大声を上げている子の、その股間からちょこんと飛び出ていた突起が、中に埋もれていってしまったのだ。

「この子は……男の子なの?」
「分からないが……生まれた時男であったのなら、そうしよう……エレンツォ、この子の名前はエレンツォだ!」

モンテローニは、我が子を宙高く持ち上げた。その股間に、喜ぶかのようにボロンっと竿が生えた。

18年後。先の場面と同じ、ミランツェ公国の首都、ミランツェ。交易が盛んである街の街道は、多くの荷馬車や、商人、住民で溢れかえっていた。その中を、他の人を押しのけ早足で歩く、背の高く筋肉質な体つきの仮面を付けた青年がいた。小物入れの多い服を着て、腰には剣を付けている。そして、彼の視線の先には、豪華絢爛な服や装飾品を身にまとった商人がいた。

「こんなところに身を晒すなんて、アホなやつだ」

独り言を呟いたすぐ後に、青年は商人に辿り着き、間髪入れずに服から取り出したナイフを商人の胸に突き立て、叫び声を隠すために口を押さえた。

「ぐああああ!」
「辞世の句を言ったほうがいいぞ、この世の悪、ナンプラ騎士団の手先よ」
「やはり……きたか……アサシンめ!!この国の平和を……乱しおって……からに……!ぐっ……ふぅ……」

商人は捨て台詞を吐くと、そのまま息を引き取った。

「乱していたのはお前だ。ミランツェの交易を牛耳ろうとして、障害となる無実の者を抹殺していたのだから……さてと、そろそろ逃げないと」

この暗殺を見た通行人はパニックを起こし、街道は悲鳴が雨あられのように飛び交っていた。衛兵は何事かと原因を探ろうとして四苦八苦している。青年は、衛兵が状況を把握する前に、パニックに乗じてその場から逃げ去った。

数分後。誰も来ないような建物の屋上に先ほどの青年が立っている。仮面を取り外し、服を脱ぎ去ると、彼の鍛えあげられた体が惜しげも無くさらされた。

「今日はもうひとつ仕事を……こなさなけれ……ば!!うっ……!!」

彼は突然、毒を盛られたかのように、悶え始めた。すると彼の体が、メキメキと音を立てて、縮み始めた。筋肉はグッグッと萎縮し、骨は短く、細くなる。逆に、男としては多少長めである髪の毛はバサッと伸びた。

「なんで……いつもこう……違った、痛みがぁぁ……!!」

声の方は、男の低くよく通るものから、女の高く透き通ったものへと変わる。と同時に、喉仏が誰かに首を絞められたかのように潰れていく。胸には筋肉の代わりに脂肪が過剰に付き、乳房のように膨らみがつく。その大きさは脈拍と同期するようにムクッムクッと成長し、その国の一番の娼婦ですらかなわない大きさまで膨張する。尻も同様だった。

「ああっ……あああああっ!!!」

彼の股間でグチュグチュと嫌な音がして、息子が消えていくことを物語った。ムッチリとした足が内股になり、完全に女となった所で、彼の体が変わる音が止んだ。

「ふぅ……少しの休みくらいほしいものだ……」

彼、いや彼女は、先ほど着ていた服を、豊満な体が大きく露出されるように着直し、仮面を付けて建物から降りる。そしてそのまま、近くの酒場まで歩いて行った。

中には、沢山の衛兵と、ひときわ目立つ装備を付けた隊長がいた。彼女が入ると、隊長の近衛兵が身元を確認しに近づいてきた。

「お前、何者だ。名を名乗れ」
「そんなこと、どうだっていいじゃないのよ……」

彼女は、艷を惜しみなく入れた甘い声、身振りと、美しい顔と、露出した体つきで近衛兵を誘惑した。

「し、しかしだな……」
「あなたのものに、なってあげてもいいわよ……?」
「へ、へへ……いいねぇ……」

計算しつくされた誘惑で、あっと言う間に近衛兵は懐柔されてしまった。そのまま、彼女は近衛兵のおつきとして、好奇心と性欲が旺盛な衛兵の間をすり抜け、隊長のすぐ近くまで彼女は連れられていった。これが彼女の狙いだった。隊長は、彼女を見てヒューッっと口笛を吹いた。

「お、こいつはなかなかいい女だな、カルロ」
「でしょう。こいつを上に献上すれば、昇進間違いなしですよ」
「その時はお前も……ガハハハ!!」

下品に笑う隊長に、彼女はゴブレットに入ったワインを差し出した。

「隊長さま、これでもいかが……?」
「お、気が利く女だな。ちょうどのどが渇いていたのだ」

隊長は何の躊躇もなくそれを飲み干す。赤い液体が、体の中に滑りこんでいく。

「隊長さま、少しお色直しをしてきますわ……よろしくて?」
「ああ、その代わり後でたっぷりと楽しませてくれよ」
「もちろんですわ」

彼女は、扉を抜け、酒場の中庭に出た。その瞬間、フッと鼻で笑う。

「毒入りのワインが連れて行ってくれる、あの世でタップリと楽しむがいい。さてと、帰るかね」

中庭の門の錠をいとも簡単にピッキングして、彼女は悲鳴が上がり始めた酒場を後にした。

「ただいま、父さん。今日も成功だ」
「お、エレンツォ……それとも、今はエレンツィアかな……?」

銀行家は今は娘になっている、息子を品定めするように見た。

「素晴らしい体だ」
「ああ、神様からもらった賜物だよ。ただ、後一秒でも見つめ続けたら息の根を止めるからな?」
「ふふ、やってみるがいい」

二人は少しの間互いに笑いあった後、話を続けた。

「だけど、あの歴史の教科書にしか載っていないナンプラ騎士団が実在するなんて、思っても見なかったよ」
「ああ、あいつらはいつも統治者や、権力者の仮面をかぶって活動をするからな。誰も騎士団の存在には気づかない。ただ……」
「俺達を除いて、ということか」

父親はエレンツォに頷いてみせた。

「そう。我々と騎士団は歴史が始まる以前から今まで、絶えず戦いを繰り返してきたのだ」
「しかしなぜ、俺達家族にも秘密に行動していたんだ?」
「それはだな……」

その父親の言葉を、遠くから聞こえてきた女中の呼び声が遮った。

「夕食の支度が出来ましたよ!食堂へお上がりくださいな!」
「ああ、今行くよ!エレンツォ、話の続きはまた明日だ」

エレンツォとモンテローニは、部屋を出て行った。

翌日も、エレンツォは男の姿で街にくりだしていた。今日は任務もなくただの買い物であったが、ナンパ癖が出て、途中の酒場で油を売っていた。

「お嬢さん方、俺と一杯飲まないか……?」
「あら、逞しい体」
「素敵な方ね……、仮面を外して、お顔を見せてくださいな」
「男には、秘密が多いほうが魅力があるんだよ……」
「それもそうね……うふふ」

それはどちらかと言えばいつもの事で、もちろん父親にも母親にも公然の秘密となっていた。

「ねえ、私とも付き合ってくださいません?」
「お、どなたかな……?おお……」

エレンツォと数人の輪に、一人の女が入り込んできた。その容姿は女好きのエレンツォでさえこれまで見たことのないほどの美貌をまとっていた。なめらかな曲線を描く髪、あまり大きすぎない胸、魅惑的な体つき。それでいて、娼婦とは一味違った、上品な気質を感じさせる身のこなし。まるで、女となったエレンツォを思いおこさせるような女性だった。エレンツォは、思わず深々と礼をした。

「あなたとお話しできるなど、この上ない光栄」
「まあまあ、そこまでおっしゃらないで、恥ずかしいわ」
「私の名前はニロ。あなたは……」

もちろん偽名だ。仮面をかぶっている間は、エレンツォであることを知られてはならない。

「そんなことより、一杯乾杯しましょ?」
「……そうですね」

エレンツォは、無視されたことで一瞬うろたえたが、すぐに気を取り直して、女性から渡された杯を手にとった。

「乾杯!」「乾杯!」

そして、ワインを一気に飲み干す。アルコールが入った飲み物を飲むことで、体の中がじんわりと暖まって行くのを感じた。

「こんな美しいレディの前だと、格別な味がしますね……」
「うふふ、そのはずですわ……」

しかし、そこで終わらなかった。

《ドクンッ!》
「げほぉっ!!」

体の中の熱が急に強くなると同時に、心臓の脈が急激に強くなったのだ。

「な、ど、どういうことだ……!ぐぅっっ!!」
「うふ……あはは、やはり、君か、エレンツォ。こんなに簡単に任務が成功するとはね」

女性の口調が急に変わったことで、やっとエレンツォは自分が罠にはまったことを自覚した。

「き……きさまは……!!」
「おっと、女の子がそんな汚い口をきいちゃいけないよ?」
「ぐふぅっ!!」

エレンツォは、胸に自分の意志によらずに脂肪が発達し、服に圧迫される感覚を受けた。

――ま、まずい、変わるのを見られては……

急なことで、完全に浮足立ってしまった。

「トイレはあっちだよ、エレンツォ」

そこに出された助け舟に、言われるがままに周りの人間から逃げるエレンツォ。トイレに駆け込み、扉をバァンと閉めると、変身は続いた。

「ど……どうしたんだ、俺の……体はぁっ!!?」

足の筋肉が無くなり、骨格が変わってグキッと内股になる。筋肉の代わりに、脂肪がブワッと付き、ムチムチとした太腿が形成される。この光景を、エレンツォは幾度と無く見てきた。しかしそれは、自分がそうするように念じた結果であるのが全てで、今のように、止めようとしても止まらないのは初めてだった。

強く太い胸筋より、女性となった時に形成される巨大な乳房のほうが体積が大きい。胸は服の生地を無理やり引っ張り、所々でプツプツと糸がほつれる音が聞こえる。これを防ぐのに、毎回服を脱いでいたのだ。

「んぐっ……ぐぅっ!!」

顔が絞られるように変形して、髪が伸びた。それで、ついに変身は終わったが、エレンツォの動悸は収まらなかった。

――まさか、俺の体質がナンプラ騎士団の連中にバレたのか……!?いや、そうでないと説明がつかないぞ!とりあえず男に……なにっ!?

エレンツォはいくら念じても男に戻れない事に気づいた。

――い、いかん。今の姿で外に出れば、騎士団だけでなく庶民にまで俺の体質が……!とにかく、脈が落ち着いてから試すか……!

そして、数十分が経った。といっても、その間ずっとトイレを占領していれば怪しまれる。エレンツォは、力を振り絞って天井裏に隠れていた。そして、数回試した後、やっとのことで男に戻ったのだった。

エレンツォは父親に報告するためにすぐに家に帰り、玄関の扉を叩いた。

「い、今帰ったぞ!」
「……」

だが、中からは誰も出てこない。女中すら、その姿を見せなかった。

「お、おい、俺だ!」
「おかえり、エレンツォ。その家は空っぽだ」

今さっき聞いたばかりの声が、エレンツォの背後から掛けられた。

「お前は、さっきの……」
「そう。アサシン、お前の家族の安否が知りたいか?」

エレンツォは女性の胸ぐらを掴んで、大きな声で脅した。

「今すぐ言え!さもないとお前の首を……!!」
「おっと、こんなところでか弱い女性に暴力をふるうのかな?銀行家のお坊ちゃん」
「ぐっ……」

街道を行き交う全ての人が足を止めて、二人の方に目を向けていた。

「頼む、教えてくれ」
「街の一番大きい教会の大聖堂に囚われているはずだよ」
「なに?そんな公共の場で……」
「今日は聖なる儀式が行われるから、聖職者以外誰も入れないんだよ」
「そいつらが、……」
「そう、我々の同志。はは、せいぜいあがくんだね!」

エレンツォは女性が言葉を出し終える前に走り去っていた。

いつもより乱暴に人を押しのけ、教会を目指す。家族が騎士団にどういう仕打ちを受けるか、想像を絶している。教会に着くと、少しの間も置かずに扉に体当りした。中には、数えきれないほどの衛兵の向こう、祭壇の前に家族が縛り付けられ、その手前に枢機卿が立っていた。

「やはり来たか!双性のアサシン、エレンツォ!」

枢機卿はエレンツォに向かって大声を上げた。

「俺の家族を返せ!」
「返してもらいたくば、おのれの力を使って取り返しに来い!」
「望む所!うおお!!」

エレンツォは雄叫びを上げると同時に突撃を始めた。立ちはだかる衛兵をひとりひとりなぎ倒す。一人を斬りつけ、もう一人を突き刺し、その剣を奪い取ってもう一人の頭をかち割る。持てる力を全て使い、馬ほどの速度で走り抜ける。

「枢機卿!覚悟っ!!」
「ふふっ……!これでも、喰らえ……!」

エレンツォと枢機卿の間に障害が無くなった所で、枢機卿は懐から小瓶を取り出し、エレンツォに投げつけた。小瓶は絵レンツォにぶつかると、粉々に砕け散り、中身がアサシンにバシャッとかかった。

《ドクンッ!》
「うぐっ……!!また……これか……!!」
「おお、これぞ絶世の美女ともいうべきか……」

全身を駆け巡る痛みとともに、あっと言う間にエレンツォは女性と化していた。

「……これで、俺を止めた気になってないだろうな……?」
「まさか」
《ドクンッ!》
「ひゃっ……!?まだ……なにか起こって……な!?」

完全に女性となったエレンツォの豊満な胸が、ムクムクとさらに大きくなっていた。まるで、エレンツォの体から何かが溶け出すように大きくなるそれは、2m、3mと大きくなり、あっと言う間に教会の鐘の大きさほどになってしまった。

「おも……い!!これでは、身動きが……!!」
「ふふ、調べたとおりだ」
「調べた……?俺の体の何を!!」
「男性と女性の間を行き来する体の持ち主が、お前だけだと思ったのか?ミランダ、こちらに来い」
「はい、グランドマスター」

まったく動くことができなくなったエレンツォの後ろから、彼に嫌というほど聞き覚えのある声が聞こえた。

「お……まえは!」
「おやおや、まったくだらし無い乳房だね……人間の一部ではないみたいだ……よっ……!!」

エレンツォにワインを飲ませた女だった。しかし、エレンツォの視界に入ると同時に、その姿は急激に変わっていった。

「ミランダは、我々の理念に共感し、人体実験を引き受けてくれたのだ。代わりに、女性の時はエレンツォ、お前を超える美女に、いわばチューニングを施した」

ミランダの体は更に小さくなり、小さな男の子になってしまった。

「こんな子供に、なんてことを……」
「お前には、アサシンとして鍛錬された暗殺の能力が備わっている。騎士団は、お前のような人材をいつでも……」
「は!?俺に加われと!!バカなことを言うな」
「では、私と交わって子供を残せ。そして死ね」
「な、なにを!!」

枢機卿はエレンツォの後ろに回り込み、そして何の前置きも躊躇もなく突っ込んだ。エレンツォは思わず嬌声を上げてしまった。

「ひゃぅぅうう!!小男のくせして、そこだけはでかいのかよ!!」
「余計なお世話だっ!!……お前、本当に女になっているのだな……!」

何回も打ち付けられる二人の腰。その頻度は段々と上がっていく。

「あんっ……!ち、ちくしょう!……ひっ!……こんな、憂き目に……!!」
「素晴らしい感触だ……!ただ……そろそろ……出る!!」
「やっ、やめろ!!やめないと、後で痛い目を見るぞ!!」
「おおっ……怖いな……あとで好きにするがいいさっ……!!本当にそうできるのならばな!」

そこで、エレンツォの声は冷静そのものに戻った。

「ああ、そうさせてもらうよ。今すぐに」
「なっ!?うぎゃあああ!!!」

枢機卿の股間から、大量の血液が飛び出した。そして、床に何かがポトリと落ちた。エレンツォの手には、収納式の刃が握られていた。

「き、きさま、どこにそんな刃物を!!」
「足にベルトを巻いて、それに付けておいたのだ。そんなことはどうでもいい。どうだ、お前もう自分が男だと証明できないんだぞ」
「ぐ、ぐう……」
「お前自身にも人体実験しないとなぁ?」
「く、くそ!!今すぐこの手で殺してくれるわ!!」
「できるもんならやってみるがいい」
「おのれぇぇえええ!!」

エレンツォの煽りにまんまと乗っかった枢機卿はどこからか取り出したナイフを手に取り、エレンツォの背中に刺そうとした。しかし、エレンツォはそのナイフが空気を切る音を感じ、刃でナイフを弾いた。次の瞬間、エレンツォの刃は向きを変え、エレンツォ自身の力と、枢機卿の走ってきた勢いで、枢機卿の胸に深々と突き立てられた。

「聖職の肩書きを踏み台に人間の体をもてあそぶ悪魔よ、地獄に落ちたまえ」
「ぐあああっ!!!ぐ、ぐふふっ……お前も道連れにしてやる……!」
「なんだとっ!?」

枢機卿はイタチの最後っ屁とばかりに、小瓶を取り出しエレンツォに中身をぶちまけた。

《ドクンッ!》
「んああっ!!」
「体の制御を外す薬だ。暴走したお前の体は、すぐに破裂してしまうだろう……!うは、うはははっ……ははっ…………」

枢機卿の言ったとおり、すでに巨大化していたエレンツォの胸も、尻も、枢機卿の体を押しのけて、全ての部位の脂肪細胞が無限に増殖し、風船に空気を入れられるように膨らみ始めた。エレンツォは、心臓から全身にポンプのように送り出される何かで、皮膚が引き伸ばされる感覚を感じた。教会の床の上で、エレンツォはバルンッバルンッと揺れながら、巨大な球体に膨れ上がっていく。そして所々で、皮膚が限界を迎え始め、千切れそうになっていた。

――万事休すか!!いや……俺の体だ、俺が制御してやる!!
「ぐあああっ!!うおおおおっ!!」

エレンツォは大声を上げた。直径10mほどにもなっていた乳房が膨らむのをやめたが、他の部分は止まらない。

――ちくしょう、ちくしょう!!
「エレンツォ、お前の能力はここでおしまいじゃないはずだぞ!!」
「父さん!……」

父親の声に、痛みを堪え、冷静さを取り戻す。そして、ゆっくりと念じた。

――もとに、もどれ。

それだけ念じると、彼の体はプシューッと空気が抜けるようにして男の体に戻っていった。ミランダは一瞬呆気にとられたようだが、倒れている枢機卿を見て我を取り戻し、女性の体に戻って駆け寄った。

「グランドマスター!グランドマスター!誰か、医者を!!」

泣きじゃくるミランダをよそに、エレンツォは家族を解放した。

「ありがとう、父さん。おかげで助かった」
「違う。今のはお前が自分で成し遂げたことだ」
「アサシンのことを俺に隠してた理由って、そういうことだったのか?」
「ああ、このような事態に陥っても、自分で何とか出来るまで、待っていたのだ。さあ、帰ろうか」

エレンツォと家族は、ぼーっと立ち尽くしたままになった衛兵の中を歩き、教会を出て行った。

その後も、エレンツォはアサシンとしての活躍を続けた。決まった姿だけでなく、変幻自在に体の形を変えられるようになった彼は、時には老婆、時には幼い男児に変身して、暗殺をこなしていった。ゴーロッパ大陸に巣食うナンプラ騎士団をほぼ壊滅においやった彼は、伝説のマスターアサシンとして、その名を歴史に刻むことになるのだった。

変身描写だけ書きたい!(TS1)

「やっぱり偽物だったのかなー、あんなに安い薬で、1000円もしない錠剤で性転換できるわけなかったんだ」

薬を飲んで10分しても、効果は現れなかった。結局、夜が来てしまいベッドに横たわる尊(たける)。

「女の子になってたらどうなってたんだろう」

そう考えている彼は、自分の脈拍が早くなってきているのに気づいた。

ドキドキドキドキ……

「どうしたんだ、僕……なんか、変……」

自分の胸を見てみると、その心臓の動きがはっきりと見えるほど大きな脈を打っている。

「はぁ……はぁ……まさか、今頃……うぅっ……!!」

その鼓動の大きさは、一回ごとに尊に衝撃を与えるほどになっていた。彼の意識は朦朧としていたが、その痛みで身を捩ってしまう。

「くるし……いたっ……ああっ!!」

今やドクドクと動いているのは胸だけではなかった。その腕、足、そして顔すらも、定形を失って、ときおりボコッと何かが浮き上がっては沈んでいくようなうごめき方をしている。それに、全身の骨からギシギシメキメキときしむ音が聞こえ始めている。髪は下に引っ張られるように毛根が痛み出し、伸長を始めていた。

「くぅっ……こんなに痛い……なんてぇっ!」

ついに筋肉や骨から来る痛みに耐え切れなくなった尊は、ベッドの上でバタバタと身悶えてしまう。服で隠れて見えないその男としての小さな乳頭も、他の部分と同じように普通の女性よりも大きくなったり、はたまた赤子よりも小さくなったりと、左右バラバラに膨縮を繰り返すようになっている。指の長さすらも元からかなり逸脱している。まるで、尊の中で薬が暴れ回り、そこらじゅうを中から蹴ったり、殴ったりしているようだった。

「ああっ……あああああっっ!!!」

そして突然胸が盛り上がり始め、丸い膨らみがパジャマを引っ張り、引きちぎらんばかりに押し上げていく。その上で成長と萎縮を繰り返すことを止めない乳首がビクンビクンと暴れ回り、パジャマはそのせいでギチッギチッと悲鳴を上げる。膨らみは尊が激しく体を動かす慣性の力で、ブルンブルンと揺れている。

「うぐっ……ううううっ!!」

パジャマが上に引っ張られて見えていた、腹筋が発達した腹部が変形していく。その割れた筋肉はグキリグキリと、見えない力に潰されるように、部分部分が消滅していく。それと同時に、横からもギュッと腰が握られるように幅を縮め、一気にくびれる。生えていた体毛はスッと中に吸い込まれ、あとにはきめ細かい肌が残った。

「あぅっ……ぐぎゅぅうううう!!」

高くなっていく声で尊は叫び続ける。その尻が、胸と同様丸く膨らみ始め、パジャマの尻の部分を一杯にしていく。ブクッブクッと左右がそれぞれに大きくなって、キュッと張力が出る。腿の部分にも十分すぎるほどの脂肪がついて、その縫い目からブチブチッと糸がほつれる音が聞こえた。

「はっ……はっ……」

叫びすぎて酸素が不足し、もう声が出なくなっているが、それでも全身のうごめきは止まらず、先程から胸を圧迫する乳房も、大きくなり続ける。が、一瞬で引っ込んだ。

「はぁ……はぁ……むね……が……」

尊は苦悶の表情のままだが体を動かすのをやめ、胸を押さえた。

「あ、ああっ……」

平になっていた胸が、最初の心臓の動きのように鼓動する。そして、

「ああああああっ!!」

尊の叫びと同時に、ぼぎゃんっ!!と内部で爆発が起こったようにバスケットボール大まで瞬時に爆膨した。パジャマはそれに耐えきれるはずもなく、乳房がバインッと外に飛び出し、さらに一回り急拡大して、バランスボール並みのサイズになってしまった。そうなったところで、激しい脈拍は元に戻り、体のうごめきも止まった。

「おわ……った……のか……」

尊は身長はそのまま、男の特徴は失い、逆に女の特徴が過激なほど存在している全く別の人間になっていた。着く所に付き過ぎた脂肪と、かなりくびれた腰。それに、爆乳を超えた「超乳」と呼ばれるほどの大きさの、体にのしかかるような乳房。やすい薬で済ませようとした代償として、移動の自由をほぼ根こそぎ奪われてしまったのだった。

壁ドンしてみた2

「ね、ほんとにやるの?また?」
「こ、この前のは場所が悪かったんだよ…」

理科準備室の壁のそばで話す俺と菜美。あのあと俺達は夜が明けるまでイチャイチャしあった…というより、俺がいじられあそばれ、はたまた奴隷のような存在に成り下がって体も性格も大きくなった菜美に好き放題されていた。少なくとも菜美が言うにはそうらしい。俺にはその時の記憶は一切残っていない。というわけで、今回は仕切り直しだ。

「じゃあ、行くぞ」

ドンッ!

俺は壁を叩いた。そして、すぐに俺は後悔した。俺の体は見えない力で前にギュッと引っ張られ、菜美にピッタリとくっついてしまった。

「いたい!ねえ、どうしたの!」
「わ、わからない、けど…」

それだけではなかった。俺の体の中に、菜美の体から何かが移ってきていた。俺の皮膚が何かを吸い込む強い感覚が伝わってきているのだ。空いている片方の手をそこにあてると、信じられないことが起きていた。

「俺達、くっついてる……?」
「そんなの、言われなくてもわかるよっ!」
「いや、本当にくっついてるんだって!!」

俺の腹と菜美の腹の皮膚がつながり、境界線がなくなっていた。そして、俺の腹が膨らんでいるのがわかった。菜美は、俺に吸収されようとしていた。それに、胸の部分がきつくなっているような気がする。

「これって、まさか……」
「孝康、胸が膨らんでるよ……!?」
「そんな、ばかな」

俺の胸の筋肉が成長しているとでも言うのだろうか。服を脱いでみると、それは全くの見当違いだということに気付かされた。成長しているのは筋肉ではなく、脂肪と肉のかたまり。ほとんど機能を失っているはずの授乳器官。それが、ムクムクと俺の胸の上で盛り上がってきていたのだ。

その胸は、すぐ前にあった菜美の顔を覆い隠してしまった。離そうとして引っ張るも、すぐに胸と顔が融合を始めたようで、そこから吸い込むような感覚と同時に、自分の体が押し広げられていく感触も感じられ始める。そして、菜美の頭が占有していた空間は、急激に巨大化した乳房に取って代わられ、髪すらも吸い尽くされてしまった。

「な、菜美……!」

俺は、自分の声がこの前のように変わっていくのを聞いた。段々と高くなっていくそれは、前回とは違って、子供のようではなく大人の女性のものである。菜美の体と足もズブズブと俺の体の中に入ってくる。時を同じくしてズボンが小さくなっていき、かなりの圧迫感を感じたが、すぐにビリビリという音がして、その圧迫感はなくなった。

吸い込む感覚が消えたとき、俺は壁に一人手を突いてたたずむ俺であって俺でない何かになっていることを実感した。頭が重く、胸が重く、とにかく全身が重い。服が破れてしまったことで全身が肌寒い。腕を見てみると、ムダ毛は全くなくなっていて、すべすべした肌になっていた。乳房もこれまでみたことのないほどのものだが、この前子供になったときにみた、大人の菜美のものよりはインパクトが薄い。手を伸ばして尻を触ると、もちもちとした柔らかく、それでいて弾力のある触感が伝わってくる。

それに、周りのものが小さい。菜美を吸い込んだ分身長も大きくなったということだろうか。

「これからどうしよう……」

呆然とする俺。おっぱいが大きい女性は好きなことは好きだが、自分がなった所で……

「今日の帰りゲーセンいかねー?」

ドクンッ!

外からオトコの声が聞こえてきて、おれの中に衝撃が走った。なんだろう、このキモチ……

「あー、今日カネないんだよなー」

ドクンッ!

……ピチピチで美味しそうなオトコ……いけない、何を考えて……わたし……おれ……あれ、なんなの……これ……

「んなケチなこと言わなくてもいいだろー減るもんじゃなし」

……うふ、もう……耐えられないぃ……

ドアを開けると、そこには思った通り若くて未熟な男の子たちがいた。ワタシの大好物……!

「えっ、お姉さん、誰です……」
「そんなこと、どうでもいいじゃないの……」

一人に不意打ちの口づけをすると、バタンと倒れちゃった。ワタシの色気にヤラレちゃったのかなっ?股がすごく盛り上がって、ジッパーが悲鳴を上げてる。ほとんど本能でそれを開けると、ビンっと立った肉棒が飛び出てきた。

「あらあら、童貞さんなのね」

ワタシのおっぱいで、挟んで揉みほぐしてあげると、中に溜まっていたモノがピュッと飛び出してきた。あつくて、おいしいモノ。横で呆然としてる子は、後のお楽しみにしておこうかな。あはっ、楽しい夜になりそう……

女体化体操第一

日曜のジョギング前に、ラジオ体操第一をする男性。薄手のランニングウェアを着て、準備は万端だ。

「背伸びの運動から、いち、に、さん」

腕を高く上げ、横に倒して下に付ける。いつもの体操だ。そう、この時点までは。

「腕と足の運動です、いち、に、さん……」

腕を体の前で振り、スクワットをする。それにつれて、男性の体は上下する。が、1回スクワットするごとに頭の位置が下に下にと下がっていく。男性は目を閉じて体操をしていて、変化に気づかない。8回も繰り返すと、175cmと少し高めの彼の身長は、165cmになってしまった。

「腕を回します。体の外側と、内側に」

大きく腕を回すと、その遠心力で筋肉が流れ去っていくかのように、キュッキュッと細くなっていく。2回繰り返してかなり細くなった腕に、次は脂肪が少しつき、丸っこい、しかし太っているというほどではない腕となった。

「胸の運動です。斜め上に大きく」

胸を後ろに反らすと、最近大きくなり彼の小さな自慢になっていた胸筋が、すぅっと薄くなっていく。4回めが終わる頃には、胸板はすっかりまっ平らになってしまった。

「横曲げの運動」

体を横に曲げる。腹に少しついていた贅肉が、引っ込んでいく。

「前後に曲げの運動」

前に体を曲げると、後ろに突き出された尻がムクッ、ムクッと丸みを帯びて大きくなり、短パンを押し上げていく。逆に後ろに体を反らすと、彼の股間の膨らみがスッスッと小さくなっていった。

「ねじる運動です」

体を左に右に、大きく小さく捻ると、それにつれて腰がギュッギュッとくびれて行く。

「腕と足の運動です」

腕を勢い良く突き上げ、同時に足を伸ばす。そうするごとに、脚がプルンと揺れる。今起きている、ももの脂肪の増殖を物語るようである。

「上体を斜め下に曲げて、正面で胸を反らせます」

体を下にまげて、男の顔が下を向く。次に上がってきた時には、そこには中年男性のものに差し掛かっていた、できかけのシワの多い顔ではなく、すべすべとした肌の、10代後半のみずみずしい女性の顔があった。

「体を大きく回します」

体につれて大きく回る頭の、髪がさらさらと伸び、最後には髪が振り回されるのを男性が感じるほど長くなった。

「両足とびの運動です」

小刻みに飛ぶ男性の肩が、なで肩へと近づく。飛ぶ度に、肩甲骨がガタガタと下がっている。

「腕と足の運動」

最初にした運動の繰り返しだ。それに伴う変化も同じで、ついに男性の身長は女性であっても平均以下の155cmになってしまった。長めに伸びていた髪が相対的に更に長くなった。

「最期に深呼吸です」

男性が大きく息を吸うと、平らだった胸板がムクムクと盛り上がっていく。息を吐いても元に戻らず、次に息を吸うとDカップ、次はFカップ、最後にはGカップとなって、ランニングウェアの胸の部分はパンパンになってしまい、その先の突起が上からでも確実に見えてしまっている。

「よーっし今日も……ってなんだこの声!?」

その声は今の姿にふさわしい、若々しい女性の声だった。

「なんじゃこりゃあああ!!!」

無意識に胸を鷲掴みにしながら、男性は叫ぶのであった。

感染エボリューション 4話

「どういうことなんだろ…」
「そんなこと今はどうでもいい!さっさとお薬飲まないとまた大きくなっちゃうよ!」

美優と結子の二人は美優の家へと急ぎ足で向かっていた。結子の体調不良ということにして、学校を早退したのだった。

「ね、美優ちゃん」
「何?」

胸をゆっさゆっさと揺らしながら、美優に一生懸命ついていく結子が聞いた。

「さっきから行ってるお薬って、何のことなの?美優ちゃんは、自然に元に戻ったんじゃないの?」
「あ…」

正体のわからない青年に助けられたことを、なかったことにしていた美優の矛盾に、結子が気づいたのだった。美優は立ち止まって、申し訳ない気持ちで答える。

「あのね、そのことなんだけど」
「うん」
「あたしがね、うちの中でもっと大きくなってる時に、ある人が入ってきたんだ」
「え…」

結子は少し青ざめた。よく考えなくても不法侵入である。美優はそれを認めながらも、続ける。

「それでね、その人が言ってたんだけど、私が大きくなってたのは変なウィルスのせいだって」
「ウィルス!?」
「うん、それで、たいさいぼう……に、ぎ…ぎ…なんだっけ、そう、擬態して…せ…」

美優の中で青年が口にした「セックスアピール」という言葉がとても卑猥なものに思えて、なかなか次を話すことができない。驚きが弱まって、美優の真っ赤になった顔を見かねた結子が助け舟を出した。

「それで、体が大きくなっちゃうんだね」
「う……そうなんだって」
「それで、そのウィルスの抗体か何かをもらったんだね」
「そう、そうなの!こうたい!」

結子は首を傾げた。

「でも、本当にそんなウィルス、あるの?もしそうだとしたら、私だけじゃなくて他の人にも感染してるはずじゃない?」
「うーん、その人は『俺のウィルス』って言ってた気がする…」
「その人の?」
「でも本当はそうじゃないとも言ってた」
「複雑な話…なんだね」
「うん、ふくざつ。じゃなくて、さっさと帰らないと!」

二人は再び歩き始め、抗体がある家へと向かって行った。

玄関につくと、扉には鍵がかかっていた。

「ちょっと待ってね」
「ね…美優…ちゃん…」
「何?あっ」

美優が見ると、結子の顔をだらだらと汗が流れている。

「体が…熱くなって…きちゃった…」

変身が始まろうとしていた。

「結子!…くっ」

美優は鍵を思いっきり差し込み、錠が壊れるほど勢い良く回した。

「待っててね!」

美優は朝食を食べた時、白衣を受け取り、自分の部屋に置いていた。それを取りに行くために、全速力で家の中を駆け抜けた。部屋に着くと、白衣のポケットをまさぐる。中の小瓶の一つを取り出すと、他の瓶がポケットからこぼれ落ち、割れてしまった。だが今の美優にそれを気にしている余裕はなかった。結子は死ぬことはないが、成長の苦しみを味わわせたくなかったのだ。

「よし、これで!」

玄関に掛け戻ると、美優が苦しそうに胸を押さえていた。その胸はまるで生きているようにムギュムギュと形をゆがませ始めていた。

「結子!これ飲んで!」
「み…ゆ…!うん」

美優は、薬を注いで欲しいと言っているように開けられた結子の口に、グイッと小瓶の中身を入れた。その瞬間、結子はむせ混んだ。

「あ、あついい!!」

いつもはおとなしい結子の口から信じられないほど大きな声が出て、美優は狼狽してしまった。それをよそに、結子の体からこれもまた信じられない量の汗が吹き出て、服がびしょ濡れになって行く。

「これで、これで大丈夫だから…ね!」
「う、うううっ!!」

そして、結子の体は美優がそうなったように、一回り縮んで、元に戻った。

「ふぅ…ふぅ…」
「結子!」
「美優…ちゃん…、ありがと…」
「すごい汗だよ、うちのお風呂で流した方がいいよ」
「うん…そうする」

美優は結子を招き入れた。結子が服を脱ぎ、シャワーを浴びている間、美優はその服を洗おうとした。

「ん…あれ?」

しかしその服はすでに乾いていて、汗でよれている様子すらなかった。

「おっかしいな…」

美優は、それで洗うのをやめた。そして、20分もすると、結子が風呂場から出てきた。

「ふぅー、まだお昼なのに疲れちゃったわ。まるで、私の体が私のものじゃなかったみたいな、変な感じだったの」
「うん、あたしもそんなだった…いつもよりもずっと背が高くて、見える世界も全然違ったもん」
「ふーん。そうだよね、美優ちゃんは私よりすごく大きくなってたから…あれ?」
「あ、その服」

結子も、美優と同じ違和感を感じたようだ。

「さっきまで…びしょ濡れだったのに…」
「うん、変だよね」
「まさか…!!」
「えっ?」

結子が頭を抱えた。

「ねえ、私たちが大きくなったのって、ウィルスのせいだって言ってたよね」
「うん」
「ウィルスって、すごく感染性が高いんだけど、何かを媒介しないと他の人にはうつらないんだよ」
「かんせんせい…?ばいかい…?」

語彙がいまひとつ足りない美優の顔に疑問符が浮かび上がる。結子は一回ため息をついて、言い直した。

「つまり、一回体の中に入ったらウィルスの症状が出ちゃうんだけど…症状、くらいわかるよね」
「バカにしないでよ!いくらあたしでも分かるって!」
「なら良かった。でもね、体の中にあるものが、人間の体同士を移動するのには、一度体の外にでないといけないでしょ?」
「うん」

美優がコクコクとうなずくのを見て、結子が続けた。

「その時にね、たとえば乾いた空気だけあればいいのとか…」
「え、それって普通じゃないの?」
「…ううん、そうじゃないみたい。それに、もしそうだったらこのウィルスで周りみんなが大きくなってるはずでしょ?私だけじゃなくて」
「あ、そうか」
「とにかく、このウィルス、この汗を通って感染するものじゃないかな、て思ったんだよ」
「ほー…」

イマイチ合点がいかない美優だが、結子は話し続けた。

「私、美優ちゃんが教室で大きくなった時に汗に触ったでしょ」
「そうだっけ」
「その時に感染したんだよ、多分」
「じゃあ、もう大丈夫だよね、二人とも飲んだもん。こうたい…だっけ」
「そう、抗体。だから大丈…夫…」

結子の声がだんだん小さくなる。

「どしたの…?」
「ううん、嫌な予感がしただけ。多分、気のせい。ふぅ、私、もう帰るね。ちょっと疲れすぎちゃった」
「あ、お菓子食べてかないの?」
「いいよ…それに、美優ちゃんは学校に戻りなさい」
「えー」

むーっと頬を膨らませる美優を見て、結子は呆れた顔をした。

「子供じゃないんだよ、それに美優ちゃんは成績危ないんだから」
「わかったよう」

結局その日は結子は戻ってこなかったが、それより他はいつもの平和な日常だった。

「あ、結子、おはよー」
「おはよう」

次の日には結子は普通の生活に戻ったようだった。しかしその表情は少し曇っているように、美優には見えた。

「大丈夫?」
「うん、もう平気」

結子が笑顔になったことで、美優はそれ以上気にかけないことにした。しかし、昼休みが始まると、やはり結子は不安そうな表情をしている。

「ねえ、本当になんもないの?」
「うーん…実は」
「え、何?」

その時、叫びが聞こえてきた。

「う、うわ、うわああああ!!な、なんなんだよこれええ!!!」

トイレから聞こえるらしい声は最初伍樹のもののように聞こえたが、次第に高くなって行った。

「俺の、俺の体がああ!!」

そして、最後には幼い、小さな女の子が叫んでいるようになった。結子は顔を手で覆って、つぶやいた。

「やっぱり…」
「え、どういうことなの結子!」

その疑問に答えるように、バタバタと誰かが教室に駆け込んできた。

「み、みんな!!」

その誰かは先ほどの叫び声の主のようだ。幼稚園児ほどの女児がサイズが合わないYシャツだけを羽織って、教壇の上で仁王立ちになっていた。

「お、俺の体が、小さくなっちまった!!」

教室がざわめく。クラスの誰もが、突然の小さい女の子の登場に当惑していた。その子は、美優を見つけると、走ってきた。

「ね、ねえ美優ちゃん!!俺、伍樹だよ!」

その可愛らしい顔に見合わない男口調で、美優に向かって叫ぶように喋るその子。だが、美優の方は状況が飲み込めない。

「え、え?」
「だから、俺は伍樹なんだって!」
「こんな小さな子が伍樹くんのはずが…」
「美優ちゃん」

結子が口を挟んだ。

「この子、伍樹君だよ。間違いなく」
「え、何言ってるの結子、そんなわけ…」
「分かってくれるのか!?…ゆ、結子ちゃん?」

伍樹と名乗る小さな子が顔を輝かせて結子の方に抱きつく。

「い、伍樹君…」
「俺、どうしちゃったんだよ!どうして体が小さく!それに髪は長くなってるし!小便してたらどんどん体の中身が抜けてくように、小さくなったんだ!」

さも結子を責めるように騒ぎ立てる少女。

「…あのね、ちょっと長いお話になるんだけど、いい?」
「あ、ああ。俺がどうなってるか分かるなら何でもいい!」
「あと、美優ちゃんも覚悟して聞いてね」
「え?う、うん…」

「あれが、ウィルスの仕業で、結子ちゃんの汗を触ったから観戦したと…?」

ここ2日の経緯を聞いて、信じられないという風に伍樹が発言する。

「私も正直信じられなかったけど、実際私も美優ちゃんも、その人からもらった抗体で元に戻ったの。ね、美優ちゃん」
「え、うん…」

説明をほとんど結子に任せていた美優は、一瞬遅れて反応した。

「でも、その人もこのウィルスがどういうものか分かってなかったみたい」
「え、それは初耳だよ」
「なんか、人づてに聞いたような話し方、してた気がする」
「気がする…って…」

美優の曖昧さに不満げな伍樹。

「仕方ないもん…あたしも大きくなる途中で苦しかったんだよ…」
「とにかく、その人が作ったウィルスじゃないんだね。まあ、抗体使って直しましょう、これ以上広がる前に」
「抗体…あっ!」

美優が飛び上がって、大声を出した。

「どうしたの?」
「抗体…もうないんだよ」
「「えええええっ!?」」

二人も大声を出した。

「ごめんなさい…昨日結子ちゃんにあげようとした時、他の全部こぼしちゃったの」
「そんな、あはは…」

伍樹が下を向き、そのまま動かなくなってしまった。結子は顔を覆った。

「ごめん伍樹くん…あたしのせいで…」
「い、いや…君のせいじゃ…ないよ…うん…」

「こうなったら、もう一回その人を見つけるしかないよね」

結子が提案する。

「うん、でもどうしよう…」
「とにかく行動行動だよ!……」
「おい、どういうことだよ!!」

結子の言葉にかぶるように、大声がした。振り返ると、そこにはフードをかぶった青年が立っていた。

「あ、あの人だ!」
「えっ!?」

青年はズカズカと美優に近づいてきた。

「感染広がってるじゃねえか!!まさかお前、抗体をやる前に誰かにうつしたのか!?」
「えっと、うん」

結子が私ですと手を上げる。青年が机に両手をついてうつむく。

「やっぱり…」
「どうしたんですか?」

美優が声を掛けると、青年はキッと美優を睨んだ。

「『どうしたんですか?』じゃないだろ!校庭で漏らしてる奴がいるなって見てたら、どんどん小さくなってくじゃないか!それであっという間に…」

青年の視界に小さい伍樹が映った。青年は伍樹を指差し大声を出した。

「そうだよ!こいつみたいに小さな女の子に!!」
「あの、そのことなんですけど…」
「なんだよ」
「抗体余ってません?」

青年はハッと冷静を取り戻し、姿勢を直した。

「抗体…な。余ってるが…」
「じゃあ早くそれを!!」

うつむいたままだった伍樹がバッと起き上がり青年に言った。

「お前、元々男だよな?じゃあ無理だ」
「え、なんで…」
「なんでか知らないが、抗体を男の感染者に使うと、重大な副作用が起きて死ぬらしい」
「は…」

三人の表情が凍りつく。

「だから男に移る前に止めておきたかったんだよ!こうなったらもう、感染を止める方法はお前らを殺すしかない」
「殺すって…」
「が。俺にはそんな度胸はない」

周りが四人を見つめているのを無視して、会話は続く。

「じゃあ俺はどうなるんですか」
「…さあな。もう、俺の知ったことか」
「そんな無責任な」
「そもそもこのチビがぶつかってきたのが…!…いや…俺が悪い。すまない…一応残りの抗体を渡しておく」

青年は持っていたナップザックを机の上におろした。

「じゃあな」

そして、そのまま立ち去って行った。三人は追いかけることもせず、ただ沈黙していた。

トキシフィケーション ~TS・AR編~

自分でも納得行かなかった文章はSNSサイトにアップロードせずにこちらに公開します。こちらのシリーズの没作品です。


 

今日の被験体は、ユージーン・ジョンソン、私の会社の理事だ。彼には、ある秘密があって、私の実験には最適だった。

「お、おい!ここはどこだ!お前!」
「ミスター・ジョンソン、私の実験室へようこそ」
「なぜ…私の名前を…?お…お前…!見たことあるぞ!あの陰湿な…清掃員か…!」
「その通りです、今日は私の実験にお付き合いいただこうと思って」

彼は、すでに私の実験台の上に寝かせてある。睡眠薬の効きが弱く、ジャケットしか脱がせることが出来なかった。だが、50歳にしてはほっそりして、健康的だった。

「何するつもりだ!このチューブは何だ!今すぐ放せ!さもなくばクビにしてやるぞ!」
「まあ、そうかっかなさらず。きっと気に入っていただけるはずです」
「気に入る?何を…?」
「私の毒。これは、人の体を、豊満な女性に変えるのです」
「な…?お前…まさか…!」
「さあ、始めましょうか」

スイッチをカチッと入れ、毒の注入を開始した。

「ぐ…!」

ユージーンは体を強ばらせた。時折、ビクンと体が跳ねる。

「んああああっ!」
《ムクムクムクッ!》

彼が大きな声を上げると、胸のあたりが急激に膨らんできた。ワイシャツは限界まで引っ張られるが、それでも止まらない膨張で、ボタンがプツッ!プツッ!と取れる。現れた膨らみは、筋肉の発達というよりは、脂肪の増殖のような形だった。

「んんんっ!」
《ビリッ…ビリッ…!》

下に着ているシャツが徐々に破れ始める。

「おいおい…」

そこに現れたのは、老婆のようなしわしわな乳房だった。大きさだけがものすごい。

「うがぁっ!」
《シュルシュルシュル…》

ユージーンが力を抜くと、同時に乳房が収縮を始めるが、その分の脂肪が行ったのか、腕の部分が太くなって、そこからもビリビリと音がし、袖が縫い目からとれ、さらに一部が破けた。私は、そこから、袖を完全に破り、上半身はほぼあらわになった。

「ん…ぐ…」

あらゆる所に刻まれた深いシワが、消えたり、また刻まれたりを繰り返す。だが、少し黒ずんでいた皮膚は、徐々に白さを帯びていく。

「ああああっ!」

白髪を少し含んだ黒い短髪が、バサッ!と伸び、同時に根本から金色に変わった。

「んっ…ああっ!」

声が変わっていく。年季の入った、所謂ダンディーな声がみずみずしさを取り戻す。

「あああああああ」

そしてトーンが上がり、女性のものとなる。

「ぐあああっ!」
《ビリッ!》

ズボンの左足が破けた。中からは、むっちりと脂肪が付いた、女性の足が出てきた。それはすぐに萎むが、

《ビリッ!》

続けざまに右足が破ける。またそれも萎む。

「あぅっ!」
《ビリリッ!プルンッ!》

その縦に入った裂け目が、一気に腰の方まで行ったかと思うと、プルッとした柔らかそうな塊がでてきた。同じように縮む。

そして、その変化が移っていくように、ウエストがギュッとしまり、乳房が膨らみ始める。どちらも、ハリとツヤを取り戻した綺麗な肌に包まれていた。

「んっ…くうっ…!」
《ムクッ!ムクムクッ!》

乳房はどんどん膨らむが、ウエストが元の中年の男に戻ると、収縮を開始した。そして、何もなかったかのようにシワの入った平らな胸板に戻った。

「い、いたいぃっ!」

顔の作りが変わる。顎は小さくなり、唇は大きくなる。目はキッとしたつり目に成る。

《ボンッ!》
「うぐっ!」
《バインッ!》
「がぁっ!」

乳房が、右から順に、その顔と同じくらいまでに急激に大きくなった。今度は、そのままだった。

《ムククーッ!》

下半身が、風船が膨れるように大きくなった。シワはほとんどが綺麗に消え去り、若々しくて、ムチムチとしている。これまでの3人と、変わりない。

「んっ…!」

他の部分からもシワは消え去るとともに、ゴツゴツとしていた体の表面がふっくらとした皮下脂肪に覆われ、なだらかになる。

「あああっ!」

ゴキゴキと骨格が変わり、腰は太く、足が内股に近くなる。

そして、変身が終わった。
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今回は、注入量を100mlにしたせいか、あまり体は大きくならず、女性の特徴もそんなに大きくならなかった。

「終わりましたよ」
「…ん…なんだこれはぁ!」

ユージーンは鏡に写る自分を見て、かなり驚いている。だが、思った通り、満更でもないようだ。

「ミスター・ジョンソン、こういう服はお好きでは?」

それを見た私は、クローゼットからゴシックドレスを取り出した。

「ん…?そ、それは!」
「そうです、あなたのご趣味の、女性の衣装です」
「なぜ、それを…!」
「それは、とにかく…」

私は、リモコンで拘束具を外した。

「お召しになってみては…?」
「わ、私は…そんな…」
「さあ、自らの欲求を抑えることはありません。それに、これ以外に服がありませんし」
「くっ…」

ユージーンは、慣れた手つきで、ドレスを着ていく。

「これが…私…サイズも…ピッタリ…」
「化粧も、必要ないですよ」
「そうね…いや!…そうだな…」
「男口調を作る必要なんて無いですよ。むしろ、不自然です」
「そ、そう?じゃあ…エヘンッ…」

ユージーンは、咳払いをし、ポーズを取った。

「私、ユージーナ!ジーナって呼んでね!」

非常にかたわら痛い。だが、ここは我慢だ。

「ジーナさん、お綺麗で」
「ありがとう!あなたの、名前は?」
「ジャック・マクファンです」
「ジャック!これから、よろしくね!…はぁっ…」

ユージーンは、嬉しそうに息を吐いた。

「どうですか?気持ちいいでしょう?」
「そうだな…これまでの体では、感じられない快感だ…」
「体を小さな女の子になる薬もありますが?」
「ん…また今度…お願いするよ…ではなくて…なぜ、このことを知っていたんだ?」
「ちょっとした、レシートを拾いましてね…」

本当は、女装癖を嗅ぎつけた私が、シュレッダーに細工をしてまで手に入れたものだったが。そのレシートには、奥さんの歳にも見合わないドレスが数着記載されていたのだった。中には特注のものも。

「そ、そうか…まあ、いいんだ。こんな体験、お前抜きじゃ出来なかっただろうからな」
「お喜びいただけたようで、なにより」
「あと…これ、元に戻れるんだろうな」
「ご心配なく。一定時間毒の効果を抑える薬がありますよ」
「完璧だ。…そうだ、何か私にできることがあったら、いつでも私の番号に掛けてくれ」
「ありがとうございます」
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ユージーンは、若い女性の姿のまま、ドレスを来て帰っていった。服代はまかなってもらったが、これからも、薬を作る資金を、提供してもらうことにしよう。

…私の計画も、もうそろそろ実行に移す時が来たようだ。しかし、あと一回、実験を行う必要があった。