「返せよ、俺のウィルス」
「あんたの…!ウィルス…っ!?」
体に走り続ける衝撃に耐えつつ、美優は声を出す。
「ああ、厳密には俺のじゃないが…それに…かなり苦しそうだな」
「説明…してよ!私の体に…っ!なにが起こってるの!?」
美優の体に熱がこもり始め、肌が汗で濡れて行く。
「お前、最近誰かにぶつかって何か液体をかぶったの覚えてないか?」
「えき…たい…?」
「ま、その様子じゃ覚えてないようだな。お前はその時ウィルスを体内に取り込んだんだ」
「ウィルスって…なによう…!」
乳房が意思を持ったようにムニムニと形を歪め始めた。
「基本的には他のウィルスと変わらない、自己複製が目的のRNAの容器。そして今お前の体の中にいるのは…」
体全体がザワザワと波打つように、脂肪の移動が起こる。
「難しいことはわからないんだが、体細胞に擬態し、感染者のセックスアピール、性的な魅力を増大させる」
「んぎゅ…っ!」
そして、すでに巨大な乳房がムクッムクッとこれでもかという風に体積を増やし、その重さで美優の体をソファーに沈める。
「抗体がなければ、それこそ無限大に」
「くぅ…っ!」
背骨がボキボキと音を発し、成長して、美優の体がソファーの上からはみ出す。
「エネルギーは普通の空気から得られるようだ」
「あ…ああっ!」
脚が伸び、ソファーの端からはみ出して行く。尻と脚の太さが同時にギュッと太くなり、ソファーの上を埋め尽くす。
「しかし、こんなに大きくなるとは…本当に、ぶつかって来たのはお前だよなあ」
「んあっ!!」
腕も脚と同じように成長して、他の体の部分と釣り合う。
「たく、今俺が見つけなかったら、この家を壊すまでずっと成長してたろうよ、お前」
「ふぅ…ふぅ…」
体の熱を冷やそうとする汗にまみれ、びしょ濡れになったソファーの上で、荒い息を立てる美優。
「妹を喜ばせようとやったのに。制御すれば、こんなに大きくなることもないはずだったのに、まあいい。こうなったら事が明らかになる前にお前に抗体をやろう」
男は、ポケットから小さな試験管のようなものにコルクで栓をしたものを取り出し、蓋を開けて、いまだ息が荒い美優の口に近づけた。
「本当はこうやって摂取させるものじゃ無いんだろうが、このウィルスだって肌にぶっかけただけで感染したんだ。抗体だってかなり強いはず。飲め」
美優は言われるがままに、差し出された液体を飲んだ。吐き出しそうなほどの味など気にせずに、飲み干した。
「あ…あっ!」
すると、美優の体の中で引き始めていた熱が戻って、さらに中で何かが燃えるように、熱くなった。
「も、燃えるっ!!」
汗が大量に出る。普通では考えられないほどの量の液体が出る。逆に、体は縮小し始め、まるで、美優という水が入ったスポンジが絞られて行くようだった。
「まあ、これでお前は元に戻るだろう。念のため、今のやつを5本くらい置いておくからな。もう会うことはないだろう」
男は美優が着ていた白衣のポケットに瓶を数本入れると、立ち去って行った。一方の美優は、ゆっくりと縮み続けていた。
「熱い!熱いよぉっ!」
「どうしたの!?美優なの!?」
玄関先から母親が呼びかける声がする。
「お母さん…助けて…!」
「美優!」
ドタドタという足音がすると、母親が飛び込んできた。母親は美優のまだ元に戻り切っていない、結子よりも一回り大きめな体をみて、驚愕した。
「美優…!?」
そして数秒後に、美優は完全に元に戻った。美優の周りはまるで水が入ったバケツが何杯もこぼされたかのように濡れていた。
「おかあ……さん…」
美優は母親をみて安心し気が抜けたのか、すぐに気絶してしまった。
—
美優が目を覚ますと、自分の部屋の天井が見えた。
「ん……」
「目が覚めた?」
母親がそばに座っている。
「あ、お母さん…」
「よかった。帰ってきたら倒れてるんだもの、びっくりしたわ」
「ごめん…」
「それに妙なことなんだけど、あなたが一瞬大きくなってたように見えたわ…」
美優はなにを言うべきか考えた。母親に、男から言われたことを打ち明けるべきか。しかし、抗体を飲まされたおかげで、ウィルスを駆逐し、もう大きくなることはない。美優は、白を切ることにした。
「変な幻覚だね」
「そ、そうよね…幻覚よね…床もびしょ濡れになってると思ったら、すぐに乾いちゃったし」
その言葉に美優は何かが引っかかったが、気にせず続けた。
「お母さん、あたしお腹空いちゃった」
「じゃあすぐんいお夕飯にするわね」
「私も手伝うよ!」
「あら、いいの?」
「うん!さあさあ行こう!」
今までずっと気を失っていた娘の威勢のよさをみて、母親は少し困惑しつつも安心したようだ。美優のほうは元気を出すことで、その日の出来事を全て忘れようとしていた。
—
次の日。学校に登校した美優は、話しかけて来た結子が心底安心しているのを感じた。
「あ、美優ちゃん元に戻れたんだ」
「そうなの。気づいたら夢みたいに元に戻っててね!」
「ほんと、夢みたいだよね。あんなに大きくなってたの」
今は結子より頭二つ分背が低い美優が、その前に分かれた時は逆に頭二つ分背が高かったのだ。結子も相当困惑していたのだ。
「もう、大丈夫だから」
「そう、なんだ。良かった」
二人は少しの間沈黙した。美優は昨日の出来事のショックが、こだましているように感じた。
「おはよう!朝礼を……」
教諭が教室に入って来て、声を出しかけた。ところが、元の体に戻った美優に目が止まった途端、目を見開き、さらに大きく、つんざくような大声で叫んだ。
「八戸が元に戻ってる!!」
「は、はぁ……」
その大声のターゲットにされた美優はたまらない。しかし何とか曖昧な答えを返せた。教諭は満面の笑みを見せて続けた。
「良かったあああっ!!」
教室全体から「えぇ……?」と声が聞こえ、侮蔑の目が向けられる。気がついた教諭は顔を整え、咳払いをする。
「いや、昨日八戸が飛び出して行ってしまったと聞いてな。ちゃんと学校に戻って来たということを喜んだわけで、決して俺はやましいことを考えたわけではないぞ」
最後の部分だけ小声で、教諭は主張したが、もはや説得力はない。教諭はクラス全員の冷たい視線を浴びながら、朝礼を始めるしかなかった。
「あのロリコンが……」
「あはは……」
美優は教諭を睨みつけ、結子はその後ろから苦笑いするしかなかった。
「ま、まあお子さんと同じように生徒を愛したいってことじゃ無いかな……ちょっと気持ち悪いけど」
「すごくキモいって!」
二人の言葉で教諭がビクッと震えたように見えた。
—
昼休み。美優はまたドキドキしていた。
「ねえ、本当に伍樹くんに話しかけた方がいいかな……?」
「いや、だって、このままだと終わっちゃうよ?それに、昨日のハプニングだって、チャンスに変えられるって!」
美優は学食で買ったパンを潰さんとしているかのように握りしめ、伍樹の方を見つめる。伍樹は他の男子生徒と楽しそうに会話をしている。そして、その額には昨日飛ばして当てたボタンの跡が少し残っている。
「う、うん…」
「昨日みたいに大きくなることも無いんだから」
「まあ、ね…」
「じゃあ行ってらっしゃい」
結子が美優の背中をポンと押した。美優は受けた力で動くロボットのように、ぎこちなく歩いていく。
ーーパン、食べよ…パン、パン……
今度は昨日のような衝撃を感じることもなく、伍樹の前にたどり着いた。
ーーなにか、話さなくちゃ……
そして、口をついて出た言葉。
「伍樹パン!!」
大声で二つの単語を叫んだ美優の周りで、一瞬空気がこおった。名指しにされた伍樹が言葉の意味を捉えかね、声を出した。
「えっ!?」
「あっ!」
美優は我に返った。
「あ、あの!!」
「はいっ!!」
美優の大声に、思わずかしこまる伍樹。美優もハッとして、深呼吸した。
「パン、一緒に、食べ…ませんか?」
「え、あ、うん…いいよ」
二人の緊張した会話に、周りも硬直していたが、やっと話が通じたのをみて、すこし胸をなでおろした。
「じゃあ伍樹、かわいい美優ちゃんを泣かせるんじゃねえぞ?」
「は?お前なに言って…」
伍樹と喋っていた男子生徒が気を利かせて席を空けた。
「ま、いっか……じゃあ…あの…座って?」
伍樹もあまり女子生徒と話すことがなく、かなり言葉を選んで喋る。
「あ、ありがとう…ございます」
美優はフラフラとしながら男子生徒が空けた席に座る。
「それで、えっと……」
「き、昨日はごめんなさい!!ボタン、当てちゃって」
伍樹の顔が真っ赤になった。
「怒ってますよね、すごい勢いで飛ばしちゃったから」
「い、いや、違うんだよ……いや、でも、うん、違う。大丈夫だよ、怒ってない」
「じゃあなんで顔が真っ赤に」
「い、いやこれはその……ああ畜生!」
伍樹は目線を大きく逸らし、頭を抱えて大きく叫んだ。
「えっ!?」
「正直なこと言っても、いいかな……」
「ど、どうぞ……」
美優は身構える。あまりいいことの予感はしなかった。
「あの、昨日の、はちの……美優ちゃんの……その、胸が……」
「あっ」
美優の顔も真っ赤になった。目の下に見えた自分の大きな胸の谷間が、頭の中に鮮明に蘇って来た。
「ごめん……」
「い、いいよ……伍樹くんも……その、男の子なんだもん」
美優はうつむいて下を見ると、そこにはぺったんこの胸板。美優はそれを服の上からペタペタと触った。
「今の私なんて……」
「ち、違うんだ!そういう……意味じゃ……それに、元の美優ちゃんの方が俺としては、その、好き、かな」
「ほんと!?」
影がさしていた美優の表情がぱぁっと明るくなる。
「そうだよ、元気で、健気で。正直、龍崎のことなんにも言えないよ」
「そうなの!?私も、伍樹くんのこと、好きなんだ!」
「美優ちゃんくらい声が大きいとそれくらい知ろうとしなくても分かるよ。ありがとう」
美優は本来の明朗さを取り戻し、伍樹とずっと話し続けた。そしてあっという間に昼休みは終わり、それを知らせるチャイムが鳴る。
「じゃあね、伍樹くん」
「うん、楽しかったよ」
美優はルンルンと自分の席に戻る。結子は、グッと親指を立てた。
「大成功だね!」
「うん、ありがと、後押ししてくれて」
「実行に移したのは美優ちゃんの方だよ、とりあえず、お弁当しまって、次の授業の準備を……っ…」
結子の表情が急にゆがんだ。
「どうしたの?」
「う、ううん。なんでもな……あっ!!」
美優に悪寒が走った。今の結子の仕草は、昨日までの美優の成長の前段階に、いやというほど似ていた。
「まさか……!」
「あ、あれ……熱くなって来た……っ!?」
顔から汗が吹き出ている。間違いなかった。結子の体は成長しようとしていた。
「嘘でしょ、終わったはずだったのに」
「ん、んんっ……!」
机に押し付けられている掌がグニグニと変形して、体からは聞き覚えのある奇妙な音が聞こえ始める。
「結子!!」
「あぁっ!!」
ついに成長が始まった。机の下で脚がグイッグイッと伸び、スカートからスッスッと出る。もともと大きい胸がグググッと制服を突き上げるように膨らみ、シャツが左右に引っ張られて、その上の方からグニッと胸の肉がはみ出した。
「ん…苦しっ…んうっ!」
腕が伸びて太くなり、制服がゆがむ。胴がクイッと伸びると、座高がキュッと上がり、膨らんだ胸がユサッと揺れ、さらにシャツが横に引っ張られる。そこで成長は終わったが、結子の苦しそうな表情は変わらなかった。
「息が……」
ブラのサイズが合わなくなり、呼吸を妨げていたのだった。
「結子!?」
「え、ええいっ!!」
結子は余裕がなくなった制服の腕を無理やり前に動かした。すると、背中の縫い目がプツプツとほつれると同時に、ぷつっという音がして、胸がブルッと揺れた。ブラが壊れたようだった。
「ふぅ…ふぅ…」
成長した結子の体は、やはり汗で濡れている。美優は体が冷えてはいけないと、ハンカチでその体を拭いた。
「み、美優ちゃん…ありがと」
「ごめんね、私のせいで結子ちゃんまで」
しかしハンカチだけでは足りなかった。美優が拭くものを探していると、真っ白なタオルが差し出された。伍樹が、美優の近くに来ていた。
「これ、部活用のだけど、使って」
「あ、ありがと…」
美優は受け取ったタオルで結子の体を拭き、服から汗を吸い出した。すぐに、汗は綺麗になくなった。
「洗濯はいいよ、俺も今日の部活でつかわなくちゃならないし、部室に洗濯機あるから」
「そ、そう?ごめんね。伍樹くん」
「ありがとうございます…」
結子は今起こったことが信じられないで、ワナワナと震えていた。