逆転の日~兄の場合~

あむぁいおかし製作所(http://okashi.blog6.fc2.com/)に掲載させていただいたものです。
挿絵はシガハナコ様(http://l-wing.amaretto.jp/)に描いていただいたものを、あむぁいおかし製作所管理者のあむぁい様に許可をとって転載しています。

この世には、様々な人間がいる。

「いひ、いひひ……」

その中には当然、倫理観が狂っている者、頭がいい者、そして金を持っている者も、いる。

「うふふふ……」

しかし、今泡を立てている丸底フラスコに入った薬品を、恍惚とした表情で見つめるこの男女2人は、そのどれもに当てはまる。

「あいつら、どんな顔するかな……」
「楽しみだねぇ……」

顔立ちがうり二つの二人は、邪悪な笑みを惜しげもなく顔に出していた。

兄の場合

同じ建物の中。

「う……ふあーっ……よく寝た……」

あくびをかき、伸びをする男子高校生。黒い髪と、年相応の体格をした青年の名前は、高町祐輔(たかまち ゆうすけ)。

「ん?なんだろう、この手紙」

自分の部屋から出ようとして、扉に画鋲で封筒が留められているのに気づく。黒く、なにか禍々しい雰囲気を発しているその封筒を、ため息混じりに扉から外し、開ける。中には万年筆のようなもので文字が書かれた紙が入っている。

「どうせ、あのろくでなし達、もとい、兄さんと姉さんだろ……」

祐輔の予感は的中する。手紙の筆跡の特徴は、これまで幾度と無く見てきたものと完全に等しい。

【今日は実験に参加してもらう】
「あぁ、もう……今日は学校があるってのに……」

手紙の内容に、呆れ果てる青年だが、その次の文に少し驚かされる。

【内容は秘密だ。普通に生活を送ればよい。 KとA】
「実験なのに、普通に生活だって?どういうことだ……」

手紙をゴミ箱にポイッと捨て、扉を開けてリビングに向かう。そのままキッチンに入り、トースターをセットして、卵を割り、ベーコンを敷いたフライパンに入れる。両親がほぼ家にいない彼にとっては、これが日常だった。兄妹たちの家事を一気に背負うのには、それなりの理由があった。

「実験……かぁ。今日は何なんだろう。あいつらマッドサイエンティストの実験なんか毎回ろくなことがないが……」

そう言いながらトースターを見つめる。前に、トースターが兄姉が開発したものにすり替わっていた。祐輔はそれに気づかず、トーストをいつものようにセットした。すると、一瞬のうちに消し炭となってしまい、トースターが爆発してキッチン中に炭になったトーストと、トースターの破片が飛び散り、掃除するのに丸一日かかってしまったのだ。

「まあ、命にかかわることじゃないだろ、いくらなんでも」

トースターとフライパンから、いい匂いがし始めると、リビングの方から声が聞こえてきた。

「おはよー、お兄ちゃん」
「ああ、鈴音、おはよう」

寝ぼけ眼でキッチンに入ってくる、黒髪セミロングの、中学生くらいの女の子。祐輔の妹、鈴音(すずね)だ。彼女は食パンがトースターから飛び出したのを見て、皿を取り出し、自分と兄の分をスッと載せ、フライパンの蓋を開けて目玉焼きをパンの上に滑り出させた。

「あれ、浩輔(こうすけ)お兄ちゃんと彩音(あやね)お姉ちゃんの分は?」
「うーん、昨日夜遅くまでなにかやっていたみたいだし、昼まで起きてこないから大丈夫なはずだ」
「そう」

一番上の兄と姉の食事について確認した鈴音は、小さなあくびをした後皿をリビングの方に運ぶ。祐輔は、流しに残っていたコップを軽く洗うと、牛乳を入れ、冷蔵庫からマーガリンを取り出して鈴音に続く。朝食の支度が整うと、二人は椅子に座り、手を合わせた。

「「いただきまーす」」

二人同時に、トーストをカリッとかじる。その一かけらを咀嚼し、飲み込むと、鈴音が切り出した。

「あ、そういえば……またお姉ちゃん達がお手紙をね」
「うん。俺も」

祐輔でなく鈴音も、実験の通知をされていたのだった。それもまた、いつものことなのだ。

「どういうことなんだろうね、いつも通りにしていいって」
「さぁ……」

朝食を黙々と進める二人は、ほどなく牛乳を残して全てを食べ終わった。

「「ごくごく……」」

最後に残った牛乳を、一気に飲み干す二人。そこまでは、文字通り普通の朝だった。そう、そこまでは。

「じゃあ、一緒に片付け……うぐっ!!??」

体全体に、息を止めた時のような苦しさを感じる祐輔。

「な、なんだよ……これっ……ぐふぅっ!!」

胸にパンチを食らったような痛みが加わり、思わず胸に手を伸ばす祐輔。すると……

《ムニュッ》

「なに……これ?」

手が柔らかい何かに当たる。同時に、胸の方にも押さえつけられた感触が走る。祐輔の目線の下で、自分の胸が着ていたパジャマを大きく押し上げていたのだ。

「もしかして……これって……ふぐぁっ!!」

その膨らみを手で揉んでみようとした矢先、さらなる衝撃が加わる。その瞬間、パジャマが破れそうになるくらい盛り上がりが前につきだし、祐輔は肩と胸に重いものがくっついている感覚を覚えた。

「や、やっぱり……」

左右に引っ張られたパジャマのボタンの隙間から見える肌色と、中心に走る線は、紛れも無く乳房と、その間にできた谷間だった。普通の男子高校生である祐輔の胸に、Eカップほどの乳房がいきなり現れたのだ。

「……こ、これが、実験……か……ぐはっ!!」

次の衝撃で、乳房は完全にパジャマを突き破り、祐輔の目の前でバインッ!!と外に飛び出した。メロンくらいの二つの果実は、寄せるものが無くとも互いにくっつき、自然に谷間ができている。ぷっくりとした突起は、男の時からは考えられないほど大きくなっている。

「……もしかして、俺は……っ、女に……!?」

腹筋を触ると、メキメキといいながら萎縮していく。さらに脂肪が皮膚の下を移動するかのように波打ち、ウエストにくびれがついていくのが分かる。視界にも、短かったはずの髪が、垂れて入ってくる。

「……んはぁっ……こ、声までっ……くそぉっ……」

首が押しつぶされるような痛みとともに、祐輔の声が高くなる。左手で首を触ると、喉仏が消え去っていた。顔も、全体が見えない手に潰されたり引っ張られたりするように、頭蓋の形が変化していく激痛が走る。

「……い、痛い……っ!!?」

しかし、それをも上回る鋭痛が、股間を襲う。嫌な予感を感じ、とっさに手でイチモツを触ると、もはや昨日までの大きさの数分の一になっている。目で確認しようとしても、胸が邪魔で直接見ることができない。せいぜい、筋肉がふっくらとした脂肪に置き換わり、むっちりとした太ももが見えるだけだ。

「ま、まって……これだけは……っ!!」

手で守るかのように自分の息子を掴む祐輔だったが、その手の中でペニスは萎縮を続け、ついに股間にできた溝の中に埋もれていってしまった。

「んくっ……ひゃあっ……おなかっ……なかがぁー!!」

たった今沈み込んでいったモノが、今度は腹部を掘削していくかのような痛みが走る。女性器が形成されているのだった。

「……はぁっ、はぁ……はぁ、ふぅ……」

痛みが落ち着き、祐輔は、多少小柄になった自分の胸に実っている、たわわすぎる果実を手で触る。

「にせもの、だよな……?」

現実から逃げたい祐輔の最後の希望を蹴落とすかのように、手で触ったのと同時に、胸からピリッと電流が感じられる。

「んっ……」

自分の口から思わず漏れた喘ぎ声が信じられず、固まってしまう。

「そ、そんな……俺がこんな……」
「うおっ……」
「えっ!!?」

祐輔が聞いたことのない、少しだけではあるが元の自分よりも低い男の声に飛び上がりそうになって驚く。恐る恐る声のした方を向く祐輔。すると、さっきまで妹がいた所に、ビリビリに破けた布切れを身にまとった、金髪の大学生が座っている。

2ss

「だ、誰だっ!?」
「え……え?お姉さんこそ、だれ!?……まさか、祐輔お兄ちゃん?」
「はっ……?」

自分の名前を知っている妙な口調の男に祐輔は困惑しつつも、朝起きてからこれまでの記憶をつなぎあわせて一つの答えを出した。

「鈴音……なのか?」
「う、うん……」
「もしや、これが……」

祐輔の言葉を遮って、リビングの扉がバァンと勢い良く開けられる。

「そう!それが……」
「私たちの実験だ」

ドヤ顔で台詞を言いながら現れたのは、白衣を身にまとった男女。男の方はかなり体格がよく、女の方はかなり大きくなった祐輔の胸に負けないほど前に張り出した胸と、惜しげも無く晒されているムチムチとしたグラマラスな足を持っている。そして、二人の顔は男性と女性としての違いを差し引けば、全くと言っていいほど同じだった。

「どういうこと、ですか……!兄さん、姉さん」

両親がいない間の実質的な一家の稼ぎ頭である二人に、あまり反抗できない祐輔。その負い目につけ込まれて参加を強制された実験は数知れずだ。

「祐輔と鈴音の性別を入れ替え、鈴音を大きくすることで立場を逆転させる……」
「そして、日常生活を行ってもらうことで、どのような反応を祐輔達が示すか、また、周りの社会が示すか、観察するのだ!」

全く悪びれる様子もなく、大きな声で弟と妹に告げる兄と姉。

「こ、こんな状況で日常生活なんて……」
「それは問題ない!たった今、周りの記憶をいじって、性転換したことを認知させたからな!」
「兄さん……それって、普通に元から性別が逆だったことにしたほうが……」
「それだとこの実験をする意味が無いだろう!性転換したものに対する反応が見たいのだからな!それにほら!服だって用意したし、鈴音に関しては元から高校生だったことにしてあるぞ!さあ、さっさと高校にいけ!」

祐輔が反論する前に、リビングの至るところからロボットアームが伸び、神業じみた操作で破れかけのパジャマを引きちぎり、二人に制服を着せた。同じ学校の、今の性別にあったもので、祐輔に至っては、胸のサイズもピッタリのブラまで付けられ、押し上げられた乳房がさらに大きくなったように強調されていた。

そして、歯磨きや、長くなった祐輔の髪のセットも次の一瞬で施され、家から放り出された祐輔と鈴音だった。

「「いってらっしゃい!!」」
「「い、いってきます……」」

玄関についたスピーカーから聞こえる兄と姉の声を聞き、二人は仕方なく歩き出す。すぐに祐輔の、爆乳、という言葉でも足りないほど大きな祐輔の胸が歩行で生み出される振動を大きく増幅してブルンブルンと揺れ、二人とも目が釘付けになる。

「おおきいね……私はぺったんこだったのに」
「おおきすぎるぞ……姉さんたち、本当に悪趣味だなぁ」

胸の大きさを際立たせる、逆にキュッとしまったウエストは、祐輔の目からは胸に遮られて完全に見えない。背の高くなった鈴音に若干圧迫感を感じながら、道を進んでいく。

「(なんというか、今の鈴音、頼れそうだなぁ……いや、体が大きいだけで精神は女子中学生なんだから、俺が守ってやらないと)」

家から離れ、多くの生徒が集まり始める学校近くになって、周りの視線を感じる回数が増えていく。昨日まで同じ部活動をしていた友人も多くいたが、みな祐輔を好奇の目で見ていた。男になった鈴音にも若干目が向けられているようだったが、胸のせいで圧倒的に動きの多い祐輔が注目の的になっているのだった。

「(は、はずかしい……)」

注目されている状態を脱しようと、腕で胸を押さえつけようとするが、腕の上下から胸肉が溢れだし、ムギュッと寄せられた二つの丘の間に深い谷間ができてしまい、むしろさらに注目されてしまう祐輔。

「(いやだ……やめてくれ……)な、なぁ、鈴音、もうちょっと速く行こうか」
「え、うん……」

羞恥心から足を早め、一刻も早く教室にたどり着くことにした祐輔だったが、誤算があった。

「んっ……ひゃっ……やめっ……きゅっ……!」

激しく揺れるようになった胸の先端と、ブラが擦れ始めてしまい、祐輔の体に電撃が走るようになってしまったのだ。思わず喘ぎ声を出してしまう祐輔。

「お、お兄ちゃん、大丈夫?」
「男の声で、あんっ……!お兄ちゃんは、ふゅっ……よしてくれ!」

電撃が加えられ続けるのに何とか耐えていたがしかし、祐輔が体験したことのないような感覚が下腹部に溜まり始める。

「(おなかがあつい……なんだこれっ……)」
「じゃあ、に、兄さんで、いい?」
「あ、あぁ……」

やっとのことで教室に飛び込み、そのまま自分の席にドサッと座り込み、突っ伏そうとする祐輔。それを、胸についた大きなクッションが邪魔をする。

「あぁんっ!」

あまりに強い衝撃が胸に伝わり、大きな奇声を発してしまう祐輔。ハッと気が付くと、周りからムラムラとした色欲とピリピリとした嫉妬が突き刺さってくる。

「お、おはよう、みんな……」

気まずくなった祐輔が声をかけても、誰も返答しない。少しの沈黙の後、一人のポニーテールの女子が近づいてくる。彼女は、祐輔の後ろに棒立ちになっている鈴音を一瞥し、祐輔に質問した。

「高町だよね?」
「は、はい……」

ほぼ殺気に近い女子の気迫に、たじろぐ祐輔。女子は祐輔の顔の下、自らのものとは正反対に、大きく自らを主張する爆乳をジッと見る。

「こんな……大きな……おっぱいしちゃって」
「あ、あの……?」

女子は、手を伸ばして、その盛り上がりに触れようとする。

「こんなもの……こうしてっ!!」

《キーンコーンカーンコーン!》
手が服の表面に達する前に、始業時間を知らせるチャイムが鳴り響いた。

「チッ!ほら、鈴音、あんたの席はそこでしょ?なにぼーっとしてるの」
「は、はい!」

女子は祐輔の隣の席を指さす。元女性の鈴音には若干甘いようで、少なくとも殺気は向けていないようだった。鈴音はビクッとしながら言われた席に座った。

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兄達が言った通り、鈴音は、転校生ではなく、本当にそのクラスに元からいたような扱いを受け、なぜか鈴音のことが気になっていたかなにかで、鈴音の方を見ながらこの世が終わったような顔をしている男子が一人いるくらいだった。鈴音は、大きくなった体にすぐに慣れたようで、意味の分からない授業を、板書だけは書き写しながら、ボーッと受けていた。

問題は、祐輔だった。板書を取ろうとしても手元が胸で見えず、あまり前かがみになると長い黒髪が視線の中になだれ込んでくる。何度も何度も、手で髪を肩の後ろに回そうとする必要があり、その度、重い胸が邪魔をした。授業が一時限終わる頃には、ものすごい肩こりになってしまっていた。

「ふぅ……疲れたぁ……」
「ねぇ、ね、おにいちゃ……兄さん……」
「なんだ、鈴音」

授業が終わった途端、鈴音がソワソワしながら祐輔に尋ねた。

「あのね、トイレに行きたいんだけど……教えて?」
「ああ、わかった……えっ!?ちょ、ま、まて!今、俺は女なんだぞ!?」

思わぬ妹の依頼にうろたえる祐輔。

「でも……」

困り果てる二人の元に、さっきの女子が近づいてきた。

「トイレ?なら……富士根、あんたついてってやって」

女子は、鈴音の泣きそうな顔を見て、その前に座っていた男子生徒に声をかけた。メガネを掛けた清純そうなその生徒は、二つ返事で了承し、鈴音も不安そうではあったがついていった。

「さて、高町……」
「なんだよ馬橋、さっきから……」

ついさっきと同じように殺気を向ける、馬橋と呼ばれた女子だったが、微妙にやけくそになったように涙を流しながら胸を鷲掴みにした。

「私のことも考えずに、女になっちゃったのね!?このっ!!」
「ひゃぁっ!?」

祐輔の脳内に、刺激を越えた何かが溢れかえる。

「ま、まばしっ……ひゃ、そこ、やっ、やめてぇっ!!」
「うるさいっ!この、このっ!!」

馬橋の手が、双丘を上下左右にこねくり回す。祐輔はただただ嬌声を上げ、快感から逃げることすらままならない。

「き、きちゃうっ!あっ!!だめぇっっ……!」
「あらあら、体は正直なようよ?立派に勃てちゃって!」

胸の先端が、少し盛り上がっている。

「す、すずねに、見せられないよぉっ……!!」
「あっはは、それは大丈夫だから安心しなさい!あんなうぶな奴に、兄の痴態を見せるわけに行かないじゃない!あら?今は姉だったかな?」
「ふあっ!」

体中の筋肉が緩んでしまい、口がだらしなく開き、目は上を向いてしまう。

「(こ、これが女の快感なのか……!?いや、今はそんなことよりもぉっ!)すずね、もどってきちゃうぅ!!」
「まだ平気平気!あんたには痛い目見てもらわないと気がすまないからぁっ!あっ……」

理性を手放しそうになった瞬間、責苦が終わる。祐輔はなんとか我に返り、口がぽっかり開いた馬橋の視線の先を見る。

「な、なにぃ……?っ……!!!」
「高町、ごめん……」

その先には、唖然とした鈴音がいた。

「おにい、ちゃん?」
「すず……すずね?……鈴音!!?」

鈴音の顔は、驚愕から嫌悪へと変わっていく。

「す、鈴音、これは、違うんだ……!」

祐輔は、必死に説得しようとして、席から立ち上がる。その動きで、大きく揺れる乳房を見て、鈴音は急に走り去ってしまった。

「鈴音!!待って……くっ!」

馬橋をキッと睨み、鈴音を追って祐輔は走りだした。

「んひゃっ……!も、もうだめ……っ!」

祐輔は荒い息を立てて立ち止まった。汗だくで疲れきった爆乳美女に話しかける馬橋は、汗など一滴も出していない。

「ねぇ、どんだけ体力なくなってるの?」
「う、うるさいっ!体が敏感なんだよ!」

祐輔がいるのは、自分の隣の教室の前だった。その距離、約15mといったところか。

「無理に走ろうとするから……」
「こ、こんなに感じるなんて思ってなかった」

早歩きだけでもギリギリだった祐輔の精神は、走ることによる全身と服の擦れからくる刺激に耐えられるはずがなかったのだ。

「変身したばかりなんだから、皮膚が慣れてないんじゃない?」
「そうだな……なあ、女になってすまなかった」
「ふん……謝るのが遅い」

祐輔は、前から馬橋に間接的にアタックされているのに気づいていた。最初に責められた時は、恐怖とともに申し訳無さを感じ強く出ることができなかった。

「まぁ、鈴音のことについては、私も……」
「あぁ、そうだぞ。罰として……」
「うぅ……」
「俺の代わりに鈴音を探してくれないか。それでチャラだ」
「え、それだけ?」

馬橋に向かって、微笑む祐輔。馬橋は安堵したのか、大きく息を吐くと、答えた。

「分かった!」

馬橋が駆け出していくのを見送り、自分は教室に戻る。妹の嫌悪の顔が、頭の中にこびりついていた。うつむくと、歩くのと同期してプルンプルンと揺れる胸が目に入る。今日の朝まで夢でも見たことのないような大きさのそれは、今は確実に自分のものだ。

「はぁ……」

いつ戻るのかわからず、不安の溜め息をつきながら教室に入ると、先ほどに増して異様な雰囲気が漂っていた。

「なんだこの嫌な予感……」

男子生徒がガタガタと立ち上がり、ゾンビのようにヨロヨロと祐輔に近寄ってくる。

「お、お前らどうしたんだよ……」

祐輔が怖気づいて尋ねても、「たかまち……」「ゆう……すけ……」と、本当にゾンビのような理性のかけらもない答えしか返ってこない。クラスメートたちはゆっくりと歩いていたが、祐輔も恐怖に腰が抜けてしまい、体力が切れていたこともあってその場に崩れ落ちてしまう。

「な、なんだよ……やめろ……」

魔の手がじわじわと、祐輔に詰め寄る。手が触れそうになったその時、教室に大きな声が響いた。

「お兄ちゃん!」
「す、すずね……?」

教室に入ってきたらしい鈴音の低めな声に、心をなでおろす。ただ、男子生徒にはその声は届かなかったようで、さっき馬橋が下のと同じように、胸をまさぐりはじめ、足をなではじめ、腕を愛ではじめた。

「ふゃっ……おまえら、あっ……そこ、そこはっ……!!」

鈴音に続いて、馬橋も入ってきた。

「高町、約束通り、鈴音を連れてきた……って何なのよこれ!」
「お兄ちゃん、逃げないと!」
「すずね……お願いっ!」

鈴音は、その大きな体格でクラスメートたちをなぎ倒し、床にへたり込んだ兄を、背中と膝を腕で持って支え、持ち上げた。

「おい、これって……」
「え?早く逃げようよ!」
「あ、あぁ……(お姫様だっこ、だよな、これ……)」

妹に「お姫様抱っこ」で担がれ教室から逃げ出し、嬉し恥ずかしの兄は窮地を脱したのだった。

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結局、保健室に逃げ込んだ二人と、馬橋。幸い保健室には誰も在室しておらず、何も聞かれること無くベッドを借りることができた。

「もう大丈夫だよね……」
「こ、こわかったよぉ……じゃなくって!ありがとう……はぁ、やっと落ち着いた……なんであいつら……」

クラスメートの変貌ぶりを思い出し、身震いする祐輔。馬橋は、それを見て額を手で押さえた。

「ごめん、クラスの中であんな痴態を見せられたら、みんな興奮しちゃうよね……さっきの祐輔、エロビデオの女優さながらだったし」
「……そうか」

祐輔の方に向き直る馬橋は、取り繕ったような笑顔を祐輔に向けた。

「私、教室に戻るよ。あいつらぶちのめしてこないと、収まりが付かないだろうから」
「……頼む」
「それから、鈴音」
「な、なんですか?」

鈴音は、高校生でも大柄な方の体をビクッと震わせる。

「ちょっと、そんなに怖がらないでよ。さっき、ちゃんとお話したでしょ」
「あ、そうでした。ごめんなさい……」
「ああもう、あんたと話してると調子狂うわー。まあ、お兄ちゃんを守ってあげてね。じゃ!」

馬橋はベッドのカーテンを閉めると、保健室から出て行ったようだ。

「(さっきのこと、説明しないとな……)鈴音……」
「お兄ちゃん、ごめん!」

祐輔の声は、もっと大きな鈴音の声に遮られた。

「鈴音?」
「私、お兄ちゃんに興奮しちゃったの……その、おちんちんが硬くなっちゃって」

目を逸らしながらしゃべる鈴音の声は一転、消え入りそうな弱々しい物になって、震えていた。

「え?」
「授業中も、さっきトイレに行った後も……それで、私自分のことが嫌になって逃げ出しちゃった」
「そうだったのか……(俺だって、こんな女の子がいたら少しくらいは興奮するんだろうな……)」
「こんな妹、いやだよね」

祐輔は、とっさに答える。

「いやじゃないぞ」
「え?」
「仕方ないだろ。それが男ってやつさ。むしろ、クラスのあいつらより、よっぽど理性的だと思うけどな」

祐輔は、そう言った後で、自分の中にそれ以外の理由があることを、かすかに感じていた。

「(鈴音と一緒にいると、すごく安心するし……)」

だが鈴音は、その言葉を素直に受け取ったようで、少し申し訳無さそうではあるが、うなづいた。

「うん……」
「だけど、お互い慣れたほうがいいと思うことは、確かだな」
「じゃあ……」

だが、次に鈴音がしたことは、祐輔にとっては信じがたいことだった。急に服を脱ぎ始めたのだ。

「鈴音?何、やって……」
「お互いを知るんでしょ?それなら、脱いじゃったほうが……」
「いやいやいや、それはおかしい」
「おかしくないよ。お兄ちゃんを守れるのは私だけなんだから。もう逃げ出したりしないよ」

急に攻めてきた鈴音に、祐輔はたじろいだ。ただ、その次に浮かんだのは恐怖感ではなく、淡い期待感だった。あっと言う間に服を脱ぎ終わると、鈴音は祐輔の服を左右から引っ張った。

「おい、ちょっと……」
「だから、ね」

そして、力を入れると、プツプツプツっとボタンが全てはねとび、中からバレーボールが入りそうなほど大きな乳房が飛び出てきた。

「ひゃんっ!鈴音、だめ、だめだぞ……」
「お兄ちゃんの、おっぱい……」

金髪の頭を、その谷間に突っ込む鈴音。祐輔は、妹に手荒なことができず、されるがままだ。鈴音は、少し赤らめてはいるが、真面目そのものの顔で、双丘の先端についた突起をつまみ、コリコリと揉む。

「あぁ……!ふあっ!そんなとこっ……!」
「女の人は、ここが弱いんだよ」
「そんなの……わかってるよぉっ……!あんっ!」

今度は、口を近づけてペロペロと舐める。

「やめ、やんっっ!!」
「どう?気持ちいい?」
「き、きもちいいよぉっ!」
「ふふ、よかった」

口を離すのを見て、これで一段落かと祐輔が思った次の瞬間、スカートを外され、ニーソックスを脱がされて、あらわになった足がツーッと指でなでられる。

「あぁぁんっ……」
「こーんなきれいな足、羨ましいなぁ……」
「ほめられても、うれしくない……」
「本当?」

祐輔は実際、自分が手に入れた体の魅力に気付かされ始めていた。鈴音から見を守ろうとして手で覆ったウエストは、その下につながっている足から想像もできないほどくびれていて、肌もすべすべしている。時折窓やスマホの画面の反射で目に映っていた自分の顔も、釣り目で凛々しく、人の性欲をそそるものだ。

「う、うぅ……」
「かわいいね」
「あ、ありがと……」

自分以外の誰もが、自分の姿を見ている。それでいて、自分自身は見ていない。その事実のせいで、もっと自分の外見が気になってしまう。

「ね、ねぇ……私って、綺麗……?(あ、あれ?今、自分のこと私って言ったか?)」

頭の中に浮かぶ自分の姿に合わせた言葉を、思わず紡いでしまう祐輔。鈴音も、すこし驚いたようだが、すぐニッコリして答える。

「うん、綺麗だよ」

妹の言葉に心躍らせる祐輔。自分が褒められたのは間違いない。何かが間違っている気がしたが、どうでもよかった。

「じゃ、僕は?かっこいい?」
「えっと……」

妹に聞かれ、これまであったことを思い出す。登校中の、鈴音の側にいた時や、教室に助けに来てくれた時の安心感。気づいてみれば授業中も、横にいてくれるだけで落ち着いていられたのだった。

「うん。かっこいい、かな」
「そっか」
「それより、もっと私を教えて?」

妹の瞳に映る自分の顔は、自分でも信じられないくらい扇情的だった。その姿にハッとする。

「(違う、俺は男、なんで妹を誘ってるんだよ)」

思考を元に戻そうとするが、もう遅かった。

「そうだね……すごく、髪が綺麗」

妹に褒められるときのときめきは、もう抑えられなかったのだ。

「それは、鈴音も一緒だよ」

シーツとカーテンに包まれた白い空間で、金髪が輝いている。その美しさと、包み込んでくれるような鈴音の優しい表情に、祐輔は心惹かれるのだった。

「ありがと……お姉ちゃんには敵わないけどね」
「うふふ、言ってくれるじゃないの」

どんどん、今までの自分とは別の人格が形成されていく。グラマラスな体にふさわしい、誘惑的な女性としての人格だ。

「(この体になったっていうのに、男だっていうことを固辞しても、仕方ないよな……)」
「あとね、おっぱいもすごく大きいし」
「そんなの、私が一番解ってる……誰にも負けないよ」

今度は、自分から乳房を寄せ、鈴音に見せつける。

「ふふ、またそんなに硬くしちゃって、いけない子ね」

鈴音のトランクスが盛り上がっているのを、もはや愛嬌のあるものとしてみている祐輔。鈴音は顔を赤くする。

「姉さんが悪いんだろ」
「はいはい、ごめんなさいね。それじゃ、そろそろ戻りましょっか。イケメンさんっ」
「また、見せてくれる?」
「じゃあ、鈴音が女の子に戻って、成長したときに、お返しに見せて?」
「わ、わかったよ」

こうして、その日一日、祐輔は、男性を演じる鈴音と一緒に、女性としての自分を演じることにしたのだった。

その数日後。二人は、戻れていなかった。いや実際は、戻っていなかった。元に戻る薬品を渡された時、二人の同意でもう一日だけ、男女逆転の生活をしてみようということになって、それが一日延長では終わらず、同じことが何日も繰り返されているのだ。

変身して以来、登校中は二人はいつも一緒だ。

「まって、鈴音!」
「ゆうねえが遅いんだ」
「もうっ、それなら……えいっ!」

祐輔は鈴音の背中に自分の胸を押し付けるように抱きついた。鈴音は赤面する。

「ね、姉さん……やめてったら」
「いいじゃないの、姉弟なんだからぁ」

祐輔が、最初は仮初めのものとして作り上げた女の性格が、元の性格、男としての祐輔に上書きしていた。

「鈴音の背中、大きくてほっとするなー」
「バカなこと言ってないで、行くよ!」
「はいはーい」

祐輔にとっては、もはや元に戻る理由などなくなっていた。

「(鈴音さえいれば、私は生きていける。たとえ、どんな体になっても!)」

鈴音に寄り添いながら、高校へ向かう祐輔だった。


 

あむぁいおかし製作所の他のSSはこちらから。

成長

小学生である俺の弟には、成長ホルモンのバランスに問題があるらしい。健康診断で問題が出て、紹介された病院の医者にそう言われた。俺も、母さんも父さんも、かなり慌てたものだ。それから1ヶ月後。実際の所、問題は全然なかった。

俺を除いては。

「兄ちゃんお帰り!」
「おう、ただいま」

夏の暑い日、汗だくで帰った俺を、リビングで迎える弟の太一(たいち)。髪を短く切って、シャツと短パンで涼しく決めている。母さんは俺のぐしょぐしょに濡れた服を見て、呆れ顔だ。

「汗びっしょりじゃない。お風呂入ってきたら?」
「ああ、そうするよ」
「ちょっと待ってね、入浴剤持ってくるから」
「あ、あぁ……」

母さんは廊下の方に出ていった。さて、さっきの問題というのなんだが……

「兄ちゃん、部活って楽しい?」

弟がいたはずの所に、高校生の俺と同じくらいの背丈の女の子が立っている。髪は長く、胸はサイズが合わない服をピンピンに引っ張り、ムチッとした尻に短パンが食い込んでいる。後ろに腕を組んで前のめりになって聞いてくるせいで、胸の谷間が自分の存在をこちらに強烈に主張してくる。

これが、俺の弟だ。普段は普通の活発そうな小学生男子だが、俺しか見ていない時に限って出るところは出て締まるところはキュッと締まった女に急成長するのだ。ホルモンバランスの崩れから来てるんだろうが、一体全体、成長ホルモンってなんなんだよ……

「ねえねえ?」
「……!?」

かわいい女の子、いや弟の顔がギュッと急接近してきた!思わず狼狽してしまう俺に、どんどん弟は接近してくる。

「ほら、持ってきたわよ……って何顔赤らめてるの?」

母さんがいきなり部屋に入ってきて、飛び上がってしまった。

「こ、これはそういうのじゃなくて!」
「……何が?」
「あ……」

魅惑的な体つきの少女は、跡形もなく姿を消し、いつもの弟が少し不満気な顔をしているだけだった。思わずため息をついてしまう。

「……はぁ……風呂入ってくる」

毎日弟が変身するのを見て慣れていたはずなのに、あんなに近寄られるなんて思ってもみなかった。太一は太一で、自分が変身していることに全く気がついていないらしい。胸を触ってみてもいいかとダメ元で聞いた時は、ちょっと首を傾げただけで了解された。その時触った感覚は、太一が本当に女の子になっていることを証明していたけど……

風呂場に着くと、すでに湯が沸かしてあった。母さんに渡された入浴剤を入れると、シャワーの蛇口をひねった。と、その時だった。扉越しに、いつの間にか風呂場の前に来ていた母さんがとんでもないことを言った。

「ねえ、太一も一緒に洗ってあげて、お母さん忙しいから」
「え、ちょ……!?」

普通に考えればとんでもないことでも何でもない。が、俺の場合はそうも行かない。でもシャワーを止めて拒否する前に、太一が入ってきてしまって、抱きつかれた。

「兄ちゃん久し振りにお風呂一緒だね!」
「え、えっ」
「じゃあお願いね」

風呂場の扉がガチャッと閉められると、俺の体にムニィッと弾力感が伝わってきた。おっぱいだ。弟のおっぱい。

「背中洗いっこしよ!」
「えぇっ!?」

服越しには分からなかったキメの細かい肌と、柔らかそうな丸い輪郭。混乱した俺にはそれしか分からなかった。しかし、俺の体に胸を押し当てている女の子はどうあがいても弟だった。

「え、してくれないの?」

そんな泣き顔するな!そんな顔されたら断れないだろ!?

「ああもう、すればいいんだろ、すれば」
「じゃあ太一の背中から!」
「はいはい」

俺は、風呂椅子に座った弟の後ろに回る。まずサラサラと背中に流れる長い髪を肩の前に回した。

「ゴクリ……」

出てきた背中のなんと綺麗なことか!俺と同じくらい大きいのに、汚れの全くない、真ん中に筋がすーっと通った、とても繊細そうな肌。写真で見たことはあっても、目の間にあるとまた違う。

「どうしたの?」
「あ、ああ、今洗うからな」

これ、いつものヤツで擦ったら絶対傷つけてしまう。どうやって洗ったらいいのか……考えた挙句、結局母さんが使っているスポンジの柔らかそうな方で洗った。

「ちょ、ちょっと痛いよー」
「あ、暴れるなって!」

四苦八苦しながらも何とか背中を洗い終わる。

「じゃあ髪の毛も!」
「はぁっ!?」

こんなに長い髪の毛、本当にどうやってあらうんだ……普通にロングだよな、これ……これこそ、細心の注意を払うべきところだろうが、洗い方なんて知るか。

「いつもどうやって洗ってるんだ?」
「んー、いつもは髪短いから……」

なるほどな。

「じゃあ、俺が出るから、自分で……」
「やーだっ!兄ちゃんに洗って欲しいの!」
「わがまま言うんんじゃない!そんな顔したって俺には通用しないぞ!」

そんな、ねだるような顔されたって、俺は……実際、完全に敗北してる。めちゃくちゃドキドキしている。

「そ、そう……?」

すごくがっかりしているようだ。俺だって洗ってやりたいのはやまやまなんだが。

「じゃ、髪が終わったら他の部分を一つだけ、何でも洗ってやるから……髪だけは洗えって」
「はーい」

俺は風呂場を出て、扉を閉めた。気になって中をのぞき込むと、いつもの弟のようだ。ワシャワシャと自分の頭を揉むようにして洗っている。あれなら、俺にもできるんだがなぁ……

「終わったから入ってきて!」
「おう」

扉をがらーっと開けると、目に飛び込んでくるのは突起のついた巨大な丸い膨らみと、長い髪に飾られた端正な顔。こんなに急に変身して、痛くもなんともないんだろうか?

「じゃあ、胸を洗って?」
「あぁ、胸な……ムネェッ!!?」
「そうだよ?ノリツッコミしてないではやくはやく!」

しゃべるたびタプンタプンと揺れるあの豊満な果実を、洗えと!変な気持ちが沸き起こりそうで恐ろしいったらありゃしないが、約束は約束だ……仕方ない。さっきのスポンジを使えばいいだろうか……

「あ、スポンジは痛いから素手でやってよ」
「はぁっ!?やめだやめだ、胸以外のどこかに……」
「なんでもって言ったじゃん」
「ぐぬぬ……じゃあ洗うぞ……」

手に石鹸をつけて、恐る恐る肌色の膨らみに近づける。これは弟だ、弟なんだぞ……なんでこんなに興奮しなくちゃならんのだ……

「あんっ……♥」

指の先がピトッと触れた瞬間、弟が変な声を……喘ぎ声を出しやがった……どこのエロゲだよ……こんなの、兄弟がすることじゃ……

「どうしたの……?手が止まってるよ?」
「あーもう!やればいいんだろ!?」

胸に手を付け、石鹸を一心に塗りたくり、泡を立てようとする。だが、力を入れるたび気が狂うくらいに変形するそれは、その質量と触感で俺の性欲をかきたてた。

「んあぅ♥ふあっ♥」

おまけに、弟はエロいとしか言いようがない喘ぎ声を続けざまに出してくる。目の前で、俺の手によって大きく形を変えるおっぱいと合わせて、俺の股間はとてつもなく固くなって、痛いほどだった。その時、風呂場の扉が一気に開いた。

「いつまで入ってるの!?」
「か、母さん!?」

み、見られた!弟の胸に欲情してるのを、現行犯で見られた!!

「こ、これは勘違いで……!」
「え?」
「あ。」

パニクった俺の精神は、元の姿に戻っている弟を見て落ち着いた。胸があった空間には何もなく、背も縮んだ弟の顔に、俺の手が当たっていた。

「何が勘違いなの?」
「い、いや……」
「それよりも、男同士がなんでこんなに風呂が長いのよ……おやつ準備してあるから、早く出てきなさい」
「はーい」

母さんは溜め息をついて、扉を閉めて去っていった。と同時に……俺の手にムニュゥ……と、柔らかい感触が戻ってきた。

「ひぁっ♥」
「も、もう大丈夫だろ……?」
「うん。それで、僕の体のことなんだけど……」

ん、急に雰囲気が変わったぞ。

「なんだ?」
「実は、兄ちゃん以外に今の姿を見せたこと、無かったけど……もう耐えられそうもないんだ」
「は?」
「これまでは成長を抑えて、元の姿でいられたんだけど、この頃、どんどん抑えきれなくなってて……トイレの中で成長したりして何とかしてたんだ」

どういうことだ。弟は周りの環境にあわせて、意思とは関係なく変身していたのではないのか?

「だけどもう限界みたいでさ、お母さんの前でもグッとこらえるくらいじゃないと、この姿になっちゃうんだ」
「ちょっと待て、それって……」
「男は、もうやめないとね。こんな大きなおっぱいで、男だなんて言えないから。だから……兄ちゃん、僕のこと、守ってね」
「まも……る……」

守る。その重大な責任について、俺はこの時全てを理解できなかったが、こくりと頷くしか無かった。これから女性として生きていく弟のためだ。

「ああ、守ってやる」
「兄ちゃん……ありがと……」

弟は、俺に抱きついてきた。俺は、少しの震えと、胸にムギュッと柔らかい何かが当たる感触を得ながら、覚悟を決めるのであった。

トリック・アンド・トリート ~クッキー編~

「こ、ここはどこ……?」

一人の女子大生が、路地裏で迷っているようだ。日も暮れ、街灯がぽつりと一つ、彼女の上で光っている以外は、真っ暗だ。

「わ、私今まで大通りを歩いてたよね……?スマホ見ながら歩いてたっていっても、こんなところ、入ってくるわけ無いし……とりあえず地図を調べて……」
「おじょうさん」
「うわぁっ!?」

暗闇の中からいきなり男の声がして驚く女子大生。そこには、時代遅れのローブを着た、RPGに出てきそうな男が立っている。

「こんな所を一人で歩いていては、危険ですよ」
「……ご、ご心配ありがとうございます……」

彼女には、不気味なローブ姿の男から一刻も早く遠ざかりたい、という直感にもにた恐怖が湧き上がった。しかし、足を動かそうとする意思に、体が従わなかった。

「え、なんなのこれ、足が動かない……」
「それは、そうですよ。私の結界の中にいるんですから」
「結界……?」

女子大生は、真上から自分を照らす光に、熱のようなものが加わってきているのに気づいた。

「ちょ、これ、熱い……!」

光を遮ろうとして、手をかざす。だが、その手に、妙な感覚が伝わってくる。

「なんかすごくカサカサする……!」

手を目の前に動かすと、その感覚の正体が分かる。しかし、彼女は安堵するどころか、恐怖を感じざるを得なかった。彼女の手は砂をかぶったように白い粉で覆われていた。いや、彼女の手自体が、粉になっていたのだ。手は、彼女がじっと見ているその前で手首からポロッと取れ落ち、床にぶつかった衝撃で、粉々になってしまった。

「……え……っ」

手だけではない。光が差す体の表面、服の表面が色を失っていく。同時に、サラサラとした粉が、体から分離し床に積もり積もっていく。

「……!」

悲鳴を上げようとした彼女の口も、いつの間にか固まり、瞳から流れだした涙も、粉に吸い込まれ、顎まで流れることはなかった。ついに、手の指や髪の毛の先が欠けていたが、女子大生は人間の形を保ったまま、完全に白い粉の塊と化した。

「ふむ……なかなか形が残りましたね……しかし、像にするのが私の目的ではないですし……」

男がパチッと指を鳴らすと、粉の像にピキッと亀裂が入り、各部分がバラバラに落ち、床にあたって砕け散った。最後に残ったのは、白い粉の山だ。

「よし、これで人間小麦粉の完成といったところでしょうかね。これに砂糖とバターと卵黄と……私特製のスパイスを……」

男の言葉とともに、どこからともなく現れた、白い粉、黄色い固まりと液体、そして光の粒のようなものが山に加えられ、竜巻のように舞い上がって、混ぜられていく。材料は、これも忽然と現れた無数の型に流し込まれ、一瞬にしてふっくらと焼けた。あたりには、とろけてしまいそうな甘い香りが立ち込める。

「おいしいクッキーの完成ですね。本来ならティータイムにピッタリの」

一口サイズに焼けたクッキーは、あっと言う間に数個ずつプラスチックの袋に梱包され、ひとりでに夜空へと飛んで行く。

「こんな夜にお菓子を食べる子は、いないでしょうが……まあ、明日が楽しみといったところでしょうかね」

ローブの男は、女子大生を小麦粉にした照明に向かってパチッと指を鳴らした。すると明かりは消え、逆に周りの風景が見え始める。そこは、女子大生が歩いていた大通りそのものだった。彼女は、この男の、照明に見立てた結界の中に入ってしまったせいで、周りが見えなくなり、逃げ出せなくなってしまったのだ。

明かりが消えると同時に、男も姿を消し、大通りの喧騒は何事もなかったかのように夜を明かした。

その翌日。夏の暑さに耐えかね、二人の小学生の男子が、クーラーの効いたリビングでゲームに勤しんでいた。二人とも元気いっぱいの育ち盛りで、こんなに暑くなければ仲間と野球をするような外見をしている。

「いただき!」
「あっ、そこでくるかメテオ!」

対戦ゲームのようで、かなりヒートアップしている。それで、彼らの横にスッとクッキー入りの袋が飛んできたことにも気づかなかった。

「そろそろおやつ食べよっか!」
「そうだな建人(けんと)!あ、こんなところにクッキーが……」

少しおとなしめな子のほうが、クッキーの袋に気づき、建人と呼ばれたもう一人に見せる。

「クッキーよりポテイトゥ食べようぜ」
「あ、もう一つ食べちゃった……なんだこれ、変な……あ……っ」

クッキーを食べた子が、胸を抑えて苦しみだした。そして、床に仰向けに倒れ、手を床に付け、ぐっと痛みをこらえるように、歯を食いしばった。

「な、大智(たいち)どうし……」
「んああっ……!!!」

急に叫び声を上げる大智と呼ばれた子。すると、手足がググッと伸び、薄手のTシャツの胸の部分に、ピクッと突起が立った。股間も、異常なまでな勃起を見せている。建人は、いきなりの親友の変化に、腰を抜かし、倒れてしまう。

「た、たすけ……んぅああっ!!!」

さらに手足が伸びるが、それは普通の男のように筋肉や骨で角ばったものではなく、まるで女のように皮下脂肪に覆われ、柔らかな輪郭を持ったものであった。同時に腰がグキキッと何かに引っ張られるように横に拡大する。スポーツ刈りにしていた髪の毛も、サラサラと伸びて、周りの床に広がっていく。

「た、い……ち?」

夢にも見なかった事態を受け入れられず、ただただ大智が変わっていくのを見届けるしか無い建人。

「あ、おちんち……んんっ!!!」

股間の突起が、グチッ、ミヂッ、と音を立てて、体に潜り込むように萎縮し、ついに見えなくなってしまった。

「ふぅ……ふぅ……んっ!あぅっ!」

左胸がグイッと盛り上がり、薄手のシャツの襟から、どうみても乳房の膨らみにしか見えない、肌色の固まりがはみ出る。続いて、右胸も同じサイズまで膨れ上がり、女子高生の体格まで大きくなっている体の上に、大きな双子の山が出来上がった。

「ふあっ……もっと……んぁっ!!」

大智が声を上げるごとに、ムクッ、ムクッと体が一回りづつ大きくなる。その吐息は、小学生のものは到底思えない色っぽさを醸し出している。着ていたシャツはビリビリ破け、短パンは尻と太股に食い込み、その肉感をさらに強調している。

《ビリーッ!!》

ついにシャツが胸からの圧力に負けて大きく破れ、頭と同じくらいのサイズになった胸が解放されて、タプンタプンと大きく揺れた。同時に、大智は喘ぎ声を出すのをやめた。

「た、大智?大丈夫か?」

建人はやっと我に返り、数分前の姿の面影が全くなくなった大智に近づいていく。仰向けに寝そべったその体の上で、大智の呼吸とともに揺れる胸は、建人の幼い好奇心を誘う。

「(ゴクリ……)」

建人は、その力にあっさりと負け、腕を豊満な乳房へと伸ばした。その瞬間、大智の目がカッと見開き、建人の腕をガシっと掴んだ。

「ひゃっ!?ご、ごめ……!」

しかし、建人が想像したのとは逆に、大智は友人の腕を、自分の胸に押し付けたのだった。

「どう?私のおっぱい……。やわらかいでしょ……?」
「えっ、ええっ……うん、やわらかい……」

建人のなかで、さっきまで対戦ゲームで盛り上がっていた大智とは思えない発言に対する警戒と、手に伝わってくるなんとも言えない柔らかい感触への興奮がせめぎあい、幼い精神はパンク寸前になっていた。

「じゃあ……」

大智は、寝そべったまま建人の服を超人的なスピードで脱がせ、両手でヒョイッと持ち上げて自分の体の上に寝かせた。

「私の体、全身で堪能して……!」

そしてギュッと腕で建人を抱きしめ、乳房に建人の頭を押し付ける。

――おっぱいやわらかい……いや!こいつは大智で……で、でも……おなかもすごくスベスベしてる、そしてこの汗の匂い……

建人は、今起こっていることの不可解さに混乱しつつ、小学生でも持ち合わせている本能に、徐々に抗えなくなっていった。

「まだ何もしないの……?じゃあ私から……」

その時だった。

「建人お兄ちゃん?誰か来てるの?」
「真都(まと)!」

建人の、同じく小学生の妹、真都が、いつの間にやら部屋に入ってきたのだ。

「駄目だ、今は入ってきちゃ……っ……」
「だれなの、このおねえちゃん……えっ」

建人の中で、何かの線がプツッと切れていた。何かを考える前に、いたいけもない妹の口に、親友を女性にしたクッキーを、有無をいわさず突っ込んでいたのだ。

「お、おにいちゃ……んっ……!」

その効果はすぐに現れた。身長が伸びる前に、膨らみかけにも入っていない胸が、ムクッ、ムククッと、部屋着の薄いシャツを盛り上げ始めたのだ。その大きさは、30秒ほども経たないうちに特大メロンサイズまでになってシャツの下からはみ出し、真都の体では支えきれなくなってしまった。

「なんで、私におっぱいが……んああっ……!!!」

後ろに突き出す形になっていた尻がムギュギュッと膨らみ、同時に足がニョキニョキと伸びて、未だ胸以外成長していない上半身を、下から押し上げていく。足には、ムチムチと脂肪が付き、腰もゴキゴキと広がる。

「いや、私これ以上大きくっ……!!」

腕も伸び、部屋着を限界まで引っ張る。背骨が伸びて、相対的にウエストが絞られ、女性特有の美しい曲線が描き出されていく。

「わ……私……」

声も、子供っぽい高い声から、落ち着いた声に変わる。そこで変身が終わったのか、大きくなった腕をついて、何とか立ち上がった。

「こんなに、大きくなっちゃったのね……」

建人は、何も考えること無く、自分よりも格段に背の高くなった妹の胸に飛びついた。

「あら、おにいちゃん。そんなに私のおっぱい好きなの……?」

妹の問いに、ただただ頷く建人に、理性はほぼ残っていない。起き上がってきた大智は、真都に目配せし、建人を持ち上げて真都の胸に押し付け、自分の胸も同じように押し当てた。建人は、頭を二人の乳で挟まれ、そして考えることを完全にやめた。

「今回は効能を大きくしすぎましたかね……性格や思考が完全に変わってしまうとは……」

疲れ果て、死んだようにリビングの床で眠る3人の子供を、ローブ姿の男が眺めていた。

「次にお菓子を作る前に、少し検討する必要がありそうですね……まあ、このお三方にはこれからも楽しんでもらうことにしましょうかね。この際、クッキーは差し上げることにしましょう」

まだ、中に15個は残っている包みを、男はニヤニヤしながら確認し、そして部屋から姿を消した。

俺は男だ!

「だから俺は真也(しんや)だって!」

俺は、昨日まで見たこともなかった女の子に迫られている。懇願するように、肩をつかまれ大声を出されている。ショートヘアで小柄、言ってしまえばボーイッシュなのだが、胸は膨らみかけ。声もアルトと男にしては高く、正真正銘の女の子。それが、朝学校に来た瞬間すがりつかれたのだからこちらも大混乱している。

「わかった、わかったから落ち着け」

とはいえ、休み時間中に見ていたエロ本の内容をすらすらと言い当てたのだ。間違いなくこいつは俺の親友の真也だ。

「ほ、ほんとか?」
「仕方ないだろ……それよりも、何でそんなことになってるんだよ」

真也は、俺の幼なじみで、昨日帰りに別れるまでは、運動神経のいい、男の中でも筋肉が人一倍ついた、いわゆるマッチョ体型の男だったはずだ。それが今は、腕はほっそりとして、胸筋が付いていたはずの胸は多少の膨らみがあるだけだ。

「俺が知るかよ……朝起きたらこんな事になってて、ショックで思考停止状態になってここまで来たんだ」
「普通そういう時って学校休むよな」
「来ちまったんだから、しょうがないだろ」

俺が女になったらそうする。それで、色々な所を物色して……まぁそんなことは置いといて、今女になっているのは真也だ。この状況をどうするべきか。昨日までエロ本を共有する仲であったとしても、いきなり体を見せてくれとは言えないだろう。

「じゃあ、体を見せてくれ……」

あれ、俺今なんて言った?

「お、俺は男だぞ……?」
「いや、女……」
「男だって言ってるだろ!」

真也は大きな声で怒鳴ってきた。俺は答えを返すことができない。それは、大きな声でひるんだせいではない。真也の胸がいきなり、ボワン!と大きくなったのだ。しかも、かなり大きく。

「な、何これ……!」

真也は、胸にいきなりついた重量に狼狽している。小さいメロンくらいのサイズはあるだろうか、シャツの中でタプンタプンとゆれる、それは紛れも無くおっぱいだ。それに、足の方も、さっきに比べてムチッと肉が付いている気がする。髪も少し伸びて、最初言った、ボーイッシュという表現があてはまらなくなった。つまり……

「お前、女っぽく……」
「俺は男だ!」

今起こっている事象を全部否定したいのだろうけど、どたぷんと揺れるおっぱいが俺の視界を誘惑する。どうしても、思春期の男の性というか、見ざるを得ない。女の、乳房だ。しかも、俺の目が釘付けになっているその時に、またギュッと一回り大きくなった。俺の股間もギュッとなったのは言うまでもない。親友に性的興奮を覚えている俺は、どうしてもこいつが女だと認識するしかない。そうじゃなきゃ、俺がホモだってことになる。

「……大人しく女だって認めろよ」
「なにいってるんだ!、俺は男だ、男だ、男だっ!!」

もうさっきから気づいていたけど、真也は自分が男だと思う、というか主張するたびに、体が反抗するように女の特徴が大きくなっている。髪はみるみる伸びてロングヘアに、尻もでかく、胸の方は落ち着いてきたがそれでも大きくなり続け、心なしか、胸に引っ張りあげられたシャツの隙間から見えるウエストが、更にくびれている気がしてならない。

「お、落ち着け!おい!!」
「はっ……」

俺が手を伸ばし、制したところでやっと、真也は自分の体の変貌に気がついたようだ。

「これが、私の体……?」

どうやら女になりすぎて、思考も変わってしまったらしい。身振り手振りが周りの女がしているのとほとんど変わらない。ああ、真也よ、今お前はいずこに……

「そうだよ。分かったらこれ以上お前自身が男だなんて……」
「責任、とって?」

ん?こいつ、今責任って言ったか?

「私をパニック状態にしたのは、あなたでしょ?ね、責任取ってよ」
「何言って……」
「いいから、ね」

さっきとは打って変わって、自分からその肢体を見せつけるような格好をしている。誰だ、こいつ。と思いつつも、俺の心臓は強く拍動していた。

「……ああ、なんでもしてやるさ」

転がる性

ボクは、れっきとした男なのに、はたから見れば女にしか見えない。いわゆる「男の娘」だ。これまで幾度と無く女子と間違えられ、男子だと解ってる奴らからも女子扱いされることも数えきれないほど。力が弱いわけでも、背が特別低いわけでもないけど、ふっくらとした体つきや、一向に声変わりしないことがコンプレックスになっていた。それでボクはこれまで、髪も短く切って、部活のサッカーもたくさん練習して、できるだけ男らしく生きようとしてきた。

その日もそうだった。だけど、中学校から帰る途中立ち寄ったコンビニで、ボクは「それ」に出会ってしまった。

「こ、これは……」

女性向け雑誌の表紙に、可愛い服を着たモデルの写真が載っていた。そこまでは普通だった。問題は、そのモデルの顔つきがボクとそっくりだったことだ。少しドキッとした後に、ボクがそのモデルの格好をしているところを無意識に想像した。

「(ボクがこんな可愛い服を着たら、どうなるんだろう……周りからちやほやされたりするのかな)」

想像上のボクの周りに、いっぱいのカッコイイ男の人が、ボクの目標、憧れの男らしい人が集まってくる。いつもなら、少し考えるのだけでも拒否反応を起こしていたのに、その時のボクはなぜか充足感を感じていた。

「(そしたら、私、人気者になれるかな。え、私?)」

どこからともなく出てきた『私』という一人称。頭の中の女装したボクが使いそうな感じ。それを、思わず使ってしまったのだった。

「(わた……し。え、あれ……?私じゃなくて!)」

ボクは『私』を振り切ろうとしたけど、頭の中で反響するこだまのように、『私』で満たされていく。同時に、全身がピリピリと痺れを感じてきた。

「う、うぅ……!」

しびれが、ボクを作り変えていくような奇妙な感覚に、思わずうめき声を出してしまった。だけど、それはすぐに収まった。

「な、なんだったの?」

胸に手を当てて、落ち着こうとした。でも、それは逆効果だった。なぜなら、手にムニュッと柔らかい、慣れない感覚が伝わってきたからだ。

「え?」

下に目を向けると、心なしか胸のあたりが盛り上がっている。

「ま、まさかそんなこと……」

ボクは服を脱いで嫌な予感を否定したくなったが、その場で全裸になるわけにも行かず、コンビニのトイレを借りて……嫌な予感が確信に変わってしまった。

「これ、おっぱい……?私に何でおっぱいが?って、ってことは!」

トランクスの中に手を突っ込む。小さくても、確かにそこにあったボクの男の象徴が無い。ハッと鏡を見ると、髪も肩まで伸びていた。

「わ、私、女の子になってるぅ!!」

そんなの、嫌だった。これまでコツコツと作り上げてきた日常を全部否定されるようなものだったから。ボクは、その悪夢のような現実を、否定し返すしか無かった。

「わ、私は……ボクは男なんだ!そんなに簡単に女になってたまるかぁっ!」

そしたら、またしびれのような感覚が襲ってきて、数秒もしないうちに胸は胸筋を残して平らに戻り、髪も元に戻った。股からムギュッと圧縮された感覚が伝わってきて、ボクは男に戻れたことが分かって、やっと一息つけたのだった。

それが、数週間前。それからも、何回か女の子になる現象が起きていた。ボク自身が女装している場面を想像する度、実際に女の子になってしまうのだ。やめればいいのにと思われるかもしれないが、なぜか無意識に想像してしまう。最近は男に戻れないで、女のままクラスに出たこともある。体つきはほとんど変わらないけど、髪は長くなって目立つから、はさみで切ってはいたけど。

そのボクが今いるのは、ウィメンズの洋服屋さんの前だ。安めだけど、流行に乗ってそうなスタイリッシュなものから、子供用のかわいいものまで売っている。見た瞬間にまたドキッとしてしまって、私が着たらどうなるのかなって。あ、またしびれが全身にかかってきた。こんなに簡単に体が変化してしまうから、この女の子の体も楽しもうかな。

私が着てたのが男子学生用の服だったから、店員さんはかなり困惑してたみたい。コスプレで通したら半分納得してくれて、そこから服選びを手伝ってもらって、結局30分くらい吟味してたかな。こんなに長く洋服屋さんにいたのは初めてだけど、すごく楽しかった。ようやく試着室に入った時は、もう私が女の子の服を着ることは当然のことのように思えた。

でも、すごくドキドキする。本当にこの服に袖を通していいんだろうか。私は道を踏み外すことはないんだろうか。

「ううん、大丈夫」

私は自分にそう言い聞かせた。まずは学生服を脱いで、下着をつける。すごい、完全にフィットする。スポブラのホックをつけると、胸のふっくらとした膨らみがすこし上に持ち上げられて、錯覚で大きくなったようにも見えた。店員さんに選んでもらった服を全部着ると、私はどこからどうみても女の子で、元が男だとは全然わからないほどだった。

「私、すごく綺麗……もう、このままでもいいかも」

そんな言葉が自然に口からこぼれた。その瞬間、ビリビリッといういつものしびれがもっと強烈になったものが、全身の感覚を支配した。

「ん……んぅっ……」

しびれに何とか耐え、私は鏡を見続けた。肩まで伸びていた髪が、背中の半分まで伸びる。少し中性的とも言える顔つきも、輪郭が丸くなり、鼻が小さくなっていわゆる「女顔」に変化する。胸に圧迫感がかかると、鏡の中の自分の胸の部分が服越しでも分かるくらいに盛り上がった。やっとしびれから開放されると、私にはもう後戻りができないことが何となく分かった。でも、それでもうよかった。

「ふふっ……お母さんにどう説明しようかな」

ちょっと困ったように微笑んでいる鏡の中の女性は、とても魅力的だった。

目 2話

「俺、女になってる」
「はぁ!?エイは男のはずでしょ!?何馬鹿なこと言って……よく見たら、顔つきも全然違うし、小学生みたいに小さい!さては別人!?」
「なんでそうなるんだよ!図書室にいたのは、俺と美代だけだっただろ!?」
「そ、そうだよね……でも信じられるわけ無いでしょ。ムサイ男が撫でたくなるような可愛い女の子に一瞬で変わるなんて」
「ムサイ言うな!」

図書室の司書がいれば、確実に怒鳴られるような大きな声で叫び合う二人。らちが明かないようにも見えたが、美代は諦めたかのようにため息をついた。

「はぁ……分かった。あんたは英二で、女になったと。それで、そうなる前に何かあったんでしょ?」
「あ、あぁ……それはだな……」

「あんたのおちんちんが爆発したって!あっはは!あんな小さいのが!」
「何で俺のアソコのサイズを知ってるんだよ!」
「いいじゃんそんなの。ねえねえ、お姉さんに見せてみい、爆発したアソコを」

英二はこれまで見たこともないわけでもない、美代の変態親父のようなにやけ顔に戦慄を覚えた。

「や、やめろ……」
「痛くないから!」
「うわぁ!」

美代の迫り来る魔の手から逃げようと、英二は走りだそうとしたが、

「……へぶっ!」
「だ、大丈夫!?」

あまりにも小さくなった体に服のサイズが全くあわず、それにつまづいて転んでしまった。

「……う……うう……」
「英二?……!」

かわいらしくなった顔に、涙が浮かんでいた。美代は何かに胸を貫かれたような表情を浮かべ、ぽかーんと口を開けてしまった。

「い、痛い……帰る……」
「ご、ごめん英二……おぶって帰ってあげるから」
「おぶって……?そっか、俺、そんなに小さくなったのか」

少ししゃくりあげながら、美代の背中に乗って家まで帰ったのだった。

「……というわけで、この可愛くてモフモフしたくなるような可愛い子が英二なんです……」
「モフモフ!?可愛い2回言った!?」
「信じられないわ……このちっちゃくて守りたくなるような女の子があのどら息子だなんて……」
「母さん……」

英二の自宅。当の本人を置いてきぼりにして、美代と英二の母親の佳代子(かよこ)の話は続いていた。大きく変貌した英二の説得だけでは、本人と認められなかったのだった。

「何か、英二を英二だって認められるものって無いんですか……」
「うーん、そんなこと言われてもねえ……」
「がふっ……こんなときにゲップが……」

その一言に、佳代子が驚いて英二の方を見た。

「がふっ……?まさか、あなた英二なの!?」
「そこ!?」
「そんなゲップの仕方、英二しかしないでしょ?」
「あ、確かに……よかったね、英二」

複雑な表情になる英二。

「もっと、家族の思い出とかで判別するとか、そっちのほうが……」
「あなたにはお似合いだと思うけど。美代ちゃん、息子がお世話になって、ありがとう。今度何か持って行くから」
「いえいえ、そんなお気遣いなさらず……私は帰りますから……英二、また明日ね」
「お、おう。ありがとな」
「どういたしまして。じゃあ」

美代は足早に出て行ってしまった。少しの沈黙の後、佳代子に言われて英二は風呂に向かった。

「この服で学校行けって言ってもなあ……でかすぎるって。いや、俺が小さいのか……」

洗濯カゴに何とか自分の服を入れ、風呂場に入ると、そのいたいけな姿が鏡に写ったのが、目に止まった。

「本当に、ちっさいな……」

腕や足は元の自分が力を掛ければ簡単に折れてしまいそうだ。おなかはプニプニとして、凹凸には乏しい。胸などは膨らみかけてすらいない。

「どうせ女になるならもっとスタイルいい方がよかった……へくちっ!あー、とっととシャワー浴びようか……」

腰掛けをシャワーの前において、キュッと蛇口をひねると、冷たい水が英二の体に襲いかかった。

「ひゃうう!!……ってなんだ今の声……」

自分の信じられないほど高い声にうろたえる英二。すぐに水は暖まったが、その刺激はしばらくのあいだジンジンと続いていたのだった。

「(俺、これからどうなるんだ……?)」

その夜だった。夢の中、英二は金色の砂の大地の中にいた。

「(ここは、エジプト……?)」

目の前にそびえ立つ、白く巨大な四角錐。そのふもとに、豪華な金色の宮殿が建っている。中には、これまた豪華絢爛な衣装を身にまとった神官が行き交う。

「(すげぇ……こんな光景、テレビでも見たことがないな)」

宮殿の内部に視点が動く。中心の大きな部屋には玉座が据えられ、王が座っている……が、英二が最も威圧感を感じたのはその隣に控えている一人の神官だ。その目は赤く光り、顔立ちは「彼女」の狡猾さ、知識がどれほどのものであるか物語っていた。そう、彼女。キッと釣り目の顔だけではなく、大きく盛り上がっている胸でも、神官が女であることが分かる。

「(でっけぇ……)」

英二は幾重にも重ねられた服の上からでも分かるその胸の虜になっていた。だが、彼女の目がギロッと英二の方に向けられると、英二は向けられた目から視線をそらすことができなくなった。

「(なんだ、この感覚……あいつが、こっちに……)」

彼女の「目」が、英二に急接近してくる。そして、またあの声が聞こえてくる。今度は、英二でも意味がわかった。日本語でもないその言葉の意味が。

《汝……我の……器に……》
「(う、う……)」

「うわあああっ!!!」

目が覚めた英二だったが、心臓がバクバク言って止まらず、熱い血液が体中を駆け巡る感覚に襲われる。

「あ、あつい……!!あついい!!」

なんとか熱を逃がそうと、布団をはがし、胸をはだける。そこで英二が見たものは、風呂で見たものよりかなり大きくなった胸の突起の周りが、グググッと盛り上がってくるところだった。

「な、なんだよこれ!!うぐああ!!」

背骨がベキベキ音を立てて伸び、腹がギュッと絞られてくびれができる。手を見ると、幼く小さいそれが、長く細く成長していく。箪笥の奥から取り出した、子供の時の寝間着が、腕が太くなっていくのか、ギチギチと音をたてる。

「む、むねが……あつ……」

ある程度膨らんだ胸が、押し込まれるように縮む。英二は、その胸がゴゴゴゴとエネルギーを貯めこんで、とんでもない量の熱を発しているのを感じた。

「あついいいいいい!!!」

そして、胸が爆発した。ムクッでもバインッでもなく、ドッカーンッ!!という言葉が似合っていた。Aカップだった胸が一瞬のうちにLカップまで育ったのだ。それと同時に、全身にムチッと肉がついたのか、寝間着が至るところでビリビリと破け、ほとんど全裸と化してしまった。

「ふ、ふぅ……終わっ……た……」

変身の激しい感覚に精神をすり減らした英二は、そのまま眠りの世界へと戻っていった。

目 前編

とある高校。キーンコーンカーンコーン……と、授業終了の音が流れた。

「では、明日までにこの課題を……」

教諭が話しているのをそっちのけで生徒たちは帰り支度を始める。その中の一人、遠野 英二(とうの えいじ)は面倒くさそうな顔をしながらさっさと教室から出る。

「はぁ、やっとあのつまんねぇ授業が終わったか……」
「おー、一緒に帰る?」

廊下に出ると、そこに居合わせた女子生徒に声をかけられる。幼なじみの天台 美代(てんだい みよ)である。

「ああ、美代か。図書室で借りるものがあるから……」
「ふーん?英二がねぇ……じゃあ私も行く」
「はぁ?なんか借りるものでもあるのか?」

美代はニヒッと、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

「ないけど!」
「じゃあなんで……」
「いいじゃん、一緒に行ったって」
「変な奴だな……ま、今に始まったことじゃないか……ぐふぅっ!?」

英二の腹に、肘鉄が決まっていた。その動きは誰にも見えない……というほどの衝撃が英二に走った。

「ゲホッ、ゲホッ!……は、腹はよせ……」
「うっさい!じゃ、いこー、いこー!」
「ま、まちやがれ……!」

すたすたと歩き出す美代に、英二は腹を押さえながら何とかついていった。

二人は、図書室につくとおのおの別の箇所を見始めた。

「うーん、どれがいいか」

英二は、多くの歴史書が整然と並べられているのをじっと見た。その冊数たるや、いち高校のものとは思えないほど大量だったが、漫画も置いていない図書室など、初めて訪れる英二にはそのことは分からなかった。今日も、遊んでいるゲームの中で絶世の美女が出てきたからそれが誰か調べたいという不純な動機でここを当たったのだった。

「えーと、主人公が占領してたのは確かカリア、いやゲルマニウム……?ちくしょ……カタカナは覚えづらくて仕方が……ん……?」

一冊の本が目にとまる。色あせた背表紙に、日本語でも英語でもない文字が綴られている。思わずそれを手に取る英二。その本は、光っているわけでも、文字が動いているわけでもないのに、不思議な魅力を放っていた。

「うーん、これは……エジプトの神聖文字……だったか。なんでこんなものが……」

授業で覚えた知識が初めて勉強以外で役立った瞬間であったが、英二は気にもとめず、ペラっと表紙を開けようとした。……開かない。

「古すぎて表紙がくっついてるのか……。ん、このページだけ開くぞ……」

英二は紙がこびりついていないのを確認しながらそーっとページを開く。そこには……

「うおっ……これは……目?」

A4サイズのページいっぱいに、黒く塗りつぶされた円を囲むように同心円が何個も描かれている。その隙間にも、背表紙と同じような文字がビッシリとつめ込まれ、禍々しい雰囲気を醸し出していた。

「これって、やばいんじゃ……あ、あれ?体が動かない!?」

金縛りにあったかのように、硬直状態になってしまう英二。その視線の先で、本の文字が赤く光り始め、同時に歌のような、呪詛のような声が英二の頭の中に流れてくる。

「き、気持ち悪……い……だれか、止めてくれ……うわあああ!!」

英二はその声に不快感を覚えつつも、本から目をそらすことが出来なかった。そして、本の黒い目が急に英二を飲み込み、英二は異世界の真っ暗闇に包み込まれた。

「こ、ここは……俺、なんで裸なんだよ」

闇の中で、英二は自分の体だけを見ることが出来た。周りは静まり返り、声から開放された英二は少し安心感を覚えていた。

「ここは、本の中なのか……?そしたらどうやって出れば……ん?」

闇の中に、ひとつの赤い光が現れた。最初は、かなり小さかったのが、急激に大きくなる。それとともに、ゴゴゴゴ……という轟音がし始めた。

「ま、まさか、あの赤いの、俺にぶつかる……うわああ、来るな、来るなぁ!」

英二が叫ぶのもむなしく、その大きく開いた口に、赤い光がぶつかり、自らを押し込んでいく。

「ぐご、ぐごがあ……!!」

声にならない叫びを上げる彼の体は、中から赤く照らされ、光り始める。すると、先ほどからだらしなく垂れ下がっていた彼のイチモツが、急激に膨らみ始め、前に突き出される。それだけではなかった。普段の運動で鍛えられた全身の筋肉が萎縮し、逆に脂肪が厚くなって、その赤く光る身体の輪郭が丸みを帯びていく。その体積が減った分だけ、股間の膨らみは加速し、異常なまでに大きくなっていく。

「(ぐあああッ!!お、俺のアソコが、破裂するぅぅっ!!!)」

英二は全身、特にもはや棒の形状を保っていないソレからくる痛みに、もう耐えられなかった。そして、

《メコッ!バァァァアアンン!!》

「うわあああっっっ!!あ……?」
「何大声出してんの、迷惑でしょ」
「美代?」

英二は、もとの図書室に戻って、床に倒れこんでいた。

「はぁ、よかった……戻ってこれたのか……あれ?」

異世界に青年を引きずり込んだ本は、跡形もなく消え、本棚にもその姿はない。

「夢、だったのか……?」
「エイ、なんでそんな高い声だしてるの?発声練習とか?」
「え?声?」
「うん、声」

英二の血の気がスーッと引いていく。そして股間にすっと手を伸ばすと、大きな違和感と喪失感が広がった。

「お、俺のアソコ……ない」
「アソコ?頭のこと?」
「ちがう、俺、女になってる……!!」
「はぁ!?」

リップクリーム

「これを塗れば、私は……」

夕焼けに赤く染まるとある高校の教室の中、一人の少女がリップクリームを片手に立っていた。中学生のようにみえるほど小さく、度の強い眼鏡を掛けた彼女は、意を決したように唇にそのリップクリームを塗った。

「これで、後戻りは……んっ……!」

少女が喘ぎ声を上げると、ふわふわの栗毛がブワッとボリュームを増した。それだけでなく、体全体がググッと大きくなり始め、制服がきつくなっていく。

「私の体、大きくなってく……最初に塗った時と同じだ」

平だった胸にもほどよい膨らみが付き、制服を押し上げた。

「ちょっと、塗りすぎたかな……服がキツ……うわっ!」

元々ピチピチになっていた制服の第一ボタンがはじけ飛んでしまった。それに驚いた少女が急に頭を動かしたせいで、メガネが落ちてしまった。

「あ、私の眼鏡……!あ、あれ?リップクリームも無くなっちゃった!?探さないと……」

その時、教室の扉がガラッと開き、一人の生徒が入ってきた。

「あ、秋菜くん!?」
「静葉、何で驚くんだよ?俺を呼び出したのって、静葉だよな……って、なにか探してるのか?」
「あ、うん、眼鏡を……」
「あー、探してやる……ってなんだこれ?ちょうどいい、少し唇が乾いてたんだ」

静葉は、眼鏡を探すのに夢中で秋菜の言葉の意味に気が付かなかった。すぐに眼鏡を見つけて、秋菜の方を見た時には、秋菜はそれを塗り終えていた。

「あ、そ、それはダメ!!」
「あ、静葉のだったのか。ちょっとくらいいいだろ?」
「それを塗ったらどうなるか分からないの!」
「え、それってどういう……うおっ!?なんか体の中が……!」

静葉は、秋菜が自分の体を確かめるように見回し始めたのを見て、焦燥を感じるとともに、これからどうなるのか知りたい、という好奇の心が芽生えてきたのを感じた。

(大きくなった秋菜くん、もっと格好いいかもしれない……見てみたい)

しかし、事態は静葉が思っていたのとは別の方向に動き出した。秋菜の黒髪が、サラサラと伸び始めたのだ。

「はっ……」
「ど、どうしたんだよ!俺のどこかおかしいか……?って髪が!」

秋菜は驚愕と困惑の表情で自分の髪を眺める。そのうちにも、筋肉質な腕や足が一瞬に萎縮し、腰が横に張って曲線的なシルエットが出来上がっていく。

「俺の体、どうなって……!声まで変わってる!?」

高くなった秋菜の声を聞いて、静葉の中で何かがプツッと切れ、ぼんわりと霞んだ。

(秋菜くん……ううん……秋菜ちゃん、素敵な声……)

静葉は無意識のうちに秋菜に近寄り、恍惚の表情で想い人を見つめた。

「し、静葉!?お前の体、いつもよりちょっと大きいように……」
「そうだよ、そのリップクリームで大きくなったんだよ……でも、秋菜ちゃんのほうが、大きいよ。ほら、お胸だって」

静葉が秋菜のシャツを脱がせ、胸に手を触れると、その手の下で女性の乳房がプクーッと形成され、あっと言う間にリンゴ大の大きさになった。静葉は、その胸を揉みしだいた。

「んぁっ……やめろ、静葉……はぅっ……!」
「女の子がそんな言葉使っちゃダメだよ……」

静葉は、秋菜の2つの豊丘の間に顔をポフッと突っ込み、何かに取り憑かれたかのような目で秋菜を見た。

「おんな……のこ……?俺が……?」
「わ・た・しでしょ……?秋菜ちゃん……?」

静葉の吐息が秋菜の胸にかかると、それは不思議なほどの刺激を与えた。

「あぅっ……わたし……おんな……?」
「よくできました」

いつの間にか、秋菜を支配することに快感を得るようになった静葉。唐突にくちづけをすると、秋菜を床に押し倒した。

「いたっ!!な、なにする……」
「かわいいかわいい秋菜ちゃん……全部私のものにしたい……」

秋菜の方も、その流れに押されたのか、それとも何かの変化があったのか、静葉に従うようになっていた。

「静葉……ちゃん……」
「うふふ、今日は帰さないんだから……」

感染エボリューション 10話

《ガシャーン!!》
「え、えーっ!?」

窓ガラスを突き破り、飛び出した先は10mの高さ。水の放射もすぐに終わり、美優は自由落下を始めた。

「きゃ、きゃあああ!!」

近づいてくる地面に絶叫する美優だったが、その脳裏に確かな、しかも単なる単語の羅列ではない、言葉が伝わってきた。

(落下の衝撃を防ぎます。緊急増殖!)
「……はっ!?」

美優の胸が、ボイン!ボワン!と何段階にもわけて大きく膨れ上がった。

《ドスーンッ!》

車一個分くらいにもなったそれがクッションとなって、骨折どころかかすり傷ひとつ負わなくてすんだ。ただその重さは相当のもので、すぐには動けなかった。

「はぁ……はぁ……」
(逃走の必要性を察知……)

「おい!大丈夫か!?」

知性を増した頭の中の声が、聞き覚えのある声に遮られた。そこには、かの青年が立っていた。

「足の形、それどうしたんだよ……それに胸だけ大きくなるなんて……」
「だ、大丈夫だけど……動けな……んっ!」
「まさか!」

地面と接触した衝撃で、今までポヨンポヨンと揺れ続けていたのが、急に美優の体に押し込まれるように縮み始め、何かが全身に行き渡るように、他の部分は成長し始めた。

「んぎゅっ……くはっ……」

足はすらっと長くなると同時に、ムチッと肉がつき、さらにグキッグキッと筋肉が発達していく。空洞化していた形も、元に戻った。腕も足と同じで、いつもよりも筋肉質な体が形成されていく。

「……前と違う……ウィルスの能力とは違う……どちらにしろ、このチビは……」

チビと呼ばれた美優の身長はゆうに2mを超えていた。だがプロポーションは細くなりすぎず、背が伸びたというより170cmの少女の、体全体のパーツが全て大きくなったような姿だった。

「ま、待ちなさい!!」
「くっ、やっぱりいやがったか、この妖怪が!!逃げるぞ、美優!もう動けるだろ!」
「まってー!」

美優は変身が終わり一息もつかなかったが、五本木の姿を見て逃げはじめた青年を追っていく。青年は、美優が追いついてきたのがわかるとスピードを上げた。美優もスピードを上げていったが、校門を飛び出し、車を追い抜かした時、自分が信じられないスピードで走っていることに気づいた。後ろを振り返ると、通学の時に見慣れた景色があっと言う間に後ろの方へと流れ、学校がどんどん遠のいていく。

「よそ見するんじゃないぞ!今のお前の体で、このスピードで車にでもぶつかったらどうなるか分かったもんじゃないんだからな!」
「う、うん!」

そこで気づいたのは、青年の走る速度も、自分のものと一緒であることだった。それはさっきから同じことであるし、元の体であれば、彼のほうが速くても何も驚くことではないが、車を軽々と追い抜かす彼の体は、美優と同じく人間離れしている。だが、その速度が少し緩んだのにも同時に気づいた。青年は少し苦しそうにあえいだ。

「んぐっ……もう限界か……?もうちょっとなんだ……」
「大丈夫!?」
「大丈夫だ!少し、汚くなるぞ!」

二人は川に流れ込む下水溝の、出口に来ていた。そこに何の躊躇もなく飛び込んでいく青年だが、美優の方は匂いに辟易しながら入っていった。1分くらい中の作業用通路を進んでいくと、そこには小さな扉があった。

「おい……!小さくなれ」
「え?あ、あれ、あなたの胸……」
「いいから!」

青年の胸が、異様な膨らみを見せている。だが美優は彼の表情に気圧されて、念じようとした。が、頭の中の声のほうが一瞬早かった。

(逃亡完了しました。排出……)
「あ、ちょっと待て!ここでやったら……もう遅いか」

美優の手に穴が空き、そこから排出が始まった水が下水に溶け込んでいくのを見て青年が止めようとした。美優の体はその排出と同じペースで縮んでいく。ウィルスが下水に放出されてしまったのだった。

「ごめんなさい……」
「いいから……遅かれ早かれこういうことになってたんだ。さあ、はいれよ。俺ももう、限界だ」

青年はポケットから出した鍵で、カチャッとドアを解錠し、開けた。二人がはいると、カーペットが敷き詰められた二畳ほどの狭い部屋があった。弱い照明に照らされた仄暗いその部屋は、静寂と少しのぬくもりを持っていた。青年は鍵を閉め、カーペットの上に座りこんで荒い息を立てながら、フードを外し、髪を外に出した。

《バサァッ!》

そこから現れたのは、長くつややかな黒い髪だった。

「えっ、それって……女の人の髪……」
「リンスもトリートメントもなしでな」
「……!その声……」

青年の声は、扉を閉める前までとは違って、低めのトーンではあるが確実にアルトの域だ。

「もう、分かっただろ。俺は、女だ。生物学的にはな」
「えっ!!?」
「だから……ここだって」

上半身の膨らんだ部分を覆う服を丁寧に脱いでいくと、ブルンブルンと揺れる乳房が出てきた。

「どうだ」
「おっきい……」
「ああ、それにすごく邪魔だ」
「……」

青年はバツの悪そうな顔を見て、少しフフッと笑ってみせた後、真顔で続けた。

「俺だって好きでこんな体になったわけじゃない。いや、好きでなったようなもんかな……」
「どういうこと?」
「今はこんな姿だが、元は男だ。それが、アイツのせいでなにもかも滅茶苦茶だ」
「あの五本木ってヤツ?」

その名前を聞いた青年の顔がピクッと痙攣した。

「っ……」
「どうしたの?」
「……お前には伝えてもいいかもな。俺の名前。五本木。五本木祐希(ごほんぎ ゆうき)だ」
「ああ、それで名前に反応したんだね……って、すごい偶然だね」

キョトンとした美優に深い溜息を着く祐希。

「ちょ、ちょっと……」
「おい、この流れで偶然だと!?佐藤とか田中みたいなありふれた苗字じゃないだろ?もっと何か勘ぐれよ」
「んー、あ、ええっ!?」
「そうだ、俺はアイツの……」
「お嫁さん!?……じゃなくて、お婿さん!?」

祐希は二回目のため息をついた。

「誰が!アイツと!結婚なんか!!それになんだよお嫁さんって!」
「だ、だよね……」
「……あ、はは、あはははっ!」

急に笑い出した祐希に今度は美優が困惑した。

「え、私何か変なこと言った?」
「変なこと、だって!あっはははは!!」
「えーなに、何なの!」

祐希は少しの間笑い転げていた。床をバンバンと叩いたりするせいでブルンブルンと揺れる胸をドギマギしながら美優が見つめていると、ようやっと体勢を戻した。

「いやいや、すまないな……誰かとこういう風にしゃべるのは久しぶりで……でだな。本題に戻ると、アイツは俺の父親の……」
「父親!?あの人も男なの!?」
「んー、お前もっと人の話を聞けよ」
「ごめんなさい」
「よろしい。アイツは父方の祖母だ」

美優は少しの間言葉の意味を理解できなかった。今前にいる元男の瑞瑞しい女性と、自分を拉致した研究員の年齢はそれほど離れているように見えなかったからだ。

「え?あの人が、あなたのおばあちゃん?え?」
「まあ、すぐには納得出来ないだろうな。若返るウィルスを使って不老の体を手に入れてるのさ」
「わかがえる……うぃるす?」
「……つまり、めっちゃくちゃ若作りしてるみたいなもんだよ!魔法みたいな何かで!」

半分投げやりに噛み砕いた説明で、美優は合点がいったようだ。

「ああ、魔法!」
「それでいいのかよ」
「んーまあね」
「……で、その魔法を色々試しているうちに、俺の妹も巻き込まれて……変わり果てた姿になってしまったんだ」

祐希は続けた。祖母が新開発の身体強化ウィルスの検体に自分の孫を使い、成功してもおぞましいことになるであろうその実験が失敗したこと。結果、全身の脂肪組織の異常増殖が起きて、見るも無残な姿になってしまったこと。兄である祐希は、揉み消しという名の抹殺から救出するために、実験結果を用いて改良されたウィルスを自分の体に打ち込んだこと。成果は出たが、副作用で女性化してしまい、胸だけはなんとか縮められるものの、先ほどのような高速移動を過度に行うと、膨らんできてしまうこと。その話の間美優は神経を集中し、なんとかついていった。

「そ、それで今、妹さんはどこに……」
「ああ」

祐希は、入ってきた扉とは、部屋の反対側にある鉄扉を指さした。

「この扉の向こうだ。そうだ、お前の中のウィルスに、助けてもらおうか」
「助け?」
「妹のウィルスは完全に暴走状態だが、お前のウィルスに制御してもらうのさ。そうすれば妹も少しは元に戻れるかもしれない」
「……」
「できるか?」

頭の中の声は、反応を見せなかった。

「分からない、けど……」
「物は試しだ……俺だって、お前のウィルスを使って妹を治そうとしてたわけだしな」
「……?」
「……じゃあ、行くぞ」

鍵がかかっていない扉が、開かれた。すると、汗臭い空気がムワッと入ってきた。

「しまった、佑果(ゆうか)、長い間一人にしてごめんな」

電気が付いていない真っ暗な部屋に向かって祐希が声をかけると、か弱いが少し低く太めな少女の声がする。

「ううん、いいんだよ」
「電気、つけるぞ」

祐希がスイッチを入れると、美優の目に、高さ3メートルくらいの、床に置かれた肌色の半球が飛び込んできた。数多くのチューブが繋がれ、ある一本は中から何かを吸い出し、他の一本は逆にその塊に供給している。

「この子が、俺の妹、佑果だ」

祐希は、重々しく言った。

思い出(健全版)

「お前、この頃彼女できたんだってな」
「え?誰から聞いたんだよそんな話!」

昼休み、ボーっとしているといきなり話しかけられた。こいつは、俺の腐れ縁の幼なじみ、軽葉 裕翔(かるは ゆうと)だ。頭はそんなでもないが、運動ができて、整った顔で、クラスの女子にもそれなりに人気があるらしい。実際、誰かと付き合ってるという話は聞いたことはなかったが。

「誰でもいいだろ?で、どんな子なんだ、カズ?」

そして僕は東條 一都(とうじょう かずと)。裕翔と違って、成績は上の中くらい、一流大学とまでは行かないが、上位の大学を志望している。ただ運動がからっきしダメで、女子の友達がいないわけではないが、恋仲とは無縁だ。そんな僕に、先週突然話しかけてきた女の子がいたんだ。そこから、話をしていこう。

ある日、いつもの帰り道。電車通学の僕は、高校から駅まで20分くらい歩いて帰る。裕翔の方は自転車だけど、部活がない時は駅までは一緒に歩いてだべりながら帰っていく。でも、その日は違った。

「俺、用事があるからさ!ちょっと今日は急ぐわ」
「あ、そうなんだ。じゃあね!」
「ああ!また明日な!」

裕翔は、猛スピードで走って行ってしまい、あっと言う間に視界からいなくなった。前を走っていた乗用車すら追い抜かしていった。

(どんだけ急いでんだ……)

僕は、トボトボと歩き出した。裕翔以外には、友達の付き合いはあまりいいとはいえない僕は、佑都がいない時はほとんどいつも一人だ。寒さが増してきた冬の空を眺めながら、大通りから一本外れた、閑静な住宅街を歩いて行く。帰ってからの勉強のことを考えながら、あまり周りに集中しないでいた僕に、声がかかった。

「あのー……」
「えっ!?」
「ひゃっ!?」

驚いて大声を上げたせいで、その声の主まで驚いてしまったようだった。振り向くと僕と同世代の女の子が、後ろにいた。黒のセミロングに、蝶結びのリボンを一対飾り付けて、制服を着ているけども高校では見たことのない清楚な顔つきをした、可愛い子。その子が、突然僕に話しかけてきたのだ。

「あ、すみません……」
「いえ……」

気を取り直して謝罪をする。しかし、なぜこの子は僕に話しかけてきてるんだろう。

「え、と。それで、何かごようですか?」
「あ、あの、このハンカチ、あなたのですよね?」

見ると、その子の手には確かに僕のハンカチが握られている。いつか無くして、タダのハンカチだからと探すのを諦めていたハンカチだ。

「あ、そうです。でも、どうしてあなたが……」
「羽癒 はるか(うゆ はるか)です。東條くんが学校で落としたのを拾って、それで今まで渡す機会がなくって、ごめんなさい」
「は、はぁ」

ハンカチを渡された。綺麗に洗濯までしてある。でも、今この子……羽癒さん、僕の名前を呼んだ?ハンカチを眺めていると、奥に今まで気づかなかったけど、とんでもなく大きな……胸の膨らみが見えた。

「あ、あ!ごめんなさい、変な所を眺めてしまって!」

こういう時は自分が意図していなかったにしても眺めていたように見えてしまうものだ。そう思って、とっさに誤った。しかし、羽癒さんは、少しだけ恥ずかしがったけど、少し口元が緩んだ。え?

「大丈夫です……私、昔から東條くんのこと、気になってたんです……」
「えっ!?そうなんですか……!?僕なんかを!……ってどうして僕の名前を?」
「好きな人の名前くらい、分かるものなんですよ?学校ってそんなに広くありませんし、ね?」

すこし首を傾けてニコリと微笑むその顔に、胸が貫かれたような感覚が走った。サラサラとした髪から、光の粒が出ているようにすら感じた。これまで感じたことのないこの感覚は……

「今日は、それだけ言えれば……」
「ま、待ってください」

この機会を逃す訳にはいかない。初めての一目惚れの人を、そのまま帰すなんて。

「なん、ですか?」
「お、お礼がしたいので……そ、その……喫茶店にでも行きませんか?」

漫画雑誌を買ったせいで軽くなっていた財布が泣いているような気がしたが、いつものカフェでカフェラテの二人分くらい頼めるだろう。無理を承知で、誘ったのだった。

「いい、ですね!行きましょ!」
「良かった!……」
「あは、こんな笑顔を見せる東條くんなんて初めて見たかも」
「あはは、それはもう……」
「じゃあ、駅前のいつも……東條くんが行っている所に連れてってくれますか?」

少しだけの違和感。少しだけど、羽癒さんの言葉が途切れた。まあ、さっきから感じていることだし、女の子ってそういうものなのかもしれない。

「分かりました、ドタールですけど……」
「構いませんよ。私も、好きですから、ドタール」

駅に着くまでの10分間ほど、ずっとしゃべり続けた。背丈が一緒くらいなので、お互いの表情も歩きながらでもすぐに分かったし、それに、話題も合うし、ぎこちない丁寧語だったのが、カフェに着く頃には普通に喋れるようになっていた。

「羽癒は僕のこと結構知ってるんだね、裕翔でも気づかないことまで」
「それはもう……!……裕翔くんって、ちょっと鈍感なところもあるし」

意外だった。僕のことならともかく、幼馴染のことまで知っているらしい。どこまで観察力が鋭いんだろうと思いつつ、冗談を言ってみた。

「へぇ、裕翔のことまで詳しいんだ。もしかして、本命はそっちだったりするの?」

ちょっと怒るくらいの反応は予測していた。しかし、それ以上だった。羽癒の顔がこれ以上ないほどに歪んだのだ。怒りではなく、吐き気とか、嫌悪の歪みだ。

「ちょ、ちょっと冗談が過ぎたかな……」

とても話しづらい。それに、その言葉に帰ってきたのは、一瞬前までの優しい表情から想像もつかないくらいの鋭い睨みだった。でもそれはすぐに収まって、少し咳払いをしてやっと落ち着いた。

「コホ……ううん、ちょっと、あの人を好きになるのは、無理かなって思っただけだよ」
「そうか、裕翔もかわいそうなやつだな……」
「あのね、やっぱり喫茶店はいいや。また今度会ったら、その時なにかおごってね!じゃあ!」
「え、えっ!?」

彼女は突然走り去った。それが、僕と彼女の奇妙な出会いだった。

その後も、何回か僕たちは出会った。帰り道、休日の散歩、電車の中。そして歩いたり、カラオケに行ったり、映画を見に行ったり、海を見に行ったり、はたまた一緒に勉強したり。彼女と話すときも、他の女子とは違う気のおけない友人のような会話をした。それで、今に至る。

「ふーん?いい子じゃん、その子」
「うん、すごく魅力的で、もう運命の人としか言いようが……」
「……!お前と運命の人になるとかどんな物好きだよ、ま、俺のこと毛嫌いしてるみたいだからなんとも言えないが」

何か裕翔の表情がうかない感じだ。なにか心配事もありそうな顔をしている。

「……。あ、今度その子と会う約束してるんだ」
「……けっ、二人で楽しんでこいよ!」
「ねえ、なにか悩みごとがあるんじゃないか?」
「……ね、ねえよ!少なくともお前みたいなモヤシには何もできねえって!」
「……はいはい」
「別に怒らせる意味で言ったわけじゃないぞ!?」

少し冷たい反応を見せたら、顔を真っ赤にして急に大声を出してきた。何かがおかしい。けどまあ、気のせいかな。裕翔はテンションがおかしい日もあるし。

「分かってるよ。とりあえず今日の宿題やってきた?」
「ぐ、そんなこと聞くのかよ……!やってきてるに決まってるだろ」

このごろ成績が上がってきている裕翔。昔は宿題もおぼつかなかったのに、テストで平均以上を取ることも少なくなくなってきている。どうしたものだろう。だけど、幼なじみの成績が上がることは、嬉しい限りだ。

同じ日、公園での待ち合わせ場所に、彼女はいた。

「おまたせ!」
「待ってないよ、今来たばかりだもの」

いつも通り……じゃない。

「じゃあ、今日はどうしようか」
「あ、今日はその……」

笑顔が消え去り、羽癒の表情が暗い。悪い予感が全身を駆け巡る。

「なに?」
「ごめんなさい、お父さんが転勤で、海外に行かなくちゃならないの!それで!今日は、お別れを!!」

ほとんどヤケのように彼女の口から放たれた言葉が、僕の頭に重く降りかかってきた。

「え、ちょ……」
「さよなら!!」

公園から出て行く彼女の背中を見ることしかできない。その視界すらも、ぼやけていく。

「そ、そんな……」

その場にへたり込んで、少しの間立つことすらできなかった。

冬が終わり、春がきた。最初は授業すら耳に入ってこなかったのが、裕翔のお陰で何とか立ち直ることができた。しかし、羽癒のことは、忘れることはできなかった。

「お、おい、テストの紙回せよ!」
「あ、うん……」
「まさかお前、まだあの子のこと忘れられないのかよ。もう3ヶ月前のことなのに」
「そうだな、もう、忘れなくちゃね」
「とりあえずさっさと回せ」

立ち直ったとはいえ、日常生活が行えるくらいになったまでで、注意力は散漫になってしまい、成績も落ち込んできていた。逆に裕翔は、クラスのトップに踊り出るほどの学力になった。それでも、というより、それもあってか、裕翔は僕のことをかなり心配しているようだった。

「なあ、そろそろけじめを付けろよ!大学いけなくなるぞ!?」
「そうだよね……」
「あのなぁ、俺まで情けなくなってくるんだよ、だからしっかりしてくれよ」
「うん……」

どうしても忘れられない。あの子を、あの子と過ごした夢の様な時間を。

「あの子に、そんなに会いたいか」
「うん……」

裕翔が困り果てている。本当に、申し訳ないけど……

「……じゃあ、会わせて……やるよ……」
「……」

一瞬、理解できなかった。裕翔の言葉の意味が、全く分からなかった。

「……え!?」
「放課後、誰もいなくなるまで教室にいろ、そしたら会わせてやる」

裕翔が耳元でささやいてきても、意味を咀嚼できない。何で彼女に会ったことのない裕翔が、僕に彼女を会わせることができるのか。

「ちょっと待って……それってどういう」
「それでキッパリ忘れろ!分かったな!」
「う……うん……」

放課後。頭の中が混乱したままだった。それと同時に、羽癒 はるかに会えるという興奮で、心臓が強く脈拍を打ちっぱなしだ。裕翔と羽癒の関係が分からない。なんで海外に行ったはずの羽癒に今日突然会えるのかがわからない。もしかして、最初から二人は親類同士で、だから付き合うこともできないし……それに海外に行くといったのは嘘で、親に僕との付き合いを止められただけかもしれない……

色々な考えが頭を渦巻く。いつの間にか、教室には僕一人だけが取り残されていた。そして。

《ガラ……》

教室の扉が開いた。そこには、羽癒が……いなかった。いるのは、僕の幼なじみ。他でもない裕翔だ。裕翔は教壇の上までゆっくり歩き、立ち止まった。

「裕翔、どうして……」
「カズ、すまない……」

なにがすまないのか。結局、彼女とは会えないのか。その謝罪に、来たのか?

「どういう、ことなんだよ……どういうことなんだよ!!?」

教壇まで駆け上がり、裕翔に掴みかかった。僕はその行為が正しいものではないことは、重々承知していた。でも、許せない。僕を騙していた裕翔を許せなかった。だけど、僕は一瞬で突き飛ばされ、最前列の机に体を強く打って動けなくなってしまった。

「結局、僕は羽癒には会えないんだ」
「おい、話は最後まで聞けよ……今彼女は、ここにいる」

僕は体を動かせないまま、周りを見渡した。誰かの姿が見えるどころか、物音一つしない。

「どこにいるんだよ」
「ここだ」

裕翔は、自分の胸に手を当てた。まさか……いやそんなまさか!

「俺が、羽癒 はるかだ」
「嘘だ……嘘だそんなこと!」
「嘘じゃない!その証明を、今からしてやる」

裕翔が、羽癒!?性別も、体格も、それに性格も違……う……?いや、違わない……雰囲気は違ったけど、思考回路は少しも違わなかった……!

「そ、そんな……僕は、僕は信じないぞ……」
「すまない……最初はこんなことになるとは思ってなかったんだ……だが、お前がこんな状態になった以上、つらくても受け止めてくれ」

裕翔は、学ランをバッと脱ぎ捨て、Yシャツも脱ぎ捨てて、下着のシャツだけになった。そして、ズボンのポケットから取り出したカプセルを一つ、水なしでグイッと飲んだ。

「さぁ、見てろよ。その目でしっかりと……うぅっ!!」

腕で体を抱えた裕翔の体の全身から、ゴキゴキと何かが組変わっていく音が聞こえてきた。これは、ハッタリではないということを、物語るような強烈な音が。

「うぐっ!!……ああっ!!!」

全体が短くなり、身長がガクンっと下がった。それに、手足の筋肉もゴリッと音を立てて細くなり、腹からも胸からも同じように筋肉が消えていく。

「ひさし……ぶりだから……うあっ……!!」

髪がバサッと伸び、まさに羽癒のそれになる。

「体……うっ……!あつ……っ!!あぅっ!!」

胸からボンッ!と何かが飛び出してきた。乳房。そうとしか表現できないそれは、再度爆発的に膨張して、シャツを破らん限りに引っ張りあげた。今気づいたが、声もピッチが上がっている。

「ひゃぅっ!!」

シャツがせり上がったせいで見えたウエストがゴキッとくびれた。

「んああああっ!!」

最後に、それまででも巨大だった胸とお尻が自分を包む布を突き破り、ボンッと一回り大きくなって、収まった。

そして、そこには、羽癒 はるか、その人がいた。これまで見たことのないほどの色っぽさを身にまとった彼女が。いや、単に僕が気が付かなかっただけかもしれないけれども。

「ど、どうだ……これで、わかったか」

男口調で話すその人は、羽癒であると同時に、軽葉 裕翔でもあった。否定しようのない事実が、僕の頭につきつけられた。

「どうして、こんなこと……」

それが、僕の最大の疑問点だった。どうして、裕翔は女性化して、僕に話しかけようとしたのか。それに、デートまでした。その時の彼女は、本当に幸せそうだったじゃないか。

「何年も一緒にいて、それで……」
「いや、違う。俺が小さい時に、お前が川から救い出してくれた時があったんだ。お前は覚えてないみたいだが。それがきっかけで、俺はお前のようになろうとしたんだ。強くて、勇敢で。でもいつの間にか、憧れが恋情に変わってたわけだ」
「だからって……」
「女になってまで近寄ろうとしないって?……まあ、そうかもな。でもそうしたってことは、俺の気持ちは思ったより強くって……その……」
「えっ……」

裕翔の表情が変わり始めた。観念したようなものが、段々赤らみを帯びて、何か……願うような顔に。

「だから、カズくんと付き合いたくって……でも私が裕翔だってバレるのが怖かった……でも結婚することになったらどうしようと思って……思い切ってフッちゃったの。そしたらカズくんはどんどん変になっちゃったから……」
「……」

俯いて泣きながら喋る裕翔は、完全に少女だ。もしかしたら、薬の効果かもしれない。もしかしたら、裕翔の元々の性格なのかもしれない。

「こうしないと、私が私じゃなくなっちゃう気がしてね、それで今日バラしちゃったの。気持ち悪いよね、ごめんね……」
「僕は……」
「……」

次に言う一言が、僕の人生、裕翔の人生を左右するものだと理解し、深呼吸した。そして、思い切って、言った。

「裕翔の旦那さんになっても……いいよ」
「えっ……?」

僕は、僕の推測に頼って、言葉を紡ぐしか無かった。

「頑張って、自分じゃない何かを演じる必要なんて無いんだ。僕が好きなら、それでいいと思う。その体がいいなら、その体でいいよ」
「カズくん……。うんっ……!」

裕翔、いやはるかの顔に浮かぶ笑顔を見て、それが正しかったことが分かった。

その後は、裕翔は学校では男、それ以外はもう一人の少女、羽癒 はるかとして暮らし始めた。

「カズくん、今日はどこに遊びに行こっか……おっとしまった」
「まだ男の姿だよ、この頃増えてきたね」

裕翔は照れ笑いして、僕も微笑み返した。

「これからも、よろしくな」
「よろしくね」